シャロンの思い
ベクトリール城の王室。
そこでは現王マグナ=ベクトリールが机に向かって無数の書類に目を移している最中であった。
「マグナ様、暗部及び諜報部から報告がございます」
「うむ、入れ」
部屋に入った兵士は「はっ」と一言、扉を開いた。そして王の前で跪き、「報告せよ」の言葉で羊皮紙に書かれた内容を音読する。
「まず諜報部からの報告ですが、某国を訪れる商人ないし商隊と、亜人禁制の撤廃によって亜人族の冒険者の入国数が増加しています」
「想定の範囲内だな」
少し前の堕落した王国を、法を変えて立て直す事は既に予想を済みだったのか、さも当然とばかりに「次」と流した。
「続いて暗部からの報告なのですが……これから報告する内容の大部分を『子供冒険者』という人物が占めております」
「子供冒険者? それはどういう者だ?」
書類から顔を離した王。あまり聞かない単語に興味を持ったのだろう。
「名称の通りでございます」
羊皮紙を捲り、ファルについての情報が書かれた頁を見つけ出した。
「現女王ルーガ=アシュトルスがクーデターを起こした際に募った仲間四人の内一人が、ファルという少年……子供冒険者だといわれております」
「子供、とはどの程度なのだ?」
純粋な興味から、そんな問が王の口から出てきた。
「暗部によりますと……9,10歳前後だと推測されています」
「……子供、だな」
自身の息子、今年9歳になる四男の王子を連想し、瞠目した。
「そんな子供が本当に冒険者をやっているというのか? 風貌が冒険者、とかではないのか?」
「いえ、冒険者ギルドには登録されております」
そろそろ改めて驚かされる王。冒険者になった子供と、それを認可した冒険者ギルドに、だ。
「噂によると、元Bランク冒険者で『木端微塵』のメンバー『滅拳』との戦闘に勝利した……と」
兵士の口から出た単語に、あることを思い出して僅かに頬を綻ばせる。
「木端微塵……懐かしい名だな。滅拳といえば私の誘いを突っぱねた男ではないか。……あれを負かしたと?」
Bランクの中ではかなりトップクラスの知名度を誇る実力者で、素手で竜族を討伐したという記録も残っている程だ。
模擬戦闘だっただろう、というのは馬鹿でも分かる事だが、それでも勝利したという事実はとても信じられるものではない。
「はい。あくまで噂の範疇ですが、冒険者に登録できたのはそれが理由と判断しています」
「ふむ」
「それと、その例の子供冒険者が近衛兵に着任しました」
「ふむ……ん? ちょっとまて、私の耳が正常ならば「近衛兵になった」と言ったように聞こえたが?」
復唱し、兵士の言葉に違和感を感じて確認する。しかし兵士の表情から、自身は正しく聞き取っており、実際に「近衛兵になった」のだ。
「なりました。経緯等はハッキリとしておりませんが、暗部の一人が証拠である金の紋章を子供冒険者が身に付けていたのを確認済み……と、報告書には記載されております」
「一体何者なのだ? その子供は」
王としてある程度の修羅場をくぐり抜けた事のあるマグナであるが、この様に破天荒な経歴を持つ者がいることを知ったのは初めての事である。
しかもそれが一月足らずで行われていた事であるから性質が悪い。
「それと……」
「まだあるというのか?」
「はい。現在アシュトルスでは『乳製品』なるものを中心に食文化が広がりつつあります」
まるで見計らったかのようなタイミングで扉越しから「失礼します」と侍女が入る。
「今からお出しするものは某国で作られた、今言いました乳製品の一つで『チーズ』というものなのですが、まずはご賞味下さい」
侍女によって運ばれた皿には白い塊――チーズだ――が乗せられており、高価な皿に調和して柔らかな雰囲気を放っていた。
「見た目は悪くないな。どれ……ッ!?」
すぐ脇に置かれているフォークでチーズをつつき、そのまま口へ運んだ。
鼻の奥にまで届く濃厚な香りと、僅かに甘味の残した本体に舌づつを打ち、驚愕した。
「いかがで御座いましょうか?」
「……これは一体何で作られているのだ!」
「牛の乳、という事以外は一切不明です」
こんな美味なものが……とフォークで刺したチーズを弄んで口に放り込む。
これを基に我が国でもこのチーズとやらを作らせてみるか、と本気で考え始め、好奇心から製作者の名を聞き出そうとして……、
「これを誰が作っ……まさか」
悟った。
「そのまさかでございます」
眉間を押さえて暫く動かなかった王。やがて大きく溜め息を吐き、
「……例の子供冒険者の動向も、今後は確認及び報告をするように」
疲れた声でそう命令する。
一度に驚かされる情報が多かったのだ。この反応は仕方ないと思う。
「知らせておきます」
そんな、本人の知らぬ所で行われた会話は……、
冒険者ギルド。
「……っ、くちっ!」
……無自覚だが本人に伝わっていた。
「随分と可愛いくしゃみね~。風邪でも引いたのかしら?」
鼻を啜り「誰かが噂でもしてんのかな」……と考えながら、リーリャ……先輩に答える。
「いや、具合が悪い訳じゃないから、多分埃でも吸い込んだんだと思う。それと可愛い言うな」
くしゃみした俺自身、ちょっと恥ずかしかったんだからな。
「そういうツンツンした所が可愛いのよぉ! 仕事中じゃ無かったら抱き締めちゃってるわ!」
「……」
何も言わずにその場を離れ、出された料理を運ぶために再び(仕方無しに)戻るを繰り返すファル。
現在ファルは人手が足りないという事で、ギルドで給仕の仕事を手伝っているのだ。
獣人の冒険者も訪れるようになり、最近のギルドは人々の賑わいで凄い。
「ったく、経験者っていう理由で頼まれたっていわれてもさ……。というかオーケー出すジャックさんもどうなんだよ」
久し振りの給仕服に羞恥と、下半身の頼りなさに不安を感じながらブツブツと呟くファル。
やはりスカートには慣れない。
「はい完成。それじゃあこれを三番、これを6番におねがいね」
「ん、了解」
(なんだかんだ文句言ってても、やる事はしっかりやるからファルちゃんは可愛いのよね)
「ふぅ、やあっと終わった」
「今日は手伝ってくれてありがとう。おかげで助かったわ」
そう言ってファルに水の入ったコップを差し出したハンナ。
一気に呷ると、疲労した体にじゅん、と染みて心地よい。
「訓練が無くなったし、俺的にも助かったから気にしないで」
訓練もつまらなくはないけど、ほぼ毎日、半日近く動いてるってのも飽きてくるんだよね。
「それを俺の前でいうか……」
「おっつ、ジャックさんいたんだ?」
扉の先から現れたジャックさんを見て、「やべ」と小さく洩らしたファル。
ジャックは別段気にした風もなく「お前さんに客が来てな」と言ってその人物の仕草を手振りで伝える。
「今日だったっけ」
「仕事中だって言ったら飛んでったが、お前さんの所に来たんじゃないのか?」
シャロンなら転移でこっちまで来れるけど……見なかったしな。
「見てないけど『可視光を反射させる魔法で姿を隠しております』……いるみたい」
わざわざ隠れる必要があるのか? 俺なんて今なにも……、
そこで、俺が給仕服なのを思い出した。
ルシアの《神察眼》で周囲を見渡すと、二ヶ所程違和感のある場所があった。
……ん? 二ヶ所?
不審に思った俺は、どちらかというと小さめの影に近付いて、蹴る事にした。
「ふっふっふ、見つかってしまっ「えい……あ」痛い! 突然蹴るのは無しですよ!」
俺が気付いたのを見計らったのだろう、ふっと姿を現したシャロンだったが、僅かに俺の足が直撃するのが早かった。
ギャーギャー言っているシャロンたがひとまず置いておいて、近くでコソコソと動いている影に向かって弱めの水属性魔法を当てておいた。
「……? どうした?」
「なんでもない」
気のせいって事にしておくか。
「で、なんでシャロンはこんな所に隠れてたの?」
「それは当然、ファルさんのその姿をスケッチするた、ちょっ、無言で蹴らないでくださいよ!」
「やっと時間ができたので伺ったらこの仕打ち……酷くないですか?」
着替えを終えて普段の服に戻ったファルと、蹴られた脛や太腿を擦りながら恨みがましい視線を向けるシャロン。
二人は今、ファルの部屋にいる。
「自業自得だと思う」
そんな盗撮紛いの行為に対して蹴りだけで済ませてるんだから、逆に感謝してもらいたいね。
「でも可愛かったじゃありませんか。やっぱり、女の子は然るべき姿じゃありませんと」
「……あれ? 俺、シャロンにその事言ったっけ?」
「あ、しまった」
あからさまに動揺しているシャロン。
やっちまった、みたいな顔してるって事は……あぁそういうことか。
「その情報はルーガから?」
「ぅあ、その……はいそうです」
俺の、有無を言わさぬ迫力を纏った問いに簡単に折れたシャロン。
ルーガは近所のおばちゃんか何かなんだろうか?
「……ルーガには暫く菓子作ってやんねぇ」
(ルーガさんすいません)
「まぁそれは置いといて、始める?」
「あ、はい。宜しくお願いします」
今日シャロンがやって来たのは他でもない、俺への取材のためである。
あの後忙しいとかなんとかですぐに帰ってしまい、今の今まで時間が取れなかったんだそうで、つい数日前に伝書鳩で知らせが届いた。
……何故だろう。シャロンが普段以上にソワソワしている。
「では最初から単刀直入に聞きますが、貴方の本当の名前は『ファルディメア』ではありませんか?」
探偵が犯人を言い当てる時の様なテンションで俺にそう聞くシャロン。
「うん、そうらしいね」
「……うん? 結構アッサリというか淡白な反応ですね。「な、何故判った!?」とかそういう反応を期待していたんですが」
なんだ、そういう反応してほしかったのか。よし分かった。
「な、なぜわかったー(棒読み)」
「うわぁ、腹立ちますね」
俺の棒読み演技を気に召さなかった様子のシャロン。
酷いな、折角乗ってあげたのに。
「でも、本当になんで判ったの?」
「ルーガさんがファルさんの体の中でディメアという人物を見た、と言ってましたので、その時は少し疑問に思った程度でしたが、時間を巻き戻すという事をやってのけた所で確信したんですよ」
またルーガ……まぁいいか。知られたものは仕方ないし、既に菓子の取り上げは決定してるから多目に見るとしよう。
およそ女王に対して言っていい台詞ではないな、と思いつつ椅子に腰掛けて脚をぶらぶらさせるファル。
しかし、シャロンの雰囲気が変わった事に気付き、ファルは首をかしげつつ正しく向き直った。
「この世界で最初に誕生したにも関わらず、その存在を記された書物が存在しない七星龍の八柱目……出会えて光栄です」
突然片膝を床に着け、真剣な口調でそんな事を言い出したシャロン。
ちょっ、えっ? 何?
シャロンの行動に動揺するファル。そして脳をフル回転させて『自身が七星龍という事が判明したから』と判断し、焦りつつもシャロンに説明する。
「そ、そんな畏まらないで。確かに俺は七星龍……らしいけど、それは俺じゃないから」
とにかく顔を上げさせた。そんな畏まられたら俺が困る。
「……? 七星龍なのに七星龍ではない、とは?」
シャロンがもっともな疑問を溢す。
「ディメア……俺の中にいるのがその本人だよ」
「ルーガさんが言っていた?」
「二重人格っていうのかな? 言っちゃえば、俺は偽物みたいなものだよ」
『だから、それは違うって言ってるでしょうに……』
俺の中でディメアが否定する。
……なんでいつもここで突っ掛かるのだろうか。
「そのディメアという方に話を伺う事はできますか?」
「『私は出る事ができないから、あの小娘をこっちに連れてきなさい』……もう一回、シャロンが俺の中に入れば」
「ではお願いします」
言うが早いか、自身に【魂離脱】を掛けたシャロン。
シャロンの体から出てきた魂を【万物吸収】で吸収して、ファルは大きく息を吐いた。
中でどのような会話が為されているのか、それをファルが知る術は――無い。
『これで二度目ですね』
気付くと殺風景で虚無の空間の中を一人で漂っていた。
彼女は、数週間前に立てた自身の仮説を事実だと確信し、敢えてファルに対して普通に接してきた。
今日この日まで時間が取れなかったのは、単に『記者』の仕事が忙しかったからではない。ファルが神龍という事実を知った上で、自分は今まで通りに接するのか、はたまた神として接するのか……それを思い悩んでいたのだ。
結果、万が一別人だった場合も考慮し、本人と確実に判明した時点で『自身より上の存在』として接しよう。そう考えて今この時を挑んだ。
『まぁ、結果は予想外なほ『予想外で悪かったわね』貴方がファルさんの言う本人、ですね?』
気付かぬ内に背後から出現したディメアは、はぁ……と溜め息を一つそれを否定した。
『あの子は自分に対して謙虚過ぎるのよね。意図せず私の転生する筈だった肉体に転生して『自分は偽物』だの『私を縛ってる』だのって……私が本物ならあの子も本物なのよ』
何度も否定しているが、それを聞き入れないファルに頭を悩ませているディメアは、その後も暫く独り言のように続けていたが、軽く首を振って『話を戻しましょう』と切り替えた。
『それで、『始まりの祖』が私に何の用? まさかそれを聞きにきただけって訳じゃあ無いわよね?』
貴方の素性はお見通しよ、とばかりにシャロンの種族を口にするディメア。
苦笑しながらシャロンは『最初はそのつもりでした』と答える。殆ど勢いでこの空間へやって来たので、質問すべき事を忘れてしまったのだ。
『本当にそれを聞きにきただけだったのね……それじゃあ『しかし』』
『たった今、お伺いしたい事が二つできました』
シャロンを帰そうと人差し指を上げかけたディメアは、ピタッと止まって面倒臭そうに『何?』と言った。
『転生……と、たった今申しましたが、それは一体どういう事なのですか? 神龍は不滅の存在の筈――』
『私『達』は貴方と同じ不老の存在、死ぬときは死ぬわ。前の肉体が消え去る前に新しい肉体を作るだけ』
他には? と気だるげに問うディメア。
『という事は少なくとも一度、何者かに命を奪われたという事ですよね? それは一体何者……』
『それに関しては黙秘するわ』
話は終わりね。と言って強引に終わらせてクイ、と指を上に動かした。
するとシャロンが上へ上へと上がっていった。
『栗坊……土のにあったら宜しく伝えておきなさい』
『土……ベヒモス様の事ですか? というか栗坊……!?』
その言葉を最後にこの空間から消えるシャロン。
『……あんなのに様付けなんて必要無いわよ』
仮にも神である龍『土塞龍 ベヒモス』にそのような事を言えるのは、同じく神であり七星龍の中で最初に誕生したディメアとその同類だけであろう。
ファルにもたれ掛かるように倒れたシャロンをキャッチし、取り敢えずどこかに寝かせておくかな? と、倍近い身長のシャロンを持ち上げた時、ううん? と目を開けたので椅子に降ろした。
「起きた?」
「……ファルさん」
ムクリと起き上がったシャロンは、清々しい表情をしていた。
「ん? どうしたの?」
「ファルさんは、ご自身をどう思っているのですか? 神龍? 龍人の子供?」
「おおぅ突然……?」
一体ディメアと何の話をしてたのだろうか? そしてディメアは何て説明したんだろうか……。
「……どんな会話をしてたのか知らないけど、俺は俺だよ。……神龍らしいし、龍人の子供でもある」
「そうですか」
ファルさんらしいですね。と元のシャロンに戻ったのを見て、どこかホッとした俺。
俺がルーガを『女王』としてじゃなくて『ルーガ』一個人として見てるのと同じで、俺は俺、シャロンじゃなくてもそんな神様みたいな扱いをされるのは気が引ける。
普通に接してくれるのが一番なのである。
「どうしたの? ニコニコして」
「いえ、ファルさんは大切にされてるんだなぁ、と」
「本当にどうしたの!?」
オマケ
「……例の子供冒険者の動向も、今後は確認及び報告をするように」
「それともう一つ」
「はい」
「このチーズとやら、これも入手してくるように」
「御意」
此処ベクトリールの地にもチーズファンが増えた瞬間であった。




