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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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19話 逆侵攻

 二〇四四年七月四日、月曜日。
 日本では、気候や景観の移り変わりと共に、季節を感じて過ごすのが一般的だ。
 しかし学生時代に限っては、迫り来るテストや各種の行事で季節の変化を感じる。
 七村高校では、先週末に一学期の期末テストが全て終わった。
 七月上旬には二年生の修学旅行を控えているが、他の学年にそのような予定は無く、次郎たち一年生は、心の中で夏休みまでのカウントダウンを始めている時節であった。

 夏休みを前にして、次郎のダンジョン探索は地下一〇階まで順調に進行していた。
 これまで各階に出てきた魔物はチュートリアルと同じ種族だったが、この先がどうなっているのかは分からない。もしも地下十一階以降が現われるのであれば、夏休みに本格的な攻略を行う事になるだろう。
 そんな風に各自が様々な夏休みの計画を思い巡らして、浮かれ気味となっている明るい教室内で、ただ一人だけ机に突っ伏したまま動かなくなっている男が居た。

「キタムーは、尊い犠牲になったのだ」

 七村高校のグラウンドに、北村の墓が建った。
 ちなみに勝手に建てたのは、次郎と中川の二人である。
 体育の授業中にグラウンドの土を集めて、グラウンドの隅の方に建ててパンパンと柏手を打った。
 二人に崇め奉られてしまった北村は、ゴールデンウィーク時の新ダンジョンへの突入と、勇気ある人命救助の引き替えに、政府に連行されてテストで爆死してしまったのだ。
 より正確には、中間テストで爆死して以降、成績が落ちたまま迎えた期末テストでも再び爆死してしまった。
 付き合っている彼女の塚原愛菜美が、クラス違いの理系コースで頼れなかった事が大きかったのだろう。あるいは彼女に見栄を張ったのか。
 いずれにしても学期末試験で赤点だった生徒には、夏休みの自由を奪う恐怖の補習が待っている。
 そんな黄泉路へと旅立った旧友に対して次郎が祈りを捧げていると、机の合間を縫いながら美也がやって来た。

「次郎くん、世界史は何点だった?」

 本日最後の授業にして、北村に死体蹴りを行った教科は世界史だった。
 次郎は授業中に返された答案用紙を引っ張り出すと、クラスメイトにして専属の家庭教師でもある美也に恭しく差し出す。そしてさらに言葉を継ぎ足した。

「四問間違えて、九三点だった」

 期末テストは一〇〇点満点だ。
 いかに高校一年生の一学期で横並びのスタートラインだとは言え、皆が一〇〇点を取れる問題では学力テストにならないため、問題を作成する教師側は点数差が出るように意地悪な問題をしっかりと入れる。
 その中での世界史九三点は、クラス内では単科で四番の成績だった。
 付け加えるならば、次郎は他の教科においても平均九〇点台を取っている。
 全教科は返ってきていないが、この調子ならば総合成績で中間テストの九位を上回る成績が見込めるだろう。そのため次郎は答案用紙を差し出しながらも、その表情には比較的余裕が見て取れた。
 但し家庭教師という役割から、美也は敢えて厳しい指摘をする。

「うーん、この三つはテスト範囲にあったかも。もう一つは授業で話していたから、ちゃんと聞いていたかの問題みたいだね」
「詰め込み教育、反対。古代文明史なんて、社会に出てからどんな仕事で使うんだよ」

 現代教育に対する不満の声が、現役高校生から上げられた。
 ちなみに次郎は、中学生の頃にも同様の主張を行っていた。
 いくら成績が上がっても精神構造は成長していないと嘆くべきか、それとも主義主張が一貫していると褒めるべきか。
 しかし、従順な日本人たちを相手に社会に対する不満を呼び掛けた所で、賛同者を得る事は容易では無い。
 次郎のささやかな不平不満は、周囲から軽く聞き流された。次郎が新しい風だとすれば、周囲は風を受け流すのに慣れた柳の木であった。

 その後、七村高校の新風と柳の木たちは掃除の時間に入った。
 一組が掃除範囲に割り振られた廊下で、中川と共にモップを振り回した次郎は、最後に形だけは廊下を掃いてから教室に戻った。
 やがてホームルームが始まろうという中、大抵の問題を軽く受け流す柳の中で、到底無視し得ない大きなざわめきが発生した。
 次郎が訝しげに目を向けると、複数の生徒が携帯端末の画面を操作するクラスメイトを囲んでいた。彼らはうめき、自分たちの端末を開き出す。

「何だ?」

 端末に向かって耳をそばだてると、大音量に操作された携帯から、アナウンサーの緊迫した声が聞こえてきた。

『ただいまの時間は、報道センターより緊急ニュースをお伝えしております。先程午後三時、全国各地の巨大構造物のドーム天井部分が一斉に開き、内部よりそれぞれ数千から数万の巨大コウモリの群れが一斉に飛び出してきました。巨大コウモリの大群は、周辺にいた人々に次々と襲い掛かっています。現在ご覧頂いておりますのは、午後三時頃にビルから撮影された新宿御苑付近の映像です』
「うええぇっ!?」
「おいマジかっ!」

 掃除から戻ってきたクラスメイト達が、一斉に騒ぎ出した。
 発生時刻は七時間目の授業開始くらいで、既に随分と時間が経っている。授業を終えた教師達は職員室に戻っているが、今ごろは職員室も大騒ぎになっているだろう。
 次郎はひしめき合うクラスメイトの中に割り込み、開かれていた画面を覗き込んだ。
 するとそこには、大都市を行き交う数万の人々に向かって、コウモリの群れが津波のように押し寄せていく光景が映し出されていた。
 人々は四方八方に逃げようと右往左往しているが、飛行する蝙蝠の速度からは到底逃げ切れず、空から襲来する膨大な黒い影に飲み込まれていった。
 それはあたかも、地上を歩くアリの群れに子供が真上から熱湯を注ぐかのような、残忍かつ不可逆的な光景だった。

『今現地には木田記者がいます。木田さん』
『はい、こちら新宿よりお伝えします。新宿御苑の巨大構造物の天井部分が開いたのは午後三時丁度でした。天井ドーム部分の一部が突然消え、そこから巨大なコウモリが次々と飛び立ちました。ドームは一〇分間ほど開き、その後閉じました。その間に飛び立った数千から数万匹の巨大コウモリの群れは、付近を歩いていた市民に次々と襲い掛かりました…………』

 テレビの画面が再現映像から、現地リポーターに切り替わった。
 本来は別の取材をしていたであろう女性リポーターが、蒼白な顔のままマイクを握り報告を始めた。

『現地では巨大構造物を封鎖していた警察と自衛隊が銃を発砲して応戦していますが、コウモリは全く怯まず、今も人に向かって真っ直ぐ襲い掛かってきます。付近には警察・消防・自衛隊の緊急車両が続々と駆け付けていますが、混乱は一向に収まる気配がありません。発砲音はまるで工事現場のように、今も激しく鳴り続けています』
「これ、日本よね!?」
「うわぁ……」

 おそらく路肩にテレビ局の車を停車させて、その前方にカメラを置いて車道側から撮影しているのだろう。
 歩道側には、血塗れの子供を抱き抱える父親や、殆ど意識の無い男性を左右から抱えて運ぶサラリーマン、真っ赤な血が流れっぱなしの腕を抱えて逃げてくる子供の姿が映っていた。
 カメラが慌てて車道側にフレームの向きを変える。すると今度はパトライトを光らせた緊急車両が数秒ごとに走り抜けていき、反対車線からは暴走の勢いで逃げてくる車や救急車が映し出される。
 遠くからは、途切れる事の無い激しい銃声が響いており、その上空には今も黒い影が数百の群れを作って飛び回っていた。

『木田さん、発砲音はこちらにも聞こえてきていますが、そちらは大丈夫ですか?』
『はい。こちらは巨大構造物から東側にやや離れた新宿区四谷一丁目です。この先は警察が封鎖を始めており、一般車両は通れません。私たち報道陣はここまで避難するように指示されて移動してきました。この付近にはコウモリの姿はありません。ですが、この先の三丁目付近では、未だに人々が襲われています。倒れて動かない人も大勢居ました。ここからでも空を見上げれば、沢山のコウモリが飛び交う姿が確認できます』

 道端にはカッター並の鋭利な爪で身体を引き裂かれた血塗れの人が座り込んでおり、周囲の人が布を裂いて止血をしている。
 虎の如き牙で噛まれた人は重傷で、周囲が身振り手振りで救急車の一台を停車させて無理矢理押し込んでいる。
 遠くの空では黒い影が林立する新宿のビルの間を飛び交い、時折急降下しては何かを襲っているようだった。
 新宿区は、比喩では無く戦場と化している。
 ここまで大規模な戦闘が日本国内で繰り広げられるのは、太平洋戦争が行われたおよそ一〇〇年前以来だろうか。
 クラスメイト達は名状しがたい呻き声を上げ、次々と自身の携帯端末を開いてTV局の映像や様々な情報画面を開き、あるいは誰かの画面に見入っていた。

『コウモリは西側の新宿駅方面、北側の歌舞伎町方面、南側の明治神宮方面にも飛来しているという情報が入っています。危険ですので、巨大構造物の付近には絶対に近寄らず、近くに居る方は、直ちに、避難してください』
『木田さん、ありがとうございました。全国各地の巨大構造物周辺では、新宿と同様に巨大コウモリが人々を襲っているという情報が入っています。政府は午後四時三五分頃より緊急会見を行うと発表しました……』

 いつになく静かな教室に、TV放送の音声だけが嫌に大きく響き渡っていた。
 次郎はふと美也に視線を向けたが、視線の合った彼女から返ってきたのは自分も想定外で困惑しているという表情だった。
 新宿区には少ないとは言え、他国の大使館などもある。
 そして巨大コウモリの群れは、相手が日本人だろうと他国の大使だろうと構わず襲い掛かるだろう。
 もしも日本が、各国の大使と大使館を魔物から守れないとなれば、他国に介入の口実を与える事になる。
 今がどれだけ酷い状況なのか、そしてどれだけの被害が出るのか、次郎にはとても計り知れなかった。

「ねぇねぇ、キタムー。コウモリって強いの」
「あいつらは猫くらいのサイズだけど、爪がカッターよりも切れて、牙はそれより深く抉ってきて、警棒とかを口の中に突っ込まないと絶対に離さない」
「動物だと、どれくらい?」
「キレた中型犬と互角くらいヤバい」
「マジで。超ヤバいじゃん」

 周囲は、それぞれが思い浮かべられる中型犬のキレた姿を想像して戦慄していた。
 だが実際に北村が説明したとおり、新ダンジョンの巨大コウモリはチュートリアルダンジョンよりも遙かに強かった。
 非武装の小学生や女性では勝てそうに無く、コウモリの強さは平均的な人間を若干上回ると見積もれるだろうか。
 すなわち一万匹出現すれば、およそ一万人の人間と互角となる。

 新宿区には大勢の人が居て、武装した警察官や自衛隊も配置されており、近隣からは即座に増援も見込めるので負ける事は無いだろう。
 一方で山中市では、その様な結果は期待できない。
 なにしろ新宿駅には一日に数百万人の利用者が居るが、山中駅の利用者は一〇〇〇分の一しか居ないのだ。
 警察や自衛隊の配置も当然少なく、付近にも直ぐに駆け付けられそうな部隊の駐留地は無い。
 数千から数万のコウモリに対して、山中市が用意できる初動人員は百人くらいだろう。
 しかもコウモリは新宿のように四方へと飛んでいくので、田舎の山中市では東京以上に収拾が付かなくなるのは目に見えている。

 そして最悪な事に、駅から僅か一kmの距離には、恭也が入院している県立中央病院がある。
 それを思い浮かべた次郎は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

(魔物が逆侵攻して来るなんて。いや、ダンジョンを創った側が逆侵攻させたのか)

 ダンジョンの攻略特典を得た次郎は、ダンジョンを生み出した側が、ダンジョンに関して何らかのルールを設けていると考えていた。
 例えば『同じ階層には一種類の魔物しか出ない』点や、『ダンジョンの外には魔物が出ない』点など、明らかに不自然な部分がそれらにあたる。
 実際にチュートリアルダンジョンの時には、逆侵攻は一度も起らなかった。しかもそれは、次郎の家の敷地に限らず、四年以上の長期に渡っておそらく全国規模でだ。
 そのため次郎は、これからも最初のルールが続くと考えていた。
 そしてダンジョンを封鎖した政府側も、同様に思っていたのだろう。
 従来の感覚でダンジョンを外部から入れないように塞いで済ませた日本は、今まさに勘違いのツケを支払わされていた。

「コウモリって、俺たちの県でも出ているんだよな」
「山中市って、七村市からだと車で一時間半くらいだろ。ここまでは来ないと思うぞ」
「直線距離で何kmくらい?」
「確か、三五kmはあったと思う」
「コウモリが時速三五kmで飛んできたら、一時間で来るじゃん」
「直線でこんな田舎に来るわけ無いだろ。途中に市が三つくらい有るし、その間に人間が一杯居るじゃん」

 教室のざわめきは、緊急の職員会議を終えた担任が教室に来て『ホームルームは無し』と言うまで一向に収まらなかった。
 担任からは、『なるべく複数で早めに帰るように』と伝えられた。

 高校側が欲するのは、複数での早期帰宅を指示したという大義名分だろう。
 万が一にも巨大コウモリが生徒を襲ったとして、学校側が無為無策だったのと、生徒が指示に反して危険な行動を取ったのとでは、責任の所在が大きく異なる。
 全く以て市立高校らしい、見事なお役所仕事だった。

 これまで政府は、ダンジョン内での死者を発表していない。
 またテレビ局側も、人が死ぬ映像は流さないようにしている。
 それらの事情に加えて、七村市が巨大構造物から三五kmも離れている事や、相手が所詮はコウモリだという認識が周囲にあった。
 そのため教師側も、何とも中途半端な指示を出していた。

 危機感が薄いのは生徒達も同様で、コウモリが出て危ないから帰れと言われても、素直に従う高校生は半数くらいだった。
 それは成績が優秀とされる一組や二組であろうとも、例外では無い。

「愛菜美、駅前のクレープ屋に寄ろうぜ」
「キタムー、奢ってー」
「マジか」

 二組の塚原愛菜美が鞄を持って一組までやって来たのを見た北村は、担任の指示を真っ先に破った。
 おそらく高校の周囲にある軽食店やカラオケ店を見て回れば、制服を着た多くの生徒が仲間達と共に過ごしている光景が見られるのではないだろうか。
 もしかするとこれでは教師側が指示を出さなかった時と、生徒全体の平均帰宅時間はあまり変わらないのではないだろうか。

「今日は部活無しにするね。お兄ちゃん達にはボクからメールするし、ともみんには伝えておくから、美也っちとジローくんも、ちゃんと帰るんだよ」
「うい」

 はたして次郎の所属する図書文芸部は、至極真っ当な指示を出した。
 次郎が頷くのを見た絵理は、三組の方へと歩いて行く。
 図書文芸部は三年生が受験のため引退気味で、次期部長の絵理が一年生に伝達すれば部活は休部に出来る。
 少人数の文化部ならではのフットワークの軽さで帰宅許可が出たが、次郎は素直に家路には就かなかった。

「……美也、部室に行くぞ」
「帰らないの?」
「部室で情報収集。あの部屋は高速回線のパソコンが大量に置いてあるからな」
「ふぇ」

 次郎は美也の手を掴んで強引に引き寄せると、柳の木の一部が生暖かい目で見守る中、足早に教室から飛び出した。
 各教室が一斉に解散となった廊下は、思い思いに移動する生徒達で、朝の駅のように混雑していた。
 次郎は圧倒的な身体能力で人混みを素早く潜り抜けていくと、先に玄関の下駄箱から外履きを回収し、部室がある図書室まで一投足で移動した。
 普段であれば、図書室には誰かしら居る。
 だが解散が通達された直後である今は、流石に誰の姿も見当たらなかった。そして『動かざる事、山の如し』の顧問の大林先生も、職員会議なのか管理室に不在だった。
 次郎は図書室から繋がる部室に入ると、自分の定位置になっている机の上に鞄を置いて、イスに座った。
 その隣に美也が座ると、パソコンの電源は付けないままに向き合って淡々と告げる。

「ちょっとだけ、人助けに行ってくるわ」

 それは普段の次郎たちの行動原理からは、対極に位置する宣言だった。
 ダンジョンで得られる力や魔法、攻略特典は、現代はおろか近未来の人類の技術力ですら手に届かないほど大きくて異常なものだ。日本ならずとも、国家が徹底して隠蔽するのは当然の代物である。
 ダンジョンが数多有る中で、希少性に若干の疑問符が付くとは言え、その力の一端を手にした二人の存在が露見すれば、政府の手が伸びてくる事は殆ど疑いない。
 それにも拘わらず、おそらく全ダンジョンを封鎖した政府に責任があるであろう今回の魔物逆侵攻に際して、次郎が正体の露見するリスクを背負ってまで人助けに赴く理由が、美也には分からなかった。
 そのため訝しげな表情で真意が問われたのは、むしろ当然の事だっただろう。

「力を知られると、すごく困るよね」
「絶対にバレないように顔を隠すからさ」
「制服だし、絶対にバレるよ」
「それなら服装も変える。美也の転移で、俺の部屋まで跳んでくれ。俺は変装してから現地に転移して、適当に人助けをしたら帰ってくる。美也は俺の部屋からもう一度跳んで、家に帰ってくれ」

 二人はチュートリアルダンジョンを攻略した際に、総合評価Sの攻略特典で転移能力を得ている。これは一日二回、地球の裏側であろうと重量四〇〇kgまでであれば一瞬で移動できる規格外な力だ。
 その能力を用いれば、駅のカメラなど様々な場所に移動の足跡を残さず、任意の場所へ自在に赴く事が出来る。

「それでも次郎くんの力で魔物を倒して回ったら、レベルを上げた民間人がいるって知られて、私たちの県のダンジョンが四七都道府県で優先的に調べられるよ。助けに行くなら、他の県の方がダンジョン攻略の足を引っ張らないかも」
「いや、うちの県に行かないと」
「どうして行くのか説明して」

 人助けをしに行く理由の説明が避けられている事に気付いた美也は、端的に真意を問い質した。
 理由を告げなければ絶対に協力しないという幼馴染み態度を察した次郎は、渋々と本心を語る。

「今、恭也さんが県立中央病院に入院中。病院とダンジョンは一kmくらいで、コウモリが飛んで来る距離。あいつらは人に襲い掛かるから、窓とか破りそうじゃん。恭也さん、最上階の角部屋で一番危険だし、ちょっとフォローに行こうかと思って」

 次郎が危惧するのは、病院がコウモリに襲われて恭也が死ぬ事だった。
 最優先するのは自身と美也であり、そのためには他者を見捨てる事も厭わないが、恭也の存在は他から僅かに例外に位置している。
 それに恭也が魔物に襲われて死ねば、骨髄移植のドナーになる事を我慢した美也の行為が無意味になる点も気に食わない。
 さらに恭也が死亡した場合には、美也の親権を失って接近も禁止されているとは言え、あの元両親達が遺伝的に唯一の子供となった美也にあの手この手で干渉してこないとも限らない。相手は借金を抱えて精神的に追い詰められており、次郎が介する一般的な常識が通じない。
 そのため次郎は、以前から世話になっている先輩であり、美也の環境や精神衛生という面においても、恭也には生きていて貰いたいと考えている。
 はたして次郎の意図を酌み取った美也の回答は、否だった。

「嫌かな」
「嫌って、何がだ」
「転移で協力するの。物凄く嫌かな」
「そんなに嫌か?」
「うん。すごーく、すごーくね。でも仕方がないから協力するよ」
「…………ドウモ、アリガトウ」

 次郎は梅干しを口に含んだような渋面で応えたが、美也は眉をハの字に下げながら付け加えた。

「一つ貸しだからね」

 激しい拒否反応からは、極力関わりたくないという強い意志が如実に表われていた。
 付き合いの長い美也には、次郎の考えている事は大抵見え透いている。だがそれでも、感情面では元家族の救出を受け入れがたいのだ。
 それは、精神的なアレルギーの一種であろう。
 一方で次郎も美也の事を理解しており、敢えて意志に反した。
 二人の間では、お互いに譲れない状況で美也が渋々と折れ、その分を一つ貸しにしたのである。

 次郎は致し方が無いとばかりに条件を受け入れて頷き、美也の転移に便乗すべく手を伸ばした。
 美也がその手を握った直後、二人の姿が瞬時に消え失せる。
 そして静寂が戻った図書室の入り口では、二人が図書室に向かったと聞いて様子を見に来た絵理が、呆然と立ち尽くしていた。
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