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戦前のトラブル

  丘の上にそびえ立つ砦、その(いただき)に立っている人物――当然ながら俺である――は、欠伸を噛み殺しながら正面の景色を見つめる。



  此処は『アパカータ砦』という、ジャックさんが指定した俺達の拠点であり、重要な防衛線だ。

  中に数千人を収容する事が可能な程のサイズを誇るこの砦、その周辺の多くは森林で占められており、開けた道はベクトリールへと続くゴルフ場大の幅がある道しかない。




「ファル隊長、『豹』が戻ったっす」


  背後からラーフがそう報告し、一人の兵士がやってきた。

  豹という呼び名で呼ばれた彼には、主に偵察をメインとした仕事を任せている。


「どうだった?」


「歩兵が横四の縦二十で、魔獣騎兵(ライダー)が百と少し……他の拠点に比べ、倍近くにも及ぶ軍勢です」


  端的にそう報告した豹。ちなみにこの四や二十というのは、百人×百人の兵士の固まりが横に四個分と縦に二十個分という意味である。目視での数え方なので実際は更に多いだろうが、この場合だと少なく見積もっても二万四千程の兵士が此方(こちら)へ進軍している事が分かる。


「その時の見た感じ、指揮官クラスの人物は何人いた? 大体で良いよ」



「……ほぼ等間隔で重装備兵を見付けましたので、多くても兵長クラスが五十、指揮官は十がやっとでしょう」


  少し考えた末、そう答えた豹。


「思ったより多いな……」


  ジャックさんが言っていた事なのだが、兵長とはアシュトルスでいう隊長に当たる人物らしく、この砦には隊長に当たる人物が、俺を含む十人ほどしかいない。

  これだけで戦力の差が理解できるだろう。


「そりゃあこの戦力っすもん、仕方ないってやつっすよ」


  俺にそんな言葉を投げ掛けたラーフ。昔から国の傭兵として幾多の戦場を体験してきた彼は、今も普段と変わらぬ雰囲気を纏って壁にもたれ掛かっている。


「まぁ取り敢えず、こっちに戦力の半数が集まってるって事が分かればそれで良いや」


「確かに、俺等ならそれくら……半数!? え、ちょっと待って下さい。此処にそんな大戦力が来るんすか!?」


  俺の何気ない一言に仰天したラーフは、目を驚きでぱちくりさせた。

  流石のラーフも、ベクトリールがそんなに大戦力を初っぱなから出撃させるとは思ってなかったみたいだ。


「そうだよ。まぁ拠点の位置的にも、此処さえ落とされちゃえば俺達は負けたも同然だからね。この場所に向かってくるのは当然だと思うよ」


  この砦は、丘の上という戦闘では圧倒的に有利な立地、アシュトルスとベクトリールを繋ぐ唯一の通路上、そしてアシュトルスの誇る北方向で最も堅固な砦なのである。つまりこの砦を占領されてしまうと、既に圧倒的に不利な状況の俺達は更に劣勢となり、確実に敗北してしまうのだ。


「……この拠点って、一番兵士の数が少なかった気がするっすけど」


「うちらの拠点には五千くらいかな、あとは別の拠点にいるよ」


「ごせん……相手は二万以上の軍勢でこっちに来るんすよ! そんな戦力差じゃあ無理っすよ!」


  焦ったように叫ぶラーフ。


「確かにそうだね。『普通にぶつかり合ったら』負けるのは必至だよ。だからこそあの作戦があるんじゃん」


  俺が何度もラーフ達に説明したあの作戦がね。

  その作戦を思い出したのだろう。ラーフは再び落ち着きを取り戻した。


「……今更になって、ようやく隊長が口を酸っぱくして言ってた理由が分かりましたよ」


「それは良かった「ファル殿!」……」


「……また来たっすよ」


  下の階から聞こえてくる怒鳴り声に顔をしかめた俺とラーフ。段々と足音が大きくなっている事から、俺達の方へ向かってきているのが分かる。

  ……これで六回目だよ。


「どうしたんですかマルクス殿」


  俺は(嫌々ながら)やってきた男性に声を掛けた。

  彼はマルクス(下の名前は知らない)という、俺と同じ隊長クラスのオッサンだ。


「どうしたもこうしたもあるか! 何故兵を進軍させんのだ!」


「作戦です」


「私はその作戦とやらがどのようなものかを聞いているのだ! 開戦までもう半刻もない、敵はすでに目の前まで迫っているのだぞ!」


  彼は、本当はジャックさんのいる拠点に配備される予定だった筈なのだが、何故か一時間ほど前にこの砦まで八百人近くの兵士を連れてやって来たのだ。

  本人は援軍のつもりでやって来たそうだが、ジャックさんは「そんな事、命令した覚えは無いぞ」と言っていたし、今みたいに俺に突っ掛かってくるのだ。

  ……正直邪魔である。


「作戦は言えません」


「何故だ?」


「今の状況下で、そう重要機密を喋るのは馬鹿のする事ですから」


  何度も同じ質問をされていたので、俺の返答も適当なものとなっていた。


「何だと?」


  俺の言葉にぴくっ、と反応を見せたマルクス。

  このやり取りを何回繰り返した事か……。


「もしかしたらこの中に密偵が潜んでいる、という可能性も否定できないではありませんか」


「私がそうだと言いたいのか!」


「可能性の話です」


  仮にそうだとしても、命令違反をしてこっちに来るような人物、普通に考えて信用できる訳が無いじゃん。


「もういい! 兵を進軍させるぞ!」


「俺はこの拠点の最高司令官に選ばれています。これは作戦ですので、従って下さい」


  そう、俺はルーガに「どうせならこの砦にいる軍全員を指示しちゃって下さい!」とか言われ、近衛兵なのに部隊の隊長をやっている司令官をやっているのである。

  ……スピード出世とかいうレベルじゃいよ。


「くっ……後悔なさるなよ!」


「……よく何回も懲りずにやれるっすね、あの人」


  マルクスが立ち去ったのを確認に、ラーフがそう呟いた。


「俺が子供ってこともあるだろうけどね、単純に良く思ってないだけだよ」


「というか、作戦をあの人に説明しないのは何でなんすか? 確かに密偵はいるかも知れねえっすけど、こんなゴタゴタした状態ならば情報は漏れないと思うっすよ?」


「密偵はいないと思うよ」


  ラーフの言う通り、たとえこの会話を聞かれたとしても、戦争が始まる寸前の混乱している今では、詳しくその情報が流れる可能性はかなり低いだろう。


「え、じゃあ何で……っどうしたんすか……?」


「……今、この場所は盗聴されてるんだよ」


  俺は「静かに」というジェスチャーと共に、そう小声でラーフに伝えた。


「盗ち……、盗聴ってどういう事っすか……?」


  自身も声を潜めてそう聞くラーフ。


『風属性魔法に、自身の声を乗せて対象へ届ける魔法をご存知でしょうか?』


「……声を風に乗せて遠くに飛ばす魔法があるのは知ってる?」


「一応は」


『その魔法を利用し、特定の場所から指定した範囲の音を拾う事が可能なのですが、我々のこの土地はそれを使用されています』


「……あれの逆、風を使って俺達の会話を拾ってるんだよ。ベクトリールの兵士が」


「……何でそんな事が分かるんすか?」


『空気中に漂っていた魔力が、常に一定方向にしか流れておりませんでした』


「……魔力が乗った風が、さっきから一つの方向にしか流れてないから」


  ルシアの説明をそのままラーフに伝えた。


「……取り敢えず理解はしたっす」


  俺が言わんとしていることを理解し、頷くラーフ。その表情は複雑そうだ。


「ファル! 大変だよ」


  カトラさんが慌てた様子でやって来た。


「どうしたの? まさか、もう戦闘が?」


「いや、そうじゃない」


  そう言って砦の真下を指差した。

  そこには、武装した兵士達がベクトリールの方角へと進軍している光景があった。


「あの兵士達……まさか」


「そういうこと」


  溜め息を舌打ちと共にしたカトラさん。俺も今すぐそれをしたい気持ちで一杯だ。


「あのバカ(マルクス)が、ファルの命令を無視して進軍命令を出しやがったのさ」







「マルクス殿! 何をしているんですか!」


  下の階層まで走り、丁度戻ろうとしていたマルクスを発見した。


「何をと言われても、兵を進軍させただけだ」


  悪びれずにそう返してきたマルクス。


「攻撃こそ最大の防御、理由の知れないファル殿の作戦とやらに付き合うのなら、相手より先に攻撃する方が遥かに効果的だ」




  そのマルクスの勝手な判断に、流石の俺も切れてしまった。


「……そんなに出世したいか」


「何か仰ったか?」


「あんたのその勝手な指示で、多くの兵士を死なせる事になるんだぞ!」


  その俺の怒声に、横にいたラーフがビクッ、と跳ねた。

  いや、お前がビビる必要な無いんだけど……。


「なっ……攻撃命令を出さずにベクトリールに蹂躙される事を望んでいる貴様が言うか!」


「待機させているだけだと俺は言ってるだろ!」


「だからその待機とやらをさせている理由を話せ! 作戦とは名ばかりの籠城ではあるまいな! 貴様の都合が悪くなるから喋らぬのだろう!」


「違う! この拠点はベクトリールに盗聴されてるんだよ!」


「あっ、隊長」


  ……あ。やっべ、やっちまった。

  ラーフが俺に声を掛けたが時既に遅し、確実に感付かれてしまっただろう。


「……何だと?」


「風属性魔法で、俺達の会話は筒抜けなんだよ。だから俺は作戦の内容を説明しなかったし、できなかった」


  こうなりゃヤケだ。と全てをカミングアウトした俺。マルクスの目が大きく見開かれている。


「この作戦を知らされていないのは、今日突然勝手にこっちの拠点に来たあんたと、あんたの部下だけなんだよ」


「そ、そんな……」


  俺は更に言葉を重ねる。ここから先はただの文句だ。


「どうせ『援軍を引き連れてアパカータ砦を防衛し、多大な功績を納めた人物』とかいう肩書きを狙って勝手にこっちの拠点に来たんだろうけど、あんたのやった事はただの迷惑にしかなってないんだよ」


「何だと貴様!」


  案の定顔を赤くさせて反応したが、それを俺達の元へやって来た兵士によって中断された。


「隊長、兵の進軍を中断させました」


  兵士がそう報告した。俺がカトラさんや部隊の兵士に、進軍を止めるように指示したのだ。


「ありがとう」







「この件は、全部上に報告するから」


「……私は今まで、アシュトルスで多くの功績を納めてきたのだ。新兵である貴様の発言で、上が動くと思うなよ」


  追い込まれたからか、俺に対して大きな態度を取り始めたマルクス。

  まさか逃げきれると思ってるのか? この人は。


「言っておくけど俺は近衛兵だから、貴族までとはいかないけどそこそこの権限を持ってるよ。それに……」




「何やら退屈しのぎになりそうでしたので聞いていましたが、なかなか面白い事が聞けました」


「……俺が報告しようとしてた人物は、既に全部聞いてたみたいだしね」


「る、ルーガ様……」


  俺の背後に、おしとやかモードのルーガが立っていた。

  ……いつからいたんだし。


「上官の命令に背き、一歩間違えたら兵を全滅させかねなかったその身勝手な行為、何か言い残す事はありますでしょうか?」


「い、いえ……」


  ルーガの有無を言わさぬ笑顔と圧力に、強気だったマルクスは冷や汗を流しながら項垂れる。


「ファルちゃん、この方をお願いしますね」


「了解。それじゃあラーフお願い」


「え、俺っすか? ……了解」


  俺の指示で渋々マルクスを連行したラーフ。




「……はぁ、危なかった。助かったよ、ルーガ」


「いえいえ~、私も夕ご飯の獲物を捕まえた帰りに偶然出会っただけですから」


  誰もいなくなったという事で、普段のモードに戻ったルーガ。背後に倒れている、大人三人分はありそうなサイズの巨大な鹿が、狩猟の成功を物語っていた。

  というか、こんな状況なのに猟をしてたのか……。


「……あと数十分したら戦争が始まるって時に何やってるんだか」


「まぁ良いじゃないですか。結果的には丸く収まったんですし」


  相変わらずこんな状況でも軽いルーガに、俺も多少は肩の力が抜けた。


「それはそうとファルちゃん……」


「ん?」


「……お腹空きました」


  ……一時間くらい前にその辺で採った茸(平気なやつ)を炒めたやつ食べたよね?


「我慢!」


「そんなぁ……!」

オマケ




ジャックさんは「そんな事、命令した覚えは無いぞ」と(ry



転移魔法って便利ですよね。

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