2.撃ちぬけカトラス
リリィは金庫を開け、中から銀色のソード・カトラスを二丁とりだした。弾数を確認してから腰のホルダーにさす。ガーターベルトにはナイフを左右三本ずつ装着し、黒いワンピースの下にはコルセット型の薄手防弾チョッキを着る。
仕上げに黒いリボンのカチューシャをつけ、金色の髪をツインテールにした。
「おーけー。準備完了よ」
黒いヒールを床に響かせながら登場したリリィに、真壁はため息をつく。
「やる気満々だな、おまえ」
そう言う真壁は、頭に工事用の黄色いヘルメットをかぶり、厚手の防弾チョッキを着て、背中には木刀を背負っていた。
「あんたは戦う気あるわけ? 日本刀くらいもちなさいよ」
「ばかやろう! 銃刀法違反じゃ! この犯罪者め!! 」
「ふんっ」
二人のやりとりを見守っていたななみは、
「あのー……なぜ、そんな戦争に行くような装備なんでしょうか……? 」
不安げにリリィの腰にぶらさがる銃を見ている。
「わたしの予想だと、相手は妖怪だからよ。肉弾戦ができるってこと」
「妖怪!? 」
「ええ。これが幽霊なら助っ人を呼ばなきゃいけないから人件費がかかるところだったわ。 でも妖怪なら経費は弾代だけ」
「は、はぁ……」
リリィは黒いスカートのレースで銃を隠し、裾をふわりとひるがえした。
「行くわよ! 」
真壁の車で病院に向かった。赤いミニ・クーパーで、うしろに乗っているななみは窮屈そうに身をちぢめている。
「ほんとうにせまい車ね。道路の白線が近すぎてゾッとするわ」
「どんな車と事故っても、こちらは死亡確率100%って感じですね」
「ええい! 文句があるなら降りろ女ども! 」
山瀬が入院しているのはおおきな大学病院だった。駐車場に車を止めて、三人は彼の病室へ急いだ。
山瀬の個室は5階の503号室。彼は一人、窓のそとを見ていた。
「山瀬くん! 華宮探偵事務所の人たちがきてくれたよ! 」
彼はほっとしたように会釈する。
リリィは遠慮なく、ずかずかと中へはいっていき、
「うなじを見せなさい」と言った。
ななみが止める間もなく、リリィは山瀬の後頭部をわしづかみにしてなにかを確かめた。
「やっぱりね。血を抜かれた痕が残ってるわ」
「え?! あ、あの、抜かれたってどういうことですか? 」
山瀬は後ろにのけ反り、リリィを上から下まで見た。なんだこのゴスロリ女は、と言いたげな顔をしていた。
「わかった! 」
ハッとしたように、ななみが手をあげる。
「吸血鬼ですね! 山瀬くんはやっぱり吸血鬼に襲われたんですね! 」
「ぶー。はずれ。吸血鬼じゃないって言ったでしょ」
ヘルメットを蛍光灯の下で光らせた真壁。
「正解は」
「まぁ、まて、真壁。おたのしみはこれからにとっておこう。獲物が弱りはじめたら、そろそろ食いどきだ。今夜あたりあらわれるだろう。食料を調達してこい、ななみ」
「ええ! わたし!? 」
ソファにふんぞり返るリリィ、お茶をいれながら山瀬に話を聞く真壁、食料の買いだしに行かされたななみ。
「朝、白いねばねばしたものが服や身体についていたことはありませんか? 」
いれたてのお茶を山瀬にわたす真壁。
「ああ、あります。なんだろうとは思ってたんですけど、なんせそういう日は貧血がひどくて、頭がまわらなかったんです」
「なるほど。それはきまって麗子さんが泊まりにきている日なんですね? 」
「ええ……。俺、思ったんですけど、麗子はなにかに憑りつかれているんじゃないでしょうか? 」
「……すべては、今夜明かされますよ」
ベッドの下には真壁。ロッカーの中にはリリィ。そしてななみはトイレに配置された。消灯時間は過ぎている。午後10時。コツ、コツ、とハイヒールの足音が聞こえてくる。コツコツ、コツコツ、音がおおきくなっていく。長方形に押しこまれたリリィは両手にカトラスをかまえていた。弾は特殊なもので、人間にあたっても害は無いけれど、妖怪には効く聖水や唐辛子、生姜、ちいさくたたまれた護符が弾丸状のカプセルに詰まっているのだ。それが効かない妖怪には実弾で挑む。ただし、実体化しない妖怪のばあいは幽霊とおなじで助っ人を呼ばなくてはならない。
病室の扉が開く。眠ったふりをしていろという指示に従っている山瀬。コツ、コツ、コツ、コツ。足音はベッドのそばで止まった。
リリィがロッカーの隙間からうかがっていると、はいってきた黒い影はその形をふくらませていった。天井に背中がぶつかっている。黒くおおきい、それは巨大な蜘蛛だった。ゆっくりと、山瀬に近づく女の顔。蜘蛛の身体から伸びている女の上半身が、山瀬を抱く。そして、首の後ろにくちびるを近づけた。口には2本の、細長い針のような牙が生えていた。
「正体をあらわしたわね、女郎蜘蛛!! 」
ロッカーの扉をムダに蹴り飛ばして、そとに踊りでたリリィ。
「な、なんだおまえ!? 」
「この華宮リリィ様があんあの心臓を撃ち抜いてあげるから、よろこんでひざまずきなさい! 」
リリィがカトラスで女郎蜘蛛の胴体を一発撃つ。すると、蜘蛛は痛みに悶えて足から崩れた。
「ま、まってください! 彼女は、麗子です! 」
山瀬が両腕をのばして蜘蛛をかばう。
「そいつは女郎蜘蛛よ。若い男が大好物。生き血を吸うだけに飽きたら男をまるごと食べるわ」
「そ、そんな……」
女郎蜘蛛は目の前に自ら転がってきた獲物を2本の腕で捕え、その頬を舐めた。
「おいしいわ、とってもおいしい……」
「麗子……」
そのとき、ベッドの下に隠れていた真壁が飛びだしてきて、ヘルメットで蜘蛛に頭突きした。そして山瀬の腕をつかんでリリィの後ろに走る。
「あら、働くじゃない真壁」
「彼が札束に見えたもんでね」
リリィは笑って、カトラスを蜘蛛に向ける。
「観念なさい、若作りの年増さん。見たところ100歳超えてるじゃない! そろそろ地獄の業火がお似合いよ! 」
絶句する山瀬を無視して、リリィは蜘蛛に弾を2、3発撃ちこむ。
蜘蛛はか細い悲鳴をあげると、口から白い糸をだしてリリィの左腕に巻きつけた。そのまま彼女は蜘蛛の目の前まで引きずられる。
「人間の女、地獄へ行くのはおまえのほうよ! 」
ほほほ、と笑いながら蜘蛛はふたたび糸を吐きだし、リリィの右腕に巻きつける。蜘蛛が口を開けてリリィに迫ったそのとき、
「グッバイ、おばあちゃん」
彼女はカトラスと重ねて隠しもっていたナイフで白くねばつく糸を切り裂き、銃口を女郎蜘蛛の喉に押しこむ。引き金を引くと、女の頭は吹き飛んだ。
数日後。華宮探偵事務所に斎藤ななみが訪れた。
「先日はありがとうございました」
ななみがおみやげにもってきたクッキーをぽりぽり食べながらリリィは、
「仕事をしただけよ。それに依頼人はあんたじゃなくて、あのお坊ちゃん」
「じゃあ茶もだす前から、いただいたクッキーを食べるんじゃねぇよ」
真壁がリリィとななみ、自分にいれた紅茶をならべる。
「このくらい当然よ、あの病室にいたやつはみんなこのリリィ様が守ってあげたんだから、茶もクッキーもどんどんよこしなさい」
ふんぞりかえるリリィを無視して、真壁とななみはお茶を飲む。
「ななみさん、砂糖とミルクは? 」
「あ、いただきます」
クッキーを紅茶に浸して食べる真壁に軽蔑の眼差しをそそぎながら、
「それで、なんの用できたの? 」
とリリィはななみに訊ねた。
「用っていうほどじゃないんだけど、山瀬くんが、あのあと蜘蛛を飼いはじめたの。ほら、女郎蜘蛛って妖怪が死んだあと、お腹から、ちいさな蜘蛛の子がたくさんでてきたでしょう? それで、華宮さんが害虫駆除したとき、山瀬くん、一匹だけ手の中で守ってたみたいなの」
「へぇ」
「麗子さんへの愛ってやつですか? ロマンチックですねー」
興味なさげなリリィに反して、真壁は目を輝かせている。
「さぁ……。それで、その蜘蛛って虫かごで飼っていても、問題ないんですか? 」
「問題かどうかは知らないけど。それはいずれ巨大な女郎蜘蛛に育って、またあのお坊ちゃんをじわじわ食うだけよ」
「え!? 大変! 教えてあげなくちゃ! 」
「3か月後にしなさい」
「どうしてですか? 」
「またわたしに依頼がきて、ぼろもうけができるからよ」
きれいな顔でにこりとほほ笑むリリィ。華宮探偵事務所には、今日も女王様が君臨していた。