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氷流木〜氷河期世代に流された木片〜  作者: のどぐろ


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就職報告会

さっきは過去に気を取られてタバコを堪能できなかった良介

「タバコか・・・・大学時代よく・・・・」

独り言を呟きながら過去の思い出に浸る。

おっさんにありがちな一コマだ。

今回思い出していたのは、大学4年の冬。

大学生活最後のインカレが終わり、冬休み明けの授業を抜け出して一服をしていた時のことだ。


「あれ?良介じゃん?」

大学の喫煙所で一服をする良介の背中から、聞き覚えのある声が聞こえた。

一年からの友人である佐藤慶太だ。

友人と言っても、学校以外で会うことがなく空き時間に喫煙所や学食でよく話す程度の友人だ。

「どしたの?まさか就職先まだ見つからないとか?」

少し大きめのテーブルに水を張った灰皿が置いてあり、椅子が4つ設置されている。

慶太は少し馬鹿にしたような表情で、向かい側の椅子に座った。

「んなわけ。授業だよ。授業。」

いぶかしげに答える良介。

「良介が授業?なんで?お前それなりに単位取ってたよな?」

良介は今更何を言うかという顔で慶太を見つつ、ため息混じりにこれまで何度も言ってきたセリフを言った。

「教職に必要な一般科目まだ残ってたんだって。何度も言わせんなよ。」

それを聞いた慶太は、気の毒そうな表情で良介を憐れむ。

「あぁ、憲法だっけ?まだ取ってなかったんだっけか?お疲れさん。」

そう言うと慶太もタバコに火をつけて、続けた。

「よくもまぁ教職なんて取ったな。俺らの中でも単位一番取ってるんじゃねぇの?で?教師になんの?」

「それ言うなよ・・・・」

良介の顔が一気に暗くなる。

「あ、ごめん・・・」

気まずい表情で慶太は答えた。

「けどさ、合格率120倍だっけ?そりゃ無理だよな・・・。何人中何人合格だっけ?」

「360人受けて採用3人だと」

諦めモードの表情で良介が答える。

良介が通う大学は法学部であった。

法学部で取得できる教員免許は、中学校社会、高等学校地理歴史、高等学校公民の3つだった。

良介は法学部ということもあり高等学校公民で教員採用試験を受けたのだが、倍率120倍の前になすすべもなかった。

中学校のほうが幾分か倍率は下がるのだが、転勤範囲が広くなってしまうこともあって良介は避けていたのだった。

また、この120倍の中には教育大学や旧帝大の国公立の学生も当然いる。

さらに厄介だったのがこの時代ならではの事情だった。

良介は慶太に答えた。

「ただの360人ならまだいいって。試験会場でびっくりしたのが、どうみても30代のおっさんがめっちゃ多かった」

そう、同学年だけではない。

長く続いた就職氷河期により、公務員の間口が狭まったことで就職浪人が大勢生まれていたのだ。

10年選手も普通にいるというのが、この時代の教員採用試験だった。

「へぇ〜・・・・30でまだ就活って、俺ならマジで人生考えるわ」

目を丸くした慶太に向けて、良介は続けた。

「大学4年間で他の奴らより50単位くらい多く取ったのに、最後はこれってやる気出ないよなぁ」

「50?だからお前まだ大学にいたんだな・・・」

呆れる慶太。

通常法学部の4年ともなると、ゼミ以外で大学に来ている学生はよほど単位を取得していない学生だ。

しかし、教職課程に進むとよほど単位を落とさない限りは大学4年でも大学に来なければならない。

「で、結局就職はどうしたんだ?」

憐れむような表情で良介を見ながら慶太は訪ねる。

「非常勤待っても良かったけど、可能性低いし塾講師にしたよ」

残念そうに答える良介。

非常勤とは、公立中学や高校で1年間の期限付きで雇われたり、公務と呼ばれる学校業務を請け負わずに授業のみを行う契約で働くことだ。

病気での休職や産休などで変わりに入ることが多い。

しかし、この頃の非常勤事情は過酷であり、非常勤講師の経験がある希望者、つまり教員採用試験浪人たちで溢れていたのだ。

さらには非常勤の話も3月ギリギリに連絡が来ることが多く、働けるか働けないかをずっと待っていなければならないのだ。

そのため、最低でも教えられる仕事に就いて生活を安定させようとしたのだ。

「塾講師ってどこに?」

慶太が聞いてくる。

「海山村塾だよ」

そう答えると、慶太は目を丸くして聞いてきた。

「どうやって入ったんだよ?それ、地元で人気の塾だろ?」

そう、海山村塾は地元で最も規模が大きな塾だった。

当然、倍率も高い。

「いや・・・俺元塾生だからさ。元塾生って一番入りやすいんだって」

就職にコネのようなものを使ったことは、正直隠したかった。

「なんだ、コネか。俺は自力で北別府製作所だからな」

誇らしげに答える慶太。

「北別府製作所ってあの携帯の部品作ってるとこ?やべぇじゃん!」

良介がそう答えると、慶太はちょっとテンションを下げて答えた。

「まぁ工場のほうだけどな。大卒で工場なんて思ってもみなかったよ」

「そっか・・・けど、あそこ給料いいじゃん!」

「まぁそれが唯一の救いだよな」

お互い、結局は希望する企業には到底採用されず、なんとかして掴んだ職業だった。

周囲に聞くと、成績優秀者は村の役場が数名。

公務員であれば、他に自衛隊の自衛官候補生がいた。

一般企業で言えば不動産業界やホテル業界、携帯ショップ店員だった。

さらには専門学校へ入学し直す学生もいた。

『即戦力』という言葉を振り翳し、転職組の次に目をつけられたのは専門学校卒だったのだ。


就職の話をすると暗い雰囲気になるのがこの時代の特色だった。

気分を変えようと、慶太が口を開く。

「そういや良介のボロビア、駐車場になかったけどどうやってここ来たの?」

ボロビア。

良介が大学時代に苦労して購入したシルビアS13だ。

教職を履修し、教科指定部のサッカー部にいながらバイトまでして購入、維持してきた車だった。

当時は走り屋ブームもあり、良介は寝る間を惜しんで山へ走りに行ったり、ジムカーナ走行会へ行っていたのであった。

「あの車で社会人できるわけねぇだろ。乗り換えたよ」

そう良介が答えると、さらに空気が悪くなる。

愛情を注いできた車ではあったものの、数ヶ月前に泣く泣く手放したのだった。

就職後は分校へ自分の車で行くこともあると言われており、さすがに走り屋仕様の車を手放さざるを得なかった。

「そっか・・・。ま、切り替えだな」

空気を変えようとして失敗した慶太は、その後軽く挨拶をして席を離れた。



「あの頃、世の中のこと知ったようで全然知らなかったんだよなぁ・・・・」

今やおっさんとなった良介は、気持ちがさらに老け込んでしまったようだった。

過激な就職活動を終え、世間とはこんなものだと思い込んでいた当時の良介。

しかし、本当の世の中とは、就職後に訪れるのだった。


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