アーヴィン様と狩りにゃん
夕食も昨日さんざんリハーサルした成果が出て滞りなく進み、最後のデザートを出し終えて厨房の仕事は完了した。
「お疲れにゃん、これでディナーは終わったにゃん、今日一日ご苦労様だったにゃん」
「終わったの?」
アニタが緊張した面持ちで訊いた。
「にゃあ、ちゃんと終わったにゃんよ」
「何とかやりきった?」
アンナもまだ半信半疑らしい。
「にゃあ、やりきったにゃん、成功にゃん」
「成功って本当に本当なの?」
アネリがしつこく確認を迫る。
「にゃあ、本当にゃん、申し分ないにゃん」
三人の仕事ぶりは十分に評価できるものだった。
「「「やった」」」
アトリー三姉妹は緊張が解けて三人そろってぐんにゃりした。
「侯爵様が、マコトと料理人の三人にお礼を仰りたいそうよ」
厨房に来たコレットがアーヴィン様の言葉を伝えてくれた。
「「「えっ!?」
ぐんにゃりしてた三人がピキっ!と固まった。
「「「ど、どうしようネコちゃん!?」」」
続けてぷちパニックなアトリー三姉妹。
「にゃあ、うろたえすぎにゃん! アーヴィン様はお礼と仰ってるにゃん、素直に褒められればいいだけにゃんよ」
「そ、そうか、そうだよね、褒められるんだよね」
「そうだ、お礼だった」
「そだね、慌てちゃったよ」
「にゃあ、行くにゃんよ」
三人にウォッシュを掛けてビシっ!とさせ、アーヴィン様たちが待つレストランに連れていった。
○プリンキピウム ホテル レストラン
「にゃあ、お待たせにゃん」
テーブルの構成はランチとほぼいっしょ。違うのはアーヴィン様のテーブルにリーリが混ざってることぐらい。
「アーヴィン様、このホテルの料理人を紹介するにゃん、アニタ、アンナ、アネリのアトリー三姉妹にゃん」
それぞれ自分の名前を呼ばれた時にお辞儀をした。これならオレも間違わない。
「おいしかったよ!」
なぜかリーリが最初に褒めてくれた。
「そう、妖精殿の言うとおりたいへん美味であったぞ、しかもこんなに若いとは驚きである」
固まってる三人のうち横にいるアニタの足をちょんちょんと指でつついた。
「「「あ、ありがとうございます」」」
アニタの横にいるアンナとアネリにも伝わったらしく声をそろえた。
「宮廷料理人にも匹敵する腕は、いったいどこで磨いたか聞いても良いか?」
「三人はマコトが育てたんだよ!」
間髪をいれずリーリがバラした。
「そうなんです、ネコちゃんが全部教えてくれたんです」
「今日のお料理は、ネコちゃんの魔導具があって初めて作れるんです」
「食材もネコちゃんが全部用意してくれました」
三人はうつむいて犯行を自白する犯人みたいな雰囲気を醸し出してる。
「にゃあ、知識も道具も食材も使いこなしてるのは紛れもなく三人にゃん、もっと胸を張っていいにゃんよ」
「「「ネコちゃん」」」
「そう、マコトの言うとおりである、今後も精進すれば料理人としてより高みに立てるであろう、吾輩が保証するのである」
「にゃあ、オレもそう思うにゃん」
アトリー三姉妹の顔にやっと笑みが戻った。
○プリンキピウム ホテル 支配人室
「マコトさんは、明日から侯爵様たちと森に入られるのですね?」
「そうにゃん」
支配人室でノーラさんと今日最後の打ち合わせだ。
「にゃあ、アーヴィン様たちの朝食は、部屋食がご希望にゃん」
「給仕はゴーレムでよろしいのですか?」
「それでいいにゃん、王都ではゴーレムでのサービスが喜ばれるそうにゃん」
これはエラの情報だ。
「森からのお帰りはいつごろになります」
「にゃあ、戻りはアーヴィン様次第にゃんね」
「わかりました、こちらはいつでも対応可能ですので、どうかお気をつけて行ってらしてください」
「にゃあ、後のことはよろしくお願いするにゃん」
○プリンキピウム ホテル ペントハウス
本日、大活躍だったアトリー三姉妹をペントハウスに招いてねぎらう。
「ネコちゃん、このブクブクするお風呂、気持ちいいね」
アニタはジャグジーに身体を沈めた。
「食材になった気分」
アンナは浅く入ってる。おっぱいは今後のご活躍をお祈りしたい。
「あたしたち、ついこの前までとぜんぜん違って、夢みたいな生活をしてるよね」
アネリは足だけブクブクさせていた。もしかしておっぱいまでも同じなのか?
「にゃあ、すぐにこの生活が当たり前になるにゃん」
「そうなのかな?」
「にゃあ、例えオレがいなくても三人の身体と頭の中の経験と知識は消えないにゃん」
「うん、それはね」
「だから、何があっても以前のような暮らしには戻らないから安心するにゃん」
「わかった、ネコちゃんを信じるよ」
「にゃあ、後はアーヴィン様も仰ったように日々の精進にゃん」
「ところで、精進てなに? アンナは知ってる?」
「知らない、アネリは?」
「アニタとアンナが知らないこと、あたしだけ知ってるわけないじゃない」
「「だよね」」
「にゃあ、精進は集中して努力することにゃん」
「うん、努力だね」
「にゃあ、王国一の料理人を目指すにゃん」
「「「目標が大きすぎるよ」」」
三人が声を揃えた。
「ぜんぜんにゃん、三人なら現実的な目標にゃん」
もっと美味い料理を作れる人間がいるなら俺が会ってみたい。
「ネコちゃんがそう言ってくれるなら、あたしたちは王国で一番の料理人を目指すよ」
「にゃあ、その意気にゃん」
「頑張るぞ!」
「「「おう!」」」
その頃リーリは、ペントハウスのリビングでまたソフトクリームを楽しんでいた。寝る前にお風呂を勧めておこう。
○帝国暦 二七三〇年〇七月一〇日
○プリンキピウム ホテル ロビー
翌朝、オレとリーリがロビーで待ってるとアーヴィン様一行が下りて来た。
「皆さん、おはようにゃん」
「おはよう!」
「おお、早いではないか、マコト!」
貴族様プランのお客様にはゴーレムが朝食をお部屋に持っていく形にしたので、本日初の顔合わせだ。
「おはようネコちゃん」
さっそくキャサリンに抱っこされる。
「ネコちゃんのホテル、ベッドまで魔導具なのね、驚いたわ」
「にゃあ、治癒効果があるにゃん」
「マコトさんは、そのベッドをどこで手に入れたんですか?」
エラにベッドの出処を訊かれる。大商会の娘だけに興味があるのか?
「にゃあ、それは……」
「ホテルの魔導具は全部マコトが作ったんだよ。ホテルもなんだけどね」
オレが誤魔化す前にリーリが全部バラしてくれた。
「マコトさんがですか?」
「にゃ、にゃあ」
「吾輩もこのホテルはマコトがすべてひとりで造り上げたと聞いておるぞ。はじめは耳を疑ったが、間違いはないようである」
それはデリックのおっちゃん経由の情報か?
「なるほど、マコトさんが」
エラは頷きつつスマホみたいな魔導具に何かメモっていた。もしかして通信機能付きなのか?
いやメモ専用らしい。
「にゃあ、森に入る準備はいいにゃん?」
三人は手ぶらだ。荷物はすべて格納空間か。
「無論である」
代表してアーヴィン様が答えてくれた。服装は戦闘服にそれぞれプラスチック製みたいなプロテクターを装着している。
プラスチック?
いや、プラスチックはないんじゃないか?
「にゃあ、アーヴィン様たちのプロテクターかっこいいにゃんね」
軽く訊いてみる。
「そうであろう? これは甲虫の外殻より作られた逸品なのである。軽い上に刻印を載せやすいので重宝しておる」
甲虫って、プロテクターの大きさからして人間より大きそうだ。デカい虫は勘弁していただきたい。
「にゃあ、高そうにゃんね」
「確かに安くはない」
「ネコちゃんなら、いつでも買えるんじゃない?」
「にゃあ、オレは動きづらくなるからプロテクターはしない派にゃん」
「あたしもだよ!」
リーリもオレの頭の上で手を挙げた。
硬いプロテクターなんか着込んだ挙句、頭に乗られたら大変なことになる。ザクッと刺さりそうだ。
プリンキピウムの森に行くメンバーは、予定どおりアーヴィン様と守護騎士のキャサリンとエラの三人にオレとリーリだった。
○プリンキピウム ホテル前
「馬を出すにゃん」
ホテルの入口を出たところで四頭の魔法馬を再生した。
魔改造した先史文明の軍用魔法馬は、プリンキピウムの森ではオーバースペックだが、オレは手持ちの馬を全部これにしちゃったので仕方ない。
「マコト、この魔法馬たち、どれも新品ではないのか?」
「えっ、ネコちゃん、魔法馬も作れるの?」
「なるほど」
エマがメモしている。
「にゃあ、これは修理品にゃん」
「なんと」
「マコトの手に掛かればこんなモノだよ」
リーリがオレの頭の上で仁王立ちだ。
「それにしても実に立派な魔法馬である」
アーヴィン様は魔法馬をなめるように見回した。
「オリエーンス連邦後期の軍用馬に似てますね、完全に一致はしてませんが」
エラは魔法馬にも詳しいようだ。
「にゃあ、オレが使いやすく改造したにゃん。本物の軍用と違って誰でも乗りやすくなってるにゃん」
オレはひらりと自分の魔法馬に飛び乗った。
「出発するよ!」
リーリが声を掛ける。
アーヴィン様たちも魔法馬に跨った。
プリンキピウムの門ではいつもより背筋をしゃんとしている守備隊の隊長たちに見送られて街を出た。
○プリンキピウム 城壁脇
城壁にそって馬を走らせ森を南下する道を目指す。
「ネコちゃん、この魔法馬の防御結界ってスゴいんじゃない?」
キャサリンは、まだ森に入ってないのに気付いたみたいだ。
「にゃあ、魔法馬で森を走るには強力な防御結界が必要にゃん」
「マコト、いま『魔法馬で森を走る』と聞こえたのだが?」
「そうだよ、マコトの馬は森の中を走れるよ」
リーリがオレに代わって答えた。
「魔法馬で森を走るような命知らずは、近衛の騎士ぐらいかと思っていました」
「エラ、この魔法馬の防御結界なら森に入っても平気だと思うよ」
キャサリンが解説する。
「そんなに強力なのですか?」
エラは半信半疑だ。それが普通の反応だろうな。
「にゃあ、すぐにわかるにゃん」
百聞は一見にしかずだ。
「よもや危険と恐れられるプリンキピウムの森に魔法馬で入るとは思わなかったぞ」
アーヴィン様は愉快そうだ。
「にゃあ、アーヴィン様なら楽しんでもらえるはずにゃん、ここからは速度を上げて行くにゃん」
オレが先頭になって馬の速度を上げた。
「にゃあ、このまま森に入るにゃん」
「ネコちゃん、このまま馬で森に入って大丈夫なの?」
キャサリンはオレのすぐ隣りにいる。
守るのはオレじゃなくてアーヴィン様じゃないのか?
「にゃあ、獣が襲ってきても大概は防御結界で弾けるから無視して構わないにゃん、それに馬の上の方が安全にゃん」
「かなり強力だもんね、わかったわ」
○プリンキピウムの森 南エリア
速度を落とすことなく馬を走らせたまま南方に延びる森の道に突入した。
「おお、難なく走っておるわ!」
森を走るだけなら、ちょっと高級な魔法馬なら可能だ。
「マコト、前方にクマがいるぞ!」
アーヴィン様は眼がいいようだ。前方の大木の影にクマが一頭隠れていた。
「にゃあ、このまま行くにゃん」
襲って来ないなら見逃してやってもいいが、プリンキピウムの森の獣には隠れてやり過ごすなんて姑息なヤツはいない。
クマは大木の影からオレに向かって思い切り飛びついた。
「マコト!」
アーヴィン様は声を上げたが、クマはオレの魔法馬の防御結界に弾かれると同時に電撃を浴びて絶命する。
躯は回収させてもらった。
後ろの人たちにはクマが出た瞬間、防御壁に弾かれて消えたように見えたはずだ。
「おお、回収までの所作が実に美しいではないか!」
アーヴィン様の眼はオレの想像以上だった。
「にゃあ、このまま余計なことに時間を使わず特異種のいるエリアに直行にゃん」
「大いに賛成である!」
そう言いながら、横から出て来た大きなオオカミに自分の乗る魔法馬の防御結界を当てた。
弾き飛ばされたオオカミはスピンして立木に激突。弾ける直前に回収したからグロい光景は見ずに済んだ。
「なるほど、実に素晴らしい!」
アーヴィン様の全身から喜びのオーラを感じる。新しいおもちゃを手にした子供みたいだ。
「いまのが防御結界なの? ネコちゃんの魔法馬スゴい!」
「これは驚きです!」
キャサリンとエラも興奮を隠そうとしない。ふたりの防御結界だってかなりのモノだが、獣に体当たりはしないか。
「マコト、次は我らは前を走るぞ!」
「にゃ?」
「馬の性能を確かめないとね!」
「いまのうちに馬に身体を慣らします!」
三人は早くも戦闘モードに突入した。魔法馬の速度を上げ次々とオレを追い抜く。
「にゃあ、気をつけるにゃんよ」
今度はオレが最後尾になり轢死体となった獣の回収役になった。アーヴィン様たちの狩りって戦うのが目的で素材の回収にはてんで無頓着だ。
そこが冒険者と貴族の違いか。
○プリンキピウムの森 南エリア(危険地帯)
約一時間ほど走らせたところで危険地帯に踏み込んだとは言え、早くも特異種らしき反応を察知した。
「近くにいるね」
「にゃあ、危険エリアではあるがこんなところにいるにゃんね」
リーリが先に気付きオレも確認した。
オレの前を走るアーヴィン様たち三人はまだ気付いていない。
「停まるにゃん!」
三人を追い抜いて片手を上げ、魔法馬の停止をうながした。
「にゃあ、見付けたにゃん」
「特異種であるか?」
「にゃあ、そうにゃん、でも本当にいいにゃん?」
「無論である、プリンキピウムの特異種がどれだけ強いか吾輩の拳で試したい」
ガチンとガントレットの拳を打ち合わせた。
アーヴィン様は拳で特異種と渡り合うつもりだ。剣でも魔法でもないところがスゴいけど大丈夫なのか?
「特異種は基本群れを率いてるから気をつけて欲しいにゃん」
「心配要らないわ、特異種を狩った経験もちゃんとあるから」
「連戦も経験しています」
キャサリンとエラもぬかりはないようだ。
「わかったにゃん、あちらもオレたちを捕捉したみたいにゃん、特異種らしき反応がこっちに来るにゃん」
「了解である、特異種をリーダーにした群れであるな」
「そうにゃん」
「群れで囲んで襲ってくるのは特異種の常套手段である」
「にゃあ、種類は違ってもどの特異種も似た作戦で来るにゃん」
グールでさえそうだった。
「ならば、こちらから先制を仕掛けようではないか! 我輩にも見えたのである!」
アーヴィン様が魔法馬を走らせ群れの反応に向かって突っ込んで行った。
キャサリンとエラの守護騎士が続く。
オレは銃を取り出して三人の乗る馬の後を追った。
『『『ボオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』』』
大地を揺るがし大木を粉砕して現れたのはサイだ。通常種でもかなりの大きさだぞ。
サイの特異種が率いる群れはまっすぐこちらに突っ込んで来る。
アーヴィン様が馬を停めた。
三人を守る防御結界が厚みを増す。
オレや魔法馬の結界ではない。キャサリンの作り出してる結界だ。
さすが貴族は違う。
オレのおいしそうな魔力に釣られて群れから特異種の巨体が飛び出した。
三人の防御結界に突き刺さって火花が飛び散った。
それでもしっかり特異種の足を止める。
アーヴィン様が馬に乗ったままパンチを繰り出す。
「おおおお!」
ガントレットから衝撃波が走り特異種の頭部を襲った。
特異種の抵抗が止まった。
エラを乗せた馬が進み出ると特異種の首に剣を軽く当てた様に見えた。
特異種の首がドスン!と地面に転げ落ちた。
「残りはオレの担当にゃんね」
「やっちゃえ!」
「にゃあ!」
その他大勢の普通種に向けてオレは銃の引き金を引いた。




