港街サリーシャ 思わぬ再会
「これから『都市』に行くのですか?」
「ああ、庭師の彼が亡くなったからその報告に行って欲しい。第一発見者の君も同行して貰いたい」
デイルの館の一室でデイルは女性従業員と話をしていた。先ほど亡くなった庭師の男の家族に知らせるために第一発見者の彼女を使者として向かわせる。初夏に差し掛かるこの季節に遺体を長期保存しておく方法はない。
この国では感染症を防ぐために遺体は火葬するのが習わしになっている。家族に連絡して引き取りに来てもらう頃には火葬されているが、それでも事前に一報するのが雇用主としてのデイルの配慮だった。
「御家族への手紙は私がしたためる。手紙では伝わらないことも発見者の君がいれば説明できるだろう。それに君は彼と親しい仲と聞いたから適任かと……」
「いえ、仕事上の付き合いはありません」
「そうなのか。他の者からは親しい人を聞いたら君の名が出たからてっきり」
「噂です。そのような事実はありません」
「そうか、では遺品整理は違うの者にまかそう」
「!?」
デイルの言葉を聞いて失敗したと女は思った。庭師の男とは『都市』から派遣された同業者だった。必要以上に接触するのは問題が生じる恐れがあった。今まで仕事以外で接触したことはなかった。
誰かに見られて男女の仲を疑われても問題ないようにしていた。だが今回はそれが裏目にでた。親しい仲なら遺品の整理をすることもできた。男が今まで調べたことについてのメモなどが回収できるチャンスだったがそれができなくなってしまった。
「では、今日はもう自宅に戻ってくれ。明日朝一の馬車で『都市』に行って貰う。帰って旅支度をしてくれ。足りないものがあればこちらに請求してくれ」
「……判りました。失礼します」
女はそう言うと一礼して部屋から出て行った。
女は同僚に家に帰ることと明日から『都市』に向かうことを告げた。既に周囲には知らされているのか同僚は「お土産よろしく」と軽い言葉を返した。女は同僚に別れを告げ館を後にした。
正直気が重い。同業者の男が突然目の前で死んだこともあるが、どうも全てが後手に回っている気がする。A級品の魔鉱石が献上される情報を掴み、情報を同業者の男に流した。男は情報を確かめるために盗聴を行っていたが、デイルが部屋から出ても男は戻ってこなかった。不審に思い業務の合間をぬって男を探したが見つからなかった。
盗聴していた部屋には貴重な魔鉱石が置いてあるため、誰も近づくなと厳命されていたので部屋の中に入ることはできなかった。状況が把握できないまま右往左往していると男が目の前に現れ必死な様子で近づいてきた。
話をしようと思い近づこうしたが男は眼前で倒れた。慌てて容体を確かめたが既に男は事切れていた。物音に気づき領主のデイルや執事のレリックが様子を見にきた。女が遺体に触れたところを見られたので女は部屋に軟禁された。
女が部屋に軟禁されたのは感染症の心配があるためとデイルが判断した。念のための処置なので一時的なものだ。軟禁されるときにレリックから男の話を聞いた。男は業務中に左腕に怪我を負い、医者に診てもらうためにデイルと面会して館を出る途中だと説明を受けた。確かに左腕に傷があったのは女も気が付いていた。
左腕の怪我が原因なのかは判らないが、感染症などの恐れがある。医者の検査が終わるまでは遺体に接触した人物は部屋に軟禁することをデイルが決めた。女のところにも先ほど医者が来て薬を渡され投与した。医者の話だと男は心臓発作のようで特に病気などではないと説明された。薬も念のための処置と言われた。
それからしばらくしてデイルに呼ばれ『都市』へ行くことになった。少し話が出来過ぎている気がしたが雇用主のデイルからの指示には従わないといけない。それにこの状況では下手に動くのは得策ではなかった。結局A級品の魔鉱石の確認や男の詳しい死因を確認できずまま女は帰宅するしかなかった。
「どうやら上手くいったようだ」
デイルの部屋に女従業員と入れ替わりにトリスとラロックそれにガゼルが入ってきた。三人は隣の部屋に待機しており、逐一状況を確認していた。
「あの様子だとトリス殿の行った通り『黒』じゃな。目の前で人が死んだのにあの落ち着きよう。慣れていない人間だとどうしても動揺するし、遺品を整理する話になったときに少し表情が変化した」
長年人と接してきたガゼルは人の細かい表情を読むのが得意だった。この部屋は特殊で隣の部屋から中の様子が良く判るようになっていた。ガゼルはレンズを応用して作った除き穴から彼女の表情を確認していた。すべてはトリスが仕組んだ策だった。
トリスは女従業員が不審な行動をしているとデイル達の前で話をした。そのため、彼女がいる限り依頼は受けないことも伝えた。デイルは最初信じられなかったが庭師のこともあり一時的にこの館から遠ざけることにした。その際にトリスは『彼女の目の前で庭師の男を殺害しその動向を探ろう』と提案した。
元々領主の部屋を盗聴するのは重罪で、初犯でも問答無用で処罰される。それを長年行っていたとなれば死刑どころか親族にも重い罪が課せられる。それに比べれば穏便な処置とデイルは判断してトリスに実行して貰った。そして、女従業員は『黒』と認識された。
「具体的な処罰はしないのですか?」
「まだ、状況証拠だけだから処分はしない。それよりも泳がしてこちらが有利になるように情報を流す。レリックが庭師の遺品を整理しているが、書類などは暗号化されている可能性がある。行動を起こすのはそれを解読して向こうが掴んだ情報と食い違いがないように情報を流す予定だ」
トリスの質問にデイルは意地の悪い笑みを浮かべて答えた。今まで情報が漏れた形跡が幾つかあったが、いつ、誰がその情報を流したか判らなかった。だがようやくそのことが判り、今度は逆手に取って今まで出た損害を取り戻すことをデイルは決めた。
「ところでトリス殿はこれで私の依頼を受けて貰えるかね。もう後顧の憂いはないはずだが」
「ええ、判っています。ご依頼はお受けします。相手の正確な人数と場所と時間を指定していただければそこで決着をつけます。勿論報酬は頂きます。それとガゼル殿を治療した借りもいつかは取り立てますので」
ガゼルの病気は先ほどトリスが治療した。トリスはガゼルの治療をする気はなかったが全員が集まったときにクレアがとんでもない発言をしてしまい成り行きで治療を施したのだ。
「ねぇトリス。ガゼル様の病気を治さない? ママのときと同じように魔術で治せないの?」
「なっ!?」
ガゼルとデイル達との話し合いが終わった後に不意にクレアがトリスにガゼルの治療について聞いてきた。余りにも脈絡もなくクレアがそう言ってしまいトリスは固まってしまった。
本来怪我の回復や状態の回復に関わる魔術は教会が管理している。教会以外の者が使える回復系の魔術は応急処置程度のものしかなく、大怪我や病気などの状態回復は教会の司教以上の者しか使えない秘術でもあった。それが教会関係者以外の者が使えるのは前代未聞の惨事である。
トリスはそのことを理解しているので、レイラとクレアには治療魔術については口止めしていた。だが、クレアはこの街の前領主で、市民に絶大な支持を得ていたガゼルが病気で弱っているのを見て気の毒と思いついトリスに尋ねてしまった。
レイラは困った表情を浮かべるだけで特に何も言わず、他の人達はトリスを驚きの目で見ていた。
「クレア、冗談を言う……」
「トリスさん。主人を治すことが出来るのですか?」
トリスが咄嗟に誤魔化そうとしたが、妻のティナがトリスに詰め寄ってきた。両肩を掴みクレアの言葉の真意を確かめるため必死だった。その様子にトリスは抵抗できなく口を塞いでしまった。
「母上。落ちついてください。そんな状態だとトリスさんも話せません。一旦落ちついて」
ティナの変貌にいち早く気が付いたデイルはトリスが困惑しているのを見てティナをトリスから引き離した。だがデイルも父親の病を治したかったので改めてトリスに真意を確かめてきた。
「トリスさん。いろいろとあなたに頼って申し訳ないが、あなたは治療魔術に心得があるのか? もし、できることなら父上を診て欲しい。可能であれば治療をお願いする」
「……………………診るだけなら」
長い沈黙の後にトリスは診察だけを引き受け、ガゼルに近づいた。トリスはここでできないと断るより、診察を行い治せないと言った方が後々面倒にならないと判断した。
「失礼します」と一言断りを入れてガゼルの首元を両手で触れた。ガゼルの首から探索魔術応用した魔術を使い、首から全身の異常を調べた。
ガゼルは確かに病を患っていたが体調が悪いのはそれだけではない。消化器官の臓器が著しく衰弱もしくは損傷している。これは毒物を飲んだときの症状に似ていた。治療するのは可能な範囲で臓器を修復すれば病も自然に治るだろう。トリスはそう判断してガゼルから手を放した。
「残念ですが、私には治せません」
なるべく平静を装いそう言った瞬間ティナが泣き崩れた。トリスの治療に期待していたのか、傍から見ても判るほど落胆していた。だがここで下手に治療してしまった場合はまた面倒なことになりそうなのでトリスは黙っていることにした。
「トリス殿。診てくれてありがとう。ティナよ、泣くのは止めなさい。トリス殿が困ってしまうだろ」
ガゼルはそう言い妻を慰めた。
「トリスさん。父上の病は本当に治らないのか? 完治まではできなくても症状を和らげることはできないのか?」
デイルは緩和治療などの処置がないか聞いてきた。デイルもガゼルの病気を少しだけでも治したかった。トリスにはそのような治療はできないので首を振った。トリスは怪我や病、毒物による身体の異常を治すことはできるが、痛みを和らげ症状を抑えることはできない。治せるか、治せないかのどちらかしかできない。
成り行きを見守っていたレイラとクレア、ラロックを見ると三人は沈痛な表情をしていた。特に言い出したクレアは今にも泣きそうな顔をしていた。レイラ達街の住人からするとガゼルは街のために身を粉にして働いていたことを知っている。
病で倒れたと聞いたときも街の医者や薬剤師は皆で知恵を絞って回復させようとした。しかし駄目だった。そのため教会からも司祭を呼んで治療して貰う案もでていた。だが教会が介入してしまうと政に口を出してくる恐れがあったのでガゼルがそれを辞退してゲイルに領主の座を譲ったのだ。
トリスはそこまでの事情は知らないが三人の様子からガゼルが今までどのように街に尽くしてきたかは想像はできた。治療はできないと言ったのでこのまま引き下がっても問題はなかったがこのままでは後味が悪すぎる。トリスはガゼルを治療することにした。
「はぁ、報酬は別に頂きます。それに他言無用でお願いします」
トリスはそう言うとガゼルの首元に再度両手で触れた。トリスの両手がガゼルの首に触れると淡い光がガゼルの首を包んだ。ガゼルは病と毒物の影響で喉や消化器官、内臓に異常がある。トリスは首から下をゆっくりと治していった。
トリスの突然の行動にガゼルやデイル達は驚いたが、成り行きを見守るしかなかった。トリスの両手から発せられる光は暖かく、ガゼルは自分の身体も同調するように暖かくなるのを感じていた。湯船に入ったような暖かさが、全身を包み身体の痛みが和らぐのをガゼルは感じていた。
ガゼルはトリスの治療に身を委ね、治療が終わるのを待った。
「これで終わりです」
治療が始まってからかなりの時間が経過した頃に要約トリスはガゼルに触れていた両手を離した。トリスが手を放すとガゼルが感じていた暖かさも消えてしまったが身体は調子が頗る良かった。今まで感じていた喉の痛みや吐気などがなくなっていた。試しに手足を動かしても問題がない。
今なら自分一人で立ち上がることもできる気がした。体調が悪くなってからは立つと目眩や頭痛がするので誰かに付き添って貰っていた。ガゼルはベットから足をおろしゆっくり立ち上がった。目眩を頭痛も襲ってこない。むしろ気持ち良く寝られた日のように体調がいい。
「あなた、大丈夫なの?」
「ああ、眩暈も吐き気もない。私の身体は治ったのか?」
「いいえ、長いこと運動をしていなかったせいで、体力や筋力は落ちています。内臓もまだ回復したばかりなので消化のいい物を食べてください。お酒は一日コップ一杯までです」
トリスがそう言うと様子を見守っていたティナがトリスに近づき手を掴み感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
デイルとガゼルもトリスの前に立ち深々と頭を下げ感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます。父上を治して貰ったこの恩は必ず返す」
「トリス殿。私からも礼を言う。治していただきありがとう。心から感謝をする」
「感謝するならこのことは口外しないでください。教会に知られると面倒事が起きるので」
トリスはそう言ってレイラ達を見ると彼女達も嬉しそうな顔をしてこちらを見ていた。世の中はままならないものだとトリスは再認識した。本来は回復魔術を使えるのは誰にも知られたくはなかった。だがリザの村での出来事やこの街での出来事で使うことになった。
人助けなどは本来のトリスが行うべきことではないのに。
そんなことがあったがトリスはガゼルの依頼を受けることにした。ガゼルの報酬は魅力的であり、後顧の憂いを断つことも考えての判断だ。とはいえ具体的な策はまだない。これから動くには情報も欠落していた。今はデイルの部下達が情報を集めることになった。
その間トリスはすることはないのでクレアの稽古をすることにした。ことが済むまでデイルからは館で過ごすように言われ、この館の客間で生活することになった。デイルには許可をとり剣の稽古は裏庭の目立たないところでクレアと行った。
クレアの稽古については朝に稽古をしたときに幾つかクレアの不足部分が判っていたのでそこを補う稽古を考えていた。クレアはほぼ自己流で稽古していたため、身体は上半身寄りに鍛えられていた。冒険者は上半身よりも下半身の方が重要なのに教える者がいなかったためだ。
クレアは鍛錬を自主的に行っていたが、レイラを通じて娼館の指示で必要以上の運動は禁じられていた。適度な運動は身体を引き締めるが、筋肉がついて体が硬くなるのを避けるためだ。引退した冒険者などが開いている道場に通うことができなかったのはそのためだ。結果、朝の剣の稽古と夕方の走り込み以外は運動できなかった。
冒険者になるには足腰とバランス感覚が重要だ。それがクレアは満たしていないのでそれを重点的に鍛えることにした。また、怪我をしたときの応急処置の方法などの必要な知識もトリスはクレアに指導した。
日が沈みザックと会う夜の時間になったのでトリスはデイルに断りを入れて館からでた。トリスはザックが昨日指定した場所へ行くと既にザックが待っていた。
「トリスさん、詳しい話がしたいので場所を変えます。ここから少し先に行った店になりますがいいですか?」
「判った。案内を頼む」
トリスがそう答えるとザックは鼻の頭をかいて先を歩き始めた。トリスはザックの合図を理解し周囲を警戒し始めた。場所を変えるのは何かあった合図。ザックが鼻の頭をかいたのは襲撃者がいる可能性があることをトリスに伝えたのだ。
ザックとトリスは暫く歩くと倉庫のような建物にたどり着いた。ザックは扉を数回叩き扉を開けて中に入った。トリスもそれに続き倉庫の中に入った。
倉庫の中は薄暗く天井に小さな灯りがあるだけだ。倉庫の中には物が置かれてはなく、広いスペースがあるだけだった。トリスは周囲を警戒しながらザックと倉庫の中央まで歩いた。
倉庫の中央付近にたどり着くと背筋に悪寒が走りトリスは反射的に剣を抜いた。剣に何かがぶつかった。それは長剣で口元を黒い布で巻いた男が斬りつけてきたのだ。トリスは襲撃者の剣をはじき距離を取った。
「ザックは下がれ」
トリス大声でそう叫ぶと気を静め襲撃者と対峙した。襲撃者は一人とは限らないので周囲の気配を探った。倉庫の奥にまだ二人ほど潜んでいることを掴んだ。だが距離があるので囲まれることはないとトリスは判断した。
再度襲撃者が剣を振った。鋭い剣筋がトリスを襲う。トリスは剣で受けながら襲撃者の剣を捌いたが襲撃者はなおも襲ってくる。今度は舞のような動きで連続攻撃を仕掛けてきた。一太刀、一太刀の剣の太刀筋は素人ではなく玄人の太刀筋だ。
だがトリスはその攻撃をすべて躱した。そして剣筋に僅かな乱れがあることに気が付いた。時折、剣筋が鈍くなるときがある。トリスは焦らず剣筋が鈍くなる瞬間を待った。それから数十の剣筋が躱したとき相手の剣筋が乱れた。トリスはその瞬間を見逃さなかった。
甲高い音が聞こえた瞬間に襲撃者の剣は弾き飛ばされた。鈍い音とともに襲撃者の腹にトリスが蹴りを入れた。蹴り襲撃者はその場に疼くまり、トリスは襲撃者の目の前に剣を突きつけた。
「お前は何者だ」
「参った。布を取るので少し待ってくれ。トリスの旦那」
襲撃者は顔に巻いている布を取り素顔をトリスに晒した。
「レイモンドじゃないか? どうしてこの街に? それにどうして襲ってきた?」
「理由を話すから剣を収めてくれ」
襲撃者は十日前にリズの村で別れたレイモンドだった。レイモンドは両手を上げ降伏しているのでトリスは剣を納めた。
「相変わらず強い。もう少し粘れると思っていたが」
「まだ、体調が戻ってないんだよ。自分の認識に身体が追いついていないし、体力が落ちている」
「ああ、だが、ここまで動けるようになった。前は歩くのがやっとだったのに。それが剣を持って戦えるまで回復した。本当に感謝している」
「それで先ほどの質問に戻るがどうしてこの街にいる? 何で襲ってきた? 腕試しが目的じゃないだろ」
「ああ、実は合わせたい奴がいる。そいつが旦那の力量を見たがっていて、それで闇討ちした」
「奥にいる奴か?」
「さすがお見通しだな。おい、オルトさっさと出てこい」
レイモンドが声を張り上げると奥から二人の男が出てきた。一人はトリスに見覚えのある顔でレイモンドの息子でこの街で会う予定だったヴァンだ。そしてもう一人はトリスが知らない顔だ。レイモンドがオルトと呼んだ男だ。オルトはトリスの前で深々と頭を下げた。
「このたびは申し訳ありません。私はこの街で賭場場を管理しているオルトと言います。私が無理を言いレイモンドを使ってあなたの力量を見させて頂きました」
「何のためだ。大体レイモンドは槍の達人だ。剣は槍ほど達者じゃないぞ」
「槍だとすぐに俺だとバレてしまうだろ。俺より優れた槍使いは滅多にいないからな。せっかく覆面して素顔を隠したのが無駄になってしまう」
レイモンドの自画自賛は無視してトリスはオルトとの話を続けた。
「それで俺はお眼鏡に適ったか?」
「ええ、レイモンド相手に余裕で剣を交えるあなたを見込んでお願いがあります」
「言ってみろ」
「この街にいるある男を私と一緒に始末して欲しいのです。そいつには百人規模の私兵がいるのです。私も私の部下も一緒に戦いますのでどうか御協力をお願いします」
「断る」
トリスはオルトの依頼をあっさり断った。
オルトはレイモンドの知り合いなので多少は考えて貰えると思っていた。レイモンドもこんなにあっさりとトリスが断るとは思っていなかったので少し困った顔をしていた。そんな二人を見かねてヴァンがトリスに理由を尋ねてきた。
「トリスさん、断る理由を聞いてもいいですか? 確かに人殺しの依頼は気が進まないと思いますがこれには訳があるのです」
「今、別件の仕事をしている。それが片付くまでは無理だ」
トリスは正直に話した。今優先すべきことは安全にレイラとクレアを街から無事に出すことで、それができるまでは他のことをするつもりはなかった。
「それはもしかして、『三人組の悪漢』に関わることですか?」
「どうして判った」
「私の依頼も同じです。三人を雇った男の始末を一緒にして欲しいのです」
「どう言うことだ?」
「順を追ってお話しします。トリスさんにも三人を倒した経緯をお聞きしてもよろしいですか?」
トリスの事情を詳しく知りたいためオルトはトリスに尋ねた。トリスは首を縦に振り了承した。今まで成り行きを見ていたザックも交えて五人は情報交換のために話し始めた。
「以上が俺がこの街に来てしてきたことだ。その『三人組の悪漢』を雇ったヘルと言う奴をどうにかすればこの件は収束するのか?」
トリスはこの街に来て起こったことをオルト達に伝えた。初対面の相手に情報を流すのは不用心に過ぎると思ったがレイモンドの知り合いなので問題はないと判断した。オルトの方はトリスのことを探っていくうちにザックに辿り着き今日の夕方にザックと接触した。ザックは当然警戒していたが接触した人物がオルトと判り若干警戒を緩めた。
情報を扱っているザックはこの街の裏組織についても熟知しており、オルトが『三人組の悪漢』とそいつらを雇ったヘルを快く思っていないことは知っていたからだ。オルトから「トリスと接触したい」と言われたときは罠かとも思ったがトリスの実力を知っていたので敢えて誘いに乗ることにした。
その結果が先ほどのやり取りに繋がり、よい方向へ転じた。
「現在裏組織のトップは事実上ヘルです。ですがヘルには部下はいても腹心はいません。それに部下にも恨まれていると聞きますのでヘルの敵討ちを目論む者はいません」
オルトの話では既に『三人組の悪漢』を雇ったヘルはトリスやレイラ達に仕返しを考えているようだ。しかもレイラ達を捕まえて娼婦に戻そうとしていることもオルトの話で判った。
トリスはデイル達に保護して貰ったのは正解だった。デイルの館にいる限りレイラ達は安全だ。あとはヘルと呼ばれる人物を始末するだけだ。
「判った。ヘルを始末する依頼は受ける」
トリスは静かに冷たくそう言い放った。
投稿が遅れました。
前にも書きましたがこの章が終わったらもう少しコンスタントにアップできるようにします。
2020年2月11日に見直ししました。レイモンドの得物ついて追記しています。
2020年11月7日に誤字脱字と文章の校正を修正しました