ファルの料理教室:その壱
「はぁ……」
「どうしたの? 朝からため息なんて珍しい」
俺は今、ルーガと朝食を食べている。名目上では近衛兵としてルーガの護衛をしているのだが ……「一人で食べる食事は味気無いですからね~」とのことで、普段から朝と夜は食事を共にしている。
しかし、この城の料理は基本的に大味だな。毎日ジャンクフード食ってるみたいだ。
「それがですね」
どうやらルーガの悩みは『食』に関する事らしい。
「この前来た商人の人が来たじゃないですか」
「来たね、というか商人はしょっちゅう来るね」
そんな俺の突っ込みを気にしてないのか、はたまた突っ込みだと思ってないのか知らないが、華麗にスルーしたルーガ。
……ちょっと寂しかったのはここだけの話。
「その商人の護衛をしていた獣人の方に『この国に足りないものって何ですか?』って聞いてみたんですよ」
まぁ兵士さんに頼んだんですけどね。とはにかみ笑いをするルーガの行動力に感心し、やはりどうしてか困った表情をしていたので、おおよその検討を付けた。
というか単刀直入過ぎね? 突然この国の悪いところを聞くとか。
「そしたら「目立った特徴が無い」って返ってきたんですよね。ごもっともです」
「俺はこの王国以外、国を知らないから分からないけど、良くも悪くも普通だもんね」
平和も、本当に最近やっと手に入れた状態だし、今までは国の情勢を立て直す事で忙しかったから、そこまで手が回らなかったのだろう。
しかし、ルーガのこの国を思っての行動と心意気は本当に凄いと思う。
「ですので、この国の特産品で新しい食を作り出してグルメな王国としてアピールしようかなー? と思ったんですよ」
「でもこれといった料理が思い付かない?」
ルーガの事だし、大体こんなものか? と大まかな予想を立てて言ってみた。
「そんなんですよねぇ……今思ったら私、そーさく料理? というものをやったことありませんし、それ以前に特産品ってものが少し特殊ですし……」
「ちなみに特産品ってのは?」
「葡萄と牛乳です。この2つをどうやって組み合わせれば良いんでしょうか……どうしても合わない気がするんですよね」
葡萄はともかく牛乳って……特産品っていう程のものなのか? と疑問に思って聞いてみると、この国の遺跡にのみ確認されている(らしい)『眠牛』という、ほとんど酸化しない牛乳が採れる希少な生物を牧畜しているらしい。
牛乳……シチューはまぁ入れるとして……待てよ。
(ねぇルシア。これこれこうって……)
とある食品を思いだし、それを作る為に必要なものを作れるかルシアに聞いてみた。
すると「え、それって平気なの?」と言っているのが口調で分かる様に、
『……可能です。しかしなぜわざわざ食材をそんな事に?』
(そういう料理なんだよ。それとディメアは……時間を『早める』事は可能?)
『範囲を指定すれば殆ど魔力を使わずにできるわ』
どうやらディメアも大丈夫そうだ。
「(ん、了解。ありがと)何とかなると思うよ」
少し考え、とある料理を思い付く。
「どんなやつなんですか!?」
ガタッ! と勢い良く立ち上がったルーガ。机が大きく揺れてコップに入った水が跳ねる。
それでも溢さないのは流石と言えようか。
「じゃあ今日の夕飯の時に「お昼にしましょう!」でも訓練が「良いじゃないですかたまには」……昼飯の時に作るよ」
そんなこんなで今日の訓練は無しとなった。ルーガの行動力に感服。
「おじゃまします!」
「えっ……女王様!?」
「……もう少し普通に入らない?」
元気良く厨房に突撃するルーガと、それを見て驚愕している宮廷料理人。
「昼食を作りに来ました! ファルちゃんが!」
「ちゃん付けはやめてくれって……はぁ」
「え、あ、はい。話は聞いています。ご自由にお使いください」
深く深呼吸をして俺の方だけを向いてそう言った料理人。まぁルーガに顔を合わせるなんて、あまりできたものじゃないもんな。
もし何かあったら呼んでくださいね。と言って厨房を出ていった。
「何を作ってくれるんですかねー」
既に食べる気満々なルーガ。そうはさせるか。
「少しは手伝ってもらうよ」
「勿論です、任せてくだ……あれ? でも私、切ると焼くしかできませんよ?」
「簡単な仕事を頼むだけだよ」
早速とある加工を施した牛乳を比較的大きな瓶に詰めてルーガに渡した。
「取り敢えず振って振って振りまくって。途中で違和感がすると思うから、そしたら教えて」
「分かりました!」
さて、俺は俺の仕事をするかな。
まずは多めの砂糖と少しだけ潰した葡萄、それとアルコールを少々入れた鍋を火に掛けた。
とある魔物から採った金属を加工し、焦げの付かない性質を持つなんとも不思議で便利な鍋らしいので、途中途中で混ぜればいいか、と一旦この場を放置し、次の作業に取り掛かる。
小さな容器をいくつか用意し、中に牛乳を入れた。
(じゃあお願い、二人とも)
『……確かにこれは人体に影響はありませんが(大丈夫だから)……御意』
『こういう風に技能を使うの始めてね。何を食べさせてくれるのかしら』
別にディメアが食べる訳では無いのだが……。
二人が頑張ってくれているのだろう。みるみるうちに牛乳が望む形に変わっていく。
(ストップ! これくらいかな)
『これは』
『へぇ』
成る程、といった様子で感心するディメアと驚くルシア。俺がルシアに頼んだのは、【状態変化】で牛乳の中の『菌』を人体に影響の無い、胃腸に良いものに変えてくれ。という事だった。
ちなみに作っていたものは『ヨーグルト』。ディメアの時間早送りで一瞬で発酵させる事ができた。
じゃ、もう一仕事してもらうかね。
(それじゃあルシア。次はこれにこれとこれを……)
『了解です』
『私はまた早めれば(ディメアはちょっと待機ね)……分かったわ』
声だけでも判るくらい口を尖らせているディメアを放っておいてルシアにある加工を施してもらい、見た目では全く変化の見えない牛乳を熱した。
中に指を入れ(当然手は洗っている)、風呂より温めかな? という位の温度になったので鍋を火から降ろした。
作り方はあってるよな、多分。
「なんか変な塊になっちゃいました……」
「あ、ナイスタイミング」
中に溜まった塊をまじまじと見るルーガから容器を受け取り、中身を取り出した。
うん、良くできてるな。
「何ですか? これは」
「バターっていって調味料として使うんだ」
乳製品の代名詞の一つだね。
予め【万物吸収】で乳脂肪分以外の全てを吸収し、液体に近い生クリームにしたものをルーガに渡したのだ。
あとはこれを振れば中で固まってバターになるのである。
「これは後で使うから取っておいて……ルーガは野菜を切ってくれる?」
「わかりました!」
「じゃあこれとこれを食べれる大きさに切って、えーと……この鍋に入れておいて」
「了解です」
洗ってあるサツマ(という名前のジャガイモ)と人参、岩鳥の肉をルーガに差し出し、次の作業に移る。
さて、こっちの具合は……うん、ちょうど良いな。
火から下ろしておいた鍋の中身を確認して頷いた。
白い塊になって浮いている元牛乳を包丁で均等に切り、弱火に掛けた。
『もう既に美味しそうね』
徐々に液体が出始めた塊にそんな感想を洩らすディメア。
よし、これくらいか。
素早く鍋を傾けて別の容器に液体入れ、残った塊の入った鍋に蓋をしてディメアに頼んだ。
(ディメア、出番だよ)
『任せなさい。どんなものになるのかしら』
(それはお楽しみ。一秒五分位のペースで早められる?)
御安い御用よ。と言うディメア。
【時空龍の誓い】は、ある程度の魔力量が無ければ俺には扱えないらしく、今はステータス欄の一番下で《unknown:【XXXXX】》に戻っている。
やはりこの体の持ち主という事もあるのだろう、ディメアはこの技能を自由に扱う事が可能なので、この様に頼んでいるのである。
(うーん……、ストップ、それくらいで)
『分かったわ』
蓋を開く。フワッと香りが周囲に広がる。
『御主人様、これは?』
『チーズね!』
香りから判断したのだろうか? 即座にそう答えたディメアは、表情が分からないなりに歓喜の声が良く伝わってくる。
というか、チーズ知ってたんだな。
『貴方の記憶を漁ってたら、丁度同じようなものが映ってたのよ』
あからさまに上機嫌なディメアだが、残念ながらまだ作業は終わっていない。
(あとはこれを捏ねて冷ます。本当はもう少し行程が残ってるんだけど、このメンバーだし良いよね)
『ねぇ、少しだけ味見しないかしら?』
どうしてかソワソワし出したディメア。君が食べる訳じゃないんだけどな……。
(まだ作業が終わってないし、こういうのはその時になって食べるから美味しいんだよ。料理ってのは)
『……楽しみにしてるわ』
潰れた球の形に整え、葡萄の入った鍋を確認する……うん、こっちもわりと良い感じだな。
鍋の中身を、熱で変形しない特殊なビン――砂蛇という魔物が生成する砂を加工したものらしい――に入れて置いておいた。
「すんすん……甘い匂いがしますね。葡萄ですか?」
「ジャムっていうんだ。そっちは終わりそう?」
「半分は切り終わりました!」
丁度良い大きさに切られた野菜を見て、ルーガに任せても大丈夫かな、と思ったが、手持ち無沙汰になってしまったのでルーガを手伝う事にした。
「じゃあ、俺も暇ができたし手伝うね」
隣で包丁を握り、サツマを切り始める。
……ジャガイモなのにサツマっていうのがどうしても気になるんだよな。
「うわ……早いですね~」
「そう?」
「迷い無く切ってるっていうんですかね、見てて惚れ惚れしますよ」
「俺はごく普通に切ってるつもりなんだけどな。はい、切れた」
「早っ!?」
そんな会話をしながら食材を切る事数分。
「まぁこんなものかな。ありがとう、手伝ってくれて」
「こんなの、机の上の仕事に比べれば何倍も楽だし楽しいです!」
そんなに書類仕事が嫌いか。まぁ分からなくもないが。
そんなルーガの言葉を耳に入れつつ切った食材を鍋に入れ、牛乳とチーズを作る時に出た液体をいれて火に掛けた。
「シチューですね!」
「うん。昼食も作らなきゃだしね、これが一番手っ取り早い」
数十分後、
「あとは盛り付けて完成だ」
「おぉ~」
溶けたチーズの乗ったパンや葡萄ジャムの混ざったヨーグルト、それに出来立てのシチューを前に感嘆の声を洩らすルーガ。
「……これをお前が作ったというのか?」
「ま、まあね」
流石にルーガが手伝ったなんて、関係を知らないライアンには言えないので、適当に誤魔化した。
何故ライアンとジャックさんが来ているのかというと、俺は今日近衛兵の訓練を休んだ身として、本当に理由があって休んだのか? というのを証明するため――という名目でルーガが呼んだ――に来てもらったのだ。
「お前さん、料理もできたんだな」
「昔から趣味の範囲でだったけどね」
流石にチーズとかは殆ど作る機会が無かったけど。
「見たことの無い料理だが……これは全て牛の乳を使ったものなのか?」
軽く目を剥いて料理から目の離せない様子のライアンが、その状態で聞いてきた。
「うん。もう一つの特産品を生かす事ができなかったけど、この時間でできたのはこれくらいかな」
ルシアとディメアの手助けが無くちゃ、ここまで短時間でできなかったしね。
だが、ライアンの驚きはもう一つ別の所にあるみたいだ。
「し、しかしファル」
「ん?」
「……め、目の前に女王様がいるのは……気のせいか?」
少し震えた声で俺にそう聞くライアン。まぁ無理もないわな。
椅子に座ってウズウズしているルーガは女王、対するライアン(俺もだが)は近衛兵。ジャックさんのように近衛兵長でなければ姿を見る事すら月に何度か……ましてや同じ卓で食事を囲むなんて事、毎日ルーガと食事してる俺が言うのもなんだが、身分の差としてもまずあり得ないだろう。
そんな自らの国の長が目の前にいるのだ。事情を知らぬ者が見たら飛び上がるのは当然の事だろう。
「さあ食べましょう!」
我慢できない、といった様子で二人に座るように指示するルーガに、苦笑して従うジャックさんと「ふぇっ!? は、はい!」と面白い反応を返すライアン。
「ではいただきます!」
「いただ……え?」
「食前の儀式みたいなもんだ。……合ってるよな?」
どうやらこの世界には「いただきます」「ごちそうさま」の文化が無いらしく、今のライアンのように不思議がられる事がしょっちゅうある。
ジャックさんは俺の説明を聞いて、ルーガは普段から俺がやっているそれを真似しただけなんだけどね。
「い、ただきます……」
ルーガを真似て手を合わせ、緊張した様子でパンに手を伸ばした。
見慣れない料理が並んでたら、流石に戸惑うわな。と思っていると、
「……!?」
カッと目を見開かせてパンを凝視するライアン。そして無言でパンに齧りついた。
ルーガはまだ分かるが、一心不乱に貪るライアンに少し唖然となった俺とジャックさん。
「そ、そういえば他のメンバーは?」
「……用があるって全員が断った。まぁ、察してくれ」
「やっぱり嫌われてるかぁ……っと、食事の場でする事じゃ無いね。ま、食べてよ。この紫のやつは食後のデザートだからね」
「おう」
興味津々といった様子でシチューに手を付けるジャックさん。掬うと、最後に入れたチーズが糸を引いて持ち上がる。
おぉ……と呟いたジャックさんはそれを食べた途端、おお……! と雰囲気は違うが同じセリフを洩らした。
「……これが牛の乳から、何を混ぜたらこうなるんだ?」
「その中に入ってる伸びるやつは……とある菌を入れて発酵させて色々加工して……」
と、軽く調理法をジャックさんに説明し終えると殆ど同時、
「……はっ、私は何を」
「美味しかったですね~」
まだ数分しか経っていないというのに、二人の目の前には空の皿が重ねられていた。
「おかわりです!」
元気良くルーガが皿を差し出す。
結構多めに入れたんだけどな、と苦笑しながらパンやシチューを追加した。
「パンはシチューに付けても美味しいからね」
「本当ですか! 早速試しますね!」
言い終わる間もなく実行に移しているルーガ。
こら、もう少し女王としての自覚をだな……、
「ぅ……あ~、ファル?」
「うん?」
「あの……だな。私もまだ足りないみたいでその……」
顔を赤く染めてもじもじしながらもちゃっかりとお代わりを所望するライアン。
この後、二人の食欲は料理が無くなるまで続いたという。
「しかし、お前さんはよくこんなものを思い付いたな」
「知り合いがこういうの好きでね」
手作り第一主義の菓子屋の息子だった前世の友人、須雅を思い出しながらそういう。
あの家は醤油から何まで全て手作りだったから、大体の製法は覚えているのだ。
「じゃあ、これの作り方は書いておいたから、後は宜しくね、ルーガ」
「お任せ下さい!」
数日後、乳製品のレシピは瞬く間に広がり、その更に数日後には大勢のグルメな商人が訪れるようになったそうな。
オマケ
手作り第一主義の菓子屋の息子だった前世の友人、須雅を思い出しながらそう言う。
前世
「おおっす元、親父がお裾分けだってよ」
「ありが……ってまた作ってたのかよ。いい加減そういう調味料は作ろうとか思わないの?」
「これがうち流なんだよ。もしかして、お前も作ってみたくなったか?」
「いや、俺は別に「丁度旨い牛乳が入ったんだ、手伝え!」……はぁ」
そんなこんなでチーズやヨーグルトに関する知識を持っていたファルであった。
須雅
覚えてます? 第一章の第一話に出てきたファル(前世)の友人です。
本名は佐藤 須雅、ふりがなは『さとうしゅが』……、なんとも甘い名前ですね。