オールオアナッシング
永遠永久は手を握って閉じてを繰り返す。体の感覚が戻り始めた。六甲を運んでから、出血多量で気を失うように眠ったためだろうか。心なしか体の調子が良い気がする。
数刻前、傷口が開き血だらけの永遠永久と死んだように眠る六甲を見た置丹は青ざめた。自身の手当てが済み落ち着きを取り戻したと思いきや、事態が二転三転する。
永遠永久は置丹に六甲が毒物に冒されている事情を説明した。医学に詳しいわけでもない素人2人が出来ることなど、不自由なく眠れるように補助することだけだった。京家に戻れば薬があるかもしれないが、家人と出くわす危険を考えれば積極的にはとりたくない手である。
お互いの不自由な部分を補いつつ、六甲の顔色を伺う。夕刻に近づく頃、六甲の容態は漸く落ち着きをみせた。
そして永遠永久の隣には魘されている六甲と、治療をしたものの痛みで眠れないらしい置丹がいる。誰一人話すことなく、六甲の唸り声が静かに聞こえていた。
「今更だがお前は未葉なんだな」
辺りには静かな夜が訪れている。京家の一角を借りているとはいえ、異様なほどの静けさ。まるで世界から切り離されたかのようだった。
「突然なんだ、答えに困る質問を。何度も言うが、妾は永遠永久であって未葉六ではない。前にも説明しただろう」
永遠永久は身を捩る。視線の先には六甲がいて、眉間に皺を寄せ気難しそうに眠っている。いつもの溌剌とした表情がすっかり曇っていた。
永遠永久はその眉間に手を添えて、皺をなぞる。皺が無くなるように、皮膚を伸ばしていく。透き通るような肌に疲れが見えた。隈が薄く残っており、実家で苦労をしたらしい。
「…未葉」
六甲の口から紡がれた。寝言なのだろう、目は固く閉ざされている。
永遠永久は静かに口を閉ざした。胸が苦しい。ただ名前を呼ばれただけなのに反応をしてはいけない気がした。今の永遠永久は未葉六ではない。たった今置丹に説明した通り、別人別種の存在である。
「今の妾では不服か?」
誰に投げ掛けたでもない疑問である。本来は会いなれない存在であったはずの二人。性格も種族も違うその二人が出会ったのは_
「ついでに良いことを話してやろう。あのガキでさえ知らないだろう話だ。今回は助けられたからな」
興が乗った、というよりも誰かに語りたくなったのである。何も難しい話でもなく、永遠永久にとってはつい昨日のような出来事の話。永遠永久がまだ一人であった頃。
永遠永久がまだ現世に来て間もない頃。身寄りもなく、永遠永久は動かない体に鞭を打って一歩また一歩と踏み出していた。
自身の身に起きた出来事について何も理解できていない。ただ逃げろと言われ、守るべき家族たちに逃がされて、前も後ろも分からない場所へ迷い込んできた。隠し通路を通ってどこへ進むか分からないまま、目についた開いていた扉の先へ飛び込んだ。今でも愚かなことをしたと思える。
辿り着いた先は夜だった。雨がシンシンと降り続け、永遠永久の体を湿らせていく。生ぬるい空気感と体を襲う疲労に打ち負かされ、永遠永久は地面に倒れ伏した。重力が何倍にも感じられ、身動ぎすら許されていない気分に襲われる。
このまま死ぬのを待つのも悪くないと思った。目を閉じてしまえばすべて終わる。一刻前の出来事でさえすべて夢だったと思えるに違いない。誘惑に負け目を閉じそうになる。
だが、それは出来なかった。空からの恵みの雨が永遠永久の口に水を流し込む。希死念慮があるにもかかわらず、体は勝手に呼吸をした。心臓も生きろと言わんばかりに動き続けている。視界がぼやけ、水が流れ出ていく。
_永遠永久帝、それがお前の名前だ。その名に恥じぬように使命を果たせ。
過去に母親から言われた言葉が頭を過った。永遠永久の治める国は平和が続くように、平和が永遠に続きますように。そんな願いを込めたと言っていた。だがその命名は適当すぎるのではないだろうか。当時の永遠永久は不敬でなければ何でも良かったというのに。
永遠永久。大層神に祝福された名前。そんな名前を付けられるほど、自身が出来た生物ではないことを永遠永久は承知していた。ただ自分だけの名前があることに嬉しさを感じていた。
永遠永久は体に力を込める。ピクリとも動く力がないのなら、一部だけに注げばいい。
永遠永久には違和感の力がある。妖怪・妖人に対して意志をねじ曲げてでも、強制することが出来る力。それがこんなところで役立つなど思いもよらなかった。
「妾が求めるのは『立ち上がれ』」
違和感の力を使い、体を動かした。体が千切れそうなほどに痛みを感じる。痛みのあまり意識を飛ばしてしまいそうだった。ふらつきながら足を進め、漸く生い茂る木々を抜けた。その先には大きな池があった。水の表面が反射して月を映し出し、地面に広大な空が広がっているかのようだった。
永遠永久は一歩踏み出すと、力尽き地面にまた倒れ伏す。肝心なところで気力が尽きてしまったらしい。手を伸ばせば水に辿り着くことは出来るだろうが、いかんせん体力がない。疲れてしまい、もう眠りたかった。
そっと落ちてくる瞼を押し上げるも、すぐに視界は暗闇に染まった。
_ゆめゆめ忘れなそ。今日のことを、妾が失ったものを、苦しみに満ちた家族の顔を。それこそ永遠永久に覚えるように。
次に目が覚めたのは明け方だった。空が紅掛色が綺麗に映えている。
「生きている…のか」
現実とは思えない。今まで巡ってきた人生が夢のようで儚い。心臓がゆっくりと収縮し、全身に血液を巡らせた。
水面に映った自分の顔は随分汚れていた。泥だらけで侍従たちが見たら驚愕するに違いない。拭ったがそれでもすっかり乾ききってしまったらしく、落ちる様子はない。擦るとポロポロと崩れた。
永遠永久には何もなくなってしまった。生きる理由も使命も全てを捨てて、後は命が尽きることを待つだけ。何が神だと皮肉を言いたくなる。
目の前の水溜まりに魚が泳いでいた。体をうねらせ、ただ本能に従うまま。
「妾に残ったものは生物本能しかない」
全てを失った永遠永久にはもう本能しかない。自分が知る欲望に忠実なそれは、今までの自分が捩じ伏せていたもの。その自分に従うのであれば、何をすべきかは分かっていた。
永遠永久はおもむろに胸に自分の手を突き刺した。手首まで捩じ込み、あるものを探す。体の内部は直接みることが出来ないため、不便だと思った。
口から大量の血が吹き出る。それでも構わず更にほじくった。生臭い肉塊が地面に転がり落ち、粘性のある液体が手に付着した。
生温いそれを永遠永久は掴み取り、体の外に引きずり出す。掴めたそれは心臓と肺。人間が生きるには必要なものである。心臓は今だ鼓動を続けており、永遠永久は自身の生命力の高さに感嘆した。
狂気に触れてしまった永遠永久は細かく千切り肺を、そばの池を泳いでいた一匹の魚に与えた。吐き出さないようにしっかりと口の奥に押し込む。ジタバタと踠き、水の中に戻すと魚は元気に泳ぎだす。体を左右に揺らし、踠き苦しんでいるようにも見える。
数分もたたず、魚は死んだ。体を痙攣させ、目を見開いたまま泡を吹き動かなくなっていた。与える部位が悪かったのか、大きさが不味かったのか。永遠永久には分からない。数匹捕まえて実験を繰り返した結果、全て同じだった。
かつて永遠永久の先代玄君は、自身で実験を繰り返していたと聞く。神という存在は何時までも存在し続けなければならないにもかかわらず、その器には消費期限が存在する。
ある代の玄君は自身の分身を生み出すことを思い付いた。幾度もなく研究を続け、玄君のコピーを生み出し何時までも玄君として君臨し続けたとか。その流れを断ったのは永遠永久の一つ前の代。彼女は永遠永久を養子に迎えることで、時代を変えた。
神の一部を与えられたことにより、一時的に異常な覚醒状態になるが時間経過と共に衰弱するという欠陥。経過時間に個体差はあるものの、辿り着く道は変わらない。
永遠永久は他の動植物にも自らの臓器を与え続けた。鳥、虫、水、空気。生物や無機物に晒すなど考えられる方法をひたすら試した。
だが結果は何も変わらなかった。
「残るは…」
目と鼻の先にある屋敷。自身の宮より小さくとも立派な造りであった。
そこに住む住民。それらにはまだ試したことがない。襲うのもアリだろう。もし見つかっても、1人2人襲って試した後逃げてしまえばいい。
体にいくつも穴を開けるのは酷い激痛だった。だが体に開けた穴は回復しつつあり、取り出した臓器は体の中に戻せる。有るものを無くすことはできても、ないものを有ることにすることは難しい。
それでもないものを有ることにしたいと思うほどに、永遠永久は本能に駆られていた。
「それで、その屋敷にいたヤツらは?」
「生きてるさ。寸前のところで見つかってしまってな、結局妾は実行できなかった」
お陰で永遠永久の臓器はどんどん減り続け、今残るものは必要最低限。無茶をすれば死ぬ。実験の結果、自分の身を削っただけだった。生殖本能は永遠永久に芽生えたものの、それに叶う結果を得られなかった。
心臓が欠片程度しかない上、消化も上手く出来ない、欠陥だらけの体。昔のような力はもう出せないず、違和感の力も1日に2度は使えない。
口にはしないが、永遠永久はもう限られた時間しか生きられない。回復時間も遅くなっているし、体力の衰えと感じられる。振り返れば今までが長寿すぎるだった。
「それから色々あって妾はここにいる。妾にとって人の身は不便だが、満足していた」
最初から決められた寿命。その中で人間は露のように儚げでありながら美しい色を魅せる。同じ露はない。多種多様なものを育てるのである。
「皆に正体は明かさないのか」
「妾が、か。明かしたところでどうする。混乱を招いて不死を試そうとする愚か者が増えるだけだ。リスクを冒すほど良いものではない」
体を作りかえるには、体の内側から押し寄せる張り裂けそうな痛みに耐える必要がある。薬を飲んでも治まらないし、医師に診せたとて治すことは難しい。全身に痛みが指先までに到達し、死んだ方がマシだと思うほど。
だが、体は死なない。
「置丹隊員…ないものを生み出す痛みは尋常ならざるものだ。死にたくないならしないことをオススメする」
「助言か、そんなことただの人間ができるとは思えない」
永遠永久は何も言わなかった。ただ置丹が痛みのない死を迎えることを願うばかりである。
漸く深い眠りに達した六甲の頭を撫で、永遠永久は話を括った。




