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日本にダンジョンが現れた!  作者: 赤野用介
第一巻 日本にダンジョンが現れた
9/74

09話 バレンタインデー

 二〇四三年二月。

 以前は、あれほどニュースに取り沙汰されていた「西日本大震災後の不自然な地割れ」も、最近では殆ど報道されなくなった。

 新情報が出て来なくては、人々の関心も持続し得ないのだろう。

 それは地割れを隠している行政と、密かに潜っている次郎の双方にとって、非常に都合が良かった。

 誰にも関心を向けられなければ、誰かに発覚する危険も低くなる。

 次郎は気兼ねなくレベル上げに没頭できたし、美也も洞窟内の写真や映像を撮ってはネット上の様々な資料と比較した。


 しかし次郎たちは、、後二ヵ月で受験生になってしまう。

 流石に受験生ともなれば、いつまでも洞窟に篭もり続けるわけには行かなくなる。二人の会話の比率も、自ずと洞窟以外が増えてきた。


「三年生になったら、流石に勉強の比率を上げないと駄目かなぁ」

「どれくらい上げるの?」


 渋々といった体に、美也はどこまで手を貸して欲しいのかを問うた。

 次郎の成績は、中学一年の時点では一八人中一〇番だった。

 それが中学二年の一学期には、中間テストで高校不合格の目安となる一三番まで下がり、その後に美也の手を借りて期末試験で六番まで上がった。

 二学期は美也のレベル上げに勤しんだ事で八番まで下がったが、三学期は美也の手が空いた事で少し上がりそうな様子だ。

 要するに次郎の成績は、美也のフォロー次第で大きく変動するという事になる。

 そして美也としては、次郎に求められた分だけ成績向上に協力するつもりだった。


「例えばクラスで三番くらいを目指すと言ったら、可能だったりするか?」

「うーん。次郎くんが本気なら、三年二学期の中間テストなら可能かな」


 目を大きく見開いて驚く次郎に、美也は念を押す。


「テストが終わるまで、自由時間が全部勉強になるけど」

「それは嫌だなぁ」


 高校全入時代となった現代において、七村市のヒエラルキーを上下に分断する市立七村高等学校の普通科に受かる事は絶対条件だ。

 また市内の高校に不合格すると通学のために早起きしなければならなくなるという問題もあるので、勉強をせざるを得ない事は次郎も理解している。

 問題は、どれくらい洞窟の探索時間を減らすかであろう。

 三山中学の目安では、成績がクラスで平均以上であれば合格が安全圏で、三分の一に入れば九割方確実となる。

 従って確実に合格するには、クラスで六番くらいの学力を維持すれば良い。


「平日は纏まった時間が取れないし、探索は休日だけにしてみるか」


 やがて妥協点を見出した次郎に対し、家庭教師役の美也も妥当だと結論付けた。


「うん、それは良いかも。次郎くんの成績も、結構上がると思うよ」


 なにより自発的に勉強しだした事が、次郎の成長点だろう。

 一方、美也も変化している。

 例えば二人は一緒に登校しているが、これは美也が家族のために朝ギリギリまで家事をする必要がなくなったからであり、心に余裕が生まれていた。


「それと、今日探索しないなら、後で渡すね」

「…………ん?」


 次郎が訝しげに首を傾げる間に、三山中学の校門が見えてきた。

 少子化で生徒数が減ったため、中学校の自転車小屋は随分と疎らだ。そんな広いスペースに贅沢な駐輪をすると、半分は使われていない下駄箱で内履きに履き替える。

 そこに至って次郎は、美也が口にした言葉の意味を理解した。


「ああ、サンキュー」

「どういたしまして」


 本日は、二月一四日。

 中学校生活で起る三大イベントの一つ、バレンタインデーの発生日であった。

 本イベントにおける中学男子のヒエラルキーは、誰からどのようなチョコを貰ったのかで、カースト制のように厳しく分け隔てられる。

 身分を大まかに分ければ「複数からの本命チョコ=王族」「本命チョコ=貴族」「義理チョコ=平民」「家族チョコ=貧民」となる。

 チョコで貧富の差を表わすと聞けば眉を潜める良識人もいるだろうが、一般的な中学男子が内心で気にするのは致し方がない。学生である彼らにとって、これは大問題なのだ。

 この勝負に関して毎年一個が保証されている次郎は、辛うじて平民以上が保証されている。

 美也が次郎にチョコレートをくれるようになったのは、小学三年生の時からだ。

 最初は祖母たちがお膳立てをした義理チョコだったが、美也は意味を理解した後もチョコを渡してくれるし、真っ当な男子である次郎も非常に有り難く思っていた。

 そんな美也との仲は、美也が祖母の家に引っ越した時に次郎が口走った家族発言の後からより一層深くなっている。また美也自身もチョコに費やす軍資金が増えている事から、そろそろチョコ王国における貴族の仲間入りも見えてきたところだ。


 そんな本日の重大イベントに、不覚にも次郎は気付いていなかった。

 浮き世離れしてしまった原因は、意識が完全に洞窟探索へと向いていたからだろう。それに付随してTVを見なくなったとか、部活に全く顔を出さなくなった等の理由も挙げられるかもしれない。

 もちろん自己の利益追求だけではなく、時間が出来た時には恭也の白血病を治す方法も考えてみた。

 例えば、白血病細胞を抗がん剤で減らす場合、光魔法を併用すれば白血病細胞を回復させてしまう恐れがある。それならば、逆に闇魔法で白血病細胞だけを殺す事が出来ないか。

 そのように魔法の活用法を考えたりもしたが、医学知識の無い人間がいきなり本番を行うのは拙いという結論に行き着くしか無かった。

 怪我程度ならいくらでも自分で治験が出来るが、失敗した時の危険がある治療は拙い。

 白血病マウスを持つ国が、魔法を公開して臨床試験を行ってくれる事を願うしか無いが、一体どうなっているのか。

 そのように気が逸れまくっていた結果、下級生が下駄箱からそれっぽい箱を取り出している姿を見て、ようやく本日のイベントに気付いた次第である。


「でもさぁ、下駄箱に食べ物を入れるのはどうなんだろうなぁ」


 下駄箱にチョコを入れて貰えない哀れな男が、イベントに気付くと同時に僻み出した。

 衛生問題を指摘する直前まで一生懸命に医学を考えていた事は、情状酌量に寄与するだろうか。


「ノーコメントです」


 次郎に問い掛けられた美也は、他の女子を慮ってコメントを差し控えた。

 女子の立場では、相手に直接手渡す行為は非常にハードルが高い。

 チョコを渡した事が知られると、告白を伴わなくても周囲から誰々を好きだとレッテルを貼られる。囃し立てられて嬉しい人は少ないし、相手にまで被害が及んでは最悪の結末に至る。

 つまり大多数に配る明らかな義理チョコを除けば、直接相手に渡すのは分の悪い賭けなのだ。

 そのような事情を鑑みれば、下駄箱にチョコを入れる女子が出るのも致し方が無い事だ。


「机の中に入れるとかは?」

「二年前に次郎くんたちが悪戯してから、机の中に入れるのは皆避けているかも?」

「うぐぐ」


 美也が指摘したのは、二年前に次郎が悪友の中川や北村と協力して、町のデパートで調達したチョコを、クラス男子の机の中へ密かに放り込んだ事件だ。

 三人の犯行動機は、クラスの真面目君である相山達弘君がチョコに気付いた時の反応を見たかったという、小学生らしい純粋な好奇心からだった。

 犯行は早朝。タイミングを見計らった次郎が、机の前を通り過ぎる僅かな瞬間にチョコを入れた事で成立した。

 そしてホームルーム開始前、想定外の事態が発生する。

 クラス全員で行う縦笛の練習時間に、隣の席の須藤由良子がチョコを見つけ出して引っ張り出し、それを満面の笑みで高らかに掲げたのだ。

 それはバレンタインの日に、男達の手によって入れられたハート型の大きなチョコが、クラス全員の目の前に晒された瞬間である。

 ひたすら呆然とし、やがて笑みを浮かべた相山君を見た犯人たちの笛の音は、音階を高らかに外していった。


(しかしあれは、どうしてバレたんだ…………)


 犯人は三人。資金提供は中川、購入者は北村、そして設置者が次郎だ。

 机の傍を通り抜けながら素早く入れたので、チョコを潜ませた際に気付いた人間は皆無だった。

 しかし、次郎が担任に呼ばれた時には全てを知られていた。

 裏切り者は中川か、北村か。

 事実確認とお説教が一言ずつで済んだのは、担任自身が笑いを堪えていたためだろう。複雑な顰めっ面で、説得力は皆無だった。

 次郎の懐かしき思い出である。


「もう悪戯したら駄目だからね」

「うい」


 美也に釘を刺された次郎は、あまり反省の素振りが見えない返答と共に教室へと入った。

 相山が今でも傷付いているなら、流石に次郎達も反省しただろう。

 しかし相山は、チョコ事件を切っ掛けに須藤から告白され、付き合うようになった。

 そのため恋のキューピットを自称する三人は、差し引きで大きなプラスに転じた自らの行為を全く反省していないのだ。


 クラスに入ると、若干浮ついた空気が流れていた。

 他所の中学男子ならバレンタインデーに戦々恐々としたり、諦めを覚えたり、果ては嫉妬を現わすマスクを被り出すかもしれない。

 しかし次郎達のクラスには、チョコを貰えない男子全員に手作りの義理チョコを配る女神のような女子が居るのだ。

 なお相山や次郎のように、他の女子からチョコを貰えるアテがある男子には配られない。競合しないように、事前調査もされている。


「はい、ナカさん」

「おおっ、天からのお恵みじゃ。ありがたや、ありがたや」

「オーバーだねぇ。はい、キタムーも」

「ハハーッ」


 教室に入るなり、平伏する恋のキューピット達の痴態が飛び込んできた。

 それを思わず目撃してしまった次郎は、かつての片割れたちに生暖かい眼差しを向ける。


「ちなみにトリュフに挑戦したよ」

「マジで!? キラさん、マジパネェ」

「貴女が神か」


 最後のキューピットとなった次郎に羨ましい感情は、決して……無い事も無い。

 ここまでクオリティの高いチョコが配られると、他の女子たちも渡し難いだろう。それでも女神が他の女子たちから嫉妬されないのには、きちんとした理由があった。

 チョコを配る女神の氏名は、名字が越後屋えちごや、名前は輝星きららという。

 まるで時代劇で、悪代官に黄金色のお菓子を渡す代表格のような名字。

 さらに僻地では珍しいキラキラネームが組み合わされた、明らかに人生ベリーハードモードな名前だ。


 越後屋の輝く星とは、いったいどんな賄賂で裏社会を牛耳るつもりなのか。

 名字は致し方が無いとして、名前は全面的に親の責任だろう。

 もしかすると両親は、インパクトのある名字を、同じようにインパクトのある名前で誤魔化したかったのかも知れない。

 だが相乗効果で、なおさら酷い事になっている。

 彼女の場合、美也のように証拠集めをしなくても虐待認定されるかもしれない。

 そんな彼女と八年間同じクラスだった次郎達は、その間に幾度かの争いを経て、越後屋輝星を氏名でからかわない、名字を呼ぶのは避ける、不当に扱わない等の不文律を生み出していった。

 彼女が配るチョコは、クラスメイト達の気遣いに対するお礼の一部であり、よって他の女子たちも文句を言わないのだ。


「うぉっ、うめぇ!」


 欧米人並の豪快さで包装紙を破った中川が、取り出したチョコをその場で口にしながら感想を述べる。

 この時、次郎は不意に世界の仕組みの一端を理解した。


「富の偏在が、戦争の原因になる」


 嫉妬男あるいは空腹の中学男児が連想したのは、人類における経済格差の縮図であった。

 南の貧しい発展途上国が輸出されていくカカオを眺める一方、北の裕福な先進国がトリュフを食している。

 そのような貧富の差を是正するのは、人類の急務であろう。

 今ここに、後の革命児が生まれたのかもしれない。


「堂下くんも、美也っちに貰えなくなったら、あたしがあげるよ?」

「……ぐぬぬ、国連め」


 僅かに芽生えた革命の意志は、さり気なく賛同者を奪う越後屋の手腕により、呆気なく摘み取られた。

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