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RUN! V/M  作者: でーじん
1/4

0. 逃走

幸福の秘訣は自由であり、自由の秘訣は勇気である。

――トゥキディデス

夜の都市。


そこはただ高層ビルが立ち並び、光があふれる繁栄した場所ではない。


栄枯盛衰、喜怒哀楽……


それらが入り交じる複雑な人間のエコロジーでもある。


そんな鉄の森林の中で、1人の男が焦りながら入り組んだ裏路地を走っていた。


「ハー、ハア……ッダァ、ハア……」


男は狭い曲がり角に入り込み、しゃがんで身を隠した。そして、すぐに声を殺す。


すると、その直後、背後から複数の足音が聞こえる。


近い……非常に近い。


男は恐怖による震えと、息切れの苦しさの狭間で耐えながら、必死に今にも出そうになる咳を抑えようとした。


「クソ、見逃してしまった」


「分かれて捜索しよう、何かあったらすぐ連絡するぞ」


やがて足音が遠ざかった。


しばらく男は動かなかった。完全に気配が消えたことを確認してから、ようやく小さく息を吐いた。


男の名は、岩崎先明(いわざき せんめい)、31歳。


彼は大手メーカー「H・S」の開発部門に所属し、メカニックも務める。


ただ、今夜は仕事とはまた別のことで忙しいようだ。


乱れた黒髪を、ヘアゴムで適当に後ろへ束ねている。


整った五官は本来なら人目を引くはずだったが、今夜だけで何度も逃げ続けたせいで、顔には疲労が濃く刻まれていた。


作業着もすっかり汚れている。袖にも裾にも土がこびりつき、ところどころ黒ずんでいた。


先明は乱れた呼吸を整え、再び周囲を警戒しながら歩き出した。


しばらく進んだところで、小さなカフェが目に入った。


店は決して新しくない。だが、窓から漏れる暖かな光が、夜の街の中で妙に安心できるものに見えた。


先明が思わず店をじっと見つめていると――


背後から、再び足音が響いた。


「……ッ!」


周囲を見回す。


身を隠せそうな場所はない。


迷っている暇はなかった。


先明は急いでカフェの扉を開け、店内へ飛び込んだ。


ドンッ。


カラン、カララン――。


「うわっ、びっくりした! どうしたんだ!?」


カウンターにいたのは、30歳前後の店長だった。


オールバックの髪に小さな丸眼鏡。服装もきちんとしていて、どこか小綺麗な印象の男だ。


「助けてくれ! 命を狙われている!」


「お、おう……分かった。とにかく、こっち!」


店主は一瞬戸惑ったものの、すぐにカウンターの端にある小さな柵を開けた。


「ここに入って!」


「すまない……!」


先明がカウンターの内側へ滑り込んだ、その直後だった。


ガタッ。


カラン、カララン――。


扉が開く音がした。


先ほどの2人組だった。


2人は店内を見回しながら、ゆっくりとカウンターへ近づいてくる。


そのうちの1人がポケットから1枚の写真を取り出した。


そこには、先明の顔が写っていた。


「この男を知らないか?」


店長は写真をちらりと見る。


「……どうでしょう。うちは案外忙しくてね。常連さんでもなきゃ、来た人の顔なんていちいち覚えてないですよ」


「本当だな?」


店長は口角を少し下げ、肩をすくめた。


「ええ。本当ですよ」


2人組は納得しきれない様子で、店内を隅々まで見回した。


先明は息を殺し、身動き1つしなかった。


やがて――


「……行くぞ」


2人はそう言って店を出ていった。


扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。


しばらくしてから、店長がカウンターの下を覗き込んだ。


「……もう行ったみたいだ」


「た、助かった……ありがとうございます」


先明はゆっくりと立ち上がった。


「もう少しここにいた方が――」


「いや、これ以上迷惑はかけられない」


先明が店を出ようとした、そのときだった。


店長が何かを思い出したように声をかける。


「……ちょっと待って」


「?」


店長は先明の作業着を見た。


土で汚れ、ところどころ擦り切れた作業着。その姿を改めて眺める。


「それ、作業服だよな?」


「……ああ」


「もしかして、メカニックか?」


先明は少しだけ警戒した。


「だったら?」


店長はニヤリと笑った。


「実はさ、うちの倉庫に壊れたマシンが1台あるんだ。ちょうど困ってたところでね」


「マシン……?」


「直せないか?」


先明は一瞬、店の外へ目を向けた。


(今出れば、またあの2人と鉢合わせする可能性がある。)


それなら――。


(しばらくここで修理をして、追手を撒いてから出た方がいい。俺にとっても、その方が都合がいい)


「……分かった。見せてくれ」


「よし、決まりだ」


店長はほっとしたように笑った。


2人は店の奥へ向かい、勝手口を開けた。


夜の狭い路地へ出る。


光が怯えたかのように、暖かな明かりを店の中へ引っ込めた。


まるで、暗闇が猛獣のようだ。


店の明かりから離れた2人は、周囲を警戒しながら静かに歩き出した。


耳に入ってくるのは、ビルの間を抜ける風の音、足音、遠くの大通りから聞こえるクラクションのみ。


道は街灯も立てられないほど狭く、肩幅より少し広い程度しかない。


頼るのは月光のみ。


カフェの光とは違い、それは冷たく、そして2人を監視するようにも見えた。


しばらく歩いて行くと、横に1枚の目立たないスライドドアがあった。


チャリッ。


店長はエプロンのポケットから取り出した鍵を使って開けた。


そこには、独特な風景が広がっていた。


広い倉庫の中央に、ボロボロのV(ホバー)/M(マシン)がポツンと置かれている。


隅を見ると、作業台とジャッキが設置されている。


見上げると、天井がものすごく高く、その先には開閉できる鉄の扉がある。


先明はマシンに近づいた。


ジェット四基を積んでいる。これは第2世代(2nd Gen)だ。


今の主流となっている第3世代(3rd Gen)は、電磁浮遊を採用している。さらに、レーザーセンサーによる制御も加わった。


今の時代に、これを見かけるのは珍しい。


先明は少しだけ興奮しながら、


「おお、ロマンあるな」


とつぶやいた。


が、


このマシンは一瞬で彼を真顔に戻した。


このV/Mは少し不自然な壊れ方をしている。


衝突による凹みだけでなく、小さな穴がいくつも開いている。その穴からオイルが漏れていた。


彼は嫌な予感がした。


「これは……もしかして......」


そう、弾痕だった。


彼は思わず立ち上がって、ゆっくりと身を引いた。


「どうした? 直せないのか?」


店長は尋ねた。


先明は棒読み気味に、


「これは板金でも結構な金額かかりそうだー。修理するより、ニューマシンを買った方がコスパよさそうな気が――」


と、振り向いた。


いつの間にか、店長の後ろには屈強な男たちが集まっていた。


「えー、それは困るなあ。『ファミリー』カーだから、『子』をまだ乗せたいね」


店長はそう言うと、腰に隠していた銃を取り出し、先明へ向けた。


「なるほど......カフェがなんであんなに『アットホーム』なのか、よく分かったよ。」


「一応、オーナーなので愛着があるんでね。」


「じゃあ、直すための材料は……」


「ない……借金をしてもらうからね。」


店長は明るく言ったが、その口調とは裏腹に、より不気味さが滲み出ていた。


「じゃあ、どうやって返す?」


「ひたすらマシンたちを直してもらう。私だけじゃないからね……そうだ、君の実力を試すために、このマシンを君に与えよう。1ヶ月後までにこれを改造して、草レースで賞金を勝ち取ってもらおう。そうすれば借金を返せるでしょ?」


「レースの技術はない。ドライバーはどうする?」


「探せ。」


「……」


「探せ。私たちは忙しいから、そんな暇はない。」


「じゃあ……もし勝てなかったら――」


「『用済み』ということで…………はい、じゃあ夜遅いので、しっかり休んでもらおう。1日3食付きで、隣の部屋は綺麗に掃除できていて自由に使っても構わない。エアコン完備だから心配いらない。では、おやすみ。」


店長は扉を閉めるとき、ギロリと一度、先明に目を向けた。


まるで「逃げても無駄だ」と訴えかけているように。


しかし、先明は安堵したような顔をして、地面にあぐらをかいた。


「なんてこった……フフッ、まあ、戻されるよりかはマシだ。」


そう言って、彼は懐からヘナヘナになったタバコを取り出し、一服した。


ハチャメチャな1日だ、と彼は呆れた。

プロフィール • 岩崎先明

年齢:31歳

身長:172cm

体重:66kg

誕生日:1月9日

血液型:O型

職業:H • S開発部門/メカニック

趣味:田舎旅行

特技:どんな葉っぱでも笛吹ける

嫌いなもの:子ども(場合による)

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