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日本にダンジョンが現れた!  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第一巻 日本にダンジョンが現れた
10/74

10話 突入

 季節はあっという間に巡り、中学三年生の夏休みが訪れた。

 これでも受験生に属する次郎は、洞窟探索を休日のみにする自主ルールを設けた。

 目標を定める際、『高く設定して不断の努力で推し進める』か、『程々の設定をして着実に履行する』か、『低く設定して安易に到達する』かの三種類があるが、次郎は三番目を選択した次第である。

 達成できない目標を立てるよりは、マシだろう。

 月に十日の探索に加え、春休み、ゴールデンウィークが立て続いた結果、次郎達のレベルは大いに上がっているが、それでも毎日潜っていた以前に比べれば自己コントロールが出来ている。

 これで世間の受験生並に真面目に勉強しているのかと問われれば、当然ながら首を傾げざるを得ないが、洞窟依存症の自己抑制は図れたため、趣味と勉強が両立できていると言えない事もない。

 問題は、どの程度の水準で勉強と趣味が両立できているのかだ。

 比較が容易な勉学では、一年前にライバルであった中川の墓を建立して以降、次郎はクラスメイト一八人中六番以内を維持している。

 これは本人の功績では無く、家庭教師役を担う美也が、次郎個人に合った教え方をしているからだ。懸念された夏休みの宿題も、美也の協力によって七月中に全てを終えており、それらの結果だけ見れば、勉学は上手くいっているのだろう。

 そのおかげで次郎は誰憚ることなく、洞窟探索に勤しめている。


 なお洞窟探索に関しては、辛うじて「可」に届く程度だ。

 それは洞窟探索をしているのが、二人という少人数である事に起因する。

 この人数では複数のグループに分かれて互いに未踏破部分の地図を埋めたり、戦闘ごとにメンバー入れ替えて体力の温存を図ったりするのは無理だ。

 二人で可能なのは戦闘時の役割分担くらいで、次郎が物理で殴り、美也が魔法で薙ぎ払う形に落ち着いている。

 そのため二人のボーナスポイントは、それぞれの役割に特化した形で割り振られている。


 堂下次郎 レベル三二 BP〇

 体力六 魔力六 攻撃五 防御五 敏捷五

 火一 風一 水一 土五 光一 闇一


 地家美也 レベル二七 BP〇

 体力三 魔力八 攻撃三 防御三 敏捷三

 火四 風三 水一 土一 光三 闇〇


 ここまでレベルを上げた理由の最たるは、自分の身を守るためだ。

 魔物は群れを成しており、前衛と後衛が一人ずつの次郎達では、広い空間で二方向以上から同時に攻められると必ず討ち漏らしが出る。そのため後衛にも、それなりのレベルが必要だった。


 魔物に対抗できるレベルに関して、二人は「生息している階と同レベル程度が必要」だと見積もっている。

 つまり地下一階の巨大コウモリに対しては、レベル一の強さ。地下二階の巨大タマヤスデに対しては、レベル二の強さが必要という事だ。

 次郎は巨大コウモリに対して、レベル〇の時にはナタを数十回振るった一方、レベル一ではさほど苦労せずに倒せた。

 以降も同じような感覚だったため、現在の次郎は三二階相当の魔物を倒せて、美也は二七階相当の魔物を倒せると考えた。

 そんな二人が潜るのは概ね地下五階で、一番深く潜る時でも地下十階までだ。

 これほど大きな能力差ならば、大失敗をしても強引に切り抜けられる。二人は夏休みに入るまで、安全確保のために浅層でのレベル上げに勤しんできた。

 だが代わり映えしないレベル上げには、流石に次郎の飽きが来ていた。

 レベルが上がって力が上昇するという目に見える恩恵が無ければ、とっくに根を上げていただろう。


「いい加減に飽きた。もう一〇階は踏破するぞ」

「うん。ここまで上がれば、安全確保は充分かな」


 こうして本格的な受験シーズンが到来する前に集大成を求める次郎は、美也の同意を取り付けて一〇階突破を目標に定めた。

 一〇階の魔物は中型犬くらいの大きさの真っ黒なカマキリ達だが、レベル三〇台に上がった次郎達の敵では無い。

 両者は「普通の人間」対「子猫」くらいの力量差で、噛み付いてくるカマキリを千切っては投げ、千切っては投げする無双振りが発揮できた。


「うーん。魔物の強さは大丈夫だけど、どうして無茶をしたの?」

「無茶って?」

「朝四時の出発」

「ああ、そっちか」


 美也が指摘したのは、時間についてだった。

 この洞窟の各階層は、七村市が丸ごと収まる程に広い。

 さらに魔物も多数生息しているため、下層へ降りるにはそれなりの時間が掛かる。

 次郎達はレベルが上がった事で、移動速度が跳ね上がっている。それに付随して、洞窟内の道順や、魔物の分布も概ね把握した。それでも移動時間の短縮には、限界がある。

 現在は最深記録と並ぶ地下一〇階まで潜っているが、ここまでに片道六時間を費やしている。今すぐに引き返しても、往復で一二時間が掛かる計算だ。


 次郎は成績が上がった結果として、いつ帰宅しても母親から何も言われなくなった。

 成績が落ちないなら口出しの必要が無いし、男の子なら多少のやんちゃには目をつぶるという判断のようである。空手でメダリストな母親の許容するやんちゃの範囲が何処までなのかは不明であるが、とりあえず次郎は自由の身だ。

 しかし女子である美也の帰宅時間は、成績に限らず常識的な範囲に収めなければならないと次郎は考える。それは美也を引き取った祖母の立場を悪くしないためであり、ひいては美也自身のためでもあった。

 そのため次郎は「朝釣り」を言い訳に使わせ、深夜四時に家を出させた次第だ。


「無理だったか?」

「お婆ちゃんは何も言わなかったけど、魚釣りは嘘だって分かっていると思うよ」

「うわ、マジか。深入りする日は、中川と北村が釣りをする日に合わせているのに」


 いわゆる計画的犯行である。

 さらに釣れた魚の一部を分けてもらうなど、小細工も欠かしていない。

 もっとも呆気なく露見していては、まるで意味が無いが。


「なんでバレていると分かったんだ?」


 恐る恐る聞く次郎に、美也は眉を八の字に下げながら答える。


「誰と行くのかを聞かれて、次郎くんと二人だって答えたらお小遣いをくれたんだけど」

「ふむふむ、それで?」

「貰った金額が五千円」

「あー」


 中学生が釣りへ行く時に、五千円をくれる保護者は少ないのでは無いだろうか。


「それと……」

「まだ何かあるのか?」

「部活に行くような服は止めておいたらって」

「おおう」


 どうやら美也の祖母は、二人がデートしているのだと勘違いしたようである。

 次郎はしばし考え、誤解されたままでも良いかと開き直った。

 洞窟探索に美也を付き合わせているのは事実であるし、そういった真っ当な理由だと思って貰った方が、洞窟を探索する上で何かと都合も良い。


「それで次郎くんが一〇階に拘るのには、何か理由があるの?」

「ああ、一〇階って、一つの区切りだろう?」

「レベルが一〇進法だから、これを作った相手にとっても区切りかもしれないね」


 実際には一〇進法までは考えていなかった次郎は、顔を若干引き攣らせながらも内心の焦りを表に出さないように頷きつつ、自らの願望を語る。


「つまり俺が考えているのは、区切りの後に洞窟の中が変わるかも知れないって事だ。具体的には、宝箱が出てくるようになるとか」

「宝箱?」

「そうだよ。なんでレベルがあるのに、これまで宝箱が出て来ないんだ。武器とか回復薬とか、色々あっても良いじゃ無いか」


 次郎の後ろから追走する美也には、前方を走る次郎の表情は窺えなかった。それでも次郎の性格上、高い割合で本音が混じっているのだと理解する。

 これまでの探索では、経験値の元になる石しか得られていない。

 地下一階から八階までは緑色・土色・赤色・水色の石が二巡しており、九階の巨大ゲンジボタルが白色、一〇階の巨大カマキリが黒色を体内に持っていた。

 これは美也たちのステータスに表記される、風・土・火・水・光・闇に当て嵌まるように思わる。

 しかし、石の用途に関しては、レベル上げ以外には思い付かない。倒した者にしかレベル上昇などの恩恵がない事は検証済みであり、他者に売れるとは思えなかった。


 つまり次郎達は、このままではどれだけ潜っても収支がマイナスのままなのだ。

 魔法や力の上昇には大きなメリットが有るが、それだけではお金にならない。コンビニでアルバイトでもした方が、まだ食い繋げる。

 そんな中、洞窟内で石以外に得られるものが出れば、探索にも光明が差すはずだ。


「仮に宝箱が出ても、換金は難しいと思うよ」

「そうか?」

「そうだよ。例えば金塊が出てきたら、どうする?」

「リサイクルショップとかに売る」

「それには身分証が必要だし、未成年なら保護者の同意書も必要だし、そもそも金塊が自分のものだと証明しろと言われたら出来る?」

「うちの敷地内で拾ったとか」

「地権者は次郎くんのお爺さんだから、次郎くんの所有物としては売れないよ」

「…………ぐぬぬ」


 販売までの高い道のりにショックを受けた次郎は、ガックリと肩を落とした。

 美也の指摘に、貴金属の種類や大小は関係ない。自宅の敷地内に落ちているカラフルな石を拾い、私的に使っている分には良いが、売るとなると途端にハードルが跳ね上がる。

 ちなみに武器を持っていれば銃刀法違反であり、回復薬を持っていれば何処で手に入れたのかと調べ上げられるだろう。

 それらを回避するためには、洞窟が日本政府から正式に認められ、次郎が正規に入れるようになり、かつ取得物の所有権が取得者に帰すようにならなければならない。


「どこかに隠しておいて、いつか売りに出すとか……」

「それには、少しだけ時間が掛かるかも?」


 日本で最初に不自然な地割れが見つかったのは、今から二年三ヵ月前。

 情報が入り乱れる現代社会において、全国数十カ所の洞窟を秘匿し続けるのは困難なはずだ。

 しかし、これだけ長期間に渡って秘密が守られている以上、上手く秘匿できてしまったと解するしか無い。であれば現状は、これからも暫くは持続するだろう。

 従って、次郎の活動が公に認められる可能性は、近々にはかなり低かった。


「最初の洞窟が出た時に、上手く隠したのかなぁ」

「うん。それと見つかるたびに壁とかで塞いで、封鎖している警察官にも詳しい話は伝えなかったのかも」

「その有能振りは、七村市の役人には不可能だな」


 洞窟を隠蔽する側にとって都合が良かったのは、発見された場所が僻地ばかりであり、かつコウモリが日本には自然に生息していたという二点だ。

 いくらコウモリの大きさや強さに違和感があっても、それだけでは決定的な証拠とは成り得ない。ステータスも他人には見えず、写真にも撮れなかった。

 こうなると問題は、魔法の発現が可能になった次郎達のようなごく一部の例外だけだ。

 もしも次郎達がネットなどで公表を試みたなら、隠している側の行政はどう動くだろう。

 最初はネット投稿がCGで再現可能だと反論し、次郎がアクセスできないように手配してから反論が無いので逃げたと言うかもしれない

 次郎に対する懐柔も、同時に試みられるだろう。

 そして懐柔が失敗すれば脅し、それでも駄目なら実力行使を行う。そうして、次の投稿が無いからアレは嘘だったとでも言うだろうか。

 そのような想像をする次郎の側からすれば、わざわざ洞窟を世間に公表して自らのアドバンテージを失おうとは思わない。

 つまり次郎達のような例外は、よほど行動的な馬鹿でも無い限り、自ら公表はしないのだ。

 そして今のところ日本に、よほど行動的な馬鹿は居ないようである。


「換金は、一先ず保留する。あるのかも分からないし」

「そうだね。それに宝箱を気にするなら、ボスとかにも気を付けないと駄目だよ。ここまで日本のゲームに似せているなら、可能性はあるよ」

「ボスか」

「うん。洞窟には魔物の数が多いから、大人数用の凄く強いボスが居るかもしれないよ。今のレベルなら心配ないと思うけど、一応気を付けてね」

「了解」


 次郎は美也の説明に納得しかけ、新たな空間に一歩踏み込んでから首を大きく横に振った。


「……どうしたの?」


 次郎に追いついた美也が、肩越しに前方を覗き込む。

 すると火魔法に照らし出された空間には、目を疑うような草原が広がっていた。

 草自体は、単なるイネ科の雑草だ。

 牧草にもなる有り触れたグラス類で、丈は二人の脚のふくらはぎくらいまで伸びている。細かい品種までは分からなかったものの、日本にも生えている品種で物珍しさは無い。

 訝しがる最大の理由は、草の色にあった。

 地を埋める草の全てが、まるで墨汁に漬け込んだかのように、一本残らず真っ黒に染まっていたのだ。


 吹くはずの無い風に凪がれて、黒い草原が波立っている。

 そんな風に舞い上げられて飛ばされた黒い光が、次郎達の前方に巨大な渦を次々と生み出し始めた。


「ボスの想像は正解っぽいな。美也、通路まで下がれ」


 次郎たちは渦に向かい合ったまま、後ずさりを始めた。

 直後、後退が不可能だと知る。


「次郎くん、通路が消えてるよ!」


 慌てて振り返った次郎が目にしたのは、通路があった場所を完全に埋めている壁だった。

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