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ストップギビングアップ

 早朝。遠くの空が明るくなり始めた頃、六は起床する。寝惚ける頭を理性で呼び覚まし、本能に従おうとする体を起こした。布団を整え、身支度を済ませる。そしてジャージに着替えると、お気に入りのタオルを首から掛け静かに外に出ていく。

 早朝ということもあり、人は殆どいない。偶に警備隊員とすれ違うのみで、それ以外は人とは会わない。寂しくもあるが、人が少ないほど隊員たちが眠りにつけているのだと思うことにしていた。


「そういえば、来週は警備当番が回ってくるんだっけか」


 隊の中で1人2人を選び、約10人ほどで警備隊が結成される。メンバーは週によって異なり、他の隊との交流の場の側面も強い。今回のペアは第六隊隊長六甲である。

 通常、隊員_まして新人と隊長が同時に組むことはない。しかし六甲は新人の頃から警備隊のシフトが回ってきても逃げ回り、一度も引き受けたことがなかったという。サボり魔でも戦場に出れば核弾頭に豹変するので、何も咎める者はいなくなったとか。

 六自身は六甲と一緒に関しては、心強く安心できるとは思う。だがサボられた場合、ヘイトが私に向く可能性があるので是非とも止めていた抱きたい。

 体を伸ばして軽くストレッチをしながら、六は訓練場に辿り着いた。人一人いない。もう2時間ほどで人がやってくるだろう。

 端の方に寄り地面に薄くラインを引くと、それを目印に六は走り込みを始めた。一定のペースでスピード落とすことなく走る。慣れてきたらスピードをあげるつもりだが、まだ早いだろう。

 1週目、二週目、三週目。四週に差し掛かった辺りで、六は息が切れ始めた。同じような景色も見飽きてきたし、呼吸が乱れ、気を抜けばスピードを落としそうになる。


「ダメだ。疲れたときこそ、ペースと呼吸を意識しないとだ。敵に終われたときに疲れました、許してくださいは通用しないぜ」


突然声をかけられ、横を向けば見慣れない顔がそこにはあった。六のペースに合わせて走り、何故か朝食を取っている。しかもうどん。

 六が目を点にしていると、男はあっという間に朝食を終える。そして準備運動を済ませると、六よりも早いペースでコースを走った。


「こんな朝っぱらから走り込みをやる努力は評価する。だが、休まないと筋内みたいな脳筋になるから気を付けるんだぜ」

「あ、はい」


男とは4週以上の差があったにも関わらず、ものの5分で2週分以上の差を付けられた。それも食器を持ったままである。圧倒的実力者で、明らかに強いはずなのに、何故か尊敬の念すら沸いてこない。

 1時間弱程走り込みをして、六はへとへとになりながら地面に寝転がった。すっかり空が青色一色である。息を吸おうとすれば肺が痛むし、足は小鹿のように震えている。


「中々の根性だな。こんな朝っぱらから訓練する勤勉さは類をみないぞ。さては第四隊のヤツか」

「いえ、第六です」

「第六…?六甲の部隊か」


男は目を見開いた。男の目は最初から大きな瞳をしており、周りを恐怖に陥れるような圧があった。何より、何を考えているのか皆目検討が付かないことで、男_田原(デンゲン)は有名である。実際のところは、ただ純粋に驚いているだけなのである。

 第六隊の隊長六甲はなの知れた男である。隊長という位以外にも、整った顔立ちや隊員との付き合いで隊長の中でも人気が高い。そんな欠点の無さそうな六甲が率いる第六隊は、死亡率ナンバーワン。特殊部隊の中でも特殊な任務を遂行するため、選りすぐりの人物が選ばれることが多い。と、マイナスに振り切るのが第六の評価である。

 だが、田原の目の前にいる少女_女性は年端もいかないように見える。突出した才能があるようには見えず、平々凡々としているようにしか見えなかった。


「失礼、何か運動か何かやっていたか」

「運動というと、水泳とかですか。私は何も、兄が少し齧っていたぐらいです」


運動能力は見た目どおり。


「なら、何か特殊な力があったりするか。例えば、記憶力が長けていたりとか」

「…調べたことがないので推測になりますが、特に何もないと思います」


本当にただの女性のようである。田原はますます首をかしげるばかり。

 最後の可能性とすれば、無自覚の力_高い潜在能力が眠っているというものが可能性としてはあり得る。そういった才能が発覚するケースは極稀にあったりするのである。

 不思議そうにする六に田原は何もないと返した。そして自室に戻るように促すと、六は素直に従って踵を返そうとする。

 ここで田原は閃いた。ここでちょっとしたハプニングが起きれば、もしかすると潜在能力が発芽するかもしれない、と。田原は思い付くと試さずにはいられない男であった。

 死なない程度が思い付かず、怪我が一番軽くそうな"手が滑ったハプニング"をすることにした。よくある悪ふざけで、怪我をするリスクも低い。…はずだった。

 一言添えるとすれば、田原はひらめきだけで行動する男であるということだけである。




 六は男に言われた通り、自室に戻るべく踵を返した。後一時間程で訓練が始まる。それまでに軽く汗を流して、隊服に着替え、家事を済ませなければならない。集合に間に合わなければ、罰があるという噂も聞く。焦る気持ちを抑え込みながら、六は訓練場の出口に向かった。

 5メートル程進んだそのときである。


「あ、手が滑ったぜ!」


六の頭上を影が過ぎ去る。見上げるが特に何もない。特殊部隊の基地周辺は鳥が多くおり、屯する鳥を狙った大きな野鳥も見かけることがある。さっきのもきっとそれに違いない。

 六は再び前を向いて、門を潜り外に出る。影から日の下に出ると影が頭上を通りすぎた。背後から何やら叫んでいる声がするが気の所為だと思われる。振り返ると、こちらに向けて拳を握りしめた男が何故かこちらを向いていた。動きを止め、こちらを見ている。なにか用があるのかと思ったが、こちらに呼び掛ける素振りもない。まるで石になったかのように固まっている。

 不思議に思いながらも、六は無事に自室へと向かっていったのである。

 一時間後、六は時間ギリギリに訓練場に飛び込む。整列はまだしていなかった。各々の隊長の元へ向かう人並みに紛れ、六も同じく六甲のもとに向かう。そしていつもの定位置に並ぶと、珍しく早めに来ていた六甲が隊列の前に並んだ。


「今日も1日走り込みから始めよう……と言いたいところだが、今回は特別だ」


隊から期待の声が上がる。事前告知一切なしの発表。もしのもしかして、これは今日は休日という幸福の思し召しかもしれない。六も期待に胸を膨らませる。

 セルフドラムロールをした六甲は、右側を指差した。この先には人影がある。指差された人影は、こちらに向けて猛スピードで走って来る。隊列の前で急ブレーキをすると、忽ち暴風が吹き荒れ砂埃が舞った。


「今日だけ特別に第六の監督(コーチ)をすることになったぜ。初めてのヤツのために自己紹介をしよう、田原だぜ!」


今朝会った男だと思われる。服装は隊服に変わっているし、何より顔に1時間前はなかった傷痕が複数見えている。深くは無さそうに見えるが、痛いのには変わりないだろう。チラリと目が合い、軽く会釈をした。

 田原の自己紹介は隊員たちには不評であった。否、自己紹介が不評なのではなく、田原の訓練が不評なのである。田原は実践形式の訓練を行うことが多く、その一切に手を抜かない…とか。一対一の形式を取るため、時間がかかる。

 そこで隊員が増員された今、六甲や肥河の出番という訳である。3人体制で第六全員と取っ組み合いをすると田原は宣言した。

 

「どうか六甲隊長、田原サン以外でありますように…」

「あの二人(六甲と田原)は本当にボコボコにしてくるから当たりたくない…」


一番人気は肥河である。いずれのパターンでもやられるには変わりないらしいが、肥河はアフターケアサービスが付いてくる上、肥河か挑む隊員動けなくなったら負けという軽いルールそうだ。他の二人は気絶するまで続けられ、さらにはケアはなくそのまま放置されるらしい。

 グループ分けはクジのはずだったのだが、用意している時間がもったいないとジャンケンになった。ジャンケンに買った人から好きな相手を指名する。そして平等に振り分けるという方法。六は朝の疲れも相まって肥河を願った。

 その結果。


「それじゃ、いつでも来てね。私は準備できてるから、新人ちゃん」


六は大きく返事をする。ジャンケンの結果、肥河の枠の最後に滑り込むことが出来た。残りの二人を見て、ジャンケンに負けた隊員たちは泣き崩れていた。可哀想に思うが、譲る気にはなれない。恐らく私もボコボコにされるのだから。

 軽くストレッチをして、六は全身に力を入れて駆け出す。右拳で殴ろうとするが、あっさり受け止められる。続いて左を出すがそれも受け止められた。ニッコリと肥河は六に微笑み掛ける。嫌な予感がした。

 咄嗟に身を捩るが間に合わず、六は膝蹴りを腹に食らう。そして容赦なく振り回され、そのまま遠心力に乗って投げ飛ばされる。地面に転がり受け身を取ると、六は胃液を吐き出した。全身の擦り傷と蹴られた腹が痛い。

 何とか立ち上がると、肥河が掌を上にして手招きしているのが目につく。掛かってこいということらしい。

 六はまた足を動かし、スピードは落ちたものの走り出した。そして肥河の前までやってくると、先程と同じように右拳を出す振りをして肥河の注意誘導をする。視線が右に動いたことを確認してから、体を肥河の隣に動かした。肥河が振り返る前に、体を捩り肥河にしがみつく。



「ちょっと、何を…」

「動けなくなったら訓練は終了してくれるんですよね!これで動けないんじゃないですか!」


バックハグを決めた六は離さないように腰に手を回した。ぐっと力を込めると、そこそこ強固なベルト程度には締まったと思えたが、見上げた肥河は嬉しそうに笑っている。


「わ、嬉しい。六ちゃんから抱きついてもらえるなんて。そんな可愛い子には…」


肥河は微笑んで、六と目が合わせた。そっと手の上から肥河の手が重ねられる。さらなる嫌な予感がして逃げようとしたが、手遅れであった。

 肥河は縦に長い体の重心を後ろへと動かしていく。抱き締めていた六も釣られて後ろへと体が倒される。そして六は、地面と肥河にサンドされることになったのである。

 肥河の体重と硬い地面に六は板挟みになり踠いた。


「油断したらダメ。そんなに生ぬるいことを考えてたら、すぐに敵にやられちゃうよ」


 肥河は六を擽る。何かが体を這うような感覚が六を襲い、六は悶えた。六自身は擽りに特段弱い訳ではないが、肥河の擽りは格段。寒気がするようなペースと強さで襲いかかってくるのだ。


「ギブアップです!」

「まだいけるでしょう?可愛がってあげるから、安心して」


 ギブアップと六が白旗を上げても、肥河は暫く続けた。そして息も絶え絶えになったころ、漸く止めてもらうことが出来た。


「…もうお嫁に行けない」


その後、涙をホロホロと流しながら、複数人の隊員たちと訓練所の隅で反省会を開く六の姿があったとか。








「かかって来い」


六甲は木刀を片手に次から次に襲いかかる隊員を吹き飛ばしていく。人数で優劣をつけたところで、その辺の隊員たちでは六甲には敵わない。そう易々と乗り越えられる壁ではないのである。

 一人一人相手をしながら、自分の鍛練代わりにボコボコに痛め付ける。あまりの惨敗さに胸が痛まない訳ではないが、まあ訓練所なので仕方ない。段々無双ゲーのように感じてきているのは気の所為だろう。


「田中の敵!」


六甲の一撃を避けたオカッパ隊員が、六甲の顔目掛けて木刀を突き上げる。六甲の一撃を避ければ、テストでいう10点。六甲に当てれば、30点。六甲に怪我をさせれば40点。六甲が大怪我で70点。六甲を殺して満点。その採点基準では、コレは5点が妥当であろう。

 顔を背けながら、肘で木刀を掴む手を蹴る。これで木刀を落とすようなら、命もすぐに落とすだろう。

 オカッパ隊員は見事に受け身を取る。そしてウサギのように跳びながら六甲との距離を詰め、木刀を振り下ろす。それをあっさりと流す六甲。


「田中だとかなんとか言ってたが、田中なんてヤツいたか」

「アンタがさっきボコボコにしたヤツの名前だよ!自分の隊の隊員ぐらい覚えろよ!このおたんこなす!」


面と向かって怒られた六甲は、肩を震わせた。そして吹き出すと、ゲラゲラと笑い始めたのである。


「面と向かって怒鳴られたのは久しぶりだが、おたんこなすって」


そうして思い出してまた六甲は吹き出す。

 オカッパ隊員の顔を見ると、見覚えがなかった。新人以外の顔は全て覚えている。そんな六甲に覚えがないということは、最近入ってきた新人、もしくは侵入者。


「それで、えっと…名前は…田中だっけ」

「それはさっきアンタが倒したヤツだろ!僕は置丹(おきた)だ!覚えとけおたんこなす隊長!」


六甲は首を縦に振る。そのまま一歩、足を踏み出すと置丹の首筋に木刀を突きつけた。置丹の額から一筋の汗が流れる。汗が顎先から刀の胸を伝った。


「置丹な、覚えた。今度は間違えないから、よろしくな」


完全なる敗北味わい唇を噛み締める置丹の背中に、六甲が呼び掛ける。置は一瞬足を止めたが、振り返ることはなく歩いていった。



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