エントランス
行きはよいよい帰りは怖い。向かう最中は順調であっても帰り道は同じようにはいかない。
そんな言葉があるが、実際は何もかも順調で短時間で帰ることが出来た。疲労が溜まっていたが、何よりも自室でゆっくりしたいという隊員たちの心根が一致したからであろう。途中金品目的の盗人たちに出くわしたが、あっさりと捻り潰し、警察に突き出した。
「明日からは仕事だからな」
休暇に行ってきたのだから、当たり前である。それ以外に何か理由があるか。というのは上の意思。
六甲とて疲れていない訳ではない。敵を殲滅し尽くすことが出来れば真の休暇を得られる。だがその算段は、今だつかない。
つべこべ言う隊員たちを置いて、六甲は寮に戻った。文句を言われるのは目に見えている。残念ながら、不満のはけ口になるのは御免被る。
自室に戻った六甲は、部屋の電気を付けた。暫く開けていたためか久しぶりに感じる。カーテンの隙間から部屋を照らす光は、空気中の埃を照らした。星のように小さく光り、それらに導かれるように窓を開けると、強風に吹かれ室内の紙が舞う。紙吹雪の如く舞う重要書類たちは、六甲の視界を覆いつくそうとした。
「一体何をしている」
六甲は声を低くして、拳を差し出した。迷う必要はない。侵入者には変わりなく、理由があったのだとしてもそれは気絶させた後にでも聞き出せば良いことである。
六甲の拳は受けとめられ、紙の目隠しが止む。そこにいるのは、蹴通称シュートである。彼はある人物の侍従兼護衛。普段主にベッタリの蹴が一人で六甲の部屋にいるとは思えない。背後に気配を感じた。
「六甲、おかえりなさい」
窓辺に小さな子供が座っている。
見た目は幼子。しかしその中身は何百年とも生きていると噂される。よく子供のように六甲を揶揄いに来て帰る人物であるが、六甲のことを嫌っている訳ではないらしい。どちらかといえば六甲を嫌っているのは、従者の方。従者は六甲の姿を視界に認めるだけで、牙をむき威嚇をする程に六甲を毛嫌いしている。
「おう、ただいま。で、どうしてここにいるんだ。日向」
六甲は特に驚いた様子は見せない。話を急に切り替えると、日向はクスクスと笑う。
「ちょっとした調査でね。ねえ、六甲お兄ちゃん。未葉六っていう隊員は知ってる?」
「…嗚呼。うちの隊員だったからな。それがどうした、そいつはつい最近死んだぞ」
事も無げに言って見せる。変に動揺をすれば、日向にどう受け止められるか分からない。日向は普段は大人さながらの落ち着きと頭脳を持っているというのに、時折子供のようになる。恐らく頭が理解できないと判断すると、本来の子供の理解に戻ってしまうと考えられる。
必要以上の知識を与えられず、必要のとされる範囲でしか知識を与えられなかった子供。それが日向である。
元来子供というのは素直である。親の姿をよく観察し、次第に親の真似をして育つ。不幸と言っていいものか、日向の親権を握っているのはなんとアカネである。厄介なことに日向はアカネを見習い、手本としている。
「うん…でも、六甲にお願いしたいの。多分、コレを調査すればアカネも喜んでくれる」
日向は不敵に笑った。口元の微笑み方、話し方、呼吸のタイミングまでアカネそっくりである。人を扱き使う方法まで同じ。
「調査したところで何になる。大体他の奴らにも頼んだらどうなんだ」
「他の人に頼んでいいの…?」
六甲の言葉に、日向は不思議そうに首を傾げた。何か日向の言葉が引っかかる。六甲は日向を追い出そうとする自分を止めた。
そして逡巡する。本当に追い出していいのかと。
「何がだ」
六甲自身でも返事になっていないことは分かっていて、口にした。六甲に動揺が見えたのが嬉しいらしく、日向は口角を上げる。声を弾ませ無邪気に話した。
「未葉六には内通者の容疑が掛かってる。もし証拠が出てきたら…」
「出てきたら、なんだ。未葉は死亡扱い、今更情報が出てきたところでそれが事実かどうかも分からない」
六甲が話すと、日向は赤べこのように首を振る。
「もし信じるにたり得る証拠が出てきたとして…俺がその証拠を抹消するとは思わないのか」
その可能性も日向だって考えただろう。身内を庇う隊員なんて腐るほどいた。勿論全員排除され、情報を流した可能性のある人物たち_家族、友人を排除している。
いや、考えてあえて来たのかもしれない。六甲にはその確証があった。
「しないでしょう?だって六甲は合理性の塊だったもの」
当然のように言って見せた。瞬きを忘れ目を見開いたまま。奇妙な雰囲気をまとわせる日向は人形のよう。六甲を試すようにその瞳に映して見せる。
「命令なら従うまでだ…用が済んだなら帰れ」
六甲は何も返事をせず、日向を部屋から追い出した。こちらを睨む蹴を横目に六甲は部屋の椅子に腰かけた。蹴により乱暴に部屋の扉が締められる。結構値の張るものだというのに、乱暴者が多い。ため息をつくが、六甲に対してもブーメランである。
軋む椅子は六甲を包み込む。六甲の部屋は執務室を兼ねており、六甲自身のベッドはない。そんなもの戦場にはないのだから必要ない。足を腕でホールドし身を縮め込む。武器はいつでも抜けるように近くに立てかけ、耳を澄ませる。
心地よい風が六甲に吹き付ける。隊員たちが建物中で歩く音、会話する声が聞こえる。何かを落とした振動を感じ、少し不快感が募っていく。目を閉じれば他の感覚が補うため鋭くなって、些細な物音に敏感になる。
疲れているだろうから眠ろうとするが、眠れない。暗闇が、自身の呼吸がストレスをためる原因になっている気がした。だからといって、止めることはできない。
身を捩り、何も考えまいと頭を空っぽにする。頭の中で機械的に時間でも数えていれば眠るだろう。そう高を括っていた。だが、案外自分は寝付けない性分らしい。
六甲は暗闇でとるに足りないことを考える。最近深く眠ったのはいつだっただろうか。いつ、どこで、寝たと自覚できるほどに寝たのだろう。どうでもいいことを考えていると、無意識に温もりを求めていることに気が付いた。自分の体温ではない、他の何かに。
「…仕事でもするか」
眠れないのは仕方ない。時間のロスで努力をしようとするだけ無駄だと思った。珍しく仕事をする気になったのなら、後々肥河に叱られずに済む。
手を動かし始めると、一時間仕事に没頭し数分目を閉じるを何度か繰り返した。結局、六甲が眠りについたのは早朝三時のこと。
朝の訓練をして、今日も今日とて任務をこなす。決して難しいものではなく、いくつか反社会組織に潜入するという至極簡単な任務だった。聞いたことも無いような名前の団体だったが、共通しているものが一つ。神道を宗教としている点。
神道は何ら珍しいものではない。しかし奇妙なもので八百万の神が宿るものの中で、一番位が高いとされる女神がいた。その神の名は誰も知らないらしい。ただ絵画の姿だけは残っていて、それぞれの組織の頭が異常に崇拝しているとの情報があった。本命の情報でなかったために、特に深堀をすることは無かったが妙な繋がりがあったものである。
一応それとなく報告書に記して提出をした。アカネが気にするようなら引き続き調査をする。余計なことばかりするなと釘を刺されたばかりで、反省している様子を見せないのは宜しくないと判断した。
「ねえ、六甲」
書類整理をしていた肥河が突然六甲の名前を呼ぶ。動かしていた筆を止め、六甲は肥河の方を見た。
「この間潜入したあの組織…奇妙なのよね」
「反社会組織なんだから奇妙なのは当たり前だろ。清潔な反社会組織なんて処分に困る」
「それもそうだけど…」
肥河は言葉を濁らせる。言いたいことが言語化しずらいようである。六甲は問い詰めることなく、言葉の続きを待っていた。
「何ていうのかしら...反社会的組織にしては警備体制が緩くなかった?外部との連絡方法も暗号化されてはいたけれど、どこか簡易的っていうか…」
「良いように言えば、大衆に開かれた……率直に言うと犯罪組織にしてはチョロすぎるってことか」
六甲も何となく感じていた。
潜入任務は事前に色々と準備がいる。偽りの身分、姿に変装したり、外部との通信を傍受・妨害など徐々に組織の中に入っていく。それこそ年単位の任務になる。だが今回は、上から一週間という短期間しか与えられなかった。最初は無理難題を押し付けるつもりかと警戒していたが、蓋を開ければ5日ほどでどの隊員も目当ての情報にたどり着いたらしい。手練れの先輩隊員だけではなく、新人たちもである。
今回が偶々の可能性もあるが、腑に落ちない点が多い。活発的に社会に悪影響を及ぼしていたのは確かだが、本当に一気に複数の組織に潜入する必要があったのか。それをわざわざ警察ではなく、特殊部隊としてやる必要があったのか甚だ疑問である。アカネは何を考えているのか理解できない。
「まあ、そういうこともある…で収まれば一番いいんだけどな」
ただ願望を口にする。きっと何か裏があって、それが後から繋がり始めるだろう。
今回の任務で集めた情報は、傘下から大元までの組織内情報。下請けの一つ一つまで洗いざらい調べられている。何処を潰せば組織が転がるのか詳しく書かれており、この情報だけでも喉から手が出るほど欲しがる輩もいるだろう。一番詳しかったのは田中のもので、構成員一人一人の生年月日、趣味まで書かれていた。
趣味まで書かれた田中の報告書を一瞥する。誰もここまで詳しい報告書を書いたことはない。休憩をしながら、文字を追う。そのとき、ふと目に入った紙の下の方に”MIWA時計”の文字。自然と目を引かれ、六甲はそれを手でなぞる。
「そうね、そういう嫌な予感が一番当たるものだけど」
肥河に手を差し出され、その手に持っていた紙を乗せる。もう何のつながりが無くなった紙を六甲は手放した。




