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ライム救出作戦

投稿遅れて申し訳ございません。

  ――っ! 此処は……。


  気が付くと、俺は見慣れた空間で倒れていた。

  俺はすぐさまディメアのいる『心の中』を連想したのだが、この空間は地平線のように広がり、重力の概念があり、俺の知っている所とは似て非なる場所であった。


  ――死んだ、訳では無いんだよな。


  貫かれた筈の胸を確認したが、特にこれといった異常は見当たらない。

  一瞬だけ「あの世に逝ってしまったのかな?」とも思ったが、見上げた先に映る景色から、ここが心の中である事を確信した。

  この状況に至るまでの記憶が一切無いが、どうやらルシアが上手くやってくれたらしい。どうやってあの状況から接近して自分(ルシア)を突き刺したのかは知らないが……。


  ――まぁ何であれここまでたどり着いたんだ。すぐ行くぞ、ライム。


  俺は道なき道、無限に広がる平地を進んでいく。







  ――あいつは。


『子供冒険者……この魔物が動かなくなったのでおかしいとは思ってましたが、いやはやまさかお前がここまで来るとは思いもしなかった』


  強い魔力を追ってここまできた俺は、中空を見上げてブツブツと呟いている男を発見した。ローブのせいで顔は分からないが、この男がライムを操っていたのだろう。


『流石は『神の胃袋』の名を持つ魔物、操られて尚抵抗するだけの力を持っている』


  突然妙な単語を使ってきた男。


  ――神の胃袋?


『このスライムの異名ですよ』


  そして男が指を鳴らすと、ライム……終焉粘性魔物(オメガスライム)の記憶(だと思われる)の映像が映し出される。





  竜を食らい魔物を食らい、あらゆる攻撃にも果てる事無く、目につく生物をただ食らう……。

  これが……ライム。





『偶然にも我が国に出現した時には我々も終わりを覚悟しましたよ。しかし我々ベクトリールは『英雄』のお力で絶大な……それこそ『炎魔帝』に匹敵する力を得た』


  俺が軽い放心状態から帰ってくると、そんな話をし始めた。

  またもよく分からない単語が出てきたが、力を得たという事はライムを道具として使っていこうと考えているのだろう。


  次の瞬間、俺は男の顔面を殴って吹っ飛ばしていた。

  ライムの過去がどうだったとか関係無く、純粋にこいつが許せなかったからだ。


  しかし、俺の攻撃が男に当たって吹っ飛ぶも、男にはダメージが見られない。


『この場所は精神世界、本来ならスライムの支配する空間ですが、『英雄』によって精神を縛られている今、私がこのスライムこの空間を支配しているつまりっ! この空間で私への攻撃は無意味です!』


  英雄……亜理子の事だろう。

  一息に喋ったせいか、なんか後半テンパってしまっているが、つまり『この空間にいる限りこの男にダメージを与えるのは不可能』という事だろう。

  ……え? ちょっと待って、それって俺が死ぬの確実じゃね?


『この空間では現在私が最上位、つまりは私の攻撃はお前に有効、そしてこの空間で死んだ者はイコール精神が死ぬという事、つまりここでお前を殺せば現実のお前は『魂の消えた抜け殻』となるのです!』


  少しずつテンションが上がっていく男に内心引きながらも、打開策を模索する俺。

  普段なら策無しで突撃しても何とかなったが、こんな勝ち目のない戦いでは


『お前がこのスライムを支配しようと直接入り込んだのが運の尽き、『出口』は封じさせてもらいましたよ』


  ――それは良かった。ライムを元に戻さない限り出ないつもりだったから、俺的にはかえって好都合だよ


  反射的にそんな事を言ってしまったが、ぶっちゃけ逃げる以外に生き残る方法が浮かばない。


『そんな強気がどこまで持つのか、楽しみですねぇ!』








(思った以上……というか異常)


  技能(スキル)や魔法が使えない素の力そのままで、身体能力を最大限まで強化させて技能(スキル)も魔法を無限使用可能なチート野郎を倒そうとか考えた奴誰だよ……勝負にすらならないっての。


『遊んであげるのもそろそろ辞めましょう』


  男の右腕から高密度の魔力が漏れ出ているのが分かる。確実に範囲殲滅魔法だろう。

  何とかして時間を稼がなきゃな。


  ――ライムの魂は生きてるのか?


『ふっ、どうせ死ぬのだから教えてあげましょう』


  そう言って魔法の詠唱を中断した男は、ある方向を指差した。目を凝らしてその方向を見ると、透明な結晶がそこにはあった。あの中にライムがいるのだろう。


『スライムの魂はあそこに縛られている。『英雄』の力で私にも解除はできない』


  この男がどの程度の実力なのかは知らないが、少なくとも技能(スキル)が使えない今の俺ではライムを助ける事は無理だろう。だが、


  ――……成る程、それを何とかすれば!ライムは解放されるのか。


  今はライムの無事が分かればいい。頑張れば何とかなるかもしれない、何とかしてやる。


『残念ですがそれは不可能だ。たった今言った事だが、私ですら解除する事ができないのだから。そしてそれ以前の話として、私はお前をこのスライムに触れる前に殺す!』


  ――ッ!? っは……!


  バッ! と距離を詰めてきた男が俺の腹目掛けて容赦ない蹴りを放ってきた。

  ミシミシと骨が軋み、一瞬息が止まる(魂なので呼吸はしてないのだが)。


『子供冒険者、技能(スキル)が使えない今、文字通りただの子供であるお前を殺す! 残ったお前の抜け殻は我々ベクトリールが回収して使ってあげましょう!』


  既に勝ち誇っているせいかテンション高めで俺をなぶる男。大怪我にならないレベルで俺に蹴る殴るを続けるので相当質が悪い。


  ――ぐっ……ざ、っけんな!


  顔面に飛んでくる拳を避ける事だけを考えていた俺。すると、どういう訳か全身に電気が流れて一瞬だけ男を上回る速度で反撃したのだ。


『おおっ、今の私の速度に付いていけるとは……しかし甘い、私にダメージが入らないのを忘れた訳では無いのだろう?』


(……今、一瞬だけど技能(スキル)が使えた)


  そう、無意識だったが【電光石火】が発動したのだ。


『しかし、まぐれ当たりでいい気になっていては……何?』


  再び男の蹴りを避けてカウンターでぶっ飛ばした俺。


(まただ。あいつが攻撃してきた時だけ(・・)技能(スキル)が発動する……もしかして)


『何故今の攻撃が回避できたのです? お前は技能(スキル)が使えない筈』


  ――ど、龍人(ドラゴニュート)は動体視力が良いんだよ。


  変に悟られないように何とか誤魔化した俺は、男が攻撃してきた一瞬だけなら技能(スキル)が使用できると仮定して新たな作戦を練った。

  ……いやまぁ俺からしたら作戦も糞もないんだけどね。


『龍人? その角は飾りでは無かったのか?』


  技能(スキル)や魔法を封じられた事によって『変化(チェンジ)』が強制的に切れ、今の俺には小さな角と尻尾が生えている状態なのである。

  そんな本来の姿の俺を見て、男は訝しげに目を細めた。


(大怪我は確実だけど、やるか)


  男は全力疾走で男に肉薄する。


『お? 自ら向かってくるとは、潔く死ぬ気になったのですか?』


  ――悪いけどまだ死ねないね!


  そして迎え撃とうと構えていた男を振り切り、そのままライムのいる方へ走る。半分以上賭けだが、それでもやってやる。


『スライムに向かって走って、一体何のつもりですか? ……させないに決まってるでしょうに』


  ――ぐっ……あぐっ!?


  ぐおぉ痛ぇ……。


  男は【電光石火】の理不尽な速度ですぐさま追い付き、俺の右腕を砕く。

【痛覚鈍化】が発動していないこの状況でのダメージは普通に痛い。


  ――けど……たどり着いたぞ。


『だから何だというのですか! 死ね!』


  遊びは終わりだとばかりに鞘から取り出した剣を振り下ろした男。ライムの閉じ込められている結晶に手を触れたまま動こうとしない俺を見て諦めたと錯覚したのだろう。


  頼むぞ……!









  次の瞬間、俺を切り裂かんと振り下ろされた剣が閃光に弾かれ、ドロドロに溶けて消滅した。

  何が起きたのか理解していない男だったが、一瞬目を眩ます程の光が晴れたその場所に立っていた人物に、納得すると同時に驚愕した。


『!? 何故スライムの束縛が……!?』


  そこには、【溶解】で剣を消滅させた本人、ライムが立っていた。


  ――……ふーぅ、死ぬかと思った。


  男の攻撃の瞬間に発動させた【万物吸収】でライムを縛っていた技能(スキル)を消滅させ、復活したと同時に予定調和のように俺の前に飛び出したライムが男の攻撃を無効化させた……。あの閃光の一瞬にそんな事が起こっていたのだ。


『その姿……まさかベクトリールで幻を倒した少女……!?』


  ライムの姿を見た男が途端に狼狽し出した。

  幻って事は、あの時城で俺達を奇襲してきた奴等の一人か。



  男は右手を突き出して詠唱を始めるが、声が空間内に響くだけで何も起こらない。

  ライムがこの空間を支配したからだ。


  ――この空間の最上位はライムだって、さっき自分で言ってただろ。


『ぐっ』


  悔しそうに呻く男。

  俺を変になぶらなければ、もしかしたら倒せてたかもしれないのにな。


  ――それと……『この空間で死んだら魂が消滅する』んだったっけ?


『なっ、まさか……やめっ』


  俺の何気ない一言に顔色を変えた男。そして上を向いて何かをし始めるが、やはり何も起こらない。

  この空間から脱出しようとしていたのだろうか?


  ――自分でさっき出口塞いだんじゃなかったの?


『あっ……!』


  今となってようやく気付き、顔を真っ青にさせた男は命乞いをするより早く、ライムの【溶解】によって体を崩していく。

  同時に、男の体の無事な部分が段々と光に飲まれていく。


『……でていけっ!』


『――!!!』


  声にならない悲鳴を上げながらこの空間から完全に消滅した男。恐らく、殺さずに魂を追い出したのだろう。



  ライムを束縛していた男が消え去ったからか、周囲が澄んだ水のような心地好い空間へと変わった。

  これがライムの、本来の心の中なのだろう。




  ――ライム『ごめん……なさい』何で謝るんだ?


  声を掛けた途端謝りだしたライムに首を傾げ、謝る理由を問う俺。

 

『だって、自分のせいでファルが……った、から』


  流暢に喋るライムに驚いた俺だったが、嗚咽を押し殺してそう話すライムに、俺は「ああそんな事か」と納得した。


  ――ライムのせいじゃないだろ。確かに死にかけたけどちゃんと生きてるし、ライムが気にする事なんて一つも無いさ。


『でもっ……自分はいっぱいの命を失わせた!』


  大声でそう叫ぶライム。

  その体は小刻みに震え、涙を流すまいと必死で堪えてるのが容易に理解できる。


『ファルも……見たでしょ? 自分がこれまでやってきた事、あんな事をしたくなかったからっ……ったのに、また……また皆を失わせそうにっ、なったんだよ……?』


  男が俺に見せてきたライムの記憶……確かにそうだ。直接見た訳では無いが、ライムはあらゆる生物を無差別に飲み込んでいた。異常な魔力を持っていた魔物や羽の生えた精霊、それに人間を襲っていたのも俺は見た。






  そして、自らの意思であの遺跡(ダンジョン)に封印されたのも。


  ――じゃあ、何でライムは今まで自分から封印されてたの?


『……誰も、失いたくっ、なかったから』


  ――ライムは、その失いたくないって思って封印されてから今まで、何か生物を失わせたか?


『……ううん』


  ――ライムが過去に何があったか、俺は見ただけだけでそれ以上の事は分からないけど、少なくとも今のライムは誰も失わせてなんかいない。それなら良いじゃん。


『だけど……自分がいたからファルが』


  ……うーん、会話が一週して進まないな。




『自分がいなければ何も失わないのに……』


  ――ライム。


  ファルの冷たく重い声音にビクッと跳ねるライム。


  ――自分なんて、自分がいなかったらなんて絶対に言っちゃ駄目だ。


  初めて見るだろうファルの様子に、恐る恐るといった様子で目線を上げるライムは、ファルの口から出た言葉に驚いていた。


  ――いいか? そんな事を言う奴はな? 自分を棄てたいって思ってる奴か、自分が誰にも必要とされてないって思ってる奴なんだよ。心の弱い奴なんだよ。


  まさに自分に当てはまる事。ライムは再び目線を落とした。

  しかしそんなライムの頭を持ち上げて自身と同じ目線まで持っていくファル。


  ――ライム、お前は過去に色々やって、それのせいで自暴自棄になってるのは分かる。でも、それで逃げるのか?


  でも、だけど……そう言おうとするが声が出てこない。言いたい事が浮かばない。

  ライムは、ファルの迫力に気圧されているのだ。恐怖でも悲しみでもない、ファルから発せられる『何か』に、である。


  ――自分のせいで失ったものを残して、そんな辛い事から逃げるような事は言うな。それは自分の罪や責任から逃げてるのと一緒なんだよ。


『……うん』


  静かに頷く事しかできないライムを見て、少し言い過ぎたと反省したのか声音を和らげたファル。


  ――自分が過去に潰されそうになっても、それを受け止めてこれからを生きてかなきゃいけないんだ。罪として感じてるなら、それを償っていかなきゃいけないんだ。


『……ん』




  ――お前は俺の大切な仲間で家族だ。だから助けた、だから叱ったんだ。


  驚いたように目を見開くライム。そして目尻に溜めていた涙が頬を伝い、再び嗚咽しだした。



  誰かに必要とされてない奴……自分はそうなのか? そうなる権利があるのか? 答えは明白だ。





  ファルが、自分を必要と言ってくれたのだから。


『ファルっ……!』


  ライムはファルに抱き付き、泣きじゃくった。






  ――落ち着いたか?


『……ん』


  鼻を啜るライムは、ファルの胸から顔を上げた。その表情は先程とは違い、晴れやかなものとなっていた。


  ――じゃあ、戻るか。


『うん!』







「……戻ったか」


御主人様(マスター)!』


(ど、どうしたルシア)


  普段では想像のできないほどの音量で俺の名前を言ったルシアに軽く驚いた俺。

  と、俺の意識が遠退く。いつの間にか【諸刃の剣】を使っていたらしく、どうやら時間切れみたいだ。

  ……パッとしないけど、まぁ結果オーライ、なのかな?



  そして再び、完全に意識を手放した俺だった。

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