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暗殺者にゃん

 ○王都タリス ケントルム大使館前


「今回は、想定外のことばかり起こりますね」

 エサイアス・ネルソンは夕暮れの大使館前で辻馬車を拾った。

 ケントルム大使館は王国軍が警備していたが、認識阻害の結界で軽くすり抜けるなどたやすいことだ。

 王国軍が以前の烏合の衆と違っているのはわかるが、所詮は普通の兵士。本気で隠れた魔導師を追うことはできない。

 マコト公爵の配下も面白い手品を見せてくれた。マルク・ヘーグバリ男爵が魔石をこの私の身体に埋め込んだ?

「あの程度の男に私がどうこうされるわけが無いではありませんか」

 あんなものが体内に入ってるのに気付かない間抜けな魔法使いがいるのでしょうか?

「……」

 エサイアスはプライドを傷付けられたことに怒りを覚えていた。

「そんな感情が私にも残っていたとは驚きですね」

 ひとりごちつつ王宮の方向に探査魔法を飛ばしルートを確認する。

 ターゲットはマーキング済だが、エサイアスの力を以てしても遠距離では防御結界を抜くことが出来ない。

「ここに来て本国も相当混乱しているようですね」



 ○王都タリス 城壁内 商業地区


 エサイアスは馬車を降りると近くの商会の一つに入る。

 店員は、まったく気が付かない。

 そのまま商会の裏口から路地に抜ける。

 ターゲットの反応は、あのバカでかい王宮から移動を開始したところだ。



 ○王都タリス 城壁内 貴族街


 エサイアスは路地から貴族街へと抜け道を通って入り込む。

 迷うこと無く魔法を使って駆け抜ける。

 面倒な防御結界の張り巡らせてある王城区画には立ち入らない。

 痕跡を残さないことが重要だ。

 ただ、身分を明かしたばかりのケントルムの王子が始末されたとなれば何処の仕業かは一目瞭然だろう。

「本国も今度は殿下を消せとは無理を言ってくれます」

 格納空間から短銃を取り出す。

 エサイアスの使う銃に射程と銃身の長さは比例しない。

「上手く行ったところで、本国には暫く戻れませんし、さてこの先どうしたものやら」

 そう呟きつつもエサイアスは銃を構えた。

「殿下も虜囚の辱めを受けるより天に還られる方がマシでしょう」

 引き金に指を掛けた。


「にゃあ、なかなかいい銃にゃんね」

「……っ!?」

 エサイアスの傍らに小さな猫耳の少女がいた。銃を見上げている。

「いつからそこに?」

「辻馬車を降りたところから一緒にいたにゃんよ」

「馬車からですか?」

 エサイアスの糸のような目が僅かに開かれる。

「大使館付きの魔導師が貴族街に無断で入り込むのは禁止されているにゃんよ、エサイアス・ネルソン」

「私の名前をご存じでしたか? マコト公爵様」

「にゃあ、オレのことがわかるあたり流石にゃんね」

「そのお姿と魔力ならば間違えることなど有りえませんので」

「にゃあ、エサイアスも大使館でおとなしくしていれば、これまでのことに目を瞑ってもいいとは思っていたにゃん、でも、ダメだったにゃんね」

「これも私の仕事でございますので致し方ございません、ここで捕捉されたのなら、逃げるしかないようですね」

「それはお勧めしないにゃん」

「さあ、それはどうでしょう?」

 エサイアスは糸のような目を更に細めると銃はそのままに引き金を引いた。


 半エーテル弾が大きく弧を描いてオレの方に戻って来る。

「……っ!」

 弾丸はオレではなくエサイアスの胸を貫いた。

「何故?」

 エサイアスの目が見開かれる。弾丸が胸を貫いたがわずかに身体を捻って致命傷を免れる辺り流石だ。

「簡単にゃん、エサイアスの魔法はオレの支配下にあるにゃん、この前、オレたちがただで治療したとでも思ってるにゃん?」

「私の身体に何か細工をしたと?」

「にゃあ、エーテル器官にバイパスを作っただけにゃん、それでこと足りるにゃん」

「あの一瞬でそんなことが?」

「オレたちには出来るにゃん」

「すると私の魔法は封じられたということでしょうか?」

「にゃあ、そうにゃんね」

「なるほど、実に素晴らしい」

 エサイアスは、魔法を封じられたと聞いても動じることなく笑みを浮かべた。


 何でオレが此処にいるのかと言えば、エサイアスと本国の間でルーファス暗殺という物騒な念話を傍受したからだ。

 こいつはルーファスの専属の手下ってわけでは無かった。

 エサイアスは宮廷魔導師団の通称暗部に所属する魔導師であり、本国の命令でこれまでルーファスの補佐をしていたに過ぎない。今回、ルーファスを始末しろと新たな命令が出たわけだ。

 エサイアスに拒否権はないにしても、それ以前の罪状が有るのでもう無罪放免というわけにはいかなくなった。


「無駄な抵抗はしない方がいいにゃんよ」

「そうですね」

 エサイアスは自身のエーテル器官に魔力を通して修復する。この自己修復は魔法ではないのでエーテル器官がある限り機能する様だ。

 これはウチの兵士や騎士たちにも伝授したい裏技にゃんね。

 エサイアスの腕も動きを取り戻した。

「魔法はただの道具の一つに過ぎません」

 また笑みを浮かべる。まあこいつはいつでもニヤニヤしているが。

 裏の仕事専門の暗部の魔導師だけはある。

「逃げないにゃん?」

「ここで公爵様にお会いできた幸運を逃すわけにはいかないかと」

「にゃあ、オレも本国の暗殺リストに入っているにゃん?」

「はい、従属せねば排除せよと、子供を手に掛けるのは趣味ではありませんが悪しからず」

「にゃあ、命令したヤツにはパンチにゃんね」

『『『ブッコロにゃん!』』』

 猫耳たちの物騒な念話が飛ぶ。

「左様でございますか、どうぞご自由に」

 エサイアスはいつの間にか取り出したナイフを片手に一瞬で距離を詰めた。魔法を使わない体術だけでこれとは流石、異世界にゃん。

 魔導具のナイフが光った。

「……っ!」

 オレの防御結界に触れる前にエサイアスが吹っ飛んだ。


『制圧完了』

 キャリーから念話が入った。

『にゃあ、助かったにゃん』

『おせっかいだとは思ったけどね』

『それではまたなのです』

 ベルからも念話が入った。

『にゃあ、またにゃん』


「流石、特務中隊のキャリー小隊にゃん」

「エサイアスに気付かれることなく頭に一発、胸に三発当てているにゃん」

「おっと、魂を逃しちゃダメにゃん」

 姿を現した猫耳たちがエサイアスの身体を箱に詰めてジープに雑に載せて走り去った。



 ○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区 人喰い大公の館 客間


「エサイアスが私を暗殺しようとした?」

 ルーファスに暗殺未遂について伝えた。

「そうにゃん、本国からの命令だったみたいにゃんよ」

「本国か、すると……父上が」

「ケントルムの国王の命令にゃん?」

「暗部が王族を害するのは国王からの命令のみだ」

 暗い顔をするルーファス。

「しかしトンネルが潰れたのになんでわざわざライナスの口を封じようとしたんだ?」

 チャドはライナスことルーファスを見た。

「実行犯のエサイアスは命令されただけで理由は知らなかったにゃん」

「暗部は命令を実行するだけの存在だ、仕方あるまい」

 ルーファスも証言する。

「ライナスがアナトリに知られるとマズい情報でも持っていたんじゃないのか?」

 カホが訊く。

「いいえ、姉上、本国はただ私を排除したいだけかと」

「ライナスを排除? それこそ何か意味があるのか」

「私と繋がりのある領主たちの勢いを削ぐのが目的かと思われます」

「それで軽く排除する辺りはアナトリの先王より国王としては有能にゃんね」

「そうか? ただの行きあたりばったりって感じがするが」

 チャドが意見を述べる。

「行きあたりばったりにゃん?」

「テメーの国もまとめられないのに外国に手を出して、今度は慌てて別の勢力を抑えに走るとか為政者としては微妙じゃねえか」

「にゃあ、対処療法ではあるにゃんね」

「だいたい魔獣の大発生が起こっているのに国の力を削いでどうする?」

「領地の存亡はその領主が責を負うのがケントルムの基本です。父上が動くのは魔獣が王都圏に入り込んだ時だけになります」

「そういう政治体制にゃんね」

 以前から聞いていたとおりケントルムは各領主の力が非常に強いわけだ。

「現状、アナトリも似たようなものだけどな」

「そうにゃんね、いちおう王国軍があったぐらいにゃんね」

「ああ、あれは無いほうが良かったんじゃないか?」

「そうともいうにゃんね」

 かつての王国軍はただの迷惑集団だったからな。

「アナトリと違って、国王派の貴族が領主階級にはいない点が大きいか」

 チャドもそれなりに知っていた。

「国王と領主の間に変な緊張感があるにゃんね」

「今回はそれがマズい方向に転がったってところだな、下手をするとケントルムの国土の半分が魔獣の森に沈むんじゃないか?」

「半分はかなりマズいだろう」

 カホが言う。

「半分で済むにゃん?」

「現状は、東部が魔獣の森に沈むのは避けられないところかと、その後、それで安定するかどうかですね」

 ルーファスの見積もりはそう悪くない。

「安定すれば四分の一で収まるにゃんね」

「そいつは奇跡的に上手く行った場合だろうな、砂海の砂が止まってない以上、引き寄せられる魔獣は増え続けるから楽観はできないぜ」

 チャドは前世での経験もあるし、この前も危なく魔獣の餌食になるところだったから情報をかなり持っていそうだ。

「砂海の砂のマナにこれまでの東側だけならともかく北と南からも魔獣が引き寄せられると厄介にゃんね」

 ケントルムもアナトリと同じく東西南北に魔獣の森がある。

「西から東に魔獣が横断したら国が終わるんじゃないか?」

「終わるにゃんね」

「……それは無いと思いたい」

 ルーファスは心配そうだ。

「にゃあ、オレがぶっ飛ばす前に勝手に滅んで貰っては困るにゃん」

「マコトはケントルムに行くのか?」

 チャドが訊く。

「トンネルが使えるようになったら行くにゃんよ、戦争は終わってないにゃん」

「そいつはスゲーな」

「そういうわけだから、オレはグランキエの大トンネルに戻るにゃん」

「そうか、マコトにお願いなのだが、そこのふたりを帝都に連れて行ってもいいだろうか?」

 カホが尋ねる。

「いいにゃんよ、グランキエ大トンネルに戻るついでに明日、送って行くにゃん」

「おお、帝都ってエクシトマか?」

「本当にあるのだな」

 チャドとルーファスにとってのもうひとつの故郷か。

「ただふたりの知ってるエクシトマの一五〇〇年後の姿にゃんよ」

「一五〇〇年か、そりゃぜんぜん違ってるだろうな~、想像が追い付かないぜ」

「そんなに違うのですか?」

 ルーファスがカホを見た。

「驚くと思うが、詳細は見てのお楽しみだな」

 カホが笑みを浮かべる。

「まあ、一五〇〇年も続いたんだ、俺たちの子孫にしては上出来だろう」

「兄上の子どもたちは、みな真面目でしたからね」

「ああ、それはあるな」

 ルーファスの言葉にカホも笑みを浮かべて頷いた。



 ○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区 人喰い大公の館 王都拠点 ブリーフィングルーム


 通称人喰い大公の館の地下深くにある王都拠点のブリーフィングルームで猫耳たちの報告を受ける。

「グランキエ大トンネルは変化なしにゃん、砂海の魔獣から順調にエーテル機関を回収して猫耳ゴーレムをピンク化しているにゃん」

「にゃあ、赤ちゃん型以外は出ないにゃんね?」

 アレを赤ちゃんと呼称するのに抵抗がないわけじゃないが、他にぴったりな名前もないし、白い幼生体ではちとピンとこない。

「自己格納している魔獣に関しては、いまのところ例外はないにゃん」

「超大型魔獣は自己格納できないのかもというのは、楽観的にゃんね」

 何があるのかわからないのが魔獣だ。しかも情報がほとんどない砂海の魔獣だけに慎重に進めないといけない。

「ケントルムでも超大型は出てないにゃんね?」

「いまのところ不明にゃん」

「不明にゃん?」

「通常の探査魔法が効かないから目視での観測を行ったみたいにゃんね、その大半が観測前に焼かれているにゃん」

「確かにあの熱線では目視での確認は難しいにゃんね」

「それに魔獣の大発生があって確認作業は中断しているみたいにゃん」

「やっぱりケントルムの連中では魔獣の大発生は抑えられないにゃんね」

「そんなことが出来るのはお館様ぐらいにゃん」

「「「にゃあ」」」

 同意する猫耳たち。

「オレ一人では無理にゃん、お前らがいて初めて出来ることにゃん」

 とてもじゃないが手が回らない。

「にゃあ、砂海の魔獣に関しては、ヤバそうなのが出たらマナを抜いてまた眠って貰うしかないにゃん」

「にゃあ、それが現実的にゃん」

 自己格納中の魔獣は濃いマナが無い限り無害だ。

「ケントルムの貴族はともかく一般庶民はどうにかしてあげたいにゃんね、ただトンネルを抜けるのに早くても一ヶ月ではいろいろ手遅れかもしれないにゃん」

 魔獣の大発生が簡単に収まるとは思えない。むしろマナと一緒に拡大するのではないだろうか。

「でも拙速に進めてウチらがトンネルで遭難したら元も子もないにゃん」

「にゃあ、もちろん慎重に行くにゃん」

 出来ないことは出来ない。



 ○王都タリス 城壁内 貴族街 上級地区 人喰い大公の館 王都拠点 大ホール


「これより、お館様の抱っこ会を開催するにゃん」

「「「にゃあ!」」」

 王都拠点の大ホールに猫耳たちの歓喜に満ちた声が響き渡る。

「にゃあ、存分に楽しんで……」

 演壇で述べている途中で抱っこされるオレ。いつものようにバケツリレーの如く次々と抱っこされる。

 ここのところ連日連夜、抱っこ会が開催されているような気がするが、猫耳たちの明日の活力ならば仕方ない。

 オレも気持ち良くなって途中で寝たにゃん。


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