大都市アルカリス 憤怒と協議
本日二回目の投稿です。
巨大猪が討伐された事によりその日のアルカリスは大騒ぎになっていた。警鐘が聞こえた時は都市の住人の誰もが恐怖した。毎年の事だが巨大猪の被害は少なくない。毎年のように建物への被害や怪我人、死人が出る。今年もそうなると都市の住人は脅えていた。
だが、今年は違った。怪我人や死人は一切ない。それどころか建物への被害すらなく、一人の冒険者の手によって討伐された。それを聞いた住民達は皆喜んだ。
喜ぶ住民がいる一方、素直に喜べ無い者もいた。それは巨大猪の討伐に乗り気だった冒険者達だ。警鐘が聞こえた時に血の気の多い猛者達は我先にと東門に向かった。
だが冒険者達が東門にたどり着くと歓喜の人々で溢れ返っていた。最初は状況が判らなかった冒険者達だが東門の先にある草原で巨大猪が倒れいるのを目にして冒険者達は悟った。
巨大猪が既に討伐されていた事に。
リューグナーのトップ、モンテゴは荒れていた。
リューグナーの拠点として使われいる館でモンテゴは自身の部屋にいた。部屋には破かれた書類や散乱し、モンテゴは来客用のソファーを破壊していた。
破かれた書類は巨大猪討伐の戦略が事細かに書かれており、リューグナーのメンバーの役割や他のパーティーの行動予想などが記載されていた。モンテゴがこの一ヶ月で作成した物だった。だがこの戦略を使うことはもうない。トリスと言う新人冒険者が一人で討伐してしまったからだ。
その所為でモンテゴの苦労は水の泡と消えた。だがモンテゴの怒りはそれだけでは無かった。長年冒険者達が総出で討伐していた巨大猪を一人の冒険者が倒した事が問題だった。
リューグナーのメンバーは毎年必ず巨大猪の討伐に参加し一躍を買っていた。その度に怪我人や死人すら出たこともあった。それなのに今年はたった一人の新人冒険者が巨大猪を倒した事を聞きモンテゴは激怒した。
これでは今まで巨大猪を単身で討伐出来なかった自分達は無能だと世間が判断するかもしれない。それは人の評価を気にするモンテゴにとっては屈辱でしかなかった。書類を破り捨てても、ソファーを破壊してもその怒りは静まることは無かった。
前のリーダーであったイーラと組んで十年かけてリューグナーをトップパーティに育て上げた。イーラがいなくなってからは自身がトップに立ちリューグナーをここまで引っ張ってきた。それが無価値になることはモンテゴにとって死よりも辛いことになる。
唯一の救いは東門を出ていった娘が無事だったことだ。モンテゴの子供には息子と娘が一人ずついた。表には出さないがモンテゴは娘を溺愛していた。兄の息子には将来リューグナーを継がせる予定で、妹の娘は慎ましい幸せを掴んで欲しいと思っている。血生臭い冒険者などにはなって欲しいとは思ったことすらなかった。
だがリューグナーのリーダーとして他者に弱みを見せる訳にはいかないため娘を溺愛することは表に出さずに過ごしていた。
巨大猪が東門の方に出現したことと娘が東門に向かったことを聞いた時は背筋が凍った。もし巨大猪の犠牲者に娘がいたらと思うと今でも身が凍る思いだ。
そういう意味ではトリスには感謝している。だがそれでもモンテゴは簡単には割り切ることは出来なかった。
ギルドマスターのワノエルィテと秘書ジェテルーラもモンテゴと同じように怒りに駈られていた。二人は巨大猪が討伐された際の報酬や賞金の鐘を募る為に都市の商会から金を集めていた。例年通りの討伐去れればこの金は冒険者に渡す筈だった。
冒険者達は受け取った金で酒場で飲み食いしたり、武器や防具を新調したりし金を都市に還元する。商会から集めた金はそうやって都市の経済を回すために使用する筈だった。それに査定を行う組合職員に対しても幾らかの賞与を払う事にもなっていた。
だがこれらの計画が全て水の泡になった。トリスと言う新人が一人で巨大猪を討伐したため冒険者に金を払う理由がなくなり、査定を行う組合職員にも支払われることはない。そうなると冒険者や職員に不満が残り、商会からは集めた金が使われないため返却が要求される。
この対応だけでも頭の痛い話しなのに巨大猪の素材についても組合は対応を追われていた。今回の巨大猪の素材に関しては組合は所有権がない。単独で巨大猪を倒しているので所有権はトリスにある。
牙や骨、皮を売ればそれだけでもかなりの金が組合に入るが今年はそれがない。既に予算計上の中に巨大猪の素材を売った金額が組み込まれているためこのままでは何処かに皺寄せが出てしまう。
そんな貴重な素材を彼はあろうことかこの巨大猪の肉を取るために毛皮を切り裂こうとしていた。ここまで外傷が少ない巨大猪は貴重で毛皮だけでもかなりの値打ちになるのに不味い肉を取る為に傷をつけようとした。
幸いなことに巨大猪の出現で現地に向かった組合職員がトリスの行為を止めさせ、巨大猪の管理を組合が請け負うことでその場を治めた。巨大猪の死体は過ぐに組合の温度管理がされている倉庫に運ばれた。
温度管理にはそれなりの費用がかかる。温度管理には魔鉱石を使うのでその費用も組合が負担している。その補填をするにはやはりトリスから安く巨大猪を引き取り高値で売る必要があった。
そんなことを思いながら仕事をこなしていくワノエルィテとジェテルーラの元に一通の手紙が届いた。
市長のダールはモンテゴ、ワノエルィテ、ジェテルーラと違い歓喜していた。今回の巨大猪が討伐されるまでの被害はない。毎年建物や人が被害にあい後処理に追われていた。だが今回はそれが無いためダールは喜ばずにはいられなかった。
モンテゴ達には悪いとは思っているがそれがダールの正直な気持ちだった。
ダールはもう一度机にあるトリスの書類を見た。この都市に来た時に提出した物と冒険者に登録する時に組合に提出した書類の写しだ。そこにはトリスの名前や年齢などしか書かれていない。ダールはトリスのことをもっと知りたいのでこの書類では不十分だった。
ダールはトリスと個人的な繋がりを持つのも良いと考えていた。彼の実力があれば大概の依頼をこなすことができるとダールは考えている。難易度が高い仕事をトリスに依頼しなるべく利益を上げる。来年は市長撰がまたある。再当選するにはそれなりの資金が必要になるからだ。
本来ならサリーシャとの交易で利益を上げる予定だった。だが、去年からこちらの利益がほぼ上がらず寧ろ赤字傾向であった。領主デイルの元に潜り込ませていた庭師の男が去年急死した為に思った様にサリーシャからの情報が入って来ない。今はもう一人潜り込ませている侍女が情報を集めているが精度が良くないため利益には繋がっていない。むしろマイナスになることが多い。
利益が出ればそれを市長選の資金に利用しようと企んでいたダールにとっては由々しき問題だった。だがトリスを利用することが出来ればその分を補填できる。それどころかトリスと懇意になれば市民の受けも上がるかも知れない。何せ凶悪な魔獣を一人で倒してしまう実力だ。市長直々に勲章を授与してもいいかも知れない。
ダールはそんな事を考えながらトリスとの接触方法を模索していた。
魔獣討伐から数日後、ギルドマスターの部屋にこの間集まった人物達が集まっていた。集まったメンバーはほとんどは渋い顔をしていた。それは前回参加していなかったカドルがいる所為ではない。カドルは部屋の隅で愛用のナイフで遊びながら待っているがその表情は他の面子と同じだった。
皆が揃ったことを確認したワノエルィテは前回同様に最初に口を開いた。
「今日の召集については言わなくてもわかるな。」
「ええ、トリスさんのことでしょ。」
ワノエルィテの言葉に反応したのは唯一この中で機嫌がいいダールが嬉々として答えた。他の面子はそんなダールを忌々しそうに睨んだ。
ワノエルィテはダールの立場も判るので攻めはせず話しを続けた。
「そうだ。巨大猪を討伐したトリスについてある事を決めようと思っている。決定権はあくまでギルドマスターであるわしにある。だが市民の代表と冒険者の代表としてお前らを呼んだ。異論はないな。」
「私に異論はありません。」
「俺も異論はないが一つ聞きたい。カドルを呼んだ理由を教えてくれ。」
「彼を呼んだのは事前にトリスの事を調べて貰ったからです。」
モンテゴの疑問にジェテルーラが答えた。ジェテルーラはカドルに目を向けた。
「カドル。現状でのトリスについて話しなさい。」
「都合のいいときだけ呼んで命令口調とは随分な態度だな。」
「いいからさっさと話せ!」
ジェテルーラの言い方にカドルは不機嫌そうに答えた。だがモンテゴの鬼気迫る言葉カドルは驚き話しを続けた。カドルはにここ数日で調べたことを話し始めた。
「わかったよ。まず簡単なプロフィールだが年齢は四十二歳。見た目の割には歳をとっている。モンテゴの一つ年下で同じ世代だ。」
「詐称ではないのか?」
「一応それも考えたが奴はこの都市に来たときに身分証明書を提出している。サリーシャで発行され証明書だ。そこには当然年齢も書かれていて同じ年齢だ。もし年齢を詐称しているならサリーシャも騙す事になる。
年齢詐称をそこまでするならよっぽどの秘密がある筈だ。流石にそれを調べるには時間が足りなかった。年齢の件は一旦保留にして引き続き調査する方がいい。」
「わかった。続けろ。」
カドルの回答にモンテゴは一応納得はしたのか話しの続きを聞くことにした。
「次に奴の住みかだが西区画の一等地に家を購入していた。中々いい物件でこれがその住所だ。」
カドルが出した紙にはトリスの住所が書かれていた。その紙を受け取ったジェテルーラの顔が強ばった。ワノエルィテはジェテルーラの表情が変わったことに気が付いた。
「ジェテルーラ、どうかしたか。」
「・・・いえ、この男が買った家が新人の冒険者にしては分不相応だと思っただけです。」
「確かに新人の冒険者ならそうだが俺の予想ではそいつは何か危険な職業にいたんじゃないか?」
ジェテルーラの疑問にカドルが自分の予想を話し始めた。
「危険な職業?それはどう言ったものだ。」
「傭兵や用心棒と言いたいが多分違う。傭兵や用心棒の連中は対人戦は得意だが魔獣の討伐は不慣れだ。傭兵は稀に魔獣を討伐するあくまで副業だ。本業じゃない。」
「なら何なんだ。」
「この国、インフェリスで無く違う国の人間じゃないか。大陸の内部のでは魔獣討伐を専門にしていた戦士もしくは騎士が一番有力だと思う。魔獣の対応は何処の国も抱える問題だ。専門の人員がいても不思議じゃない。」
「では、素人ではないな。」
カドルの推測は確かに説得力があった。どういう訳かこの国の魔獣出現率は低いが他国では魔獣の被害は甚大であり、魔獣討伐を専門に扱う職業が国営と私営両方である。そう言った職業についていた者が自国にいることが出来なくなり、第二の人生を送る為にこの都市に来るのはよくあることだった。
カドルの推測に納得したワノエルィテはトリスの事について考えを改める事にした。排除するのではなく駒として取り込んだ方が後々有効かもしれないと考え始めた。
「大方、前の職場で何かあって居づらくなり、心機一転でこの国に来たのが有力だ。金も前の職場でコツコツ貯めた結果じゃないか。二十歳前から魔獣討伐を行いながらコツコツ貯金すればあの家ぐらい買う金はあるさ。使用人も数人雇っているから金には困ってはない。」
「だからこの手紙が届いたのか。」
ワノエルィテは机の引き出しから一通の手紙を出しダールに渡した。ダールはその手紙を広げ中身を確認した。
ダールはその内容を目を通して驚いた。手紙はトリスから組合宛に出されたもので手紙には今回討伐した巨大猪の素材をほぼ全て組合に譲渡すると書かれていた。それを聞いたモンテゴとカドルも驚いた。
「これは本当なのですか?」
「本当です。確認のために彼のことを知っている職員を彼の所に行かせました。」
組合職員が確認した結果この手紙に書かれていることは本当で後はトリスの要望を幾つか叶えるだけで巨大猪は組合に譲渡される。
ダールの疑問にジェテルーラは淡々と答えた。ジェテルーラも最初この手紙を見た時は驚いた。貴重な巨大猪の素材を組合に譲渡するのは巨額の資産を手放すのと同じことだ。だがカドルの推測通りなら彼は金に関しては興味ないのかも知れない。
「わしはこの提案を飲むつもりだ。ジェテルーラも反対は無い。」
「彼か出した条件は何です?」
ワノエルィテとジェテルーラが賛成したと言うことはそこまで酷い条件では無いとダールは推測したが念の為の確認としてワノエルィテに確認した。
ワノエルィテの代わりにジェテルーラがトリスの出した条件を皆に話した。
巨大猪の素材を譲渡する代わりにトリスから出された条件は全部で四つ。
一つ、冒険者及び冒険者組合職員の為の宴を開くこと。
一つ、冒険者組合職員全てに少額でもいいので賞与を払うこと。
一つ、冒険者に買う装備の一つの三割を組合が負担すること。(補足、あまりにも高額な物は除外してよい。)
そして。最後にトリスの階級を上げるC階級に上げること。
「ふざけるなぁ。」
その条件を聞いた怒声を上げたのはモンテゴだった。現在最速のでC階級に上がったのはモンテゴの息子であるアルモだ。その最速記録が大幅に塗り替えられることになる。しかもこの記録は今後塗り替えられることは無いだろう。冒険者登録をして僅か二十日未満でC階級に上がるのは今の制度上不可能であった。
ワノエルィテとジェテルーラはモンテゴがこのような反応をするのは予想していた。だがトリスの出した条件は組合にとっては朗報だった。
トリスの出した条件の一つ目を組合主催で行えば商会から集めた金を返す必要がなくなる。発案者が巨大猪を討伐した冒険者と言えば商会も文句は言えない。
それに三つ目までの条件を行えば結局のところ都市の経済が周ることになり商会の利益も上がることになる。
二つ目と三つ目の条件は巨大猪の素材を売った金で十分賄うことが出来る。暫定では例年通りかそれ以上の収益が見込まれ組合の予算は十二分に潤う。組合と商会にとっては拒否する理由が無かった。
市長のダールもこの条件については大賛成だ。都市の経済が周るのは嬉しい事で、さらに宴に便乗して小さな祭りを開けば市民からの評価が上がる。予算に関しても巨大猪の被害が無いためその分の予算を回せばよい。
そうなると後は四つ目の条件にを飲めばいいだけの話しだ。
トリスは既にD階級の条件を満たしている。だから巨大猪の報酬として一階級上昇を要求してきた。
巨大猪を討伐した日に組合を訪れD階級の試験の素材を組合に収めていた。巨大猪のことで大き過ぎて見落としているがトリスはD階級の資格を得ていた。
そして、今回の条件で一階級上昇を要求してきた。あながち的外れな要求では無かったのでワノエルィテとジェテルーラはその要求を前向きに検討していた。カドルの調査と推測でほぼ向こうの事情も把握できた。引き続きカドルに調査はさせるがトリスの出した条件を承認することにした。
後はモンテゴのどうでもいい拘りだけが邪魔していることになる。だから話の事前にワノエルィテは言ったのだ『最終決定は自分にある』と。
ワノエルィテが事前にこのことを話したのは二十年以上付き合いのあるモンテゴへの配慮だった。モンテゴもそのことを理解したのかそれ以上は何も言わなかった内心は荒れていた。
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