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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第二巻 ダンジョン問題が日本を動かした

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37/53

37話 目標更新

 僅か五日。
 綾香がヒッポグリフの強さを上回り、レベル三四に到達するまでに要した時間である。

 パワーレベリングの可能性の一端は、アメリカ軍が撃ち落としたコウモリの群れを自分たちの経験値に変えたSylphidシルフィードが世間に示している。
 だが実際に、レベル六〇台後半という日本最上級のレベルを持つ者たちが複数で協力し、転移を駆使して最効率でレベルを上げさせたら一体どうなるのか。
 前例が無いために誰も正確な予想が出来なかった事を試みた結果、かような記録が生み出された次第であった。
 日本中のダンジョンが封鎖されており、内部に入れるのが一八歳を超えてレベルの上げ難くなった自衛隊と機動隊ばかりである点を考慮するに、既に綾香のレベルは日本で三番目に達している可能性すらある。
 レベルを上げさせた次郎たちも結果には驚愕したが、綾香の思いはその先を行った。

「泰然自若という言葉を覚えました」

 二日間の休息を入れた綾香は、次郎に再会した時には悟りを開いたかのように諦観していた。すなわち、諦めて全てを受け入れる境地に至ったわけである。
 そんな彼女の成長の方向性は、美也をモデルとした魔法特化型だ。

 井口綾香 レベル三四 BP〇
 体力五 魔力九 攻撃三 防御五 敏捷四
 火五 風三 水一 土一 光二 闇一

 同レベルの美也に比べれば、高い防御力と引き替えに火力や回復魔法が幾らか低い。
 これは綾香が、高レベル者の弱らせた魔物にトドメを刺す活動形態に特化していたからだ。
 とはいえ魔物に関しても、一対一であれば既にヒッポグリフや、初級ダンジョンのボスである超巨大女郎蜘蛛を狩れるほどには強くなっている。
 また防御力五は、次郎が機関銃の銃撃を弾いていた頃の数値と同じである。
 従って自衛力を付けさせるという目標の第一段階は、ケチの付けようも無いくらい完遂できていた。

 綾香のレベル三四到達によって、次郎たちの現時点でのアルバイト代はレベル三四×三〇万円で、一〇二〇万円に達した。
 五日間の短期アルバイトとしては、苦笑いが出る金額である。
 これと先の映像代一〇〇〇万円と合せれば、次郎と美也が二人で稼いだ金額は合計二〇二〇万円。分配金は、それぞれ一〇〇〇万円を越える。
 美也が希望した六年制の国立大学医学部に進んで、奨学金などが一切無いとしても、卒業までの資金に見込みは付いた計算になる。
 後は辻褄合わせだが、こちらのハードルはとても低い。
 お札に関しては、イギリスで両替すれば銀行券の記番号では追えない。
 イギリスでは銀行や郵便局なら手数料無しで替えてくれるし、日本の国旗が窓に貼ってある両替ショップも沢山ある。両替時に身分証明書は必要ないので、美也に任せればお札の問題は解決する。
 そして美也を引き取った保護者の祖母も、三人で作る箱庭世界の住人だ。
 最優先対象の美也が話せば、辻褄合わせに協力してくれる。資金は自分がタンス預金していたものだという事にして、それを孫の進学費用に充てたと誤魔化してくれるわけだ。
 レベルを上げる事が危ないという考えは持つかもしれないが、次郎も口添えをすれば、二人で決めたならそうしなさいと口も出されなくなる。

(あとは、それほど要らないんだけどな)

 元々次郎は金銭に執着しておらず、綾香にダンジョン攻略特典を取らせる機会に合わせて、美也のために六年分の生活費とお小遣いでも貰っておこうかと思った程度だった。
 親元から離れて暮らす大学生で、家賃や食費・光熱水費、通信費や雑費、交友費など合せて月一五万円掛かると大雑把に見積もる。すると六年分の費用は、月一五万円×一二ヵ月×六年=一〇八〇万円だろうか。
 だがその程度では流石に安すぎて、相手からクレームが出かねない。
 もちろん次郎は井口豊から苦情を言われた事など一度も無いし、無理を言っても大抵は受け入れそうな印象もあるが、もう少しだけ上げておく事にした。

「それで、いくら必要かね」

 綾香から話を聞いていた井口豊は、攻略特典を取らせるか否かの判断を終えていたらしく、単刀直入に金額を問うた。
 攻略特典を取らせる理由を問われると思っていた次郎は予想を外された形だったが、それでも気を取り直して、事前に用意していた料金表を差し出した。

 ・攻略特典Sより上   四億円
 ・転移能力S      二億円(二回/一日)
 ・転移能力A      一億円(一回/一日)
 ・攻略特典B?  五〇〇〇万円
 ・攻略特典C?  二五〇〇万円
 ・攻略特典D?  一〇〇〇万円
 ・攻略特典E?   五〇〇万円
 ・獲得特典なし      〇円

 料金表を受け取った井口豊は、眉間にしわを寄せて何やら考え始めた。

 その様子を見た次郎は、相手が金額で悩んでいるのでは無く、特典の幅などで考え込んでいるのでは無いかと考えた。
 金額に関しては、資産家の井口家ならば容易に捻出できるであろうし、共和党の資金から『ダンジョン調査費』の名目で出す事も、彼の立場と今まで次郎から得た情報だけで十分に可能だ。
 例えばカマキリの映像記録と、聞き出した特性情報は、日本中がそれらの対策を練り始めた点において途方もない価値があったようだ。
 そのおかげで死者が一万人減ると考えれば、日本人の命が一人二万円以下と計算しない限り、二億円の価値は確実にある。
 仮に共和党が出せないとしても、大企業などを回って未だ非公開ビデオの一部なりとも見せながら説明すれば良い。
 日本を救うための資金という名目であれば、企業が自社のイメージアップを図るため、喜んでスポンサーに名乗りを上げるだろう。
 テレビCMを一~二本打つどころのアピール力では無く、全世代に対する救命行為として長らく国民の記憶に残るのだ。
 そのように考えた次郎は、暫し待ちの体制に入った。

「そもそも夏休みが終わるまで一ヵ月に満たないが、それで攻略が出来るのかね」

 井口豊からは、金額や特典の幅では無く、実現可能性についての質問が返された。
 初級ダンジョンは、地下一五階まで存在する。
 支持率を大いに落とした政府と労働党はダンジョン攻略を焦っているが、部隊の投入から攻略まで一ヵ月という速度は相変わらずのままだ。
 それはダンジョンが、一階層ごとに複数の市が入るほどに広大で、それが地下へ一五階層も続いているためである。
 航空写真が撮れない未知の空間で、内部には数百万体の魔物が蔓延っている。
 そして北海道の夏休みは、他の都府県に比べて短い。

「綾香さんの中学校では、夏休みは七月二二日の土曜日から、八月二〇日の日曜日まででしたよね」

 次郎の確認に、井口豊の隣に座っていた綾香が軽く首肯する。

「はい、その通りです」

 七月二九日現在、綾香の夏休みは残り二三日となっている。
 だが次郎は、太鼓判を押した。

「アルバイト契約した翌日から六日間、それと昨日までの二日間で、俺たちは北海道ダンジョンの地下六階まで調べました。最深部に到達した後に、綾香さんを連れて各階層の魔物を倒したり、フロアを踏破したりしながら総合評価を上げて、期限が近付いたら最後にボスを倒す形を取ろうかと思っています」
「僅か八日間で、地下六階に行ったと?」
「ダンジョンには昔から潜っていますし、仲間も優秀です。それに高レベルなので、移動速度も早いですから」

 人類は、男性の方が空間認識能力に優れている。
 それは人間が、二足歩行を始めて人類に分岐した七百万年前、あるいはそれ以前の哺乳類が誕生した二億五千万年前から、雄が外で狩りをして、雌が子供を産むという進化の過程で役割分担してきた特性を備えているからだ。
 石槍を振り回す狩猟民族の次郎など、その典型であろう。
 実際に脳の構造は化学的にも、男性が空間認識能力に優れる右脳優位、女性が言語や計算能力に優れる左脳優位になっていると判明している。

 だがそれは、空間認識能力だけで比べた場合だ。
 美也は大まかな地図を描き、次々と目印を作らせて全体像を細かく把握していき、どこに下層への階段が有りそうかを予想して補佐する。
 結果として男女両方の能力を十全に活かした二人は、夏休みという期間とレベルも相俟って、凄まじい速度で探索を進めていた。

「二週間後にはボス部屋前まで行けると思いますし、それくらい時間があれば、綾香さんも夏休みの宿題が出来て都合が良いでしょう」
「二週間後というと、八月一二日か」
「はい。その翌日から一週間掛けて、階層の境目に転移しながら一日二階層分の魔物を退治します。なるべく進出して到達フロアを拡大して、最終日の八月二〇日にはボスを倒します。総合評価Sは無理でも、Aは狙いたいですね。それで、如何でしょう」

 お盆は考慮しますよ。と、事も無げに言い切る少年に、井口は再び考え込んだ。
 現在の日本で、ダンジョン攻略がどれほど望まれているのか、子供ですら知らない者は居ないだろう。
 大型犬サイズの巨大カマキリが、常人を越えた身体能力で襲い掛かってくる恐怖。
 その後も続く、大型犬サイズの巨大オニヤンマ、巨大クロオオアリ、巨大シオヤアブ。
 人々は家屋を大いに補強し、自警団を設立し、ダンジョン付近から離れた場所やダンジョン攻略済みの地域への避難を検討するなど、必死に対策を練っている。
 まるで準戦時体制へと移行する国家であるかのように。

 一ヵ所を攻略すれば、都道府県の一つが危機から逃れられる。
 現在攻略中の都道府県は人口五〇〇万人規模であり、その規模の国土と人命が守られる。そのため政府は、今まで以上に攻略を急かしているのだ。
 それを目の前の少年は、二億円で政府よりも遙かに早く攻略できるという。
 しかも『ダンジョン攻略が可能なレベルを持った、転移能力者を増やす』という、破格の条件付きで。

 二億円は、社会から見れば破格の安値だ。
 その程度の金額でカマキリ問題が片付くならば、日本中から依頼が殺到する。
 しかもその際に「攻略するのは政府の命令で口封じに殺され掛けた少年たちで、攻略費用は彼らが身を隠すための逃亡資金です」とでも付け加えれば、誰も金額に文句は付けなくなり、既に死に体の労働党を墓場まで蹴落とせる。
 だが井口豊の前に座る少年は、未だに名前も顔も明かさず、預けた携帯端末を収納で仕舞い込んで基地局も隠し、自宅では無い場所で電波を受信していると思われる。
 そのため全面的な協力を得る事は難しい。

 少年の身元を調べて追い詰める事は、物理的にではなく状況的に不可能だ。
 仮に、井口と広瀬が最初に面会した時の『君の個人情報を調べるつもりは毛頭無い』という約束を破って、あらゆる手段を尽くして身元を調べ、接触したとする。
 その場合には、今までの協力姿勢が一転して反発に変わるだろう。
 初級ダンジョンの問題が解決しても、ダンジョンを出現させた存在の問題は残ったままだ。多階層円柱や、その先も考えられる。
 そのような状況で、最強のカードを自ら敵に回すなど、悪手の極みだ。
 故に井口豊と広瀬秀久は、異なる布石を打っていた。

「いいだろう。やってみたまえ」

 差し当って井口豊は、少年の過小すぎる要求を飲んだ。

「ありがとうございます」

 嬉しそうに返事をする少年は、金銭・政治・常識など、いずれの感覚も普通の子供だった。わりと物怖じしない肝の据わった印象もあるが、その程度は個性の範疇に過ぎない。
 だがその少年は、何度でも場に出せる反則的なジョーカーカードにして、さらに重要な場で必要な日本を救う切り札でもある。
 井口豊は鷹揚に頷きながら、絶対に手放してはならない手札について思いを巡らせた。

 今回少年が攻略特典Sに付けた金額は、僅か二億円。
 井口が攻略特典に価格を付ける場合、最低でも三桁は増やす。
 その金額が大げさだと思った者は、少し想像力を働かせてみれば良い。
 収納能力者に核兵器を持たせ、転移能力者に各国の首都を転移登録させておけば、一体どうなるのかを。
 核兵器搭載型の戦略爆撃機や、原子力潜水艦よりも、収納と転移を使われる方が遙かに怖いのだ。何しろ現代の如何なる手段を以てしても、絶対に防げない。
 三桁増やした二〇〇〇億円は、核兵器搭載可能なステルス戦略爆撃機一機と同等の値段だ。一瞬で世界中の何処にでも往復できる転移能力が、ステルス戦略爆撃機一機よりも安いなど、そのような見積もりは馬鹿馬鹿しいにも程がある。
 往復できる転移能力が一つあれば、自国の兵士にダンジョン往復でレベル上げを行わせる事も出来る。回復魔法を覚えさせれば、万能薬を使える者も量産できる。
 世界中の何処の国でも、常識的な感覚として往復できる転移能力に二〇〇〇億は安すぎて、議会や国民の承認を簡単に得られるはずだ。大国ならばダース単位で纏めてお買い上げであろう。
 さらに転移と収納を組み合わせれば、原子力潜水艦を世界中の海に常時展開する事や、護衛付きの機動艦隊を相手国の領海内部に配置する事と同等以上の威圧力が生まれる。
 国防予算を一時的に削ってでも、世界中が獲得しようと金を捻出するはずだ。
 そもそも他国に対する防衛以前の問題で、地球に現われた謎の巨大構造物に対する把握と検証のために、攻略特典を得ていない国々は切実に調べたいのだ。
 そして日本は他国より遙かに切実に、魔物被害を食い止めるため彼が必要だ。


 だが金銭は彼にとっての手数料で、それ以外の何かが無ければ動かない。
 であれば井口豊は、偶々手元に紛れ込んだ途方もない札を保つために、どうすべきか。
 まずは撃たれて追われた彼が恨みを持つ現政権を敵役として、自分たちが現政権に対抗する共通の仲間だと印象付けて協力を仰ぐ。
 それは実際に上手くいった。だからこそ彼は、井口や広瀬には程々に協力する姿勢を見せている。
 次いで、定期的な接触による個人の性格や嗜好、集団の特性の把握。
 こちらも概ね理解できた。
 少年は一般家庭よりも少し裕福な、家庭環境や友人関係に特段の問題が無い、成績が平均より上で健康な、程々には常識や良識を持つ、活動的な性格の一般的な男子高校生である。
 受験を控えておらず、綾香に対する態度などから、おそらく高校二年生。
 綾香のレベル上げに協力した少女は、一般家庭よりも貧しく、家庭環境に大きなトラブルがあり、成績はとても優秀で健康な、常識や良識は持つが一線を引いて心の壁を作る、やや問題を抱えた女子高生である。
 二人は同学年で、対等で気の置けない、親戚よりも近しい幼馴染み。
 概ねの制御は少女がアドバイス形式で行い、少年に対して一定の制約も課しているようだが、その範囲内で最終決定権を持つのは少年側であり、決定に対して少女は逆らわない。そして少女は、少年に対して精神的な依存がある。
 他の協力者は、おそらく居ない。



 井口豊は、何をおいても少年達を押さえなければならないと考える。
 法律、常識。この世界非常事態に、そのような事を言っている場合では無い。問題があるなら、法律や常識の方を変えるべきである。遡及適用、それも大いに結構だろう。人類が新たな状況に適応するだけの話だ。
 彼は一瞬だけ、隣で静かに座る孫娘に視線を送った。
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