大都市アルカリス 討伐と反省
今日は三話連続で投稿します。
それで三章が終わります。
まずは一回目です。
トリスは十日ぶりに『塔』を出た。時刻はまだ昼前だったが手持ちの食料が尽きたので『塔』を出ることにした。
二日前に出会ったエルとナルに食料を分けた為、手持ちの食料の備蓄が無くなったこととD階級の昇格に必要な物を全て集めたので一旦家に帰ることにた。
『塔』を出ると北門までに続く道幅の広い通路がある。道の両端には高く大きな壁があり、『塔』と北門まではこの大きな壁で囲われている。
この場所はは魔物の集団暴走が発生した時の対策になっている。
通称『血塗られた場所。』
過去に二度ほど魔物の集団暴走が発生し、『塔』から大量の魔物が出てきた。
一度目は都市に多大な被害が出た。その時の対策として『塔』から北門までの道幅を広く作り、魔物を外に出さないよう五、六階建ての建物と同じ高さの道壁で『塔』から北門までを囲い魔物を外に出さないようにしている。
道幅も広く作られ集団戦が出来るようになっている。二度目の集団暴走の時はこの場所のおかげで都市への被害は無かったが、多くの憲兵や冒険者、魔物の血が辺り一面に付着してこのような不吉な名称で呼ばれるようになった。
トリスはその道を歩いている時に不思議な気配を感じた。その直後、都市から警鐘が鳴らされた。
少女は絶望していた。冒険者である自分の無力さと目の前にいる魔獣の暴力に絶望していた。
少女の名前はベルセール。この都市の冒険者で今日は東門を出た先にある森に薬草を取りに来ていた。冒険者は『塔』の中でしか活動しないと思われがちだが魔獣の生息する場所にも行き、魔獣の討伐や貴重な薬草などを採取することもあった。
ベルセールも今日は森に薬草を取りに来ただけだった。普段なら簡単な仕事で自分一人でも問題なく終わる筈だった。だが薬草を採取して帰る途中に思わぬ事態に巻き込まれた。
魔獣との遭遇。
通常の魔獣ならベルセール一人でも対応が出来た。魔術師とまだまだ未熟だがこの森に現れる魔獣程度ならベルセール一人で対応は出来た。だが今、彼女の目の前にいる魔獣は最悪の魔獣だった。
巨大猪。
巨大な体躯に下顎から天を突き刺すような大きな牙。一年に一度アルカリスに出現する魔獣とベルセールは遭遇してしまった。ベルセールは巨大猪に気が付くとなりふり構わず逃げ出した。遭遇したのがまだ森の中だったため地形を利用すればうまく逃げられると思った。
しかし巨大猪はベルセールを見失うことなく彼女を追ってきた。ベルセールは逃げながら魔術で足止めしようとしたが足場の悪い森の中で移動しながら魔術を行使することは出来なかった。ただひたすら逃げるしか無い。
ベルセールは何とか森を出て東門までの後少しの所まで来たがそこで彼女の幸運は尽きた。
東門まであと少しと言うところで地面の凹みに足を取られ転んでしまった。何とか立ち上がろうとしたが焦りと恐怖で上手く立ち上がることが出来なかった。
巨大猪は転んで動けないベルセールを見つけるとゆっくりと近づいた。
アルカリスでは巨大猪を知らせる警鐘がうるさいくらいに鳴り響いているが誰もベルセールを助けには来ない。巨大猪やベルセールのことは門番達は気が付いている。しかし巨大猪は大人数でしか討伐できない魔獣だ。単身で乗り込んでも返り討ちに遭うだけだ。皆それを理解しているから助けに行くことが出来ない。
巨大猪はついにベルセールの眼前まで来た。巨大猪はベルセールの前で大きな雄叫びを上げると前足を大きく上げベルセールを踏み潰そうとした。ベルセールは恐怖で思わず目を瞑り死を覚悟した。出来れば苦しまずに一思いに死にたいと願いながら。
地面を揺らす大きな音が聞こえた。しかしベルセールには痛みが無かった。それどころか浮遊感のような感覚と誰かの温もりを感じていた。
ベルセールは恐る恐る目を開くと目の前に広大な景色が広がっていた。
何処までも続く澄んだ青い空。緑が多い茂る草原と森。遠くの方には海が見え、海の傍には街があり、街からはいくつもの街道が伸びていた。とても言葉では表せない絶景にベルセールは驚いていた。
「綺麗。」
思わず口から洩れた言葉に答える者はいなかったが違う言葉は返ってきた。
「ギリギリ間に合った。」
何処か安堵した男の人の声が聞こえた。ベルセールは声をした方を見ると男の顔がすぐ傍にあった。そして自分がなぜこのような景色が見れているのかも判った。
ベルセールは目の前の男に抱きかかえながら地上より遥か上空にいたのだ。
警鐘が聞こえたトリスは直ぐに警戒態勢を取った。もしかしたら魔物の集団暴走が発生したのかと思い周囲を見渡した。しかし周りの様子からして違うことに気付いたトリスは巡回していた憲兵を捕まえ事情を聴いた。
憲兵の話しではこの警鐘は魔物の発生では無く、都市を襲う大型の魔獣が出現したことが判った。
トリスは道壁にある階段を使い道壁の上ってみると東門の近くにある森で大きな魔獣が移動するのが見えた。ここからではその詳細な姿までは判らなかったがかなりの大きさの魔獣だと言うことは判った。先程トリスが感じた妙な気配はどうやらあの魔獣のもので間違いないようだ。
この警鐘の理由が魔獣の出現と判ったトリスはあの魔獣を討伐に向かうか、このまま家に帰るか迷っていると森から一人の少女が出てきた。少女は魔獣に追われているらしく懸命に東門に逃げようとしたが途中で転んでしまった。
「莫迦か。」
トリスはそう呟いた時には少女の元に向かっていた。道壁から飛び降り、地面に着地すると一気に少女のところまで走った。魔力よる身体強化と義肢の性能をフル可動させて一気に少女の元までたどり着いた。トリスは踏み潰さそうになった少女を抱きかかえ一気に跳躍した。魔力よる身体強化と義肢をフル可動させたせいでその跳躍はトリスが思った以上に高く飛んでしまった。
「ギリギリ間に合った。」
安堵の言葉とは裏腹にトリスの余計な行動をしてしまったと後悔していた。魔獣に追われている少女を見た時に思考を中断し、少女の救護の為に行動していた。人としては普通の行動だがそれは今のトリスにとっては大きなミスであった。
行動はする時は常に行動した後の結果を考えなければならない。そうしないと自分の計画に支障をきたす恐れがあるからだ。だが、行ってしまったことは仕方がない。トリスは魔獣をさっさと討伐して家に帰ることにした。
「おい、意識はあるな。」
トリスは自分が救護した少女に向けて話しかけた。目を開き自分を見ているので意識はしっかりしているとトリスは判断した。初対面の人に使う丁寧な口調では無く、ぞんざいな口調なっているのはトリス自身の苛立ちからで少女の所為ではない。
「だ、大丈夫です。」
「手短に話す。俺の名前はトリス。お前を救出する時に魔術を使い上空まで避難した。だが後百を数えると地上に戻る。ここまではいいな。」
「は、はい。私はベルセールと言います。」
「地上に降りたらあの魔獣を討伐する。冒険者のルールでは先に獲物を見つけた方が討伐する権利がある。ベルセールはあれを討伐するつもりはあるか?」
「む、無理です。森で遭遇した時は逃げるのが精一杯でさっきも殺されそうになりましたから。」
「なら、俺が討伐していいな。」
「えっ!」
トリスの言葉にベルセールは思わず間抜けな返事をしてしまった。目の前の男は巨大猪を討伐すると言った。あの魔獣を一人で討伐すると。
「後、少しで地上にたどり着く。そうしたらベルセールは東門に向かえ。俺があの魔獣を相手をする。」
「でも、あの魔獣、巨大猪は冒険者が総出で倒す相手です。あなた一人では太刀打ちできません。」
「冒険者が総出?一人では無理?あの猪が?」
トリスはベルセールの言葉を疑った。巨大猪と呼ばれる魔獣は確かに巨大な体躯に下顎から生えている大きな牙は脅威だ。一般人にとっては恐怖でしかない。だが冒険者が総出で討伐しなければならない程の大物とはトリスは思えなかった。
だがそれを口論する時間は無い。魔術で降下する速度を緩めていたが、二人は地表にどんどん近づきあと少しで地表に到達する。
「まあいい。とにかくあいつの相手は俺がするから、ベルセールは東門に向かえ。もう時間がない。」
獲物を見失った巨大猪も既にトリス達が上空に逃れていたことに気が付き降りて来るのを待っていた。
「走れ。」
トリスは地上に辿り着くとベルセールを地面に下ろし走るように指示した。ベルセールはトリスの指示に従い東門に向かい駆けだした。
『ヴオオオォォ!』
獲物が戻ってきて歓喜したのか巨大猪は大きな雄叫びを上げてベルセールを再び追いかけようとした。しかし眼下に鈍い痛みが走った。
痛みの原因を知るべく周りに目を向けると先程の獲物より一回り大きい獲物がいた。痛みの原因はこいつから攻撃だと気がついた巨大猪は標的を変えた。
トリスは巨大猪の標的が自分に移ったことを確認すると魔導鞄から長剣を取り出した。この剣は普段使っている剣ではなくジョセフと共に都市を歩いた時に見つけた剣だ。
大剣と同じ重量だが刀身は短くその分厚みがある剣だ。トリスは両手で剣を持ち巨大猪と対峙した。
巨大猪は目の前の小さな敵を何時ものように突進して潰す事にした。距離は十分にあり助走をつけてぶつかれば目の前の小さな敵は呆気なく死ぬだろう。巨大猪は自分に攻撃した小さな敵を殺すために敵の姿を再度確認した。
そして、巨大猪は狙いを定め一気に走った。
トリスは突進してくる巨大猪を見て所詮は獣かと再認識した。自分に迫りくる巨大猪の突進をトリスは跳躍して回避する。ほぼ真上に跳躍したトリスは風の魔術を使い着地点を巨大猪の首筋に定めた。
獲物を見失った巨大猪は走るのを止め立ち止まった時、トリスはそのまま剣を地面に突き刺すように巨大猪の首筋に剣を突き刺した。
『グォガオオオ!』
巨大猪の悲鳴が辺りに鳴り響く。剣を突き刺したトリスは剣を離さずそのまま雷の魔術を剣に流し込んだ。剣を伝って雷は巨大猪の身体に入り込み内臓などの身体の組織を破壊した。
『ブオオオオオ!』
再度巨大猪は悲鳴を上げたがそれが断末魔の悲鳴となり、巨大猪の巨大な体躯が地面に崩れ落ちた。
今年の出現した巨大猪はこうして最速に討伐され被害者も出ずに命を落とした。
トリスは巨大猪が倒れる寸前に飛びおりていた。巨大猪の身体に触れ、探索魔術で巨大猪が死んでいる事を確認した。
巨大猪の死を確認したトリスはこの魔獣の処理について考えた。牙や骨、皮は加工すれば様々な用途に使える。組合に売るのもいいし、素材を活かした武具を作るのもいいと思った。
しかし肉に関してはどうするか迷っていた。魔獣の肉は不味いとされているがトリスは迷宮にいた頃に魔物の肉を食べていたので余り抵抗はなかった。むしろ調理によって魔物の肉が美味しくなる事を知っていた。
だが肉の加工するには直ぐに解体する必要がある。
魔物や魔獣は他の動物と比べて体温が高い。その為討伐した後は直ぐに肉を冷やす必要がある。近くに川や池があれば腹を裂いて水に浸けるがあいにく近くに川や池はなかった。
もしくはここで血抜きをすることも考えたら血の臭いに誘われ野犬や魔獣が来る恐れもあった。
「あのう、ちょっと宜しいでしょうか?」
巨大猪をどうするか悩んでいると後ろから声をかけられた。振り向くと先程助けたベルセールと憲兵の男が立っていた。
「失礼ですがあなたは冒険者でいらっしゃいますか。自分は東門の警備を担当する部署の副隊長であります。」
「これはご丁寧にありがとうございます。私は冒険者のトリスと言います。」
トリスは首から下げている冒険者証明を副隊長に見せた。
「ご確認させていただきます。」
副隊長は自分が持っている冒険者証明と同じ機能がついているタグを取り出しトリスの証明に近づけた。二つの証明は淡く光り、トリスの冒険者証明が本物と認識された。
「確認させて頂き誠にありがとうございます。ところでこの巨大猪は死んだのですか?気絶しているのですか?
「死んでいますよ。心臓は既に停止しているのでもう動きません。」
トリスがそう言うと副隊長は歓喜の声を上げながら同僚の元に戻っていた。
副隊長が大声で「討伐された!」と繰り返し叫びながら同僚の元へ戻るとそれを聞いた門番の憲兵だけでなく周りにいた人達も大声で歓喜の声を上げた。
「なんなんだ?魔獣を倒したくらいで。」
「あのう、トリスさんは巨大猪の事はご存知ないのですか?」
ベルセールが声をかけてきた。今さら丁寧な口調に答えるのも変なので素の口調で答えた。
「さっき北門にいた巡回の憲兵に聞いただけだ。都市を襲う魔獣が出たと聞いた程度だ。」
「そうです。十年前から毎年この時期に現れては都市に大きな被害がでます。八年前は東門が破壊されて都市にも被害が出ました。だから巨大猪が出たときはみんな恐かったんです。
でもトリスさんが直ぐに討伐したからみんな喜んでいるのです。」
「なるほどね。」
軽い口調でトリスは答えたが心中は複雑だった。情報収集を十分に行ってきたつもりだが巨大猪の事は抜けていた。
彼らの事や冒険者の事を主として情報を集めていた。都市の状況などについてはあまり気に止めていなかった。
先程の行動といいこの巨大猪の事など今日は反省する点が多い。
歓喜に喜ぶ周りの人と異なりトリスの心は沈んでいた。
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