漁村リズ 決意の男
五月最後の投稿です。
トリスは村人達の勧めで様々な料理を食べていた。牡鹿の肉で作った料理から始まり、この辺で採れる海藻を使ったサラダ、塩漬けした魚が入ったスープなど村人達から手厚い歓迎を受けていた。村人達にとってトリスは害獣を一日で倒し、その帰りに野盗共に一矢報いた英雄として歓迎されていた。
中にはこのまま野盗達を倒してくれると甘い事を考えている者もいる。トリスはそのことを何となく感じていたが特に気にすることは無く勧められるままに料理を食べた。明日の朝にここを出ることは誰にも言わずに久しぶりの酒と料理を楽しんでいた。
月の光が照らす深夜にトリスは村の外れにある丘にいた。村の宴は少し前に終わり、トリスは夜風に当たる為にこの場所に来ていた。久しぶりに酒を飲んだ所為で身体が少し熱くなっている。夜風はその熱を冷ましてくれるので丁度良かった。このままここで一晩過ごし日が出るころに村から立ち去ろうと考えていると誰かが近づいてきた。
「なんの用だ?」
トリスは近づいてくる人に声をかけた。相手が村人のダンだと気配で判っていたので特に警戒する必要はなかったが、それでも昼間の事があったのでトリスから声を掛けた。
「お。お礼を言いにきたんだ。」
「お礼? 牡鹿の事なら宴に招いて頂いたからそれでいい。」
「違う。俺の個人的なお礼だ。あの時、盗賊を殺そうとした時に止めてくれてありがとう。」
ダンはあの時に剣を弾いたのはトリスだと気がついていた。その事にトリスは特に驚くことは無かったが、復讐を止めた相手にお礼を言うとは思いもしなかった。
「復讐する機会を奪った相手にお礼を言うのは筋違いだと思うが。」
「それはそうだが、あの後に家に帰って妻と子供に会って涙が出て来た。弟の仇は取れなかったが家族の顔を見たら不思議と安心した。」
「......」
「もし、あの時にあいつを殺していたら妻や子供に会えなくなっていたかもしれない。だから、普通の日常がまた過ごせると思うと涙が止まらなかった。」
「それで、お礼を言いにきたのか。だが弟の仇はどうする? もうやめるのか?」
「それは判らない。だが、俺は死んだ弟よりも今生きている妻や子供の為に生きる。」
「そうか。」
トリスはそう言うと黙り込み夜の海を眺めていた。
『復讐をする前に人として生きてくれ。恩人に恩を返すのでもいい。困っている人を助けることでもいい。故郷に戻りそこで生活するでもいい。復讐を行う前に人の営みをもう一度過ごしてくれ。その過ごした日々よりも復讐うする心が勝っているのであれば残りの人生好きにするがいい。』
不意に師匠の言葉がトリスの脳裏によぎった。復讐よりも家族の為に生きると言ったダンの言葉を聞いて師匠の遺言がトリスの脳裏をかすめたのだ。ウォールドは死の間際にトリスの事を心配していた。このまま復讐に身を投じるのは人として悲しい事だとウォールドは思っていたからだ。
トリスもそんなウォールドの気遣いには気が付いていた。だが、そんなことをしてなんになるとずっと思っていた。しかし、自分とは違う道を選んだダンを見てトリスはもう少し師匠の遺言を真剣に考えることにした。
「この辺では魚を生で食べるのか?」
「!?」
黙り込んでいたトリスが急に脈略の無い事をダンに聞いてきた。
「食べるのか? 食べないのか?」
「た、食べるよ。今は保存した魚しかながこれから漁に出るから色々な魚が生で食べられる。オリーブオイルで野菜と一緒に食べたり、魚醬で味付けして食べたりする。」
「そうか。」
「生だけじゃない他にもうまい食べ方がいっぱいある。葉野菜や根野菜で煮たり、干して焼いた魚や小麦をまぶして揚げた魚も酒の肴に合う。」
「なら、それを食わせてくれ。俺は山育ちだから海の魚はあまり食べたことがない。それを報酬とする。」
「報酬? 何のことだ。」
「こっちの話さ。それよりももう家に帰れ。それで妻や子供を大事にしろ。」
「ああ、判った。あんたも風邪を引かないようにしてくれ。」
ダンはそう言うと村に戻っていった。トリスはその後ろ姿を見送りながらウォールドの昔話を思い出していた。
『お前は生の魚を食ったことがないのか? あれはうまいぞ。最初は儂も怖かったが一口食べるともう虜になった。大陸の東部では米と一緒に食べるらしくさらにうまいらしい。』
子供が自慢するように話すウォールドの顔を思い出しながらトリスがそのまま眠りについた。
「用心棒の件ですがお断りします。」
翌日の昼前にトリスは村長の家に訪れ昨日の依頼を断った。村長も断られることも予想はしていたので、あまり驚きはしなかったが心の中では落胆していた。それは他の重役たちも同じで同席していたヴァンはもう一度考えて欲しいとトリスに頼み込もうとした時にトリスから信じられないことを言い始めた。
「用心棒はしませんが、皆さんが安心して漁に出られるように野盗を討伐します。」
「えっ!?」
トリスの言葉にヴァンは驚いた。それは村長を含めた他の人も同じでトリスの言葉の真意が判らなかった。だがトリスはそんなことはお構いなしに話しを続けた。
「これから捕まえた連中から根城を聞き出します。その後に私がその場所に行き野盗を討伐します。討伐する際に生け捕りが難しい場合は始末するのでその際は罪にならないように手配をお願いします。」
トリスはそう言うと立ち上がり村長の家を後にした。村長達は誰一人事態に頭が追い付かないのかトリスを見送る事しかできなかった。
「ト、トリスさん、待ってください。」
トリスの後をヴァンは焦った様子で追いかけてきた。
「本当に野盗を討伐しに行くのですか?」
「ああ、これから行く。」
「ば、場所は判るのですか?」
「知らない。だから昨日捕らえた野盗に聞く。話さなければ自分で探す。」
「探すってそんな簡単に見つけられませんよ。」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。やってみないと判らないだろ。」
「でもトリスさんは丸腰じゃないですか。仮に野盗を見つけてもどうやって討伐するのですか? せめて武器を持っていかないと。」
「何かいい武器でもあるのか?」
「父さんが幾つか武器を持っています。なんでしたら僕の槍をお貸ししますから一先ず家に寄って下さい。」
ヴァンはそう言うとトリスの腕を掴み強引に自分の家に連れて行った。トリスもヴァンの槍の出来は知っているので同等の武器が手に入ればいいと思いヴァンの誘いに乗った。
「ただいま。」
「おかえりなさい。まあ、トリスさんも一緒ですか。」
「お邪魔します。」
サナはトリスが訪問してくれたことが嬉しいのか早速お茶を淹れ始めた。ヴァンはトリスの対応はサナに任せ家の物置にある使えそうな武器を探した。幾つかの使える武器を手に取るとトリスの元に持って行った。
「トリスさん、この武器は使えますか?」
お茶を飲んでいたトリスにヴァンは幾つかの武器を渡した。トリスは渡された武器を手に取って見たが自分が使えそうな武器は無かった。どれも手入れはされていい物だが生憎トリスの手に馴染む武器は無かった。
「ガチャガチャとうるさいな。」
トリスの知らない男の声が家の奥から聞こえてきた。ヴァンとサナはその声に驚いていると壁に手をつきながら中年の男が顔を出した。
「父さん。」
「あなた、起きて大丈夫なの!」
「今日は体調がいい。それよりも客か?」
「始めまして。トリスと言います。お邪魔しています。」
トリスは席から立ち上がり自己紹介を含めた挨拶をした。
「そうか。俺はレイモンド。ヴァンの父親だ。敬語はいらねえ楽にしてくれ。」
レイモンドは気軽に挨拶を返しながらサナの手を借りながら席に着いた。
「それで冒険者がどうしてこんな漁村に来ている? 魚でも食べにきたのか?」
「冒険者っ!」
「えっ!」
レイモンドの突然の言葉にヴァンとサナは驚き、冒険者と呼ばれたトリスは微笑を浮かべていた。
「判りますか?」
「ああ、雰囲気で判った。俺も短い間だが冒険者をしていた。それで冒険者がこんな大陸の外れにある村に何のようだ。」
「たまたまです。冒険者と言ってももう二十年も前のことで今は流浪の身です。」
「そうか。」
レイモンドはそう言うとサナが用意した薬湯を飲みながらヴァンの持ってきた武器を眺めた。どれもレイモンドが集めた武器だが、予備の物なのでレイモンドが主に使う槍よりも品質が落ちる品だ。持ち主であるレイモンドも好き好んで使うような武器ではなかった。
「トリスさんは野盗を討伐してくれると言ってくれた。けど丸腰じゃ勝てないから武器を貸そうとしたんだ。」
レイモンド視線に気が付いたヴァンはレイモンドにトリスが野盗を討伐する事を伝え、武器を貸す出すことを許可して欲しいとレイモンドに話した。
「なるほどね。だが、ここにある武器じゃあ駄目だ。それにこの旦那は丸腰じゃない。武器を出していないだけだ。」
「どういうこと?」
ヴァンはレイモンドの言葉に不思議そうにしているとトリスは苦笑しながら魔導鞄から一本の剣を取り出しレイモンドに渡した。
「魔導鞄さ。冒険者なら必須の持ち物だ。武器は盗難されたり、周りにいらない警戒を与えるから普段は魔導鞄にいれるのさ。最も一番の理由は邪魔にならないからだ。」
レイモンドはトリスから受け取った剣を眺めながらヴァンに説明した。
「それにしてもこの剣は良品だ。これがあれば他に武器はいらない、と言いたいがこいつはそろそろ寿命だな。」
「やはりそう思うか?」
「ああ、確実には言えないが無理をして使い続けると、後二、三十回で駄目になるな。だが、ここまで使われれば剣も満足だろう。」
レイモンドはそう言うとトリスに剣を返してサナに耳打ちをした。サナはレイモンドの言葉に従い一旦家の奥に行き一振りの小剣を持ってきた。
「こいつは俺が使っていた護身用の小剣だ。槍を使っていたから懐に敵が来たときにこいつで対応していた。持ってみな。」
レイモンドは小剣をトリスに渡した。トリスは受け取った小剣を抜いてみると確かに他の武器よりも格段に品質が良かった。
武器や防具には品質を定める段階があり、下から粗悪、標準、希少、特別、特殊となっている。また、独自や専門と呼ばれる品もあり、独自の製法や専門の職人で作られた品を呼称する時に使い、希少以上の品を指す。
「品質は特殊までいかないがかなりの出来だ。」
「だろう。こいつを貸してやる。狭い場所で戦うことになった時に使うといい。」
「いいのか?」
「家で果物を斬るよりもずっといい。」
「ならありがたく使わせてもらう。」
トリスはレイモンドから受け取った小剣を予備の武器として使うことにした。これでもし自分の剣が壊れたとしてもこの小剣で代用が出来るとトリスは安心した。
「本当なら俺も一緒に行きたいところ生憎身体の調子が悪い。」
「昨日来た時も寝ていたようだな。どこか身体が悪いのか?」
「数年前から右の横腹が痛い。去年の秋から急に悪化して正直立つのも辛い時がある。」
「・・・・・・もし良かったら診てみるがどうする?」
「診る? あんたは医術もを学んだのか?」
「師匠から教わった。首を触るぞ。じっとしてくれ。」
トリスはそう言うと両手でレイモンドの首を触り、探索魔術を使用した。普段は周囲の状況を確認するために使う探索魔術だがトリスは師匠のウォールドから生物に使う時の応用も学んでいた。対象に触れる必要があるが対象の身体構造などが把握することができ、人間なら病気や怪我を見分けることができる。師匠以外の人間に使うのトリスには初めてだがこれもいい経験になると思いトリスはレイモンドを診察した。
「肝臓...身体の中にある内臓の一部が酷い炎症を起こしている。身体に水も貯まっている。これは治療しないと命に関わるぞ。」
「そうか、だが治療できる医者なんてこの辺にはいない。街に行くにもこの身体で旅をすることはできない。」
「そうだな。だが俺なら治療できるかもしれない。もし良ければ治療してみるがどうする?」
『第48部分 大都市アルカリス 兄弟子と刀』で説明した武器や防具の段階を修正しました。
中盤に書かれている説明が正しいです。
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