リーズンフォーアクション
「おい、これは一体なんだ」
六甲は目覚めるなり、辟易した。なぜならば、目の前に花を抱えた夢野が座っていたからである。地べたに座り込んだ夢野は、花束を六甲に差し出し、そのまま石のように固まっている。
「…賄賂です」
「賄賂っていうのは、もう少しこっそりと渡すもんだと思ってたな」
紅い薔薇は六甲の顔よりも血の通った色をしている。
鈍い頭痛を感じながら、六甲は椅子から体を乗り出した。伸びをすると、身体のあちこちからバキバキと骨が音をならす。いつか折れるのではないかと思いながらも、ベッドを買わない。
六甲は夢野の花束を受け取る。
「それで、何をして欲しいんだ?内容は聞いてやろう」
「…その……休暇を貰えないかな…と」
夢野は六甲一筋の人間で、何事も優先事項は六甲であるとそう思っていた。当の本人も自覚するほどには、明らかだった。しかしそんな夢野に、休暇を求められるとは想像だにしなかったことである。
とはいっても、隊の休暇後すぐに、とは難しい。
「数ヵ月後なら取れる…んじゃないか?すぐ取るなら永遠の休息になるが」
「すぐには欲しいけど、死にたいわけではないですぅうううう。分かってて言ってるでしょうぅぅ、隊長」
言ってはみたが、六甲なりのジョークである。ブラックな。
新人と比べても、経験とそこそこ実力のある夢野は抜けられては困る。新人ならもう少し柔軟に対応出来るのだが。他隊員が夢野の穴を埋めるとしても、作戦の幅が狭まる。
「すぐじゃないとダメなのか?それ相応の理由を聞きたいな」
「…曾祖父が危篤状態で」
「お前の曾祖父ってすでに死んでるんじゃなかったっけ。それも生まれる前に」
「じゃあ、弟が」
「弟もいないよな。生まれてすらないはず」
「えーっと、うちの家計が…火の車でして」
「それは事実みたいだな。だが、休暇をやる理由にはならん、残念だな」
夢野は思い付く限りの理由を並べる。六甲の言う通り、曾祖父も弟もすでに死亡したり存在しない。生きている人を死人扱いする訳にもいかず、夢野は適当に理由を繕い話した。だが、次第に会話が苦しくなり目を反らし始める。
「なんとなく?帰らないといけない気がして…」
「それで隊から抜けられると困る」
並べられるだけの理由を並べるも、六甲は納得しなかった。諦めた夢野は、理由を考えるのをやめた。
「…なら、私の代わりをする人物がいればいいんですよね?」
「まあ…そうだな。更に2人分の働きをすれば問題ない」
夢野は六甲の言質を取ると、急いで部屋を飛び出した。一人残された六甲は、静かに欠伸をする。
六甲は身支度を始めた。身支度とはいっても、特別なものはない。軽く湯浴みをして、髪と服を整える。シワのついた服は洗濯に出してしまえば、新品同様に綺麗にされて返ってくる。だが、たまに針やら発信器がついて返ってくることがある。毒針は外して捨てるし、発信器は適当なヤツに付けるので、今のところ害はない。
顔を洗うと、気分が少し晴れた気がした。六甲は伸びをすると、模造刀を片手に外に出た。
朝早い所為か、殆ど人の姿はない。気配は感じるため、隠密行動。恐らく見回りがいるだろう。
人の居ない建物の裏に移動すると、模造刀を構えた。人の多いところで自主練は気が進まなかった。訓練であれば訓練場でするのだが、これは自主鍛練であり六甲個人のものである。
目を閉じ精神統一をする。心が静まり返り、無になる。空気と身体を同化させ、自分を空気に溶け込ませる。
一定の落ち着きを取り戻すと、素早く三連突きを繰り出した。そしてバックステップをして距離を取ると、持ち変えて横に切り捨てる。
もしも防がれた場合はどうするか。即座に考えた。足の刃物を突き刺す、体術に切り換える、今振った模造刀を切り返す、隠しナイフを投げる。
脳裏に今まで戦ってきた敵の姿を思い浮かべ、敵の癖を脳内で再現しイメージの敵と戦う。山よりも大きな巨体なら、無数の手を持つなら、無限に思える弾を撃っていたら。愛用の武器がなくとも戦える方法を考える。
遠距離攻撃が得意な敵であれば、武器を飛ばすのが先かそれとも打ち落とすのが先か。思考しながらも、六甲の身体は勝手に動き回る。
最後に背後に回り込み、首を掻き切る。敵の首を想像しながら、首を飛ばすべく背後を取った。後は突き立てるだけ。すると「参った」という音が鼓膜を刺激する。
声を聞き、六甲は我を取り戻した。いつの間にか想像に没頭しすぎていたらしい。
「六甲、流石の集中力だ」
「…なんだ田原かよ。斬ってもよかったな」
六甲は悪態をつきながら、模造刀を下ろす。
身軽な姿をしている田原は、六甲に模造刀を突きつけられ冷や汗を流した。ただ気配を消して近づき驚かせるだけのつもりだったが、背後に立っただけで六甲にやられてしまった。
「手厳しいことを言うな、お前も」
田原は両手を上げ、降参する。田原が気を抜いていたのもあるだろうが、これで本気ではないのだから六甲という男は末恐ろしい。
「それでどうした」
六甲は長い髪をうざったそうに触る。少し機嫌が悪いらしい。だからといって田原が引く訳ではないのだが。
「特に理由はない!こっちに向かっていく姿を見かけたから、来てみただけだぜ」
「あっそ。なら付き合えよ」
六甲は用意していた模造刀を田原に投げ渡す。返事は聞かない。なぜならば、田原は模造刀をその手で握ったからである。
長い髪を結わえると、六甲と田原は模擬戦を開始した。武器は新刀。お互いに使ったことの無い真新しいものを使用している。
慣れない武器と慣れない相手。両者出方を伺う。
「それで、本当はどうしたよ」
「お前の隊の隊員に頼まれてな」
鍔迫り合いに持ち込み、六甲と田原は声が聞こえるほどに近い。お互いに余裕があるようで、世間話を交わした。
「夢野か」
田原に何か頼み事をするようなヤツは夢野ぐらいしか思い付かない。だが、面白いこともあったものだ。夢野は田原のことを避けている言動がある。
「それで、何を頼まれて来たんだ?」
「お前を休ませろ、だとさ。部下に心配をさせるなんて隊長失格だぜ」
キョトンとした顔で田原を見上げる。まさか田原の口からそんな情に絆された言葉が発されるとは思わなかった。
「俺は休暇を貰ったが」
「それでも休暇先で仕事をしていたらしいじゃないか、お前らしいぜ!」
それは偶々で、六甲も1日ぐっすりベッドで眠った。体力もまだ余裕がある。正直休む必要性を全く感じない。
「仕事と言っても書類は少なかったし、負傷はしたが治らないものではない」
「矢張仕事人だな!過労死まっしぐらだぜ」
そう言われても特に仕事を命と同等と感じたことはない。そうあるべきものだと思っていた。
距離を取り、お互いに息を整える。第六隊では六甲は体力のある方だが、スタミナ、筋力共に田原の方が勝っている。六甲は長い刺繍糸で、田原は針。体力があれどスタミナ、筋力をセーブし長く戦う六甲と、短期決戦で一撃を食らわせる田原。相性は悪い。
六甲が咄嗟に目を屈めると、頭上を新刀が過ぎ去っていく。もし避けきれなかったら、首に一突きされていたに違いない。
「今のは殺る気だっただろ」
「俺はいつでもやる気満々だぜ」
絶対に話は通じていない。
六甲は武器を失った田原に近づき、その腕を飛ばそうとする。しかし腕を捕まれ、そのままの勢いで投げ飛ばされる。視界がぐるっと回る瞬間は、何度体験しても気持ちが悪い。
着地と同時に田原の足を払い、六甲は田原を地面に転がす。そして馬乗りになる。息が乱れる中、首に新刀を突き刺そうと田原に狙いを定める。たが、頬が切れた。
「出た出た」
六甲は顔を歪める。田原が対敵にしか使用しない戦闘方法である。原理はどうなっているのか分からない。
六甲は武器を縦に構える。すると、金属同士の触れあう音がした。地面に新刀が転がる。どこからともなく飛んでいった筈の新刀が田原のもとに戻ってくる。
「なんと、バレたぜ」
「バレバレだわ。それどんな仕掛けなんだよ」
田原は六甲を乗せたまま、立ち上がる。六甲を逃がさないように足を捕まえるとそのまま回転をした。
「止せ止せ、酔う!」
「うっかり殺されてはかなわないからな!」
酔って手が滑ることだってあり得る。そう言っても、田原は止めなかった。
田原は自身が立てなくなる程に回り続け、限界を迎えると地面に寝転がった。六甲は手を離されるが、試合どころではない。すぐさま離れて、腹の中を吐いた。朝食を食べていないことが功を奏した。
余韻を感じながら、愉快そうに笑う田原を六甲は睨んだ。流石に本気で喉に突き立てようとしたわけではないのに、この仕打ちは酷い。
「これぞ、六甲の滝だな」
「流れているものは汚いがな」
ふざけたことを抜かす田原の頭に六甲は一撃を加えた。乾いた音がする。
休憩を兼ねて、六甲と田原は武器を手放した。
「どうして夢野の件、了承したんだ」
六甲は疑問を口にする。
わざわざ田原に話をした夢野の考えは分からない。恐らく、田原なら六甲に口利きしてくれるのではないかといったところだろう。だがそれを田原が引き受ける道理はない。田原も忙しいだろうし、一隊員しかも他の隊の話に耳を傾けてはいられないだろう。
「そうだな……面白そうだったからな!」
「お前もアカネも肥河も、俺をなんだと思ってるんだ」
面白そうという理由で済まされたソレは、六甲にとって重要なものだったのだが。
「第一、六甲が執着しているという一言だけでも面白いぜ。仲間殺しをしていたヤツだとは思えん!」
「そこだけを聞くと物騒だ。味方を殺したのは任務でだな、俺が好き好んでした訳じゃない」
任務でなければ、人殺しをするわけがない。
話はそこで切れた。
「…先に言っとくが、動かないからな」
「俺はまだ何も言っていない」
六甲は何か予感がした。アカネに日向に田原。この順番で六甲のもとにやって来るのは何か裏があるとしか思えない。
六甲の予感通りならば、田原が夢野の話を聞いてあっさりと腰を持ち上げたことに説明がつく。これ以外ないのではないかと思えるほど、ピッタリな理由で。
「田原、最近アカネに会ったか」
「嗚呼、昨日会った」
確定である。どうせアカネにあれこれ吹き込まれたのであろう。
六甲は大きなため息をつく。
「どいつもこいつも未葉未葉…どれだけ絆されてるんだよ」
「彼女に熱心なのは指令だな。どうすればあそこまで気にかけられるのか知りたいぜ!嫉妬の余り日向がもうそろそろ刺しに行きそうだ」
「だから、もう死んでるって…」
今まで死亡した隊員にここまで口煩く言われることはなかった。一年も過ごしていない隊員のことにここまで情を抱かれると、こちらが心配になる。
未葉は活躍していたものの、戦闘面ではそこまで強くない。あの手この手で生き残ろうとしていた。その生きたいという気持ちをアカネは気に入っているのかもしれない。
「それで、お前は何を言いに来たんだ?文句か未葉の捜索か?」
田原はその先を考えていなかったらしい。「それは…」と言い淀み、腕を組んで唸りだした。
「お前はどうしたいんだ?俺はそこが分からん。彼女を死なせたいのか?」
「未葉は死んだんだ。どうして皆が未葉の死に否定的なんだ」
人間生きてたら死ぬことだってある。事故、寿命、餓え、殺害、自殺。いくらでも死因なんてあるし、死ぬ原因などどうでもいい。どう生きるにしても、残るは事実だけなのだから。
「それは信じたいからじゃないか?生きていると」
「…他の隊員のときはあっさりと信じただろ」
第六隊の死没者を数えたことはない。だが今までの隊員リストを見るだけでも、自分達が幾人もの隊員たちの屍の上に立っていることは分かる。
「………ふと思ったのだが、その疑問を本人たちに聞いたことはあるか?」
「…どういうことだ」
田原の言葉の意味は理解できる。だが、それを問う理由は理解できなかった。
「どちらにしろ死んでる事実は変わらないのだから、聞いたところで何になる」
「人間は信じたいものを信じる権利がある。他の隊員とは別に考える理由があるのか、諦めの悪いヤツらに聞いてみるといいぜ!」
田原は用事があるらしく、その場を立ち去る。遠ざかる背中に、信じたい運命を信じる言ってのけた女の姿を思い出した。
六甲は重たい腰を上げた。明るい空を見ながらため息をつく。
「上手く焚き付けられた…」




