浦園 亜理子の最期
「王、マグナ王!」
ファル、ルーガの命令で王の協力を仰ぐ事となったラーフ。飛び込むように部屋に入った彼だったが、その存在を認めた兵士達によって行く手を阻まれる。
彼等の背後では目的である王が、頭を抑えながら座っていた。
「貴様は……」
「ファル隊長……子供冒険者の部下っす」
「そうか……」
ラーフの返答に安堵の溜息を吐いて軽く腕を上げた王。すると進路を塞いでいた兵士達が横に逸れ、その場に跪いた。
一歩でも踏み込んだら剣の間合いなのに、警戒しなくて良いんすか? と思いながらも王の前で片膝を着いた。
「ファル隊長の命令で参ったっす」
「……何が起きているのだ?」
気分が悪いのか顔色の優れない王の質問に淀み無く答えるラーフ。
……実際は彼自身も現在の状況に理解が追い付いていない状態ではあるのだが。
「操られてたんす、ナフールっつう奴に」
「……子供冒険者からも聞いたが、本当にあの男が?」
操作される直前にファルから聞いていて心得ていたのか、驚きこそしなかったが衝撃を受けた様子の王。
王宮魔術師がいたのだぞ……と呟く王の様子から、ナフールとの関連性を確信したラーフ。
「今は王のとこのアリスを使ってとんでもねぇ事をしてるんすけど、見てもらった方が早ぇっすね」
ご同行願いてぇっす。と立ち上がったラーフの後に、兵士の肩を借りながら立ち上がって続く王。
「なっ……あれは!?」
王は、目の前に広がる光景に瞬きすら忘れる程の衝撃を覚えた。
魔術師数人でようやく制御できるだろう強大な魔法を連発する巨大な人形、そしてその攻撃を全て見えない壁を用いて防ぐ女性。
子供冒険者は人形の腕を伝って肩、頭と次々に移動をしつつ剣で斬りつける。
その人形の足元には赤や黒の模様が描かれた紙のような兵士が蔓延っており、それらを漆黒の服を身に付ける少女……アシュトルスの女王や『木っ端微塵』の一人である女冒険者、二人の兵士が次々と消滅させていく。
「えーと……ベクトリールが送ってきたスライムを使ってあんな姿になってるんすよ。アリスのスキルを使ってね」
同じくフリーズしていたラーフが我に返ったのか王にそう説明した。
「……なんだと? しかしあの姿は……私が知らぬ間に何が?」
「もう少し詳しく説明してぇ所っすけども、あれを見て今の状況を理解してほしいっす」
本当は説明も糞も無ぇんすけどね……とは絶対に口に出さなかったラーフ。
説明が欲しいのは彼も同じなのである。
「……私は何をすれば良いのだ?」
目の前で繰り広げられている光景に、ある程度の状況とラーフが訪れた理由を察したのだろう。王が表情を変えてそう聞いてきた。
流石は王族、理解が早くて助かるっす。と心の中で呟いたラーフはファルに言われた事をなぞるように口にした。
「今からベクトリール軍を閉じ込めてる場所に行って兵士達を避難させるんで、暴走する兵士が現れないように説得してほしいっす」
「成る程、それは王である私の役割だな。引き受けた」
間髪入れずにそう了承する王は、背後で口をぱくぱくさせながら戦闘を見ている兵士達を、一声掛けて現実に引き戻した。
「んじゃ、転移で案内しますんで、ちゃんと付いてきて下さいっす」
ラーフは兵士にそう言うと、転移する細かい座標を口にしながら転移魔法を使用した。
――数十年前……とある人物の話をしよう。
あるところに男と、心を患った女がいた。
そして二人の間には子供がいた。亜理子という少女である。
母親は生まれつき感情を操作できない人間であったが、生まれた娘には目一杯の愛情を……歪んだ愛情を注ぎ込んでいた。
「いい? お外は危ない事が沢山あるの。絶対に私の目の届かない所には行かないでね?」と部屋からは一歩も外へ出さず、娘が言い付けを守らないと怒鳴り、殴り、『お仕置き』をする。
――当の本人は良かれと思っての行動なんだろうな。
「痛いね、辛いね、けれど我慢するのよ。私は亜理子ちゃんの為を思っているのよ? だから」
今度はやめようね。
椅子に縛られ、画鋲で腕や足を刺されながら言われるその言葉。
その言葉を心の中にある壁に画鋲で刺して、忘れないように何度も反芻をする。亜理子はそのようにして『母の教え』を受け取っていた。
そんな亜理子が人間でいられたのは、『パパ』という存在がいたからこそだろう。
日本と海外の行ったり来たりを繰り返す父親は、それこそ年に数十回程しか家に帰ってはこないが、いえ家に帰っている間は亜理子へ、ありったけの愛情を注いでいた。
……父親は、妻に実の娘が虐待されている事を露程も知らないのだ。
パパがいるとき、母は上機嫌だ。自身に優しくしてくれる。楽しいものを買ってくれる。面白い話を聞かせてくれる……。
「僕のいない間、しっかりと僕の分も亜理子を可愛がるんだよ」
そう言って妻を抱き寄せる父親は、次に亜理子に、
「亜理子も、しっかりとお母さんの言うことはしっかりと守るんだよ」
家を出るときは、いつも亜理子と母にそう言って玄関を出る。
好きなパパの為に、亜理子は母の言い付けを守った。たまに守れず『お仕置き』されることもあったけれど。
そして大きく運命が変わる時が訪れた。
それは父が数ヶ月振りに帰る日の事、父が亡くなったという知らせが届いた。
父が乗る飛行機が墜落したのだ。
その時からだろうか、母の人間としての心は氷のように砕け散り、娘という存在の中に解けて消え去った。人として壊れたのだ。
「お腹が空いた? 亜理子ちゃんは一昨日食べたじゃないの。そんな我が儘を言う子には『指導』が必要かしら?」
事あるごとに『お仕置き』とはまた違う、『指導』という名の拷問を与えるようになった母。
『指導』を行う理由や方法は様々だが、どれもが全て「あなたのせいであの人が……」「あの人が死んだのはあなたのせい」という、理不尽な怒りの下に行われてきたのだ。
――抑えきれない全部を娘にぶつけてたんだろうな、
(……死んだって何だろう)
死というものを知らない程に幼かった亜理子は、熱せられたフライパンを肌に押し付けられながら……椅子に縛り付けられた状態で三日間放置されながらそんな事を考えていた。
それよりもパパは? いつ戻ってくるの?
絶対に戻らない父親をただひたすら待ち続ける亜理子。この時、彼女は九歳という幼さを生きていた。
そんな彼女の人生二度目の分岐点は、十一歳の誕生日を迎える前夜の事 であった。
誕生日なんてものがなんら特別なものではない彼女は、その日も普段通り『指導』を受けていた。
「死んだのはあなたじゃなくてあの人……あの人が死ぬ必要なんて無かったのに」
今日もいつもとおなじ、熱い針に刺されて痛い。またパパが死んだって言ってる。
「……死ぬってなんだろう?」
心の中で呟いたつもりだったその声は、無意識の内に言葉として口から発せられていた。
と、その肌に押し付けられていた針が突然その身から離れた。母親が下に落としたのだ。
どうしたんだろう、と顔を上げた亜理子は、冷たい程に無表情な母親を見て小さく悲鳴を上げた。
それは亜理子が初めて味わった恐怖であり、初めて見た母の顔をもだったからだ。
「……死ってものはね、人が二度と帰ってこないことなのよ。そうだ――」
――あなたも、一度死んでみたら分かるんじゃないかしら?
そう言って優しく笑みを浮かべた母は台所へ行き、鈍く輝く包丁を手に取って恐怖で動けない亜理子に突きつけた。
それを見た亜理子は、本能的な何かを察した。二度と戻れないものを感じたのだ。
――……それから何が起きたかは割愛しようか。
気付くと、赤い血溜めの中心に母親が倒れていた。
母親の瞳には既に光が消えており、虚ろな表情でピクリとも動かない。
あぁ……死ぬって、こういうことなんだ。
右手に握っている赤く染まった包丁を見つめて『死』を学んだ亜理子。
この日から、彼女の中の時間は止まった。
その後様々な過程の後、精神病院へと送られた彼女であったが、成長をする事を止めた彼女はそこから数十年の時を何をすることも無く、ただ空白の中をさ迷っていた。
しかし、そんな彼女の人生を変える……第三の出来事が起こった。
マグナの使用した『召喚』だ。
『――これで成功だ』
『成功? 女だぞ?』
『スキルを見れば分かる事だ』
眩しさに目を閉じていた彼女がゆっくりと目を開けるとそこには見知らぬ姿の男、初めて聞く言語……しかし、それら以上に彼女を驚愕させるものがそこにはあった。
「……パパ?」
見間違える筈が無い。死んだ父親と瓜二つの人物がそこにはいたのだ。
【称号『主と従【隷】』を入手しました。ユニークスキル『夜妖精の悪戯』を入手しました】
なにか変な声が聞こえてきたけれど、今はそんな事どうでもいい。
「……ユニークスキル持ち、どうやらナフール殿の発言は事実のようですな」
当然だ。と返す男は既に眼中に無く、その後ろのマグナから目を離せない亜理子は、気付くと涙を流していた。
「パパ……!」
生きてたんだ、というのを掠れた声で続けた亜理子。
「ぱぱ? それは何かの名称なのか?」
「パパはパパ……こんなところにいたのね……!」
初めて聞く単語に首を傾げているマグナは、『パパ』を何かの役割だと受け取り、亜理子の顔を覗きながら喋る。
「ふむ……まぁいいだろう。今からお前は私の下で存分にその力を役立てろ」
こうして浦園 亜理子はベクトリールの兵器として敬愛するパパの為、新たな時を刻みだしたのだ。
――……とまぁこんな事があって今、ナフールとかいう男に魂を統合されて意思は消滅した訳だ。生い立ちから最期まで悲しい人間だったな。
頬杖を付きながら、物思いに耽るように漆黒の空を見上げる男。
「何話してるんだ?」
――ん、ちょっとある人物のな。
全く……と溜息を溢す別の男は、頬杖を付いている男の前に立って腕を組んだ。
「……今は『奴』を探し出すのが先だろ」
――分かってるって。
気だるそうにそう答えた男は立ち上がり、腕を振るって空の漆黒を消し去った。
――もうちょい観戦したかったけど、やるべき事だけ終わらせるかなっと。




