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8、魔物退治



洞窟まではおよそ100mほど。

俺たちのいる場所から直線上にあるが、生い茂る木々が邪魔をしてよく見えない。

真っ直ぐに洞窟へは向かわず、小さく迂回して様子を探れる場所を探す。

まずは敵情視察だ。


「あ、いるわね。ゴブリンたち」


右回りに少し行くと、木々の隙間から洞窟が見えた。

小さな洞窟の前に、三匹のゴブリンがいる。緑色の皮膚に、貧相な布を巻きつけている子供のような姿だ。だが、目はギラギラと光り理性が宿っておらず、棘の付いた棍棒をもっている。


「うわ……気持ち悪い……」


呟くカローラの気持ちを否定できず、曖昧に頷く。

魔物なのだから当然のことなのだが。


三匹のうちの一匹が洞窟の中へと入っていく。

やはり、洞窟の中を巣にしているようだ。中にはゴブリンの群れが住み着いているのだろう。

潰れたような気色の悪い鳴き声が聞こえてくる。


「他の場所も見て回らないといけないし、さっさと行くわよ。カローラ、お願い」

「うん」


真剣な顔をしたエミーリアがカローラに向けて言う。

頷いたカローラもまた、集中して剣に手をかけている。


鋭い目を一度閉じて息をつくと、前のめりの姿勢から一気に駆け出した。

ちょうどクラウチングスタートのような形で、どんどんと加速していくのが分かる。

ゴブリンの巣まで、あと50mもない。


「ギャギャギャ!」


あっという間に近づいてくるカローラにようやく気が付いたのか、ゴブリンたちが一斉に騒ぎ出す。

数で勝負するつもりなのだろう、巣から次々にゴブリンが飛び出してくる。

だがもう遅い。


一番手前にいた哀れなゴブリンが、カローラの攻撃範囲内に入った。途端にカローラは抜刀の勢いのままにゴブリンの首を切り離す。

ゴブリンたちが一瞬静まった。首がずり落ちたぼとりという音で、はっとしたのか騒然としだす。

おそらく、本能で勝てないと悟ったのだろう。


とはいえ、ゴブリンの強みはチームワークだ。

1対集団ならば勝率も格段に上がる。現に、カローラもすぐにゴブリンたちに囲まれてしまった。


だが、それが俺たちの狙い。

既に巣の中には一匹も残っていない。群れの危機に全員が駆け付けたのだろう。

好都合だ。


カローラが戦闘している間にじりじりと距離を詰めていた俺たちは、ゴブリンたちに気づかれないまま魔法が届く範囲に入った。エミーリアと視線を合わせて、無言のまま頷きあって合図する。


エミーリアが家から持ち出してきた杖を掲げて、小声で詠唱を始める。

その隣で、俺も光属性の中級魔術である結界を作るために、詠唱を開始した。


『大いなるマナの力よ、光の壁となりてあらゆる炎から彼の者を守れ』


横目でエミーリアも詠唱が終わったことを確認すると、囲まれたままゴブリンと相対しているカローラに声をかける。


「カローラ、いくぞ! ――火炎結界(ファイアーシールド)

爆破(エクスプローション)


俺の魔術が発動して、カローラが赤い光を放つ膜に包まれる。

そこへすぐにエミーリアの広範囲の火魔法が放たれた。ゴブリンの巣を中心として爆破が起こり、辺りは火に包まれる。


ゴブリンたちの悲鳴が森に響き渡った。そして次々にゴブリンたちが地へと倒れていく。

だが、カローラは平然とそこに立っていた。

俺の火属性を防ぐ結界のおかげで、火の渦にいるというのに傷一つついていない。


今回の戦い方はエミーリアによって考案されたものだ。

ゴブリンたちは洞窟を拠点にしていて、狩りをするもの以外はほとんどがそこにいる。

つまり、巣を叩かなければ退治したとは言えない。


だが厄介なことに、洞窟を形成している岩はエミーリアの得意魔術である火属性を通しづらい。

俺は広範囲魔法をまだ使えないし、エミーリアは火と土以外の適性がなかった。

よって、カローラがまず敵をおびき出して、エミーリアの上級魔法で一気に叩くという方法がとられた。その際問題となったカローラがどう逃げるかは、俺が使えた光魔法で解決したのだ。

いつか使えるだろうと思って、何度も何度も光魔法を練習していてよかった。


やがて、火が消える。

煙が晴れるとそこには、大量のゴブリンたちの死体が転がっていた。

風に乗って、ゴブリンたちの血のにおいも流れてくる。

正直言って気持ち悪い。まだこういうのには慣れていないのだ。


「はあ……うまくいったわね」


息をついてカローラが俺たちの所へと戻ってくる。

転がっているゴブリンたちは特に気にしていないようだ。

やはり割り切れていないのは俺だけか。


「お疲れ、カローラ」


隠れていた木陰から出て、少し息の切れているカローラに水筒を渡す。

カローラは短く礼を言って、勢いよく水を飲み始める。疲れたのか、何度も喉が上下している。


「なんかあんたら、熟年夫婦みたいね」

「ぶっ……!」


カローラが噴き出した水が、正面にいた俺にすべてかかる。

うわ、びしょびしょ……。

カローラは噎せたのか、苦しそうに咳をしている。恨めしくそんなカローラを見ていたが、徐々にひどくなる咳に、仕方なく背中をさすってやる。

しばらくして咳が収まったのか、俯いていた顔を上げる。頬は何故か赤く染まっていた。


そのままじっと見つめられ、なんとなく俺も見つめ返す。

するとカローラの赤い頬がますます赤くなり、ぷいと顔を背けてエミーリアのほうを向く。


「え、エミーリアさん! そういうこと言わないでください!」

「いやー若いわねえ。つい思ったことが口に出ちゃったわ」

「もう!」


どこか楽しそうにニヤニヤしているエミーリア。言っていることと相まって、妙におばさんくさい。

カローラはそんな様子を見て、頬を膨らませていた。

……よくわからん。


かかった水で張り付く感じが気持ち悪かったので、浄化魔法を使ってすっきりさせる。もちろん、時間制限のない普通の浄化魔法だ。


「あう……ご、ごめん」


魔法の光でようやく俺が濡れていたことに気が付いたのか、カローラが申し訳なさそうに頭を下げる。

確かに少し気持ち悪い思いはしたが、今はすっきりしているので特に気にはしていない。


「いや、別にいいけど」


加えて、さっきのは何だったんだ? と聞こうとしたが、寸前でやめておいた。

こういうのは地雷だろう、多分。


返事を聞いて、ぱあっと顔を顔を輝かせるカローラ。

やはり頬が赤い。

ここはお約束の「熱があるのか?」をしておいたほうがいいのだろうか。

いや、後が怖い。やめておこう。


エミーリアは何故かひとしきりにうんうんと頷いて、


「甘酸っぱい雰囲気になるのもいいけど、とりあえずゴブリンの巣を潰して回るわよ。そのあとにゆっくりいちゃいちゃしてね」


と先を急いだ。


別にカローラとはそんな関係ではないのだが。

なんだか複雑な気分で隣のカローラを見やると、顔を真っ赤にして「いちゃいちゃ……」と繰り返していた。ちらちらと送られる視線をあえて無視する。

そろそろ本当に大丈夫なんだろうか。心配だ。



あれから2時間くらい経っただろうか。

昼過ぎから森に入ったため、夕方になるのもそろそろだろう。とはいえ、木々に遮られて太陽などまともに見えないのだが。


「もう4つくらい潰したわよね。そろそろ狩りつくしたんじゃない?」


カローラが疲れたような顔で怠そうに歩いている。

前衛である以上、一番疲れる役割なのだから仕方がない。


「そうね、たいして大きくもないこの森に、これ以上いるとは思えないわ。一応西側もまわって帰りましょう」


エミーリアも疲れているようだ。ため息をついて、カローラの提案に乗っかった。


洞窟のほかに見つけたゴブリンの巣は3つ。どれも暗くじめじめとした場所にあり、探すのに苦労した。

全体的にみると、北の森でも西側のほうに巣が集まっているようだ。もしかすると西の森にも残党がいるかもしれない。それを見越してエミーリアは言ったのだろう。


俺はどこか重たく感じる足を2人についていく。やはり俺も疲れているようだ。

疲れとはいっても、戦闘の疲れではない。

ゴブリンとの戦闘は初戦と同じように、難なく切り抜けられた。戦闘の最中にエミーリアから広範囲魔法を習う余裕があったくらいだ。まだ習得はできていないがコツは掴めた、ような気がする。


では、何の疲れなのか。

それはこの森の歩きづらさにあった。

蔓が好き勝手に巻き付いている木が、そこら中に生えていて、地面に倒れているものさえある。

地面も石が混ざり合って凹凸が激しく、何度も転びそうになった。


そんな中を戦闘しながら歩き続けてきたのだ。いくら毎日の農作業で体力がついていようと、疲れもする。


北の森の西端へと歩を進めていく。

道中にはもうゴブリンたちの姿は見えず、全滅したようだ。


「やっぱりもういないみたいね。ここからだと西側の柵のほうが近いし、そこから帰るとしましょうか」

「わかった」


これでもう休めるのはありがたいのだが、村に帰ると思うと少し気が滅入る。

いつもの陽気な村人たちに戻っていていてくれるといいのだが。


北の森から、西の森へと移る。

2つの森に大きな違いはないものの、よく見えれば木の種類が変わっていることが分かる。

西の森には木の実をつける木が多く、北の森よりも明るい。


「あれ? 西の柵って壊れてたっけ?」


西の森の出口から、西の柵が見えた。

カローラの言う通り、柵の真ん中あたりに穴が開いている。


「いや、壊れたのは北の柵だけだったはずだ」

「ええ、そうね。この壊れ方、嫌な予感がするわ。村の方へ行ってみましょう」


エミーリアの言葉に頷いて、村へ向けて走り出す。


北の柵の壊れ方は老朽化で納得できる。

元々全体的に軋んでいたし、使われていた竹が広範囲にわたって散らばっていたからだ。

だがこの西の柵は違う。

村の中でも比較的丈夫な柵で、壊れている部分はごく一部だ。

まるで何かが無理矢理通って行ったかのようだった。


開いている穴から柵を潜り抜けて、村の中へと入る。

耳を澄ませていると、潰れたような鳴き声が小さく聞こえた。先ほどまで聞いていた声と同じ、ゴブリンの声だ。


「こっちだ!」


エミーリアとカローラに音の聞こえたほうを示す。

さっと顔を青くして、カローラが一気に走り出した。おそらく、この先に何があるか理解したのだろう。


「食料おおおおお!!」


悲痛な叫びが俺たちの鼓膜を揺らした。結構距離が開いているのに、耳がジンジンして痛い。

俺たちもすぐに追いかけると、やはりそこには想像通りの光景があった。


「ギャギャギャ」


気持ち悪い声がすぐそばから聞こえてくる。

木で組まれた倉の中で、食料を貪るゴブリンたち。品性なんて言うものはまるでなく、くっちゃくっちゃと音を立てて食事していた。

ゴブリンたちの足元には、ごく少量の肉の骨や野菜の葉などがそこらじゅうに落ちていた。

どう考えても西倉庫の食料は手遅れだ。


「いやあああああ」


倉庫の手前で止まっていたカローラはすっかり涙目で、今にもゴブリンたちに襲い掛かろうとしていた。

俺はそんなカローラの肩に手を置いてにこやかに言う。


「まあまあ、落ち着けよ」


次の瞬間、心の中で唱えておいた広範囲魔法が火を噴いた。

たちまちゴブリンたちは醜い叫び声をあげて焼死し、倉庫が火に包まれていく。


あ、俺が冷静じゃなかった。


「ちょっとアルフ……倉庫まで焼いてどうすんのよ……」


静まり返った場にエミーリアのため息が落とされた。

2人のじとりとした視線が俺に集まる。視線の冷たさに冷や汗が流れた。

仕方がない。ここは俺の前世から磨きあげた言い訳スキルで――――


「ご、ごめんなさい」


切り抜けられなかった。



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