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 とても長くなる話をしよう。予め予告しておくことは大切だ。それだけで覚悟が決まり、頭が勝手に重要だと感じられる部分を抜き出してくれる。

 物事の最初と最後は頭に入りやすい。中盤のあたりの印象は薄くなりやすい。これは人の性質上ありえることである。



 落華の始まりを覚えているだろうか。そうとある一柱から始まったこの国は、今は更なる破滅_消滅を迎えようとしている。

 国を支えていた神が二柱、隠れてしまったからである。4本足の生物が二本の足で立ち続けることは難しい。ならばと、現在とあるものを発明しようと国中は躍起になっている。

 生命の終わり。その終わりがあるからこそ、国の心である民は乱れてしまうのである。安寧を失えば、そのさきのことなど手探りで進むことすらままならない。どうにか彼ら_民の心を繋ぎ止めようとして、成功した例は少なくないものの、失敗した例は多い。

 この国中を巻き込んだ議論は白熱し、最終的にある一点で終着した。それは先程もあった終わりを作らないというもの。永遠に続くことが保証されていれば、終わりを恐れずに済むという至極単純な理論である。

 そして死なない神、不滅の神を作り出す研究が始まった。その第一成功例が玄君である。彼女以降の成功例は未だない。

 "彼女"は強かった。魂が1本の糸のように張り詰めていて、一つの乱れすら許さない。まさに国の頂上の一柱として相応しい存在であった。

 彼女を手本に幾度も研究が重なっていく。実験に全てを捧げる者も現れ、国民は事態の進展を今か今かと待っていた。

 しかしながら、研究対象となっていた玄君はすぐに土に還ることになる。強すぎる力に対して、体が弱すぎた為である。

 また人々は考えた。不滅になるには不滅の力を制御することができる器が必要になる。

 一つずつ欠点を潰し、漸く完成した完璧な不滅の神はどこか壊れていた。最初の玄君の面影はもはやない。ユーモアがあり、何毎にも精通していて、人々に慕われる。そんな望まれた存在だった。

 だが、彼女には肝心なものがなかった。それは_




 肥河は洞窟に転がり込んだ。というよりも、転がり落ちたという方が正しい表現だろう。

 入口からは真っ直ぐに伸びているように見える道が、光の届かない距離に至ると急激に地面が低下している。お陰で肥河は酷い痛みを味わっていた。更に痛みよりも混乱の方が強い。

 何度事態を把握しようとしても、同じ結果に辿り着いてしまう。信じられない状況に自身が晒されているという結果に。

 ひとまず強そうな敵を屠ったかと思えば、腹に穴が空いた。その穴から現在まで血液が湯水のように溢れ出ている。

 これはマズい状況になった。

 このままでは肥河(自分)は死んでしまう。

 思考が入り乱れ、肥河は正気を失いそうになる。だが、死の恐怖を目の前に体がするべきことを覚えていた。

 服を割き、簡易的に手当てを施す。


「最悪…こんなところで…死にたくないわ」


 急ぎ止血をするが、もう間に合わないことは目に見えていた。だが、諦めが悪い性分の彼女である。彼女の本能は最後まで足掻くことを選択した。

 口から血を吐き出しながら、止血をやめない。手が震えて、肌寒く感じた。息苦しく感じ、気を張らねば意識を失ってしまいそうになる。歯を食いしばりながら、自身を無理やり起こす。それだけで、気持ち意識は保つことが出来た。

 根性論に等しいもので堪えていたが、それだけではない。肥河の自我がまだ体を支えていた。

 頑丈な自我は何を訴えるのか。それは、変えられな現実への嘆きである。あんなのがいるなんて聞いていない。肥河は霞む意識の中で恨み言を吐いた。

 今までの敵と比べることなどできない、肥河が気付く前に攻撃をされていた。姿を黙視することすら、許されていない。瞬きをするよりも早く体に風穴が空いていた。本当に文字化するのであれば、”気が付いたら”、が妥当だろう。

 目視、気配ですら捕らえることができない相手に対して、何ができる。人知を越えた存在を相手にしてきて、これほどに手も足も出なかった相手に出くわしたことはなかった。隊員たちが遭遇すれば、瞬く間に殺されてしまうだろう。

 敵を避け脱出することなど可能なのだろうか。摩訶不思議な力で瞬間移動をすることができれば、誰にも気取られることはなかったに違いない。だが、現実はそううまくいかない。そのようなものは存在しない。

 普通に外に出る作戦は論外。先ほどの二の舞に遭って、肥河は今度こそ一瞬で殺される。戦ったところで勝てる相手でもないのだから。では、地下から穴を掘って脱出するしかあるまい。

 悪あがきのつもりで肥河は洞窟に逃げ込んだが、出血が酷い。一日も持たず、肥河は一時間後には死体になり果てていることだろう。臓器がやられていれば人間はあっという間に死んでしまう。

 だが、慣れというものは恐ろしく、そして頼もしい。肥河の頭は一人でに動き、現実を嘆く肥河と一発逆転の策を企てる肥河がいた。

  もし奇跡的な力で死を回避することができる可能性があるのであれば、それは地上での話だろう。地下に籠っている限り、肥河を見つけてくれる人物など、運が余程良くないと限られている。

 

「いずれの私でも…死にたくないってのが本望よ。だってまだ、会ってないんだから…」


肥河の脳裏に自身の兄の姿が過った。

 相手の姿は見えていないが、肥河の後をすぐに追って来ないことには何かしらの理由があるのだろう。考えられるものとしては、洞窟に入れないもしくは入る必要がないか、肥河のギブアップを待っているかのどちらか。

 前者の場合、敵が巨体である可能性や肥河が怪我により死ぬことを理解していることが考えられる。穏やかな死が何か齎していると考えているのだろうか。穏やかであろうと、死に何も差はない。後者の場合、悪いが性格の悪い人物と言わざるを得ない。肥河が死を懇願するはずもないというのに。

 何の理由にしろ、肥河に有利に使うほかないだろう。

 肥河は首を起こして、自身が落ちてきた高さを確認する。肥河二人分ほどの高さの壁の上から、かすかな光が差し込んでいた。泥か水か、将又自身の血液か。自信を濡らすものが分からない中、肥河は手を伸ばした。

 分かっていたことだが、やはり届かない。足場を作って登るか、上から引き揚げてもらう必要がある。しかしながら、壁を触ると柔らかい土の感触がするばかりで、足を引っかけられそうな場所は当たらない。

 掘る作戦を実行するしかないのだろう。まるで掘れと言わんばかりに、土は柔らかい。


「時間制限があるのに、時間をかけるしかないなんて。本当に皮肉よね」


前も後ろも右も左も。見事に塞がれている。この状況を簡単に打破するのは難しいだろう。

 正面突破が無理そうであれば、後ろを当たるしかない。もしかすると小さな抜け道があってもおかしくはない。穴の底でも空気の淀みが感じられないのは、空気の通り道があるからだろう。それを見つけられれば、もしかすると。

 肥河は体を捩り、後ろを振り向く。先程までであれば酷い痛みに襲われていただろうが、もう慣れてしまった。傷を負うことにも、耐えることにも体は抵抗しない。嫌な慣れである。もうすぐ死ぬ前兆が現れていた。

 光差す方向とは逆の方向に進み、不安が募るが肥河には時間がない。進むしかないのであれば、覚悟を決めることができた。

 だが、肥河の覚悟は余るものだった。すぐに突き当たりにたどり着いてしまったのである。空気の通り道はあるものの、微かなもので偶然出来上がったものだろう。

 辺りはすっかり暗闇に包まれており、肥河は手探りで進む。耳を澄ませて、己の勘に頼っていた。

 ふと、手になにか触れた。何に触れたのか分からないが、硬いものであることは確かだった。細い部分もあるが、肥河が手で握ることができるほどの太さをしていた。

 手を伸ばすが、届かない。いつの間にか肥河は地面に転がっていた。気力で動かすにはもう限界が来てしまったのである。

 死の気配が一層強まって来た。体全体が冷えて、動かなくなってくる。虚空に意識が吸い込まれているような気分だった。心地よく、つい甘い誘いに乗ってしまいそうになる。

 肥河を現世に留めているものは一つだけ。


「兄さん…会いたかったな」


特殊部隊の一員になると言って、肥河を置いていった兄。仕送りの金と手紙が届くこともあったが、もう随分前に途絶えてしまっている。

 よく負ってくれた大きな背中が恋しい。高い体温と視線の高さ、安心させてくれる笑顔。久しく見ていなかった。


「兄さん…大好き…よ」


最後まで会えなかった。これほど全国各地を回る仕事だというのに、兄の証言は得られなかった。肥河は時間を見つけては兄を探していたというのに。六甲を補佐しながら、立場を利用して情報を集めた。六甲は気が付いていただろうが口出しはしてこなかった。肥河にも、兄の情報にも、口を閉ざしていた。

 肥河は、命尽きる前に言いたかったことを口にした。いつか再会できると信じていたが、ついに告げることは出来なかった。誰かに聞いた話だが、願いを口にしておくことで叶うらしい。ただの迷信だと考えられるが、肥河には信じることにした。

 そして後悔に包まれ目を閉じようとしたとき、だった。

 天井から滴っていた水滴がゆっくりと集まり、そして地面に滴り落ちる。偶然のことだったが、その下にものがあった。そのものの上を滑り落ち、偶々乗っていた物にぶつかる。水滴の衝撃に負け、物についていた紐が切れ、地面に落ちて転がった。

 なにかが転がる音がした。弾けるような音で、なにか異物が混じって曇っているような音。その音は僅かであったが、肥河の意識を再び繋ぎ止めた。

 何かしら。声には出せないが、肥河は確かにそう思った。指先に何かが触れている。先程の太いものとは違う。ピクリと指先を動かしただけでも転がるほどの小さなもの。

 肥河の目蓋が持ち上がった。視界は相変わらず暗いまま。だが、暗闇に慣れてきて僅かにならば見えた。

 それは光の粒だった。小さな豆粒のようで、中をくり貫いて作られたもの。肥河にはそれに見覚えがあった。

 どこにでもあるような石にわずかな窪みが見える。窪みはまっすぐ伸び、石を二つに分けるように引かれていた。それが幾重にも積み重なっており、肥河の記憶を刺激する。

 見かけはただの石。本当にただの石なのである。だが、表面を削ると中から宝石が現れる。それを秘密の石と名付けて幼い頃の肥河は持っていた。

 その石を肥河は旅立つ兄に渡したのである。いつかまた会えたときに返してほしいと。




 何年経ったのか分からない。永遠永久曰く、世界には幾重にも時間の流れがあるらしい。特にこの世界落華は時間の流れが緩やかだとか。だから1日は非常に長く感じるし、落華の住民たちは時間に鈍感なのだろう。

 ただ人が骨になるには十分だったらしい。ボロボロの服を纏う人骨が忘れ去られたように残されていた。

 確証はない。人間は肉を削げば同じような骨になる。なにか証拠があるわけではない。

 肥河を導いたのは勘だった。




「兄さん」

 




言葉がこぼれ落ちた。

 他人かもしれない。だが、一刻と死が迫る肥河に冷静な判断は下せなかった。目の前にある人骨は兄だと確信していた。

 安心すると、視界が揺らいだ。

 まるで水の中にいるように、水中から見上げた水面が揺らいでいた。光が肥河を照らしている。温かな温度と共に、ゆっくりと肥河は意識を手放す。

 コマ送りに走馬灯が駆け巡っていく。


_聞いてほしいの。兄さん。土産話がたくさんあるのよ。


 兄に呼び掛ける。名前を呼ばれこちらを見た兄の顔は優しさに包まれていた。

 肥河はその手を握る。身長が伸びたせいか、兄の顔をより近くで見ることが出来た。

 行く先がどこでも構わない。ただ兄のそばにいることが心から嬉しかった。例え地獄であっても。


_六甲、先に待ってるわね。嘘をついたこと覚悟なさい。


 


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