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世紀末でも屑はクズ  作者: パクス・ハシビローナ
じぱんぐおぶあす
89/93

到着


 富士山を抜けてすべての山を抜けた後、最後の検問を抜けた。高速道路に入った時よりもずっと分厚い緊急事態宣言の壁。コンクリートで塗り固められていたが、もう既に穴が開いていてすんなりと潜れてしまった。


 抜けた先は、ボロボロに朽ち果てたコンクリートの何かが横たわっている。ありきたりな風景。ただ、ヤドヴィガは呆然と辺りを見回していた。

 ヤドヴィガが軍服を着ているせいか、自分は昔教科書で見た空襲で焼けた街並みを思い出した。自分のいた町がズタボロになっていたら、痛々しいくらいの驚く表情をするだろう。

 

 だから、自分はそれに気づかないふりをして、ぼんやりと景色を眺めた。


「前はこんなところじゃなかったんだがな」


 しかし、ヤドヴィガは口を開く。なんというか寂しげな声音だった。


「このあたりにも結構ビルが建っていたはずなんだけど……私もウラシマタロウってやつになってしまったようだ」


 そうヤドヴィガは軽口を言うが、どこか狼狽しているように見えた。


「ああ……俺も」


 よく知らない。ただ、視界に映るビル群に嫌な懐かしさを覚える。大量の『あれ』に襲われたときのあの黒い波。思い出すだけで、肌が逆立った。嫌味な肌だ。そんなのは月見里に会ってからだ。




「着いた。あれが横浜だ」


 やがて、ヨコハマまで何キロメートルから別の地名に変わった頃に、ビル群が突然生えたように現れた。


「おお……」


 ぽつりと漏れた声は感嘆なのか畏怖なのか分からない。物資の調達をするために何度も行き来したあの都市部よりもずっと高くて、ずっと密集している。それなのに、酷く静かだ。


 こんなにも大きければきっと物資も手に入れられるはずだ。かつての職業病がそう告げる。だが、これだけのどれくらいの『あれ』がいるのかというのも想像してしまって、痕が残るくらいに鳥肌が立った。


 だが、絶対に月見里はいると思った。


 まだまだ距離はあるが、『あれ』に見つからないようにとビル群を睨みつけて進んでいった。


 ただ、見つけるよりも先に聞こえるのが先だった。聞きなれた足音を聞いて目を向けると、遠くの方に異様な動く点。ビル群を背にして、こちらに近づいてきているようだった。


 様子からして月見里ではない。ただ、『あれ』でもない。目の悪い自分ではよくわからないが、ヤドヴィガはすぐに気づいたようだった。


「あっ、ハチマル!ハチマルじゃないか」


 シロマルも気付いたようで、ヤドヴィガの声に合わせて駆ける。近づくと聞きなれた音もとい蹄の音だった。彼女の反応からして月見里が乗ってきた馬だと気づいて喜んだが、ぬか喜び。


 背中に載せているはずの月見里がどこにもいなかった。それも分かっていたというのに、ありありと見せられるとどうしてこんなにも残念に思う。


 ヤドヴィガは息を詰めたまま馬から飛び降り、ほとんど転ぶようにしてハチマルに駆け寄った。

 

 再会を待ちわびたかのようにハチマルを撫でつけるが、肝心の月見里がいなければ顔に険しさが戻るしかない。


「装備がまるっきり無くなってる……まさか、月見里……」


 腹が立つ。いや、嘘だ。また、月見里の姿がないことに、胸が締め付けられた。ヤドヴィガは顔が青くなっている。


「大丈夫だ。まだ月見里は生きている」


「どうして、分かるんだ?」


「『あれ』に襲われていたら、ここでハチマルに会えるはずがない」


 それだけが生きているという何よりの証明だった。ただ、やはり月見里はあのビル群の中へと入ったというのがはっきりとしてしまった。


「……そうだな。私たちも行こう」


 ヤドヴィガは表情を軍人然としたものに固めるが、手は震えていた。自分も手が震えていたが、どちらとも自分は気づかないふりをする。


 ハチマルを後についてこさせるようにした後、再び自分たちは歩を進めた。


 何日も歩いてきたというのにハチマルもその歩みはしっかりとしている。月見里は街の中に入っているのは確かだと思うが、


 少しだけ希望が湧いてきた。まだ連れ帰れるチャンスはある。まさか、街の外に馬を置いてしまっては、奥深くまですぐに行けはしないだろう。


 しかし、それを裏切るようにビル群に近づくほど、空が沈んでいく。残念ながら、到着はお預け。明日になりそうだ。タイミングの悪いことである。


 その日はまた道のど真ん中で寝袋を並べて眠った。ハチマルが増えたせいか、いつもより少しだけ賑やかだった。


「そう言えば、ハチマルって誰が名付けたんだ?」


「ん?ああ、月見里だ。本当はハチっていうんだがな、いつの間にかあいつがそう名付けて定着してしまったよ。まあ、本人は嫌がってないから別にいいんだけどな」


 隣で寝ころぶヤドヴィガがそう言って少しだけ笑う。あいつめ、バイクの名前をつけやがって。その後、少しだけ星を眺めてから、眠った。

 



「悪いが、ここで降りるぞ」


 あくる朝、ビル群に頭を引っ張られるように見上げて、ヤドヴィガがそう言った。もう後数キロで街の中へと入る。


 高速道路を下りると、草原になり果てた場所を見つけたので、シロマルとハチマルを置いていった。やはり、彼らは街の中には入れられない。

 『あれ』は聞きなれない音には酷く敏感なのだ。もどかしいけれど、月見里の場所が分からなければ徒歩で探すしかないだろう。


 しかし、それでも馬たちはついていこうとするが、手を振って牽制をした。ヤドヴィガはちゃんと月見里連れて帰ってくるからなと声をかけていた。


 草原からまたひび割れたアスファルト道路を踏む。ビル群の穿たれた穴ぼこから湧くゴウゴウという音に歓迎されながら、自分たちはゆっくりと街の中へと入った。

  

 天を突きそうなくらいのビルがいくつも建っている。間近で見るとすごいものだ。それでも、ガラスは割れて蜂の巣のようになっている。

 やはり、ここもありきたりな光景だと思ったが、どれも真っすぐ立っていて要塞のようにも思えた。草木が生えているのも見当たらなかった。


 どうやら、大企業だったもののビルらしい。昔、このあたりは人通りとか多かったんだぞとヤドヴィガは言っていた。

 街に入るまでは街の事や月見里のこと、いろんなことを矢継ぎ早にしゃべっていたがもう街の中に足を踏み入れると無言になってしまう。ごうごうと不気味な音があって、安心するくらいには。


 安心もつかの間。ごうごうという音が止む。


「――――!」


 囁くような唸り声。『あれ』の声。警戒しているときの声だ。やはり、月見里は街の中に入っている。


 『あれ』がいないと祈っていたのに、それも大きな無駄だった。嫌なほど『あれ』の気配が流れ込んでくる。


「こちらに気付いたか?」


「いや、まだだ。侵入者を探している最中だろう」


「……っ」


 どれくらいいるのか――――もう規模は考えたくない。ひそひそと話すのも嫌なくらい、自分は緊張していた。

 ヤドヴィガはプロらしく長い銃を構えていたが、明らかにいつもより機械的な足取りだ。

 

 血の匂いはまだない。それだけが救い。


 道はヤドヴィガが知っているようだった。このあたりまで防衛線を引いていたらしく地元でもあったから土地勘があるらしい。

 自分も何度か地図を確認していたが、目印となるはずの建物は殆ど瓦礫に埋まっていた。現在地も分からず。そもそも、行先はどこになるのかも曖昧だ。


「最終目標地点は中央にある病院だ」

 

 ヤドヴィガがだけが唯一知っている。彼女が指さした方向には薄っすらとだがビル群の何かが聳えている。


 ヤドヴィガには頼りっぱなしである。その足取りでさえ、自分よりもずっとかっちりとしているのに滑らか。死角をすべて潰せるような動きをしている。確かに、ヤドヴィガがベテランの軍人というのがありありと分からされる。まさか6歳の頃からずっと軍人をやっているとはと、ヤドヴィガの言葉を聞いて疑っていた自分を殴りたい。


 自分はそんな思いに駆られながらもヤドヴィガの後を付いていく。風で瓦礫が転がる音をBGMにして、自分は歩いた。 


 意外なことに『あれ』とは出くわしていない。そういえば、『あれ』の声はもっと奥の方で聞こえていたような気がする――――。


「あっ、やま――――」


 月見里。思わず声が出そうになって、急いで口をふさぐ。ヤドヴィガがびっくりしてこちらに振り向いたが、何でもないように目を落とす。

 『あれ』は月見里を追いかけているのだ。今の今まで気づかなかったとは馬鹿なものだ。

 

 もどかしい。もどかしい。けれど、土地勘の知らない自分がヤドヴィガを追い越して探しにいけるほど馬鹿にはなれなかった。


 それでも、スムーズに行けるほど現実は甘くなかった。道が開けていったと思ったら、分厚い鉄の塊が現れる。おそらく、戦車だと思う。


 近づくと、どうやら一つだけではないらしい。

 道もかなり大きく広がっているのに、それを埋め尽くさんばかりに戦車が横たわっている。どれも灰色被っているのを見るに、おそらく酷く燃えさかっていたのだろう。


 やった相手も誰かは分かるが、その姿は見えないのでそのまま通り抜けるように進んだ。


 凄い有様だ。グチャグチャのドロドロ。途轍もない力で歪んだ鉄の塊は主砲だけを残して辛うじて戦車だと分かるぐらい。

 後は、煤けたそれから日本陸軍や外国軍らしき目印があるぐらいで、主砲がどれも同じところを向けているのにそれでもダメだったのだろうと分かるぐらい。

 多くの人がいたんだろうなと分かるぐらいには、無数の黒々しい遺体が転がっている。


「……っ」


 静かな舌打ちが聞こえた。見るとヤドヴィガは悔しそうな恨めしそうな、少なくとも決して良くない感情に眉を重くさせている。

 その理由は分かってはいたけれど、自分は声をかけられなかった。街の中だから声をかけられないことを安心しているので、言葉が見つからないだけである。

 

 重々しい虚しい雰囲気のまま、大通りを通り過ぎる。ヤドヴィガは何も言葉を発さなかった。一瞬だけ顔が見えたが、それは見なかったことにした。


 まだこんなのが続くのか。こんなにも『あれ』のいた痕跡があるのに、『あれ』の姿を拝めていないことだけは幸運なのだろう。


 大通りが終わり、再び路地裏に入る。どこもかしこもパイプと室外機だらけでやはり邪魔くさい。


「――――っ!」


 しかし、いきなりヤドヴィガに押される。


「――――おい、どっ」


 ヤドヴィガは槍のように銃を突きつける。その方向を見やると、人間の足らしきものがあった。血色のない土のような色に自分は『あれ』だと気づき急いで口をふさぐ。

 

 幸運なのか、何も起きなかった。いや、まさか。警戒心の強い『あれ』だというのに、無反応。気付いていたなら、もう襲ってくるころである。


 変に思って自分は近づこうとしたが、ヤドヴィガに手で制されたので様子を見ることにした。


 ヤドヴィガは狭い場所でもいつでも殺せるようにと拳銃に構えなおして、ゆっくりと近づく。自分は退路だけを考えた。どうせ、一発でも撃ってしまったら、すぐに他の『あれ』に気づかれてどのみち必死になって逃げる羽目になる。


 しかし、ヤドヴィガは銃を撃つことはせず、神妙な表情になって銃を下ろしてこちらを手で招いてくる。


「死んでる」


 そうやって近づくと、ヤドヴィガはそうつぶやく。どうやら、見えていたのは『あれ』の破片だったらしい。


 『あれ』は共食いもするようになったのだろうか――――。確認しようともっと近づいてみると、ヤドヴィガに制止された。


「待ってくれ。罠がはられている」

 

 ヤドヴィガが指を指す。どうやら、共食いではなかったようである。壁と床に焦げた血と肉。黒ずんだ壁一面に、どうやら何かが爆発したらしい。彼女の指の先を辿るように見ていくと、道の両端に細い糸が張っていてその先端には手りゅう弾が備え付けられていた。その罠は一つではなさそうだった。


 『あれ』は運が悪かったようである。罠に引っかかって死んだようだ。まだ焦げた臭いがする。


「ああ、ほんとうっに、月見里め。手りゅう弾も持って行ってやがったのか。ええ……まさか、一度話した罠の張り方を実践するなんて――――」


 ああ、そうか、月見里が仕掛けたのか。あの馬鹿め。こういうことも出来るようになっていたのか。嬉しさが混じるのは、ようやく月見里に近づいたという実感が湧いたからだろうか。


 しかし、ヤドヴィガが頭を抱えてブツブツ独り言ちるのを見て、すぐに申し訳なさが勝ってきた。


「悪い」


「いや、いい。どうせ、怒られることが一つ増えただけだ。3人で帰ったら謝り倒すぞ」

 

 多分、皆に土下座することになるからなと、ヤドヴィガ。軽口ではなさそうなのが、嫌なところである。


 だが、そんなのは後でどうにかなる。今はこれを辿っていって、月見里に会いに行こう。


「分かった。早くやりたいものだ」


「……そうだな。早めにやれば早めに終わる。行こう。罠には気をつけろよ。あいつ、結構しつこいからな」


「ああ、それは何度も思い知らされている」


 それは今でも、矢小間遊園地の時でも、初めて会ったときも思い知らされている。本当にあの子は自分の人生を馬鹿みたいものに無駄遣いをするものだ。

 

 

 自分たち2人は病院のある方へと進んだ。引き続きといったところだが、足取りは若干軽やかになっていた。


 都市部らしく路地を抜けるとまた大通り。ただ、またダイバーシティよろしくの潰れた戦車と人たちが転がっている。まるでループしているかのように、何度も現れた。やはり、同じ方向に主砲を向けている。きっと、専門家が見れば、戦車の違いも分かるのだろう。


 素人目からは、どれだけの激戦を戦ったのかが分かる程度。後は、すべて敗北に終わった程度のことしか分からない。

 

 その度、ヤドヴィガの歩みが重くなっていく。ヤドヴィガと同じマークをつけた人が屍に混ざっていたので、自分はただ彼女についていく。


「誰も退却しなかったんだな……」


 ヤドヴィガの悲し気な誇らしげな複雑な声色で呟くのも聞かなかったフリもした。人も掲げられたマークもぐちゃぐちゃだった。


 無数に続く。大通りを埋め尽くす。


 しかし、奥に入っていくと戦車の代わりに大きな土嚢と鉄条網が張り巡らされたバリケードが見えてきた。


 なんだろうかと目を凝らし、目の前まで来ると赤十字の大きなテント。ヤドヴィガが神妙な顔を映して、こちらに呟いた。


「……ここだ」

 

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