どこでも決まらぬ一騎打ち
武田家奇襲部隊の沙恵と美樹が松平家の桜庭丸と戦闘を開始したのは、両軍の大将が既に戦場から退いてからだった。
「そちらの殿様、逃げ足速いんだなあ。それとも、臆病なだけかい? 部下に攻撃させといて、自分だけのうのうと帰っていくのだから」
桜庭丸は突進してくる二人を軽く挑発する。兵数では彼が圧倒的に不利なので、戦う手段を選んでいないわけだ。
「黙れ! 太一様は私たちを信用なさっただけなんだよ!」
「美樹、奴と会話する必要はない。両サイドから叩き切るぞ!!」
「おうさ!!!」
美樹と沙恵は挑発に応じず、落ち着いて桜庭丸単体を狙って攻撃を開始する。
「なるほど、この二人の連携は完璧か。それに、二対一の直接戦闘......こりゃあ適わない。なら、奥の手を使うしかないか」
桜庭丸は両手を左右に大きく広げ、隙だらけの体を二人に向ける。
「はっ! 挑発に失敗で降伏か? 根性なしの臆病者はお前の方みたいだな!!」
蔑んだ表情で美樹は桜庭丸を侮辱する。
「とりあえず、殺さずに捕らえておこう。人質としての価値はある」
沙恵が今後の方針を素早く組み立てていく。
「ったく。いつでも面白みがないねえあんたは」
「美樹だって、太一様の前で戦うときは氷のような目をしているではないか」
「お前とだけの時くらい自由にさせろ。ま、腰抜け男ばっかでイライラしているだけかもしれないけどな」
「誰が、腰抜けかな?」
刹那、二本の槍が二人の喉元目掛けて襲い掛かった。
「なっ!!」
「んっ!!」
咄嗟の判断で馬から転げ下り、間一髪で槍を避けることに成功した美樹と沙恵。
「まだ訓練はそんなにしてなくてね。けど、自信を持った一撃だったんだけどなあ」
桜庭丸の足元には、いつの間にか無数の槍が用意されていた。
「ふう。お前たちがやって来ると分かって急いでかき集めたんだが、この感じでは足りないかもなあ。ま、これらを隠す布の都合上では調度良かったかもしれないけどさ」
「へー、槍を隠してこっちが油断した隙に槍投げで仕留める算段だったのか。これは少々お前を侮っていたようだな......気に入った! 沙恵、こいつはあたしの獲物だ! 手出しすんなよ!!!」
美樹は懐から鎖鎌を取り出し、舌なめずりをしながら桜庭丸を直視する。
「あーあ、美樹がテンションマックスになっちゃったよ。五年ぶりかな? まあ、戦国ならではだしここは譲るとしますか」
沙恵は敵将の相手を美樹に任せ、足軽同士の戦いの指揮を執ると決める。
そして、状況を把握するべく辺りを見渡したその時だった。
空から隕石のような燃えている塊が一騎打ちを始めた美樹と桜庭丸を襲撃した。
「はっ!」
「おっと!」
すんでのところで直撃をかわしたが、爆風が二人に確実な損傷をもたらす。
「用意しておいた槍は、全焼か......」
桜庭丸は右腕を抑えながらこう呟く。指の間からは絶え間なく血が流れ出ていた。
「......負けを認めざるを得ないか。これじゃあ戦えまい」
「それはあたしも同じだよ。胸元をばっさりやられた」
桜庭丸から数メートル離れたところで、美樹もしゃがみこんでいる。
互いに戦闘続行は不可能ということだ。
「また、今度だな」
「ま、俺たちは敵対勢力。すぐにまた戦えるだろ」
「美樹ー!大丈夫か!?」
爆音を聞きつけ、そこまで離れていなかった沙恵が美樹の駆け寄る。
「迎えが来たようだ。そんじゃ」
「はいはい。そちらは看護役がいて羨ましいね。俺は一人で帰還かな。何故か連れてきた足軽いなくなっているし」
「こちらも同じだ。戦場では不思議なことくらい起こるだろう。では、また会おう!」
高々に声を上げ、美樹は沙恵の肩を借りて戦場を後にした。
「ったく。気楽なもんだ。互いの命が落ちない前提でそのまま話を進めているんだからよ」
桜庭丸の出血は未だに止まらない。松平の居城、浜松城への到着まで持たないペースだ。
「それでも、意地が悪くてあがくのが俺だけど......」
自嘲気味に笑い、桜庭丸も立ち上がる。
しかし、程なくして意識が朦朧とし始める。
「おいおい、これじゃシャレにならな......」
そして、そのまま倒れこんでしまう。
(死とは、こんなにもあっけない物なのかねえ......)
そう思って、少年は意識を失った。死との出会いを実感しながら。
しかし......
「......貴方には、まだ生きていただきましょう。私を出し抜くことができるのは、あなた以外にあと数名しかいないでしょうから。一方的でごめんなさい。けど、すぐに会えるでしょう。では、その時まで」
「......俺、蘇生させられたってことか?」
頭の中に少女のこのような言葉が響き、気が付くと彼は五体満足の状態で戦場跡に寝転がっていた。右腕の傷も、完全に治癒されている。
「やはり、この戦国は分からないな」
頭をかしげながら、とりあえず帰路につく桜庭丸だった。
この伏線回収は、かーなり後になります。しかし、彼が活躍する場面の一つのピースですので覚えていただけると幸いです。
里見レイ




