大都市アルカリス 病気と怪我
今年もあと一日。今日は三話登録して今年の締めとします。
二つ目。
トリスが冒険者組合に向かった後フレイヤは買い物に出掛けた。昼食を作った時に幾つか欲しい香辛料などがあったからだ。
家に必要な物があれば買って良いとトリスに言われ金銭も幾らか貰っていた。フレイヤは家の鍵を締め少し遠い東区画の市場に向かった。
西区画にも市場はあり東地区より近かったが東区画の市場は昔フレイヤは良く利用していた。イーラと結婚した時は東区画の一軒家を借りて生活をしていた。その為フレイヤにとって東区画の地理には明るかった。
昔の知り合いと会う可能性はあった。だが髪の色や瞳の色が違っているので気が付かれても他人の空似でごまかせる。むしろ堂々としていた方が怪しまれないとトリスからアドバイスを貰っていた。
「さぁ、いらっしゃい。いらっしゃい。」
「このお茶は南方諸島で採れた茶葉から作った品だ。試飲もやっているからよっていきな。」
「今日は豚肉が安いよ。必要な量を言ってくれればその場で加工するよ。」
「朝に採った野菜はどうだい。どれも新鮮だよ。」
市場は十年前と変わらず賑やかにだった。見覚えのある店主に初めて見る店主。行き付けだったお店がまだ営業しており、見慣れた風景に見知った場所、フレイヤはようやくアルカリスに戻って来た事を実感した。
もしかしたらトリスも同じ気持ちを味わっているのかもしれない。そう思うと嬉しくなり自然に笑顔になった。
そんなフレイヤを見た通行中や店の店主は見惚れいた。このような辺りでは見たことが無い女性が一人で歩いている。しかも美人だ。店の店主はしきりにフレイヤに自分の店の商品を紹介し、通行人もフレイヤに声をかけた。フレイヤは何時も通りそのすべてをいなして目的の店に急いだ。
目的の店に着くと老婆が店番をしていた。フレイヤは店に入り店番をしている老婆の元に向かった。
「いらっしゃい。おや、初めてお客さんかね。」
「はい、よろしければ香辛料を売ってください。」
「ああ、いいさね。何が必要だい。」
フレイヤは老婆に欲しい香辛料と量を伝えた。この店は香辛料を専門に扱っている店で十年前もフレイヤはよく利用していた。フレイヤは老婆のことは知っていたが老婆はフレイヤの事には気が付いていないようだった。
フレイヤから香辛料の種類を聞いた老婆は手馴れた手つきで瓶から香辛料を取り出し、秤でフレイヤが伝えた量を測った。測り終えた香辛料は丁寧に紙に包みフレイヤに渡した。数種類の香辛料を紙に包み終えフレイヤは買い物かごにスパイスを入れ老婆に料金を支払った。
「丁度頂きました。またお越し下さい。」
「こちらこそご贔屓にさせていただきます。」
フレイヤはそう言い店を出ようとした時に気になる壺を見つけた。他の商品は瓶に入っていたがひとつだけ壺に入っており壺には『咖喱』と書かれた紙が貼ってあった。
「ああ、その壺が気になるのかい?」
「ええ、一つだけ壺で置いてありましたから。」
「それは複数の香辛料が混ぜてあるんだ。うちの息子が作った物でうちの看板商品になった物さ。」
老婆はそう言うと簡単な使い方をフレイヤに説明した。フレイヤは咖喱と呼ばれる香辛料に興味を持った。トリスは食に対して寛容で美味しい物や珍しい物は積極的に購入しても良いと言われていた。その為飲食物に対しては高値でも文句は言わない。
「値段は他の香辛料より高いよ。何せ複数の香辛料が混ぜてあるからね。でも初回だから安くしておくよ。次回からは通常価格にするけどね。」
フレイヤ少し考えたが老婆の高位に素直に甘える事にした。量は老婆が指定した以上は購入できなかったが試す分には困らない量だった。老婆は先程の香辛料と同じようにを紙に包みフレイヤに渡した。
「ありがとうございます。早速試してみます。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。他は何かあるかね?店のこと以外でも答えるよ。」
そう言われフレイヤはあることを思い出した。トリスの家にはまだ常備薬がなかった。フレイヤは常備薬を買うことを決め老婆に店の場所の聞いた。
「薬を買いたいのでお店を教えて下さい。」
「ならこの道を真っ直ぐ行って、赤い屋根の家を左に曲がると薬屋があるよ。わしも良く利用しているから品質は悪く無いよ。」
「行ってみます。」
フレイヤは今度こそ店を出た。老婆に言われた通り向うと薬屋の看板が出ている店があった。店の名前も老婆に教えて貰った名前と一致していたのでフレイヤは店の中に入った。
店の中で客と思われる男性と店員と思われる女性が揉めていた。
「足りない分は後で持ってくる。だからこの薬を売ってくれ。」
「ダメです。その薬は高価なんです。ご入り用でしたらちゃんと料金を払って下さい。」
「そこを何とか頼む。病人がいるんだ。」
「それは判りますがこっちも慈善事業じゃないんです。お金が払えないならせめてそれに見合う物を渡してください。」
客の男性と女性店員は薬のことで揉めていた。どうやら男性は手持ちが足りないのかツケで薬を購入しようとしたが女性店員に拒否されているようだ。客の男性は左足が悪いのか左手に杖を持っていた。
フレイヤが店に入っても二人は気が付かず何度か口論していたが結局これ以上の交渉は無駄と悟った男性が薬をあきらめることにしたようだ。
男性は左手に持った杖をつき店を出ようとした。しかし杖の先が床を滑り男はバランスを崩してしまった。
「うわっ。」
「きゃっ」
バランスを崩したところが丁度フレイヤとすれ違う所だったので男はフレイヤを巻き込む形で倒れてしまった。
「すまない。ケガはないか?」
「私は大丈夫です。足が悪いようですが立てますか?」
「大丈夫だ。」
男は何とか立ち上がりフレイヤも立ち上がった。フレイヤは買い物かごの中を確かめ先ほど買った香辛料とお金の入った財布は幸いな事に無事だった。
「迷惑をかけた。」
「いえ、お互い怪我が無くて良かったです。」
「失礼する。」
そう言って店を出ようとする男性にフレイヤは戸惑いを覚えた。先程から男性の声が何処かで聞いたことがある気がしていた。フレイヤは無礼だと思ったが杖をついている男の顔を再度確認した。
「ダグラスさん!」
フレイヤは思わず男の名前を呼んでしまった。
男も自分の名前を叫んだフレイヤを凝視した。
「あなたはもしかしてレイラか?」
娼婦の頃の名前を言われてフレイヤは確信した。目の前の男は娼婦の頃のに同じ店にいたダグラスだ。そして思わぬところで自分の事がバレてしまった。余計な騒動を避けるためにせっかく変装していたのに自ら身元がばれる様な事をしてしまった。
「ダグラスさん。ちょっとお時間頂いてよろしいですか。私に付いてきていただければ先ほどの薬は私が購入してお渡しします。」
フレイヤはダグラスに自分の事を口止めする為と聞きいておきたい事があったので交渉するかたちでダグラスと話をすることにした。
店の外を出て少し離れた所に椅子の代わりに成る石壁があったのでそこにダグラスを座らせた。ダグラスはフレイヤの言われた通りに石壁に腰掛け改めてフレイヤを見た。
ダグラスの記憶にあるレイラは金髪に青い瞳だった。だが目の前の女性は顔つきはレイラだったが髪の色や瞳の色が違っていた。
「君はレイラなのか?」
「はい、今はフレイヤと名乗っています。それでお聞きしたい事があるのですが。」
「ローザの事か。」
「は、はい。」
フレイヤが訪ねる前にダグラスは予想していたことに告げた。
ローザはフレイヤが働いていた店にいた娼婦の名前だ。フレイヤより七つ年下の女性だが彼女の方が娼婦のとしては先輩だった。その為フレイヤの教育係としてフレイヤの面倒を見てくれた恩人でもあった。辛い娼婦の仕事が出来ていたのはローザの存在が大きかった。
「ダグラスさんはローザと暮らす為にサリーシャを出て行きました。まさかアルカリスに来ていたとは思いませんでした。」
「最初は別の街で暮らしていた。だが下手を打ってこの都市から出られ無くなった。」
ダグラスはサリーシャに出た後の事をフレイヤに話しをした。
ダグラスとローザは娼館で知り合い互いに惹かれあった。通常は娼婦と店の男との恋愛沙汰は禁止だった。だが幸いなことにローザは娼館で働いていたが借金の支払いは終わっていた。ダグラスも臨時の用心棒をしていたのでそこまで店に縛られる必要は無かった。
二人は店を辞めることにして違う街で暮らすことを選んだ。最初はそこそこ大きな街で暮らしてた。ダグラスは用心棒として店に雇われていた経験を生かした建物の警備や要人の警護をしていた。ローザも近くの飯屋の給仕として働き全うな仕事につけた二人の生活は順調だった。
だが半年前にダグラスに思わぬ仕事が入った。アルカリスで要人の警護として働かないかと誘いがきたのだ。給金が今までの倍になると言われダグラスの心は揺れた。給金が倍になればダグラスの給金だけで生活が出来る。ローザに給仕の仕事などをさせる必要もなくなり二人が望んだ子供も作れる。
ダグラスはその話をローザにして二人で今後のことを話し合った。結果ダグラスはアルカリスで働くことを決めた。ダグラスとローザはこの都市で新たな生活を手に入れようとした。
だが、現実は残酷だった。ダグラスは最初の任務で深手をおった。左足の骨が砕けるほどの大けがで暫く動けない状態になった。普通なら雇った雇用主が面倒を見るはずが雇って日が浅いことを理由にダグラスを解雇した。解雇される際に幾らかの違約金を貰うことが出来た。
暫くは違約金で生活できていたが悪い事は重なる。ダグラスが治療を受けていた医者は実は詐欺師だった。ダグラスは足さえ完治すればまた働けると思っていたが肝心の足の治療はされておらず、今だに杖が必要な状態だった。怪我のせいで仕事が無い状態の日々が続きダグラスとローザは路頭に迷う事になった。
そんな状況に見かねたローザはまた娼館で働くことにした。ダグラスは反対したがローザは一人で勝手に決めて娼館で働いた。最初の一ヶ月は順調だったが客から病気を移されてしまった。
病状が出た時はただの疲れかと思っていたがローザは日に日に弱って行き、病気に気が付いた時には遅かった。病気を治すのには高価な薬が必要で当然そんなお金を工面する余裕は二人にはなっかた。
「俺はせめてローザの病気を治したくて薬を買う為に様々な仕事を行おうとした。だがこの足のせいでどこも雇ってはくれなかった。せめてツケで買えればいいと思ってここに来たが駄目だった。」
ダグラスは一通り話を終えると自傷気味に笑った。フレイヤは手に持っていた薬を改めてみた。ダグラスが買おうとしていた薬は性病を治すものだった。しかもこの薬は一度投与すればいい物ではない。病気が完治するまで毎日患者に投与する必要があるものだ。
ローザの病気の進行具合は判らないが、病気が完治するまで最低でもあと三回は購入する必要があった。
フレイヤはダグラスの話しを聞いてローザに会うことを決めた。
「ここだ。」
ダグラスの案内で彼らの家に着いた。彼は区画端にある貧民街の家を借りていた。家と言っても外観は物置小屋に近い佇まいだった。ローザが病気になる前は東区画にある一般的な場所を借りることが出来ていたが家賃が払えなくなり、タダ同然のこの家に移り住んだとダグラスは説明した。
フレイヤは意を決して扉を開けた。
「ダグラスかい?お帰り。」
かすれた女性の声が聞こえた。フレイヤは声のした方を見ると粗末なベットの上に赤毛の女性が横になっていた。赤毛の女性はフレイヤが記憶にあるような美しい容姿ではなく、顔の左半分は包帯がまかれ、包帯の隙間から見える肌は爛れ顔色も悪かった。そんな友人の姿にフレイヤは悲鳴にも似た声でローザの名前を呼んだ。
「ローザ!」
「ダグラスじゃないの?失礼したね。今起きるから待ってくれ。」
「いいの、無理に起きないで。私よレイラよ。サリーシャで一緒に働いたレイラよ。」
フレイヤは直ぐにローザの元に行き、身体を起こそうとしたローザを止めた。ローザも昔の知り合いが訪ねてくるとは思ってもいなく包帯に巻かれていない片方の目を開きフレイヤを見た。
「レイラかい?ああ、とうとう眼まで犯されたか。あんなに綺麗にだったレイラの髪が白く見えるよ。でも顔つきは変わってないね。レイラは元気だった。ここにいると言うことは借金は無事に返したんだね。」
「ええっ、ええっ。娘のクレアもこの都市に来ているわ。」
「それは良かったね。」
ローザはフレイヤに触れようと自分の手を持ち上げた。しかし爛れている自分の手が綺麗なフレイヤに触るのに抵抗を覚え、手を引っ込めようとした。だがローザの手をフレイヤは手を取り、変わり果てた友人との再会に涙を流した。
「レイラ、再会の話は後にしてローザに薬を飲ませよう。」
ダグラスは先程フレイヤの好意で買った薬をローザに飲ませる事を優先した。確かに今は再会に喜ぶよりもローザに薬を投与した方がいい。
「判りました。薬湯も買って来たから一緒に用意します。ローザ、お台所借りるね。」
フレイヤはそう言うと立ち上がり先ほど購入した薬をダグラスに渡した。フレイヤは台所に行き湯を沸かし薬湯の準備を始めた。ダグラスはローザに薬を投与しながらフレイヤとあった経緯をローザに話しをした。勿論薬と薬湯の料金をフレイヤが立て替えてくれたことも話し、そのことを聞いたローザはフレイヤに何度もお礼を言った。
フレイヤが用意した薬湯を飲んだローザはその後フレイヤと話をした。フレイヤは去年自分の身に起きたことをローザに話した。
「そっか。いい人に会えたんだね。」
「うん。亡くなった夫の友人でその人が借金を返済してくれたの。」
「今はその人と一緒なのかい?」
「彼とクレアそれに他の街で知り合った子と一緒にこの都市にきたの。」
「それは楽しそうで何よりだね。」
ローザはフレイヤの身の上を話しを聞いて嬉しそうに聞いた。久しぶりの友人との会話は楽しくローザは久しぶりに愉快な気持ちになった。
だがそんな時間も長くは続かなかった。
病に蝕まれた身体は会話をするだけで体力を消費する。フレイヤとの会話を楽しんでいたローザだったが不意に眠気が身体を襲いローザはそのまま眠ってしまった。
幸いなことに薬と薬湯の効果が利いているのかローザは穏やかな寝息を立てて眠ったてた。フレイヤはローザが眠ったことであらためて部屋の中を見た。部屋はお世辞にも病人が住んでいいような場所では無かった。床や壁は所々穴が開いている。冬ではないので凍える様な寒さは感じないが、隙間風があたると寒さを感じる。
衛生面や生活環境として病人が住むにはいい場所と言えなかった。
それにローザを一度湯殿に連れて行き傷口を綺麗に洗いたかった。服で見えないが体の至る所の皮膚は爛れ軟膏を塗る必要がある。その為には一度傷口を綺麗に洗わなければならない。だが公共の場所では病気の彼女を受け入れてくれるところはない。あるとすれば個人の家か病院。だが病院に入院させる費用まではフレイヤに用意は出来ない。そこまで考えフレイヤはある決意をした。
ローザは身体が揺れる振動で目を覚ました。目を覚ますと寝る前の自分の家とは別の場所だった。背中には毛布が敷いてあるが床が揺れているためその振動で起きたようだ。ローザは見知らぬ場所でいるため不安にかられた。
「目を覚ましたか。」
最愛の夫の声が聞こえたので声のする方を見るとダグラスがいた。ダグラスがいることでローザは不安は無くなった。だが自分はいったい何処にいるのだろうか?そんな疑問に夫のダグラスが答えた。
「ここはレイラが手配した荷馬車の中だ。今レイラの家に向かっている。」
「レイラ?そっかあれは夢じゃあ無かったんだね。でもどうしてレイラの家に向かっているんだい?」
「彼女はキミを治療する為に家に招くと言っていた。場所までは判らないがあそこよりはマシだと思う。」
「そうかい。すっかり世話になっているね。」
「ああ。」
久しぶりに会えた友人に好意にローザは感謝した。
フレイヤはローザを運ぶ為に馬車組合に行き、病人を運ぶ為の荷馬車と業者を雇った。多少料金はかかるが手持ちの金と家に置いてあるフレイヤの貯金で賄えた。
荷馬車を雇ったフレイヤはローザに投与する薬や体に塗る膏薬を買い、ダグラスとローザの家に戻りローザを荷馬車に乗せフレイヤの家に向かっていた。
「ダグラスさんはちょっといいですか?」
フレイヤが業者台に座っていたフレイヤが荷台にいるダグラスに声を掛けるために顔を出した。フレイヤはローザが目を覚ましているのを見て嬉しそうに声をかけてきた。
「ローザ、目が覚めたのね。丁度よかった、もう家に着くから準備してね。」
フレイヤがそう言って暫くすると馬車が止まった。荷台後ろの帆が開き業者がローザを荷台から降ろした。
荷台から降りたローザは自分の目の前にある家を見て夫のダグラスと共に驚いた。
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