-25-
「鉄の膜」
ユウマの腰の巾着の中にある《千本》が強度と重さを増した。次に埃の中に立つ人影に向かって魔法を放つ。
「存在の消失」
存在の消失は静かな魔法だった。通常、音も無く、エフェクションもなく、ひっそりと着弾するのだ。だが、この攻撃がアイリスに効くか分からなかった。効いたか確認する事もできなかった。基本的にはこの様なステータスに異常を起こす魔法は事前にそれを跳ね返す魔法というものがあるし、更にステータス異常をおこしている事に気付いた場合、簡単に治癒も可能だった。だが、どの道こちらを視認される前に決着をつけるつもりだった。ユウマは、アイリスと言葉を交わすつもりはなかった。言葉を交わせば殺せなくなる、確実にそう感じていたからだ。アイリスがこちらに気付く前に殺す。あらゆる魔法の有効射程の外から。
ユウマは腰の巾着袋から千本を取り出し、親指と人差し指で強く掴んだ。
繰り返すが、アイリスが存在の消失にかかったかは未知数だった。確かめるすべはない。だが、推測はできた。アイリスの動向は常に千里眼によって監視されていた。ユウマにとってアイリスの戦闘経験の少なさこそがつけ目だった。
一回、息を吐いた。
歯を食いしばった。
二三歩助走をつけ、アイリスに向かって千本を投げた。それも一本では無く4本同時に投げた。ショットガンの要領だ。
「オラ!!」
投げ終わると、ユウマは急いで身を隠し、千里眼で確認した。アイリスの体が動いた事は分かった。だが、埃が邪魔で上手く見えなかった。突如、アイリスと思われる人影の体が光ったかと思うと360度に向けて光る粒子を発射した。次にアイリスは近くの建物に身を隠した。ユウマは直感した。
――千里眼だ。
このアイリスの行動はいくつかの推測ができた。
まず、千里眼によって視覚情報を欲するという事は、まだユウマが発見されていない事を意味していた。千里眼の粒子は細かい、いくらユウマでもこれらの間を掻い潜り行動する事は不可能だった。だが、もしも存在の消失が発動しているなら、千里眼により発見されていたとしても視えていない筈であった。
――どっちだ?
空気中に漂う埃が落ちてきて段々と見えやすくなってきた。ユウマも千里眼の粒子でアイリスの様子を探った。驚いた。アイリスの周りには無数の紐が浮かんでいた。千本の4本投げたうち3本はアイリスの体を囲むように浮く、その紐に絡みとられていた。1本だけは太ももに命中したみたいだった。
――あれは恐らくユニークスキル。自動的に遠距離からの攻撃を防御するタイプのもの。
となると、アイリスは遠距離からの射撃を予見していたのか、それとも念のためにこのユニークスキルを使用していたのか。分からなかった。だが自動防御型のスキルを備えているなら意識の範囲外からの攻撃の効果は薄かった。ユウマはもう少し観察しようとした。送られてきた映像にはしっかりとアイリスの顔が見えていた。ユウマは下唇を噛み、咄嗟に目を瞑る。それが愚かな行為としりつつも……。
殺す覚悟を決めたつもりだった。だが、決意が揺らぐ危険性を回避したかったのだ。
ユウマは一回深呼吸をした。少し落ち着き、状況を整理した。
とにかくあのユニークスキルがあるかぎり遠距離からの攻撃では決定的なダメージは与えられない。そうである以上、危険を承知で踏み込むしかなかった。その時、粒子から送られてくる映像がユウマの決定的なアドバンテージを発見した。
アイリスは手ぶらだった。
両手とも魔法を使う為にワザとそうしているのか……、とにかく何の武器も装備していなかった。意図は分からなかった。しかし、日本刀で斬りかかった場合、アイリスにそれを防ぐ手段があるように思えなかった。
――あの紐を掻い潜ればアイリスを仕留めることが出来るハズ――
そう思った次の瞬間、予想外のことが起きた。
「ああああああああああああ」
アイリスは叫んだかと思うと自分の周りに黒の空間を呼びだした。そこから魔物が顔を覗かせた。魔物は数を増やしてゆく、5匹、10匹、20匹。獰猛な唸り声をあげる魔物は一斉に散らばっていった。
「きゃああああああああああ」
絶望の悲鳴が王都に響く。この時、ユウマの体は勝手に動き始めていた。手に持つ千本を魔物に向かって投げて投げて投げまくっていた。無意識だった。
――俺はなにを?
咄嗟の行動だった。考える余地などなかった。放っておいたら魔物がナディアを殺すかもしれなかった。そう脳裏をかすめた瞬間に行動をおこしていた。だが、途中で気づいた。アイリスの魂胆に気付いた。アイリスが魔物を呼びだしたのは王都の人々を攻撃する為ではない。アイリスの狙いは――
その声は耳元から聞こえた。
「やっぱり、ユウマだった。絶対に思ったの、ユウマなら絶対に人を助けるだろうって。私にそうしたように」
ユウマは振りかえる。
そこにはアイリスの顔があった。アイリス=アルスターの顔が。




