電撃戦
まだ地獄ではなかった。鉄を破るような轟音に目が覚めた。
はるか遠くに白い点、ぼんやりとした点があった。さっきいたところだ。
自分は落ちたのか。身じろぐとカサカサと音が鳴った。手に何かビニールのような柔らかな感触。グワングワンと揺れた頭を引きずりながら壁を探り当て、もたれ掛かりながらゆっくりと体を起こす。
目の焦点が収まる。下にあったのはゴミ袋の山だった。なぜこんなものがエレベータにあるのだろう。少なくとも分かるのは、これのおかげで高いところから落ちた自分がまだ生きていることだった。
「――――!」
まだ轟音が続く。おそらく、あの長い銃の銃声。『あれ』の吠える声があって、必死に叫ぶヤドヴィガの声もあった。
おそらく、自分に呼びかけているのだ。どうにか上るところはないだろうかと探ってみるが、かつてあった梯子は自分と同じくゴミに埋もれている。
いたはずのところに目を向けても、ヤドヴィガはいない。
「おい!」
出来る限りの声を張り上げる。轟音に掻き消されてなしのつぶて。もう一度声をはりあげるのも無駄だと思うほど、掻き消された。
「お――――」
それでも、喉を壊す勢いで声を張り上げようとしたとき、爆発音。
近くにあったエレベータのドアが小さく裂けていた。裂け目からは『あれ』の手が生えていた。
どうか気付かないでくれと期待を持たせることもなく、『あれ』はこちらへと手を伸ばして暴れている。小さかった裂け目はすぐに大きくなって、こちらを見据える『あれ』の目と牙が晒された――――。
急いで銃を取り出し、発砲した。命中。『あれ』の呻く声があがる。
しかし、それでは足りず、別の『あれ』がやってくる。何度も発砲。
それでも足りず。次から次へとやってくる。目の前に溢れる。
「……クソ!」
弾倉にあった弾がなくなった。たった数発分の刹那的な時間だったのに、もうエレベータの壁の四方八方に『あれ』の手が生えていた。
袋小路とはこういうことを言うのだろうな。真っ白な頭でそう思った。
弾倉はまだいくらかある。きっと、足りない。『あれ』は既に上半身まで潜り抜けていて、撃つ前に飛びかかられるかどうか。
空になった弾倉を地面に吐き出した。すばやく弾倉を変える。
「――――!」
だが、もう遅い。『あれ』はもう飛びかかってきていて、目前に醜悪な顔を晒している。ぎらついた歯が、こちらの首元を捉えていた。
ああ、結局、こんなにもあっさりと終わってしまうのか。そんなものだよな、やっぱり――――。
また一つ、破裂音。そして、肉の裂けた音が聞こえた。
それは自分ではなかった。
飛びかかるはずだった『あれ』が後頭部に穴をあけて死んでいた。
直後、近くで何度も続く発砲音。気付けば、周りに生えていた『あれ』は例外なく穴をあけて動きを完全にとめた。
何が起こったのか。そんなことを思う暇もなく、
「生きてる?」
頭上から声が聞こえた。
懐かしく、今もっとも聞きたかった少女の声。僅かばかりに声が変わっていたが、それでも間違いはしない。
「月見里……」
戦争映画で見るような重武装を身に着けた月見里がそこにいた。
「話は後で!」
月見里は飛び降りた。まだ『あれ』は尽きない。感動の再会はピシャリと叩かれ、こちらは銃を構え直す。
しかし、撃とうとする前に、隣に着いた月見里から弾が放たれ倒れ伏した。そこからまた別のところに生えようとしていた『あれ』も無力化。次々と襲い掛かろうとしていた『あれ』が次々とあっけなく倒れていく。
月見里によって、絶望的だった状況が消え去っていく。ヤドヴィガの銃と似た長い銃を槍のように構えて、強烈な光と銃声の下に『あれ』を撃ち払う。見惚れるような美しさだった。
こちらの引き金を引く隙もないまま、ひとしきりのせん滅を終えると、月見里は弾倉を再装填しながら、こちらに向きやった。
「上にいるのは誰?」
「ヤ、ヤドヴィガだ」
「ヤドヴィガ!安全エリアを作った!早く飛び降りてきて」
引き付けるように何発か空に撃って、月見里は天高く叫ぶ。
それに呼応するかのように、上から途切れない連射音、終わると小さな影があった。ヤドヴィガだ。
「了解!ヤドヴィガが落ちるぞ!!!」
ヤドヴィガが叫ぶ。慌てて2人下がると、トランポリンに飛び込むかのように飛び降りる。箱が破れたような鈍い音と共に埃が舞う。
落ちたとしてはあり得ない軽い音。着地したヤドヴィガは何事もなかったように跳ね起きる。
「月見里!ようやく――――」
「御託は後!着いてきて!」
ヤドヴィガの感動的な再会さえもピシャリと落とされ、月見里に引っ張られる形でエレベータの外へと躍り出る。
確かに外は感動の再会を待っていられるような状況ではなかった。おそらく、病院の職員用の通路。
鈍いグリーンのコンクリートと無機質なドアに閉じ込められたそれは、そこら中から『あれ』が湧き出ていた。
月見里は応じるように銃で撃ち払う。ヤドヴィガの動きとも似ているフォームで、走りながらどうやって頭に命中させているのだろうか。死角になるところを援護しようとヤドヴィガと共に銃を構えるが、そんな隙はどこにもない。
だが、『あれ』は傷を埋めるかのように次から次へと襲い掛かってくる。
おそらく、この病院内にいる『あれ』が集まってきているのだろう。瘡蓋のごとく、層が段々と分厚くなっていく。
「ヤドヴィガ!フォーメーション!」
「おう!」
おまじないをするかのようなハンドサイン。2人は踊るように位置を変え、品を変え、四方八方の袋小路を作る『あれ』を撃ち払う。
「月見里、俺はどうする?」
「今は自分のことだけを考えて!」
月見里は諭すように言った。ヤドヴィガはすまんなと言うだけで、自分は頑張って走るしかないようである。
本当にその通りで、ヤドヴィガと月見里のタッグは次々と消えてはそれ以上に増えを繰り返す『あれ』の猛攻を見事に撃退してしまう。地獄の底を歩いているはずなのに、安全だと思えるほどには。
でも、ダメだった。決して、勢いは削がれない。削がれたはずの部分はもっと大勢で、興奮のピークに達した『あれ』が固まりとなってあちこちの壁を破壊して襲い掛かってくる。
月見里に飛びかかろうとしているものもいて、こちらもたまらず応戦した。そうすると、月見里に銃口を向けられて、間髪入れずに火花が見えた。
弾が空気を切り裂く音が通り過ぎ、『あれ』の断末魔。どうやら、こちらの後ろにもいたらしい。月見里の目が自分のことだけ考えていろと語っていた。すまないと、目線を送る。
目線しか送れないほど、『あれ』はまた迫ってくる。2人だけでは到底足りず、自分の周りを照準も合わさずに撃ち続けた。それだけでもどこかの『あれ』に当たるぐらい。
それでも、余裕がなくて、空の弾倉が滑り落ちる。もう弾は残り少ない。
滑らかなリロードを見せるヤドヴィガも例外ではなかった。
「月見里!もうすぐ弾が尽きる!」
「大丈夫」
ヤドヴィガの焦る声も裏腹に、月見里は淡白にポケットからリモコンらしきものを取り出した。レバーのようなボタンを押した。
直後、耳をつんざくほどの轟音と共に地響き。近くではないようだが、振動で舞い散る粉塵にむせかえる。
「なっ!爆弾。お前、TNTまで持ってきてたのか」
「備えあれば憂いなし」
そう、どや顔をする月見里。ボタンは一回だけではない。また新しいテレビのリモコンのようなものを取り出してカチカチと押していく。呼応するかのように爆音があちこちで響いた。
終わる気配もなく、ピアノを弾くかのような指裁きで次々とボタンを押して、リズミカルに爆音が鳴る。
白だったり黒だったり多様性のある粉塵が舞い上がり、もはや火事が起きているような様相。まとわりつく空気も焼けるように熱い。
「ゴホッ、ゴホッ、月見里!一体何体何キロ持ってきたんだよ!この勢いだと建物ごと潰れるぞ」
「大丈夫!ほとんどは攪乱用のこけおどし」
二人の叫ぶ声も聞こえないくらいの轟音。ただ、襲い掛かってくる『あれ』は目に見えて少なくなった気がする。濃い煙のおかげで攪乱されているのもあるのかもしれない。
ただ、『あれ』の声はまだあちこちにあった。油断はできない。爆音にまぎれて、静かに走った。
「あと、もうちょっと」
息を殺した少しの後、月見里が静かにそう言った。それが聞こえるほど、『あれ』の声はどこか遠くで反響している。
言葉の通り、煙が消えた。外だ。暗い煙の中から見た陽の光はいつにも増して眩しく輝いて、思わず手で遮ってしまった。
安堵は束の間。そのまま、月見里に手を引っ張られ、そのまま近場にあったマンホールへと流された。地下へと誘導されて、最後に降りてきた月見里が手際よくマンホール蓋を閉じた。
地下へ3人降り立つ、真っ暗闇。シンとなるほどの真っ暗闇。『あれ』の声がまた自分たちへと近づいている――――。
だが、
「これで終わり」
そう言って、月見里がボタンを押す。とどめの一撃とばかりに、今日一番の轟音が響き渡った。




