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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
流れ者としての時間
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漁村リズ 異質な男

小剣(ショートソード)を借りた礼にトリスはレイモンドを治療した。レイモンドは大酒飲みだった所為で身体の内臓が炎症を起こしていた。トリスは治療魔術と独自の手法を使いレイモンドを治療し無事に完治することが出来た。


後は暫く安静にして失った体力を取り戻せばいいのだが、問題はこの件が村人に知れ渡らないようする必要がある。治療した際にヴァンとサナにはこの事は口外しないように約束したが、レイモンドが以前の様になれば気が付く人は出てくる。


医者、薬師と言った治療を行える人は何処に行っても求められる。トリスはウォールドから人体構造や薬草の知識など医療に関することを習い、さらには教会の一部の人間しか使えない高位の治癒魔術を習得していた。


簡単な治癒魔術以外は教会が秘匿する秘術である為に外部の人間は知らないことになっている。ウォールドは教会の関係者ではないが教会に属する人から秘術を習ったと言いそれをトリスに教えた。術を教える時にウォールドはこの事はむやみに口外すなるとトリスに伝えていた。


『迷宮』では怪我の治療に良く使用していたが、病に効果あるかはトリスにとっては未知数だった。トリスもウォールドも『迷宮』では病にはかかる事は滅多に無く、極稀に体調を崩す程度でしかなかった。言い方は悪いがレイモンドを人体実験してトリスは自分の治療魔術の腕を確認したのだ。


その結果はトリスの想像以上だった。探索魔術で病状を確認して、問題のある個所を治療魔術で治療する。さらに腫瘍など切除が必要な病気もトリスが使える眷属粘性動物(ファミリア)の技術で簡単に行えた。


ウォールドがむやみに口外するなと言った理由も判る。この技術が世の中に広まれば多くの病人の治療が出来が、がその分治療を求める人や教えを乞う人が大量に出てくる。中にはトリスを嫉妬する者や危険視する人も出てくる。トリスは地位や名誉、金銭にはあまり興味がないので今後はこの事がバレないようもう少し慎重に行動するよう心に決めた。




「どうやらあそこが根城のようだな。」


トリスとヴァンは森の奥にある洞窟を見ながら目的の場所にたどり着いたことに安堵した。レイモンドを治療した後に捕縛した野盗達からこの場所を聞き出し、トリスはヴァンと共に野盗達の根城に向かった。山の麓にある森を進み、半日近くかけて森の奥にある洞窟を発見した。


時刻は既に夕暮れで日が落ちるところだった。日が落ちてから慣れない森を進むのは危険を伴うので、日が落ちる前に洞窟を見つける事が出来たのはよかった。


「少し離れた場所で休憩するからここを離れるぞ。」


トリスは直ぐに洞窟に入る事はせずに少し離れた場所で休憩することをヴァンに告げた。


「えっ、このまま洞窟に行かないのですか?」

「行かない。まずは装備の点検と暗闇に目をならす。洞窟の中は日の光りは届かないと言っていたから今すぐに行く必要はない。」


トリスはそう言うと洞窟に背を向けヴァンも素直にそれに従い、洞窟から少し離れた場所で移動した。


「休憩する前に持ち物の点検と装備の点検だ。ベルトや紐の緩みも確認するぞ。」

「はい。」


トリスとヴァンは道具や武器の点検を行い、ベルトや紐の緩みなどを確認してから休憩に入った。休憩する時にトリスは魔導鞄(マジックバック)から携帯用の食料を飲み物を取り出しヴァンに渡した。


魔導鞄(マジックバック)は便利ですね。普通に森に入る時はもっと荷物を持って来るのにほとんど手ぶらです。」


森に入る際は様々なことに注意する必要がある。獣や蛇と言った動物に警戒する必要もあるし、毒性を持つ植物にも注意する必要がある。医療用の薬や道具を持って行くと荷物は多くなり、それらを持って森を歩くだけで重労働だ。魔導鞄(マジックバック)を持っているとそれら全てを仕舞っておけるのでほぼ手ぶらで森に入れるので便利であった。


「だが、その分集めるのは大変だ。『塔』に住む特定の魔物からしか採集が出来ないからな。」

「どれくらい大変なのですか?」

「まず、その魔物がいるのは塔の百階層にいる。素人や新人で百階層を探索するのはまず無理だ。普通なら一年近くはかかる。それで肝心の魔物は百階層以外には生息していないのだが、遭遇率が極端に悪い。更に人間に遭遇すると一目散に逃げるから逃げきられる前に討伐する必要があって討伐しても魔導鞄(マジックバック)魔導小物入れ(マジックポーチ)を持っていない方が多い。」

「どれくらい討伐すれば手に入るのですか?」

「五回やって一回でればいい方だ。だが、それは統計だから実際は違う。俺の聞いた話だと六十三回やって一回も出なかったみたいだ。」

「六十三回も。その冒険者は六十四回目で取れたのですか?」

「いいや、流石に精も根も尽きた様で冒険者を止めた。五十回を越えた辺りから気が触れていたと親しい冒険者達は言っていた。」

「それは気の毒に...」

「だが、そいつは冒険者を辞める時に貯金を全部賭博に使ったんだ。田舎に帰るから金銭は邪魔になるから思い出になると思って。田舎は金銭の交換よりも物々交換が主流だからな。」

「うちの村もそうです。」

「それで、賭博で全部使いきる予定だったのに見事に大勝して、家を買えるくらい額を稼いだらしい。それで勢いが乗った流れで惚れていた女に求婚したら向こうは受け入れてくれた。」

「おおぅ。」

「結局、その女と結婚して婿入りして嫁の実家の商売をしながら幸せに暮らしているそうだ。」

「それは運がいいのか悪いのか判らない話ですね。」

「そうだな。冒険者としては大成出来なかったけど一人の人間としては幸せになれた話としては面白いと思うぞ。」

「そうですね。他に冒険者にまつわる話はありますか?」

「冒険者に興味があるのか?」

「はい。父さんの昔話を小さい頃からよく聞いていました。その中で冒険者をやっていた時の話が一番好きでした。」


ヴァンは鼻の頭を掻きながら照れくさそうにしていた。まだ暫く洞窟にはいかないのでトリスは自分が知っている冒険者の話をヴァンに聞かせた。




日が沈んでからかなりの時間が経過してトリスは頃合いだと思い腰を上げた。時刻は既に深夜になっており、辺りは月と星の明かりしかない。トリスは仮眠を取らせていたヴァンを起こし、これから洞窟に入る事を告げた。


「本当に深夜に行くんですね。」

「事前に言っただろ。人間は夜は眠る生き物だ。野盗達も夜は寝ている筈だ。仮に起きていても酒を飲んでいる可能性がある。」

「起きていて酒も飲んでいなかったら?」

「そうだとしてもそれなら昼間行っても大差ない。昼間に行っても同じ可能性があるから少しでも可能性が高い方を選んだだけだ。」

「そうですね。」

「不安ならここで待っていてもいいぞ。」


トリスは最初は一人でここに来るつもりだった。だが、ヴァンの希望とレイモンドの頼みで同行させていた。ヴァンは村の警備を預かる者としてはこのまま何もしないでいるのに引け目を感じていたのでトリスに同行を願い出た。


レイモンドがヴァンを同行させるのを頼んだのはヴァンに経験を積ませるためだ。このまま村に留まるか、それとも村の外の世界に行くかどちらにしても今回の経験は役に立つと思いトリスに同行させてくれるように頼んだのだ。


「いいえ、このままついて行きます。足手まといにならないようにしますので連れていって下さい。」

「判った。ならこのロープの端を持って後ろをついてこい。反対側の端は俺が持っているから洞窟の中ではなるべく声を出さないで何かあったらロープを三回引け。」

「はい。」

「洞窟の中は光がほとんどない。だから先頭は夜目が効く俺が行く。ゆっくり進むから足元に注意しろ。」


他にも注意事項を話し合いトリスとヴァンはいよいよ洞窟の潜入した。




洞窟の中はトリスの言った通りにほとんど光がなかった。所々に繁殖している光苔が唯一の光源だがあまりにも頼りない。目の前にトリスがいる筈なのに暗闇でその背中を見ることが出来ない。ほとんど暗闇と変わらないところでヴァンは言いようもない恐怖を感じていた。


トリスとの唯一の繋がりが左手に握っているロールだけだった。ロープは垂れることなく張っているので反対側をトリスが握っているとはっきり判る。目で認識出来ない所為でヴァンにとってはロープが唯一の心の支えであった。


ヴァンは暗闇の中をひたすら歩いた。既に時間の感覚は失われ、ついさっき洞窟に入った気がするし何時間も洞窟を歩いている気がする。ここのままずっと洞窟を歩き続けるような錯覚に陥りそうになった時に左手に握っていたロープが引っ張られた。


「!?」


三回ロープが引っ張られた。トリスから何かあったと連絡が来たのだ。ヴァンもロープを引っ張り返事を送った。


「この先、百歩程進んだ場所に大きく開けた場所がある。そこに誰かがいる。」


小声でトリスが話しかけて来た。トリスはこの先に開けた場所があると言うがヴァンの目には百歩先どころかトリスの顔すら暗闇で見えない。そして、その場所に誰かがいるとまで言う。この暗闇の中でそこまで見える筈が無いと、普通に考えれば冗談だと思うがトリスはここまで迷わずに来ていた。


いくら夜目が利くと言ってもこの暗闇を迷いなく進むのは無理なのにトリスはここまでヴァンを連れて来ていた。異質な事だとヴァンは思うが今はトリスの言うことを信じるしかなかった。


「野盗ですか?」

「判らない。だが注意して接触する。行くぞ。」


トリスはそう言うと再び歩き始めた。ヴァンもそれに続き先ほどと同じように暗闇を一歩一歩進み始めた。




トリスが言っていた開けた場所に辿り着くとそこには光源が存在していた。光苔などではなくその場所自体が光を発していた。


「石英。しかも光を放つ光石英(こうせきえい)だな。」

「石英? 光石英?」

「ヴァンにはあまりなじみのない言葉か。水晶は知っているだろ?」

「はい。」

「水晶も石英の一種で特に無色透明な石英を水晶と呼ぶんだ。そしてこの場所にあるのが光石英。自ら光を発する石英で三百年以上前は夜の灯りにしていた。もっとも採掘する数が少ないから貴族や大商人などの裕福者しか使っていなかった。」

「知りませんでした。」

「まあ、そんなことよりもそこで倒れている奴をどうするかだ。」


トリスとヴァンの視線の先には女性が倒れていた。うつ伏せに倒れているので顔までは判らないが体型からして女性であると推測している。普通なら駆け寄って助けるがこのような場所にいるのは不自然過ぎるのでトリスは勿論、ヴァンも警戒していた。


「まあ、何時までこのまま見ていても時間の無駄だ。俺が近づくからヴァンは周りを警戒してくれ。」

「判りました。」


トリスは倒れている女性の元へ行き警戒しながら女性に触れた。指を女性の首元に当てて脈を計り女性が生きていることが確認できた。女性は気を失っているだけのようで、仰向けにして頬を軽く叩いて起こした。


「うっうっ、ん。」


頬を叩かれたことで女性は意識を取り戻した。トリスは魔導鞄(マジックバック)から水筒を取り出し女性の顔の前に差し出した。


「水だ。少し温いが飲むか?」


女性はトリスが差し出した水を「頂きます。」と言い恐る恐る水を飲み始めた。トリスはその様子を見守りながら女性が水を飲み終わるのを待った。


「お水を頂きありがとうございます。」

「お礼はいい。それよりもどうしてこんな場所で気を失っていたんだ?」

「私はミナトと言います。私は野盗達から逃げて来たのです。」

「逃げてきた?」

「はい、私はこの付近の村に住んでいたのですか野盗達に攫われてそれ以来此処で雑用をしていました。食事や洗濯、掃除などをさせられ、後は夜の相手を...」


ミナトはそこまで言うと口に手を当て泣きだした。余程辛い目にあったのかミナトは暫く泣き続けた。トリスはミナトの背中をさすりながらヴァンに周辺にある村のことを聞いた。


「この付近に村はあるのか?」

「はい。少し離れていますが森を抜けた先に小さな農村があります。野菜や小麦を育てていてうちの村とも交流があります。」

「そうか、なら彼女を一旦連れて帰るか?」

「えっ、引き返すのですか?」


トリスの思いがけない提案にヴァンは驚いた。まだ知り合って日が浅いがトリスは合理的に物事を考え、行動する人だとヴァンは思っていた。捕らわれていた見ず知らずの女性を保護して野盗の討伐を諦めるとは思ってもいなかった。


「このまま、彼女を一緒に連れて行っても仕方ないだろう。」

「そうですけど。」

「なら、ここは一旦引き返すしかないだろう。村に送ろう。」

「あ、ありがとうございます。ですが、あなた方は野盗達を討伐しにきたんですね? 私のことは気にしないで先に進んでください。」


眼に涙を浮かべたままミナトは気丈にもそんな提案をしてきた。野盗達の討伐を優先させたいヴァンは酷くいたたまれない気分になってきた。


「気遣いはありがたいが、女性一人を残して進むのは少し気が引ける。俺達はここで引き返すよ。」


トリスはそう言うとミナトを立たせ、服についている土を払った。トリスはミナトを連れてこのまま引き返すとヴァンに告げるとミナトが思わぬ提案をしてきた。


「わ、私が野盗達のいるところまで案内します。他にも囚われている子がいるのでその子達も助けてください。」



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