逃避へ
遅くなって申し訳ない
『あれ』が叫ぶ。地震のような揺れに天井からドロドロと土埃が零れ落ちる。カラカラと懐中電灯の揺れる音も潰れるほどに重い音の中、自分たちは歩いていた。
マンホールから下水道に入ったはずなのに、グネグネと蛇のように右往左往して行きついた先はどこかの地下道。
コンクリートむき出しのままで急造で作られたようなのっぺりとした空間で、暗闇が溜まるほどずっと広がっている。
湿った火薬のような臭いがあるが、鉄骨がむき出しになっているかヒビがあるかの程度で、使う分には問題がないように思えた。まさしく、逃げるに都合のいい道に見える。
きっと、声を出したらどこまでも反響するのだろう。月見里と感動の再会をしたというのに、いろいろ事が変わりすぎてタイミングを逃してしまった自分は壁のシミをただただ目で辿っていた。
同じく、前を歩くヤドヴィガが口を開く。
「よくこんなところを見つけたな。第二次のときの地下壕か?」
「みたい。市役所を漁って見つけた」
「嘘だろ。市役所にはたくさん『あれ』が押し込められてたはずだぞ」
「うん。でも、問題なし。ずっと孤立している『あれ』は音に敏感。適当に陽動してたら影響ない」
何のこともないように言ってのける月見里。危険なことをするなよと怒りを覚える前に、先頭を歩く月見里が頼もしいと思ってしまった自分は。
何か声をかけようと手を上げかけたが、ヤドヴィガと月見里が喋っているのを見ると、やはり何を言ったらいいのか分からず静かに手を下げた。
「この後の計画はあるのか?」
「うん。このまま行くと街の外れたところに着くから、そこから町を出て馬と合流する。それで脱出」
「『あれ』に気づかれたらどうする?道も枝分かれしているから、侵入されている可能性があるかもしれん」
「それも大丈夫。あらかじめ、バリケードでふさいである。あちこちの建物を爆破したから、『あれ』の数はばらけているはず」
月見里の言うとおりだった。奥に行くほど揺れは小さくなっているような気がする。あからさまに、『あれ』の声の指向が散らばっているようにも思えた。
きっと、このまま黙りこくっていても、到着するだろう。今はやはり口だけが重くなって、到底声をかけることはできなかった。
「――――っ」
時折、月見里が後ろを振り向く。目が合うと脊髄反射のごとくお互いに目が逸れた。
月見里も気まずいのだろう。そこに安堵した自分がいる。いやな気分だ。
それを何度か繰り返した。一つ見ては気まずくなり、なあと声をかけそうになるけれど言葉が思いつかず、足だけは速くなる。ヤドヴィガさえも空気を察して黙り込んでいる。
もういっそのこと暗闇に体が溶けてくれないだろうか?
そういえば、どうして真っ暗なのだ。月見里はランタンをつけていなかった。
「やま――――」
「なあ、ちょっと休憩しないか」
声を一つあげたのはヤドヴィガ。
「……」
「その、悪いな、飛び降りた拍子に銃のストラップがずれてしまった。だから、ちょっと調整をしたい」
「ヤドヴィガの技量なら、歩きながらでも出来るはず」
「いや、そのだな。照準装置もずれてる感じがあって、このまま撃ったら『あれ』じゃなくて誰かに当たりそうな気がする」
そういいながら、ヤドヴィガは銃を見ずにこちらをチラチラと見やって、下手糞なウインク。
きっと、歩調の合わない自分の調子を考えてくれているのだろう。病院のベッドから起き上がって日数は立ったもののまだ本調子ではない。
「それなら、仕方ない」
月見里もちらりとこちらを見やった。
その顔は真顔だったけれども、結局、休憩をとることになった。
ちょうど広いところがあったので3人座り込んだ。ランタンに照らされる中、戦闘指揮所と青くぼやけた金属の看板が光る。バリケードが通路にところどころ張り巡らされているが、月見里が設置したのだろうか。
当の月見里は、自分の長い銃を撫でたり叩いたりしていた。手入れをしているのかと思ったが、ヤドヴィガのメンテナンスの様子を見ていると違う様子。手持ち無沙汰感があるのだろう。
自分だって正直気まずい。いや、気まずくはないが、月見里と再会したら最初だけ怒鳴ってやろうと思ったけれど、成長した彼女の姿を見て胸の温かなる気持ちがあって感情が滅茶苦茶でどうして言葉さえ詰まる。
ただただ、銃の扱いを撃つぐらいしか覚えられない自分は、弾を込めなおした後はガチャガチャと貧乏をゆすりをしてしのいでいた。
「おい、2人とも」
そうしていると、携帯食料が自分の足元に落とされた。
「飯でも食おうぜ」
ヤドヴィガだった。そういって、月見里にも投げ渡す。投げ返すほど腹に余裕もなくて、包装を開けるのにも光が足りなかったので自然とランタンの前に3人集まる。
3人、黙々と微妙そうな顔を並べて頬張る。やはり、微妙な味に、口の中が乾く。
月見里も微妙そうな顔をして食べていた。ああ、どこか懐かしいと思ってしまった。
出会って間もないころの、小さい背中を丸めてポリポリと乾パンをかじっていた月見里――――。
「月見里、背が高くなったな」
思わず口に出してしまった。あの頃とまったくかけ離れた成長ぶりに。
「……うん、成長期だし」
「……うまいものは食えてるか?」
「おかげさまで」
「そ、そうか……よかったな」
「うん……」
ぽつりぽつりと会話が続く。日常会話。どうしてだろうな、さっきも話していたはずなのに妙に安心してしまった。
そのおかげか乾いていた舌が回るようになった、月見里も重々しそうにしていた口が弾んでいるような気さえする。
「その長い銃、扱うの大変だろ」
「うん、体格的に合わないけど、こう――――体の使い方を工夫すれば問題ない」
そういうと、月見里はかっこよくポーズをとる。映画で見る特殊部隊な主人公キャラのようだ。
そんな現実味のないものに見えてしまうのは、生活の様子が全く見えてこないからだろうか。
背負っているものが、薄いリュックサック一つだし。体に巻き付いているものが、どうして爆弾やら銃しかない。
「装備が少ないが、飯はどうしてたんだ?」
「必要最低限。一日一回程度。それで十分だった」
どうりでやつれていると思った。道理で若干ふらついているのだと思った。
「は?何が十分だったんだ?」
「……だから、人が活動できるくらいの最小限。街に遠征するための日数を最小限にするなら、これしかない」
異様に体が白かった。異様に指が細くて、顔も細い。体も縦に伸びているだけで、立ち上がるのもやったなのだと思えるくらいにか細い。それで、何が。
「最小限?十分?ふざけるなよ」
なにが、体ヒョロヒョロにして、馬鹿みたいに装備をがちがちにして、馬鹿みたいに『あれ』のいる都市部に赴いて、馬鹿を目覚めさせる薬を探しに来るんだこの馬鹿は。
「『あれ』が大量にいるなかを突っ切って薬を最短でとるのにこれが最善。これ以上、望めるものはなかった」
全部無駄になったけどと吐き捨てるように言う月見里。若干イラついているのが、こちらの神経を逆なでる。
「ちゃんと飯を食べろ!お前、成長期だろ。俺みたいなやつのために、自分の身体を犠牲にするな。クソガキ!」
「あっ、おまっ――――!」
「……っ!開口一番それ!?一年眠ってた人がそれを言うの!?」
ヤドヴィガが止めようとしておろおろしているのが見えた。だが、関係ない。
「ああ、言うともさ!一年眠ってたからなんだよ、そんなのほっとけばいいだろう!」
「また、そういう……!じゃあ、さっさと起きたらよかった!」
「そういうことじゃない、あんないいところから馬鹿みたいに離れやがって!クソガキ!自分の人生をゴミ箱に捨てるなよ!」
「っ!捨てたつもりない!どうせ、生きて帰れる算段はついてた!」
「だから、その算段自体やめろと言っているんだ!」
「っ!私の気も――――!」
何を言おうと知ったものかと言おうとした口が、ガラガラと崩れる音に消される。
そのあとにうめく声が聞こえた。ああ、まずいと口をふさいだが、声色を聞いてもう無駄だと気付く。
「――――っ」
月見里がハンドサインを出した。使ったことのないサインに困惑するが、察したらしいヤドヴィガが月見里に近づいてナイフと銃を構えて警戒態勢をとっていた。
月見里がこちらに向けて見覚えのあるハンドサインをした。
後方に距離をとったまま、ついてこい。
言い切ったように、月見里もナイフを手に取って背中を向ける。『あれ』の方へ躊躇もなく進む。
自分は月見里の言うとおりについていく。
『あれ』の声は外からだと思っていたが、どうやら自分たちよりもいるところよりも奥の方であった。
摺足で進んでいく。2匹か3匹くらいぐらいだろうか。コンクリート壁を壊すような音が聞こえる。おそらく、音の出所を探しているのだ。
自分はゆっくりと腰のナイフをつかんだが、月見里に手で制される。
待っていろ。
そうサインを出された。ヤドヴィガと月見里が見たことがない勢いの摺足で進んでいく。
足音もない。聞こえたのは、何か固いものを殴打した音。
それから、『あれ』のくぐもった声が一つ。それから、もう一つ。死んだ音がする。
何が起きたのかさっぱり分からないほど、すぐに終わった。
月見里とヤドヴィガが戻ってくる。自分は息をのんだ。
「Cel wyeliminowany」
聞いたこともない呪文とともに、月見里が殺し屋のような目つきで戻ってきた。それに似合うような、血だらけの服をひっさげて。遅れて、濃厚な鉄の臭いが鼻をついた。けれど、月見里は全く気にしていない様子で。
隅っこにいた小さい月見里が音をたててガラガラと崩れたような気がした。




