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土を蹴った。風がユウマの頬をきった。
ユウマは宮殿へ向かって走った。走りながら更に沢山の「千里眼」を空中に放り投げた。ユウマは全てを見ていた。勇者達が一瞬にして砕け散る様も、そのあと貴族達が一瞬にして皆殺しにあった様も。ユウマは人目も恐れず左手に刀を持ち走った。鞘などいらなかった。ユウマは鞘から刀を抜くと鞘を放り投げ、自らに呪文を唱えた。
「速度強化!」
「筋力増加!」
「耐魔法防御!」
剥き出しの刀身を右手に持って走るユウマを見て悲鳴を出す女がいた。
「きゃあああああああああ」
構ってなどいられなかった。ナディアが危ないのだ。アイリスが動き出せば王都の人々など一瞬で皆殺しだ。既に頼るべき勇者は誰もいないのだ。対抗可能なのは一人だけ、如月ユウマ唯一人。ユウマは速度を上げた。ユウマは、今、憎もうと必死に努力していた。アイリスを必死に憎もうと。人類は再びドン底に叩き落とされた。敵だ、アイリスは明確に敵なのだ、人類の敵なのだ。でも……。
――迷うな!
ユウマは自分に暗示をかけようとする。魔王である以上殺さなければならない。それは避けられない。避ける? 何故避ける? 魔物の命を消すことは勇者の喜びであるはずだ。喜び? なぜ? アイリスを殺すことが喜び? 馬鹿なそんなことあるわけない!
――俺は!
ユウマはいつの間にか自分の目から涙が流れていることに気付いた。混乱しているのだ。状況に頭がついていかないのだ。何かの間違いであると思いたかった。だが、一つだけ分かっている事は、ナディアの命。これは絶対に救わなければいけないものだった。アイリスの手から、絶対に守らなければいけないものだった。選ばなければいけなかった。アイリスの為に混乱しナディアを死に至らしめるか、ナディアの為にアイリスを殺すか。
千里眼がユウマに刻一刻と変わる状況を見せつける。宮殿に取りつくお祭り騒ぎの人々は、断末魔混じりの声が聞こえてくる宮殿の塀を不審な目で見つめていた。誰もが不審に思っているが、首をかしげる程度でその場を動こうとしなかった。この鈍い反応にユウマはイラついた。
「くそ! 誰でもいいから! そこから逃げ出せよ畜生!!」
ユウマがイラつくのとは反対に塀の外は平和でゆったりとした時間が流れていた。既に複数の千里眼がリアルタイムでアイリスとナディアの様子を中継していた。
ユウマは宮殿まであと100mの所まで迫っていた。小さくナディアが見えた。
「ナディアああああああああああ!!」
ユウマは叫んだ。ナディアは気づく。
「あ、エドガー! ……?」
ナディアは自分の婚約者が剥き出しの刀を持っていることに気付く。
「え?」
「早くこっちに来い! 走れ!! 早く!!」
ユウマのあまりの迫力にナディアをはじめとする私塾関係者は訳も分からず走りだした。すると、それと同時に宮殿の塀が一気に崩れ落ちた。埃が舞い上がった。同時に慌てて逃げ出す群衆の波が出来た。悲鳴も起きた。パニックが起こっていた。
ユウマは再び叫んだ。
「学長!! ナディアと生徒を連れて逃げてくれ!! 王都からだ!! 今すぐにだ! 頼んだぞ!!」
ユウマはそこまでいうと迷わず宮殿の方に向かってゆく。ナディアと目があった。その時間はほんの一瞬だった。しかし、永遠のようにも感じた。ユウマは何となく分かっていた。ここで自分は死ぬ。何も知らない筈のナディア目には涙が溢れていた。一瞬で全てを感じとったのかもしれない。ナディアは勘が良いから。手を伸ばそうとしたナディアが一瞬だけ見えて自分の視界から消えて行った。学長たちと逃げて行った。
風が通り過ぎた。
これでいい、自分の選択の果てにこの状況がある、ならばナディアを巻き込むべきではない、それがユウマの決断だった。そして、最後に……誰にも聞えないように呟いた。
「ナディア……どうか幸せに……。出来る事なら良き夫を見つけ最良の人生を送ってくれ」
別れの言葉だった。幸せをくれた人に対する最後の。
覚悟ができた。
ようやく。その覚悟が。
「こいよアイリス」
舞い上がった埃が段々と地上にもどり、空気が透明になってきた。人影が見えた。それが誰であるかは最早明確だった。
それは、四代目魔王アイリス=アルスターだった。




