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リリィとお呼び!  作者: 砂糖 桃子
美女は糸を吐く
3/3

2.撃ちぬけカトラス

 リリィは金庫を開け、中から銀色のソード・カトラスを二丁(にちょう)とりだした。弾数(たまかず)を確認してから腰のホルダーにさす。ガーターベルトにはナイフを左右三本ずつ装着(そうちゃく)し、黒いワンピースの下にはコルセット型の薄手(うすで)防弾(ぼうだん)チョッキを着る。

 仕上げに黒いリボンのカチューシャをつけ、金色の髪をツインテールにした。

「おーけー。準備完了よ」

 黒いヒールを床に響かせながら登場したリリィに、真壁はため息をつく。

「やる気満々だな、おまえ」

 そう言う真壁は、頭に工事用の黄色いヘルメットをかぶり、厚手(あつで)防弾(ぼうだん)チョッキを着て、背中には木刀(ぼくとう)を背負っていた。

「あんたは戦う気あるわけ? 日本刀くらいもちなさいよ」

「ばかやろう! 銃刀(じゅうとう)(ほう)違反(いはん)じゃ! この犯罪者め!! 」

「ふんっ」

 二人のやりとりを見守っていたななみは、

「あのー……なぜ、そんな戦争に行くような装備(そうび)なんでしょうか……? 」

 不安げにリリィの腰にぶらさがる銃を見ている。

「わたしの予想だと、相手は妖怪だからよ。(にく)(だん)(せん)ができるってこと」

「妖怪!? 」

「ええ。これが幽霊なら(すけ)()を呼ばなきゃいけないから人件費じんけんひがかかるところだったわ。 でも妖怪なら経費は弾代(たまだい)だけ」

「は、はぁ……」

 リリィは黒いスカートのレースで銃を隠し、(すそ)をふわりとひるがえした。

「行くわよ! 」


 真壁の車で病院に向かった。赤いミニ・クーパーで、うしろに乗っているななみは窮屈(きゅうくつ)そうに身をちぢめている。

「ほんとうにせまい車ね。道路の白線が近すぎてゾッとするわ」

「どんな車と事故っても、こちらは死亡確率100%って感じですね」

「ええい! 文句があるなら降りろ女ども! 」

 山瀬やませが入院しているのはおおきな大学病院だった。駐車場に車を止めて、三人は彼の病室へ急いだ。

 山瀬の個室は5階の503号室。彼は一人、窓のそとを見ていた。

「山瀬くん! 華宮探偵事務所の人たちがきてくれたよ! 」

 彼はほっとしたように会釈(えしゃく)する。

 リリィは遠慮(えんりょ)なく、ずかずかと中へはいっていき、

「うなじを見せなさい」と言った。

 ななみが止める間もなく、リリィは山瀬の後頭部をわしづかみにしてなにかを確かめた。

「やっぱりね。血を抜かれた痕が残ってるわ」

「え?! あ、あの、抜かれたってどういうことですか? 」

 山瀬は後ろにのけ()り、リリィを上から下まで見た。なんだこのゴスロリ女は、と言いたげな顔をしていた。

「わかった! 」

 ハッとしたように、ななみが手をあげる。

「吸血鬼ですね! 山瀬くんはやっぱり吸血鬼に(おそ)われたんですね! 」

「ぶー。はずれ。吸血鬼じゃないって言ったでしょ」

 ヘルメットを蛍光灯(けいこうとう)の下で光らせた真壁。

「正解は」

「まぁ、まて、真壁。おたのしみはこれからにとっておこう。獲物(えもの)が弱りはじめたら、そろそろ食いどきだ。今夜あたりあらわれるだろう。食料を調達ちょうたつしてこい、ななみ」

「ええ! わたし!? 」

 ソファにふんぞり返るリリィ、お茶をいれながら山瀬に話を聞く真壁、食料の買いだしに行かされたななみ。

「朝、白いねばねばしたものが服や身体についていたことはありませんか? 」

 いれたてのお茶を山瀬にわたす真壁。

「ああ、あります。なんだろうとは思ってたんですけど、なんせそういう日は貧血がひどくて、頭がまわらなかったんです」

「なるほど。それはきまって麗子(れいこ)さんが泊まりにきている日なんですね? 」

「ええ……。俺、思ったんですけど、麗子はなにかに()りつかれているんじゃないでしょうか? 」

「……すべては、今夜明かされますよ」

 

 ベッドの下には真壁。ロッカーの中にはリリィ。そしてななみはトイレに配置(はいち)された。消灯(しょうとう)時間は過ぎている。午後10時。コツ、コツ、とハイヒールの足音が聞こえてくる。コツコツ、コツコツ、音がおおきくなっていく。長方形に押しこまれたリリィは両手にカトラスをかまえていた。(たま)特殊(とくしゅ)なもので、人間にあたっても害は無いけれど、妖怪には効く聖水(せいすい)唐辛子(とうがらし)生姜(しょうが)、ちいさくたたまれた護符(ごふ)弾丸状(だんがんじょう)のカプセルに()まっているのだ。それが()かない妖怪には実弾(じつだん)で挑む。ただし、実体化(じったいか)しない妖怪のばあいは幽霊とおなじで(すけ)()を呼ばなくてはならない。

 病室の(とびら)が開く。眠ったふりをしていろという指示(しじ)(したが)っている山瀬。コツ、コツ、コツ、コツ。足音はベッドのそばで止まった。

 リリィがロッカーの隙間(すきま)からうかがっていると、はいってきた黒い影はその形をふくらませていった。天井に背中がぶつかっている。黒くおおきい、それは巨大な蜘蛛(くも)だった。ゆっくりと、山瀬に近づく女の顔。蜘蛛の身体から伸びている女の上半身が、山瀬を抱く。そして、首の後ろにくちびるを近づけた。口には2本の、細長い針のような(きば)が生えていた。

正体(しょうたい)をあらわしたわね、女郎(じょろう)蜘蛛(ぐも)!! 」

 ロッカーの扉をムダに()り飛ばして、そとに(おど)りでたリリィ。

「な、なんだおまえ!? 」

「この華宮リリィ様があんあの心臓を()ち抜いてあげるから、よろこんでひざまずきなさい! 」

 リリィがカトラスで女郎蜘蛛の胴体(どうたい)を一発撃つ。すると、蜘蛛は痛みに(もだ)えて足からくずれた。

「ま、まってください! 彼女は、麗子です! 」

 山瀬が両腕りょううでをのばして蜘蛛をかばう。

「そいつは女郎じょろう蜘蛛ぐもよ。若い男が大好物。生き血を吸うだけに()きたら男をまるごと食べるわ」

「そ、そんな……」

 女郎蜘蛛は目の前に自ら転がってきた獲物(えもの)を2本の腕で(とら)え、その(ほほ)()めた。

「おいしいわ、とってもおいしい……」

「麗子……」

 そのとき、ベッドの下に隠れていた真壁が飛びだしてきて、ヘルメットで蜘蛛に頭突(ずつ)きした。そして山瀬の腕をつかんでリリィの後ろに走る。

「あら、働くじゃない真壁」

「彼が札束(さつたば)に見えたもんでね」

 リリィは笑って、カトラスを蜘蛛に向ける。

「観念なさい、若作(わかづく)りの年増(としま)さん。見たところ100歳超()えてるじゃない! そろそろ地獄(じごく)業火(ごうか)がお似合いよ! 」

 絶句(ぜっく)する山瀬を無視して、リリィは蜘蛛に弾を2、3発撃ちこむ。

 蜘蛛はか細い悲鳴をあげると、口から白い糸をだしてリリィの左腕に巻きつけた。そのまま彼女は蜘蛛の目の前まで引きずられる。

「人間の女、地獄へ行くのはおまえのほうよ! 」

 ほほほ、と笑いながら蜘蛛はふたたび糸を吐きだし、リリィの右腕に巻きつける。蜘蛛が口を開けてリリィに迫ったそのとき、

「グッバイ、おばあちゃん」

 彼女はカトラスと重ねて(かく)しもっていたナイフで白くねばつく糸を切り裂き、銃口(じゅうこう)を女郎蜘蛛の(のど)に押しこむ。引き金を引くと、女の頭は吹き飛んだ。


 数日後。華宮探偵事務所に斎藤ななみが訪れた。

先日せんじつはありがとうございました」

 ななみがおみやげにもってきたクッキーをぽりぽり食べながらリリィは、

「仕事をしただけよ。それに依頼人いらいにんはあんたじゃなくて、あのお坊ちゃん」

「じゃあ茶もだす前から、いただいたクッキーを食べるんじゃねぇよ」

 真壁がリリィとななみ、自分にいれた紅茶をならべる。

「このくらい当然よ、あの病室にいたやつはみんなこのリリィ様が守ってあげたんだから、茶もクッキーもどんどんよこしなさい」

 ふんぞりかえるリリィを無視して、真壁とななみはお茶を飲む。

「ななみさん、砂糖とミルクは? 」

「あ、いただきます」

 クッキーを紅茶にひたして食べる真壁に軽蔑(けいべつ)眼差(まなざ)しをそそぎながら、

「それで、なんの用できたの? 」

 とリリィはななみに訊ねた。

「用っていうほどじゃないんだけど、山瀬くんが、あのあと蜘蛛を飼いはじめたの。ほら、女郎蜘蛛って妖怪が死んだあと、お腹から、ちいさな蜘蛛の子がたくさんでてきたでしょう? それで、華宮さんが害虫(がいちゅう)駆除(くじょ)したとき、山瀬くん、一匹だけ手の中で守ってたみたいなの」

「へぇ」

「麗子さんへの愛ってやつですか? ロマンチックですねー」

 興味なさげなリリィに反して、真壁は目を輝かせている。

「さぁ……。それで、その蜘蛛って虫かごで飼っていても、問題ないんですか? 」

「問題かどうかは知らないけど。それはいずれ巨大な女郎蜘蛛に育って、またあのお坊ちゃんをじわじわ食うだけよ」

「え!? 大変! 教えてあげなくちゃ! 」

「3か月後にしなさい」

「どうしてですか? 」

「またわたしに依頼いらいがきて、ぼろもうけができるからよ」

 きれいな顔でにこりとほほ笑むリリィ。華宮探偵事務所には、今日も女王様が君臨(くんりん)していた。


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