パンくず
8/7の18時ごろに書きかけの方のエピソードを投稿してしまいました。こちらが正真正銘の今回のエピソードです。お目汚し申し訳ありません
コンビニで眠った明くる朝。自分達は日の出と共に出た。朝ごはんは相変わらずの戦闘糧食。もう舌も慣れきって、戦闘糧食味の固形物を食べてるだけだと違和感なく口にすることが出来ている。
それが軍人になった証だとヤドヴィガは言っていた気がする。
今日もぼやけた暗闇の中でヤドヴィガは長い銃を抱えて軍人になっていた。
「おい。昨日はよく眠れたか」
「ああ」
「そうか、それはよかった」
しかし、以前よりも距離が近くなったような気がする。そういえば、今日は一度も民間人と呼ばれていない。
なぜかチラチラと見られている気がする。警戒するにはあからさまで、こちらを見すぎだ。決して、間違いではないと思うが。
「あっ、やっぱりだ」
「あっ、ああ」
何のことだろうか。こちらに近づいてくるが、どうやら自分に用があるわけではないようで、目線はこちらの手元にある拳銃にあった。
「君、スライドのところに手を置きすぎだ。撃った時に水かきのところの肉が抉れるだろ――――おお、大分やってるな」
道理で、銃を撃った時に手が痛いと思うわけである。反動のせいかと思っていたが、こちらの手を触れたヤドヴィガの手を見ると月見里と同じ綺麗な手である。
まあ、良くもこちらの黒ずんだ手を触れるものである。水かきのところの皮が無駄に分厚く、一生消えない火薬の黒が爪の間だとか傷跡にこびりついている汚い手。
最初の頃は銃の勝手も分からず、勝手の分からぬ小さな子供と共にいるというのに、『あれ』は躊躇も襲い掛かってくるから、なりふり構わずぶん回すように乱射した銃もこちらもボロボロである。
しかし、それを見るヤドヴィガはどこか職人みたいな目をして、じっとりと触っている。
「玄人の手だな。いい……」
しかし、ヤドヴィガは至極当然のようにそう言った。なんだか変な気分だ。嫌な気分ではないが、後ろめたさはあった。
コホンと気まずそうにヤドヴィガは咳払い。
「安全装置はつけてるか?」
「問題ない」
「手入れはしてるか?」
「ああ、銃身の掃除ぐらいはしてる」
「弾は?」
「ヤドヴィガから貰ったものだけだ」
「もう3本やる」
そう言われて、本格的なポーチと共に渡される。軍用だろうか、中の弾倉さえも新品同様で持ち主の几帳面さが分かる。
だが、不思議だ。いつもはヤドヴィガの背中を見ているのに、今は横顔が見えていた。 昨日、泣きはらしたの目元がハッキリと見えていて少しだけ目を逸らした。
ヤドヴィガは軍人然とした顔をしている。
「このあたりは小さな病院が多かった。団地も多かったからな、子供もたくさんいたから小児科が沢山あった方が勝手が良かったんだろう」
「ああ」
「子供は風邪の子弟というだろう。抗生物質も多い。月見里はおそらくその辺りを物色しているはずだ」
周りをよく見れば閑静な住宅街に見える。一際、ぼうぼうに草が生えている場所があるかと思ったが、あれは公園だったのか。
ヤドヴィガの歩くところの遠くに小さいとは言えない病院がぽつぽつと見えてきていた。もうすぐ月見里に会える。そう自分に言い聞かせてみたが、あまり嬉しくはならなかった。
着実に奥へと向かってしまっている。肌を掠める風も妙にねっとりとしているような気がした。まるで胃の粘膜のような――――。
だめだ。だめだ。余計な事を考えても仕方がない。
こういうところで足がすくむ。自分の事ばかりか、俺は。
ただ、ヤドヴィガのマネをして銃を握りこんで、奥へと進んだ。
まばらにあった草は溶けていって、殺風景なコンクリート壁が曝されて押し寄せてくる。
まだ誰かが暮らしているようであった。
「……っ」
徐々に毛が逆立つような感覚があった。今になれば懐かしい。嫌な懐かしさだ。
「あれがいる」
「分かるのか?」
「臆病な人間だからな。恥ずかしい話だが……」
「いや、臆病者は生き残りやすい。人影らしいものも見えないが、警戒をしよう」
ヤドヴィガは銃の弾倉を外して弾数を確かめて、引き絞めるような再装填をした。自分も真似をしてみたがうまく出来なかった。臆病者の手は馬鹿馬鹿しいほどに震えているようだ。
遠くにあってほしかった病院は、はっきりと見えるくらいに近づいていく。だが、それを遮るように軍用車が道路にあふれていた。埋め尽くされていた。古びた薬莢に道路にこびり付いた弾痕。ここも激戦地だったのだろうか。
ヤドヴィガの言っていたことを考えるなら、これも避難しようとしていたのだろう。そこから吐き出されるように人骨が溢れているのを見るに、あまり結果は良くなかったようである。
ヤドヴィガは神妙な顔をしているが、何も言わない。ただただ、目礼をしているようにも見える。
自分も地面に横たわる骨を踏まないように避けた。昨日の人骨を踏みつぶしたときの音が耳から離れない。
ヤドヴィガの背中を追いながら、地面を虱潰すように見ていた。だからなのか、病院が目の前に現れだしたときに見慣れたトラップを見つけた。
「月見里のか……」
足下辺りに目を凝らさないと見つからないくらいの糸。そんなものが、入り口の絶妙な位置に設置されていた。どうやら、転ばせようとしたようである。
「もう引っ掛かった跡らしいな」
「『あれ』がいる」
引きちぎれた糸の少し先に古びた血糊があった。黄ばんだ『あれ』の歯が数本。ジメりとした気配に襲われる。
「分かった。警戒しよう」
ゆっくりと病院の中へと入る。ガラスが散乱していてどこを踏んでもガチャリガチャリという音が聞こえる。そんな音が2つ――――いや、そんなわけはない。
もう1つ、くぐもってはいるが同じようなどこからか聞こえてきている。とても理知的とも言えない乱暴な足音。
ヤドヴィガと目が合った。ゆっくりともうこれ以上ガラスを踏まないようにと進む。
受付を過ぎたところにまた月見里のトラップを見つけたが、それも使用済みだった。決して古くはない。
外から見る限り、3階程度の建物。建物が密集している地域なので奥行きもそこまでないはずだ。柄うを抜ければ、ありきたりな受付が広がっている。どこに行けば薬が見つかるのだろうか。受付にはそれらしいものはなさそうだった。
おそらく、上階にあるのだろうか。月見里ならそう考えるだろうか。それを証明するかのように、階段に通じるところに月見里のトラップが続いていく。やはり、引っ掛かった跡だった。そこからも褪せた血痕は続いていた。
階段にゆっくりと足をつける。もしかしたら、もう月見里は別のところに行っているかもしれない。だが、『あれ』もいるのに、それを確かめないのはまずいような気がした。
ヤドヴィガもこちらの考えを察したのか、共に登る。止められなかったのが不思議だが、ありがたい。
こちらの死角を補うように横並び。室内だからか拳銃を構えている。こちらも拳銃を構えるが、即座にヤドヴィガに構える姿勢を直された。
階段を登り切りそうなところにまた元トラップがあった。自分たちは足音を確実に殺して2階にあがる。
2人で背中を預け合うようにして、二階の部屋をすべて見回る。だが、もぬけの殻。散らかったベッドに、車いすに、よくわからないことが書かれた紙束。慌ただしく逃げていった跡がそこにある。もうそれしかない。
ただ、音はあった。上からだった。
お互いに目を合わせて、小さくうなずいた。音から遠ざかるように奥の階段へと向かい3階へとあがる。
月見里のお手製のトラップを見つけ、それを静かに避けるとまた同じ光景が広がる。ただ、血の血痕が線を引くように伸びているのを見つけた。
「――――」
血痕は奥の部屋まで続いている。その先は悶えるような、しかし、か細い声。決して、月見里とは似つかわしくもない獣のような声。それしかない。
それはそうだろう。どこも同じようなガラス破片や紙屑しかない場所。月見里はとっくに気づいてしまうだろう。もう去った跡なのだと、残念だとは思いながらもほっとした。
ヤドヴィガとアイコンタクトをして、自分たちも後にすることにした。
ぶちっと千切れたと感触があると、カランと音が鳴った。後ずさりしたところに月見里のトラップが合った。ちょうど自分の死角だった。
虫の居所が悪そうな『あれ』が決して聞き逃してくれるわけもなく、声帯が割れるくらいの声で吠えた。ガチャンガチャンと乱暴にガラスを割る音。一気に近づいてきている。
「……っ!」
拳銃。もう間に合わない。『あれ』がいる奥の部屋へと走り、飛び出してきたのを勢いママのタックル。そのまま羽交い絞めにして、叫ばないように顎を抑えつけた。
そのまま首をへし折る。折ろうとしたが、異様なまでにもがいてできなかった。ならば、このまま首を締め受けようとしたが、細くなった腕ではそれさえ出来ず。勢い任せの行動、どうすればいいのかこれ以上全く考えていなかった。
一瞬、腕から外れた。
「あっ……」
しかし、ヤドヴィガがいた。彼女が起き上がる『あれ』の頭を掴んだと思ったら、ナイフを突き刺してトドメを刺した。
「大丈夫か?噛まれてないよな?」
そう言って、ヤドヴィガは『あれ』をこちらの体から引き剥がして、手を差し伸べてくれた。
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
「無茶はやめろ――――。ああ、どうりで、月見里がお前のことを心配する理由が分かったよ」
「……」
「さて、全部探したけど、ここもセミの抜け殻らしい」
「ほかにも似たようなところはあるのか?」
「ああ、ごまんとある。ノミを潰していくしかないな」
「あ、ああ。行こう」
やれやれと空を仰ぐヤドヴィガ。だけれど、やってのける覚悟があるように思う。
ただ、どうしてだろう、たまにヤドヴィガの言葉に引っかかている自分がいる。いや、言動ではないの確かなのだが。
また階段の降りる先の死角に月見里のトラップが隠れていた。結局、月見里は見つからない。
「本当、月見里め。嫌らしいところに罠を張り巡らせたな。褒めていいのか、貶していいのか、もう分からん」
それからも、ヘンゼルとグレーテルみたいに小さな病院を辿って行った。壊れたバリケードに、空っぽの病院から逃げ出すように溢れるゴミ。それから、月見里のクソトラップ。どこも同じような状況で、『あれ』の気配はない。月見里の気配もない。まだ奥へと行っているのか、あいつは。
もう民家だったところも鳴りを潜めて、徐々に都市の中心部にみるようなビルが増えてきていた。嫌な気配もピリつくほどに濃くなっている。
「まだ病院はあるだろ?」
「いや、これで最後だ」
「……なんだって?」
「そこまで声を荒げなくても……すまない。もうここら一帯はもうない。後はあの大きな病院ぐらいだろうな」
ヤドヴィガが指を指す。その指が小指に思えるくらいの高い高い建物があった。白い要塞のような病院があった。思わず息をのんでしまった。
「あそこは一時、避難している人たちと物資を集めておく場所だった。多分、大勢いただろうな」
だとしたら、あそこにはどれくらいの『あれ』がいるのだろう。だが、月見里のトラップを見た限り、決して行かないという選択肢はなかった。
「……あそこは中心部か?どれくらいかかる?」
「いや、中心部からは少し離れてるけど、海岸側を通らないといけないから――――半日はかかる」
「嘘だろ。あんなに近いのにか?」
「ごめん。主要な道路は全て爆破していたからな。迂回しないとおそらく通れない」
「どうせ壊れている程度だろう。それなら、そこを通ろう」
「ダメだ。封鎖もして『あれ』をせき止めたんだ。多分、今頃は――――」
「……そうか」
道理でピリピリとした気配がするわけだと思った。おそらく、月見里も迂回はしているのだろう。
下手に突っ込んで刺激するのは、月見里の身も脅かしてしまう。興奮した頭でも、否が応でも分からされる。
歯がゆい。
もう昼は過ぎてしまっている。このまま歩いていくのも危険だろう。
「もうそろそろ、眠る場所を探すか」
「そうだったな。すまない。ごめん」
ヤドヴィガは一目見て分かるくらい、申し訳なさそうな顔をする。別にヤドヴィガが謝ることではないが、少しだけ溜飲が下がったような気がする自分は悪い人間だ。
「いや、いいんだ。急げばなんとやろだろ。仕方ない」
「そうだな、犬も歩けば骨に当たるっていうしな」
「……ああ」
それから、自分たちは眠る場所を見つけたのは、ちょうど夕陽が沈みかけそうになったときだった。
なるべく大きな病院に近づけるところを探して、やっとのこと見つけた空きテナントと書かれた一際ボロいビル。そこで一夜を過ごすことにした。
寝袋越しでも痛くなるくらい、コンクリートがむき出し。『あれ』の声が重みで歪んだ壁から漏れてくる。
見つからないように照明もつけずに、真っ暗闇だからか耳の鼓膜によく染み渡って僅かばかり体が跳ねてしまう。
そんな情けない姿に、似てもいない月見里のことを思い出してしまう。
「なあ、ヤドヴィガ」
「どうした?」
「月見里は寝るとき電気はつけてたか?」
「ん?んー、どうだったかな……あっ、そうだ。確かに小さい豆電球くらいの光はつけてたな」
「そうか……」
「どうしたんだ?」
「いや、ちょっと心配になっただけだ……」
そんなこといくら心配しても、どうしようもないのに。暗闇が妙に濃いような気がする。ヤドヴィガにも無駄な心配をさせたのか、カサカサと身じろぐ音が聞こえた。
「大丈夫だ。今の彼女は軍人顔勝ちの戦士だ。出会った頃よりもずっと強くなっている」
自慢になるくらいなと冗談っぽく、ヤドヴィガが言う。月見里は賢い子だ、昔も今も自慢がつきないくらい。
本当に大きくなっているのだろうなと思うけれど、月見里がこの町に来た理由が理由なので腹正しくなってくる。やっぱり、腹正しい。
「……だが、帰る前に俺はあいつを怒鳴りたい」
「ああ、思う存分やったらいい。でも、月見里の思いにも歩み寄ってやれ」
「……」
自分はそのヤドヴィガの諭す言葉に何も言えず、寝袋を壁のようにして背を向けた。ヤドヴィガのやれやれとため息をつくのが聞こえる。近いのも難儀だ。




