レークトゥスの洗浄と浄化 後半戦にゃん
○帝国暦 二七三〇年〇九月二九日
○レークトゥス州 州都スマクラグ 商業ギルド
夕食よりは味的にマシな朝食を食べてから、猫耳とリーリたちと合流して朝の内に州都内の商業ギルドに立ち寄った。
倉庫に小麦だの何だのを手早く積み上げるのは猫耳たちに任せ、オレはエラと一緒に商業ギルドのギルマスを始めとする幹部たちと価格交渉だ。
「この金額では無理ですね」
相場と言ってるのに何を思ったのか二割も安く見積もったので、エラがすげなく突っぱねた。
「ただでさえ王宮が神経を尖らせている時に相場より安いとはどういうつもりですか? レークトゥスに王宮からの軍事介入を招きますよ」
「それにつきましては」
商業ギルドの中年のギルマスはスキンヘッドに脂汗をかいて口ごもる。他の幹部連中も突っ込まれるとは思って無かったらしく慌てていた。
「にゃあ、どの辺りが適当にゃん?」
俺はさっぱりわからないのでエラに訊く。
「相場の二割増しでギリギリですね、過去の事例からそれより安くすると王宮が問題視すると思われます」
レークトゥスの商業ギルドの幹部連中は危機意識がいまいち薄いようだ。派兵される危険より儲けを取ってる。
「レークトゥスのケチ伝説に新たな一頁が加わった瞬間にゃんね」
「セコいだけにしか見えないのが残念ですが」
「まったくだ、相場より値切ってどうする?」
商業ギルドの幹部たちを横で見ていたチャドにも呆れられる始末。チャドから見てもイケてないようだ。
「エラの実家ならどうするにゃん?」
「この状況ですから、安くても二倍ですね」
「にゃあ、そうするにゃん?」
幹部連中を見る。
「二倍はご勘弁を」
こうべを垂れる幹部連中。
「にゃあ、王宮に睨まれない二割増で売るにゃん」
エラのアドバイスに従って相場の二割増しにした。
「卸値は相場にしとけよ、安く市民に流したのならマコトからの買値も言い訳が立つ」
「相場でございますか?」
チャドの指示に驚きの表情を浮かべるギルマス。
「おまえら、この期に及んでまだ儲けようとは思ってはいないだろうな? せっかくマコトたちがギリギリのラインで最大限の援助をしてくれてるんだ、それをぶっ壊すならオヤジも黙ってないぞ」
「滅相もございません」
商業ギルドの幹部連中は慌てて青くなった顔を横に振った。
○レークトゥス州 州都スマクラグ スマクラグ城 車寄せ
「最初の街は全員でやるにゃん、その後に二手に別れて洗浄と聖魔法を続けるにゃん」
「「「にゃあ!」」」
パメラとフェリクスたちの代わりに乗り込んで来たのが、騎士団長のチャド・アシュ・ピサロと副団長のガスパール・ベッケルだった。それに騎士団の団員たち。
ガスパールもチャドと同じ二五~六歳ってところだ。団長と違ってこっちはちゃんと騎士っぽい。
「にゃあ、レークトゥス騎士団は団長のチャドひとりしかいないのかと思ったら、ちゃんと副団長と団員もいたにゃんね」
騎士団ひとりならいじり甲斐が有ったのに残念だ。
「騎士団は全部で三〇〇人だ、今回は精鋭を一〇人ほど連れて来た、特に副団長のガスパールは近衛軍からお誘いが来るほどの逸材だぞ」
「にゃあ、近衛軍だったら、ガスパールは上級貴族様にゃん?」
「違います、自分は宿屋の倅です、子供の頃に近衛軍の方に『太刀筋が良い』と褒められたことがあるだけです」
「にゃあ、チャドも近衛軍に入れたと違うにゃん?」
「何が悲しくてあんな堅苦しいところに入らにゃならないんだ?」
肩をすくめる。
「チャドが入って明るく楽しい職場にすればいいにゃん」
「バカ言うな、冗談でも言おうものなら、速攻処刑だぞ、そうでなくてもあそこは派閥争いの殺し合いが日常茶飯事なんだ、ヤバすぎるにも程が有る」
「兄様なら入りたくても入れて貰えませんから心配ご無用です」
ロマーヌも乗っていた。
「ああ、そんなことよりマコト様の魔法車はスゴいです、王都にもありません、この完成度の高さは特筆に値します」
「走らせてちょこちょこ改良してるからにゃんね」
「おい、何でロマーヌまで来てるんだ?」
チャドから物言いが入る。
「当然、我が一族の領地の安寧を図る為ですわ」
「その割に結界の一つも張ってねえだろう?」
「わたくしは学術の徒です、実務には向きません、それに我が家の魔法使いは代々刻印師のみ、短期の結界は作れないのです」
フィーニエンスで代々宮廷刻印師を務める家柄の流れを汲むピサロ一族が得意とするのは街の防御結界だった。
あの一〇年の歳月で大金貨二万枚するあれだ。
「つまりロマーヌは単にマコトたちの仕事を見学したいだけか」
「そうともいいますわね」
兄貴のツッコミにも悪びれた様子はない。
「……」
おいおいこいつ現状をわかってるのか?という目でエラがロマーヌを見ていた。
「マコト、こいつも連れて行ってもいいか?」
チャドが済まなそうに訊く。
「にゃ、いいにゃんよ、でもオレたちの邪魔をしたら置いて行くにゃん」
「ああ、それは構わない」
チャドが請け負った。
「そうと決まったら直ぐに出発にゃん」
ここで押し問答してる時間ももったいないので騎士団員たちもジープに分乗させて走り出す。
○レークトゥス州 州都スマクラグ 州道
街道ではなくレークトゥス州の北東に進む州道に入る。
「王都とスマクラグの間は街道から離れるにゃんね?」
洗浄と浄化の後半戦はスマクラグと王都の間の農村地帯が中心になる。
「ああ、そうだ、軍隊蜂の群れは王都外縁東部のスラム地区を襲った後、スマクラグに続くアルカ街道には侵入しなかった様だ」
「王都の防御結界を嫌って向きを変えたにゃんね」
「そうかもな、スラム地区の後はそこから南側にある小さな男爵領を抜けてレークトゥスに侵入した」
「アルカ街道よりもずっと東寄りのコースにゃんね」
「そうだ、人口の多い街道を襲われなかっただけマシだが農村地帯が手酷い被害を受けてる」
「農村地帯は人家がまばらだから大変にゃんね」
「まさにそれだ、蜂にやられた集落が点在してるせいで、結界が追いつかず瘴気がかなり流れてしまってる、いまも作業を続けてるが全部を食い止めるのは無理そうだ」
渋い顔をするチャド。
「瘴気はまとめてオレたちがどうにかするにゃん」
「悪いなマコト、貸しを作りっぱなしだ」
「にゃあ、そのうちまとめて返して貰うにゃん」
「ああ、任せろ」
「瘴気に汚染された近隣の人たちは、今後のことを考えると洗浄が終わるまでは避難したほうがいいにゃんね、薄まっていても瘴気の影響は後で出るにゃん」
「自主的に避難してるだろうが、逃げ遅れがいないか守備隊に確認させる」
「頼むにゃん、重症化してなければ街にいる治癒師で十分に治療が可能なはずにゃん」
「普通の治癒師なら王都に召喚されてないから掻き集められるはずだ」
「にゃあ、集めておくといいにゃん」
「わかった、そちらも直ぐに手配する」
チャドは通信の魔導具を取り出した。
スマクラグの結界を出ると田園風景が広がる。
○レークトゥス州 北東部 州道
「スマクラグの防御結界はスゴいにゃんね、これは領主一族が管理してるにゃん?」
「それは分家の仕事ですわ、刻印の管理は代々分家が担当してますの」
ロマーヌが教えてくれる。
「分家が刻印師にゃん?」
「そうです、レークトゥスの領主をやりながら刻印師をやるのは無理ですから」
「にゃあ」
城壁の刻印の打ち直しだと長い期間現地に赴かなくてはならないから兼業は出来ない。
「それに魔法使いと言って差し支えのない刻印師は、誰でもなれるわけじゃありませんから、本家と分家の間で適性のある子が、当主となります、現在の分家は父の実の弟である叔父が務めています」
エラとアガサの実家みたいな関係らしい。
○レークトゥス州 北東部 フォルン
後半戦最初の街フォルンの洗浄後「調査しますわ」と勇んで飛び出して行ったロマーヌだったが五分もしないうちに地面に這いつくばってゲロゲロしていた。
「おまえは何してるんだ?」
チャドも呆れ顔。
破裂させられた挙句に瘴気の苗床にされた被害者は悲惨極まりない姿を晒している。
それを勝手に見に行ってゲロってるのはあまり褒められた行為じゃない。
「にゃあ、送るにゃん」
「「「にゃあ!」」」
ロマーヌはひとまず放置でオレと猫耳で街を聖魔法で包んで犠牲者の魂を送った。
「どうだ、これが本当の聖魔法だ、見事なものだろう」
何故かチャドが威張ってる。
「マコトたちの魔法だからね」
リーリも負けずに威張る。
「ええ、初めて見ましたが、これほどとは思いませんでした」
ガスパールが天に還る魂を見上げる。
「癒やしの光ですわ」
青い顔のロマーヌも空を見ていた。
「にゃあ、この先は二手に分けるにゃん、チャドとガスパールでそれぞれの案内を頼むにゃん」
「わかった、ロマーヌは城に送り返す、邪魔して悪かったな」
「にゃあ、確かに無理そうにゃんね」
青い顔でぐったりしているロマーヌを見る。
「だ、大丈夫ですわ、これ以上の醜態は晒しません」
「おまえなあ、自分の立場わかってるのか?」
「もちろんですわ、もう不覚は取りません、この惨状を記録して大学に持ち帰るのがわたくしの使命です」
「にゃあ、邪魔にならないように頼むにゃん、まだ蜂も完全にいなくなったわけじゃないから油断は禁物にゃんよ」
「はい」
青い顔で頷く。
「おい、まだ蜂が残ってるって本当か?」
「にゃあ、何らかの理由で飛べなくなった蜂が隠れてるにゃん、前半戦では二匹いたにゃん」
「わかった、一匹ずつなら何とかなるがそれ以上はヤバいな」
「皆んなは、蜂に出くわしたらとにかく逃げるにゃん、いいにゃんね?」
三人が頷いた。
フォルンの街を守備隊に引き継いでオレたちは二手に別れた。
○レークトゥス州 北東部 州道
「にゃあ、チャドはいつこっちに戻ったにゃん?」
「それなら、プリンキピウムの遺跡の近くでマコトたちと別れてから、その足でこっちに戻った」
「何か掴んでいたにゃん?」
「いや、これでも年に半年は騎士団の団長の仕事をしてるからな、今回の軍隊蜂に関しては完全に意表を突かれた」
「誰も予想してなかったにゃんね」
「軍隊蜂なんて滅多に出るものじゃないからな、しかも王都を襲うなんて前代未聞だ」
「オレも軍隊蜂の情報はあまり持ってなかったにゃん」
「普通はあいつらに遭遇したらまず生き残れないからな」
ラルフの話に出てきた冒険者は稀有な例なのだろう。
続けて小さな集落を浄化して死者の魂を送る。
「にゃあ、農村地帯だけあって前半に比べると小さな集落ばかりにゃんね」
「ああ、この辺りは一族で集落を形成してるから五、六戸で一つってのが多いな」
「農作業中に襲われた人から出た瘴気がかなり空気を汚してるにゃんね」
思ってた以上に畑で襲われた人が多かった。
「ああ、見つけ次第火葬したが全く間に合って無かったな、ガスはかなり出たはずだ、たぶん数年は作物が穫れないだろうって話だ」
「にゃあ、浄化の刻印の設置をお勧めするにゃん、一年程度で毒が抜けるはずにゃん」
「マコトたちの浄化じゃダメなのか?」
「にゃあ、農村地帯全域を浄化するにゃん? できないことはないにゃんよ、でも刻印師の庭先でやりたくないにゃんね」
「だよな、街はともかく農地までとなるとピサロの家名に響いて来るか」
「にゃあ、それにバカみたいな金が掛かるにゃんよ」
「ちなみに幾らだ?」
「お友だち価格で大金貨二万枚にゃん」
「マコト、人の足元を見るのは良くないぞ」
「お待ち下さい兄様、王都の浄化に幾ら動いたかご存知ですか?」
ロマーヌが口を挟んだ。森の精霊由来の回復薬のおかげで顔色は元に戻っている。
「あそこは人はいたが燃やしてからだし、ウチの領の一〇分の一の浄化面積だろう? だったらボッタクリ価格でも大金貨一〇〇〇枚程度だろう?」
「大金貨三千万枚ですわ、今朝、教授からお話を頂きました」
「はあ、大金貨三千万枚、何だそれ?」
「我が領レークトゥスは浄化に聖魔法も付いて更に一〇倍の面積で大金貨四〇〇〇枚です、王宮の試算に合わせたら大金貨六億枚になりますわ」
「大金貨が六億枚だと!?」
チャドの声が裏返った。
「今朝、お父様に話したらお兄様と同じ反応でしたわ、大金貨四〇〇〇枚では同盟を王宮に確信させるレベルですわね」
「あちらが大金貨三千万枚なら、そうなるだろうな」
「王都の三千万枚も最終的には半額に収まるとは思いますが、事情通の教授のお話ですと一〇〇人程度の首が物理的に飛ぶのと引き換えにと仰ってましたわ」
「魔法大学の教授に調べて貰ったのか?」
「はい、アーヴィン様からご連絡を戴いたので『マコト様も父も金額については疎いだろう』からと、それで教授に依頼したのです」
「にゃあ」
「お父様にはマコト様への支払い済みの大金貨四〇〇〇枚は、手付として処理し直して金額の訂正を進めていますわ」
「にゃあ、エラはわかっていたにゃん?」
「安いとは思いましたが、相場など有ってないようなものなので私からは何とも」
「王宮の金額が出ると話が変わって来るか、そっちが適正価格になる」
「にゃあ、多少睨まれてもこの金額でいいと違うにゃん?」
「マコト様が大金貨四〇〇〇枚で納得されると王宮の主計局の人間と今回浄化の魔法を使った魔法使いはかなりマズい立場になります」
エラが補足してくれる。
「にゃあ、いろいろ面倒にゃんね」
「王宮の臨時支出にたかって生計を立てている方々が、少なからずいらっしゃいますから複雑化の要因でもありますわね」
ロマーヌも領主一家の一員だけあってエイハブ・マグダネル博士よりは、常識と情報を持っているらしい。
「しかしな、現実レークトゥスでは王宮の半額だって無理だぞ」
「にゃあ、開き直ってただにするにゃん?」
「間違いなく近衛軍に攻め込まれます」
エラの予想では間違いないか。
「州都の結界を抜くのには時間が掛かるだろうからその間にケラスに逃亡だな」
「にゃあ、オレも巻き込まれるにゃん?」
「当然だ、アルボラなんかに逃げたら家族揃ってさらし首だ」
「にゃあ、そうにゃん?」
「当然だ、王宮と対立したら王都にいる娘や息子が殺されるんだぞ」
「にゃあ、カズキなら家族優先にゃんね」
「王宮も無理な金額は払えないとわかっています、ただこの機会にレークトゥスの財力を削ぐつもりなのでしょう」
エラが解説してくれた。
「オレのところはいいにゃん?」
「マコト様は、アーヴィン様に騙されて王国軍の借金を廃領を掴まされて喜んでる子供扱いなので、金銭に関しては王宮内ではちょろいと思われているようです」
「にゃあ」
「それだ、大金貨四〇〇〇枚+領地でどうだ?」
「にゃあ、レークトゥスをくれるにゃん?」
「やるか!」
チャドの声がまた裏返る。
「兄様、まさかノルドの事を仰っているのですか?」
「ノルドにゃん?」
オレは地図を取り出した。
「王都とレークトゥスの東でオレの持ってるタウルスとゲミニの西にゃんね、随分と大きいけど魔獣の森にゃん?」
「いや、ノルドに魔獣の森はないはずだ」
「にゃ、それにしては州都以外に街はないし、王都とレークトゥスの隣と言ってもあいだに山脈があるにゃんね」
「レーム山脈だ」
レーム山脈はここからも見える。八〇〇〇メートル級の山が連なっていた。
「安心しろ、レークトゥスとはトンネルで繋がってる」
「にゃあ、何で州都アメスィス以外の場所に人が居ないにゃん?」
「ノルドの面積の大部分が大湿地帯なのです、しかも肉食系の巨大な水棲生物がいるそうですわ」
「にゃあ、プリンキピウムの森より難易度が高そうにゃんね、それとトンネルの維持費に幾ら掛かるにゃん?」
「……」
チャドは無言。
「何で目を逸らすにゃん?」
「トンネル維持費に大金貨五〇〇枚、代官や守備隊の維持に同じく大金貨五〇〇枚ですわ」
「にゃあ、不良債権と違うにゃん?」
「そうともいいますわね」
「それで王宮の追求をかわせるならいいにゃんよ、エラは問題がないかアーヴィン様に確認して欲しいにゃん」
「かしこまりました」
『にゃあ、お館様、緊急連絡にゃん! 生存者と蜂を発見にゃん!』
第二班の猫耳から念話だ。
『了解にゃん、直ぐ行くにゃん』
「にゃあ、第二班が蜂と生存者を見付けたにゃん!」
「本当か!?」
「嘘なんて言わないにゃん、急ぐにゃん!」
猫耳ジープの車列は速度を上げた。
『にゃあ、街の中に蜂は何匹いるにゃん?』
オレは第二班の猫耳たちに念話を送った。
『にゃあ、蜂が一〇匹、生存者は二〇人にゃん、地下のワインの貯蔵庫に逃げた人を追って入り込んだみたいにゃん』
『にゃあ、まずは浄化で瘴気を消すにゃん』
『『『了解にゃん』』』
「にゃあ、地下のワイン貯蔵庫に二〇人が逃げ込んだみたいにゃん」
「ワインの貯蔵庫か」
「にゃあ、他にも地下施設を持ってるところはないにゃん?」
「地下施設か、ちょっと待ってろ」
チャドが地図を出した。
「今回、被害があった市町村の中ではここだな、ベルマディ市だ」
「後半戦ではいちばん大きい街にゃんね」
「ああ、地下施設も大きいぞ、と言っても地下墓地だけどな」
「にゃあ、墓地にゃんね、おまえらは先にベルマディ市に向かって生存者が居ないか確認するにゃん」
後続のジープにベルマディ市へ直行を命じた。
「「「にゃあ!」」」
後ろの四台がオレの後ろから離れて別の道に入った。




