第1話 平凡な日常と言う名の夢
思えば、いつものようにあの夢を見た時からだった。
あの時、少しでも違和感を抱いていたらきっと、違う未来を歩んでいたのかもしれない。
――まぁ、それは今となっては、後の祭りなのだけど。
*
「ごめんなさい。あなただけに苦難を歩ませることになってしまって」
あぁ、またこの夢ね。
こう何回も繰り返し見ていると、自分の夢なのに半ばひとごとに感じてしまうことも仕方ない。
視界全体に広がる暗闇に、顔を伏せて泣いている少女。
幼い子供が必死に謝るように、私に縋ってくる。
だからと言って、私から彼女に何かをすることはない。
……ただ、夢から覚める時を待つだけよ。
『どうして、謝るの?』
ある時、そんな風に問いかけてみたこともあった。
でも、彼女には聞こえていないのか無視される。それどころかさらに嗚咽を深めるばかり。
もう打てる手立てはない。そう気づいてからは、夢を見てもただ静かに彼女の嘆きを聞くことしかなかった。
「あなたは、本当に優しい子」
泣いていた少女はいきなり穏やかに笑いかける。
私は優しくなんてない。
ヒーローみたいに優しかったら、今も泣いているあなたを抱きしめようとするだろう。
「ううん、あなたは優しいわ」
――だって、嫌がっていてもここから離れないでしょ? だから優しいの。そして、その優しさは私が一番知っている。
少女は笑って私の両手を手に取った。愛おしそうに見つめ、そっと包み込む。
「そんなあなたをこの残酷な運命の贄になんて絶対にさせないわ。何があっても、そんなことを許すつもりはないわ」
少女は再び私と目を合わせる。
射抜かれるかと思うほどの強い眼光で私を見つめる。
いつも見ていた虚ろな目が嘘みたいに、ぱっちりと開かれる。
「結芽、遠くない未来、あなたは徒労を味わうことになる。どうか、その時まで『普通』の人生を楽しんで」
――それが、最後に見た鏡合わせの少女の夢だった。
*
「ふぁ~あ、もう朝?」
なんか、随分と懐かしい夢を見ていたような気がする。
どんな夢だっけ? まぁ、いいか。
いやな夢ではなかったことだけは確かだし。
それよりも今何時? アラームが鳴っていないような気がする。
もしかして、アラームよりも早く起きちゃった? それなら別にいいけど。
「何か連絡着ているかな~。……って、え?!」
手元にあるスマートフォンには『07:50』という表示と、友達からのメッセージが来ているのが目に入る。
……7時50分。学校が始まるのは8時。着くまでには30分。
――そして、いつもなら友達ともう合流している時間。
「ちょっと、お義母さん。なんでもっと早く起こしてくれなかったの?! ……あぁ、今日校門の前に立っているの、木村じゃん。絶対に見逃してくれないよぉ」
「何度も起こしたわよ、結芽。『今、起きる~』って、返したのは誰だっけ?」
全くもって返す言葉もないとはこういうことか。
……って、物思いに更けている場合じゃない~!!
かばんは持った。髪もよし、そして朝ご飯の代わりの食パンもよし。
あ、これを忘れるところだった。メモ帳の代わりに使っている日記帳。
ちょっと変わった模様が入っているし、古臭い装飾だけど、お気に入りなんだよね。
「それじゃ、お義母さん。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
*
「はぁ、はぁ。ごめんね、美緒。長い時間、待たせちゃったでしょ」
「別にそこまで待っていないよ。私もついさっき来たばかりだし」
「え、今日学校よね?」
きょとんとする私を見て横に立つ友達はため息をつく。
私、学校に関してなんか忘れているの? でも、心当たりが全くない。
「近隣地域で【出現注意報】が出ているから、今日の朝活はなしよ。メールで送ったけど見てないの?」
「……メール? 一体何のこと?」
まさか、あのメールか。急いでいてちゃんと見ていなかった。
スマートフォンの通知画面を改めてみると、彼女が先ほど言った通りのことだった。
よかった。朝活がなくてかつ注意報が出ているならあと50分はある。
これで急がなくて済むのはよかったけど……。
「本当だ。……はぁ、最近なんか注意報が出るの多くない?」
木曜日の時点で2回も出ているのって異常だわ。いつもなら、1ヶ月に一度程度なのに。
最近はその頻度が徐々に増しているのに嫌な予感がする。
まるで、何か良からぬものが目覚めようとしているような気がしてならない。
「あんなに堂々と街中を泳いでいちゃ、注意報が出ても仕方がないよ」
視線を空に向けるとそこには悠々自適に泳ぐ巨大なクジラが1匹。
隣に立つ彼女は苦々しくその姿を目に焼き付ける。
「あれが鳴くと、クルイモノが街の中に大量に出てくるんだっけ?」
「そう、実際に起こっているからね。3年前の【大災害】とかその最たる例だよ」
「【大災害】か……」
確か、『急に一匹のクジラが空を割って現れ、鳴き声と共に数多の怪物を呼び起こした』って、習ったような。
実際にその光景を見ていないから、どんなものだったのかは知らない。
ただ、きっと想像を絶するほどの凄惨なものね。何せ……。
「聞いた?斎藤さんちの息子さん、上半身だけになって帰って来たって」
「あれだろ、クルイモノ。恐ろしいねぇ、つい先月だって高橋さんが片腕を持ってかれたばっかじゃないか」
「ほんと、おちおち外も出られないねぇ。」
街の中の空気は絶望に淀み、沈んでいる。
一日に一人は行方不明になるのがもはや日常。はっきり言って狂っているわ。
心が不安に支配されることは当然の摂理と言っても過言ではない。
みんな、いつ怪物に食い殺されるか分からない恐怖に震え続けているわ。
……はぁ、一体いつまで続くのかしら?
「誰かがクルイモノを全部吹っ飛ばしてくれないかな~。そしたら世界はもっと楽しくなるのに」
「楽しい? こんなに理不尽な世界が?」
おかしなものを見るように見られるが、気にしない。
だって、私が口にしたことは少なくとも私にとって事実だもの。
「私、知らないもの。クルイモノ達が街を闊歩していない世界を。みんなが笑顔で街中を歩く世界を」
私が【結芽】という名を得た時には世界はすでに災禍に吞まれていた。
否、その真っ最中だった。
目覚めて最初に見た光景はあのクジラが空を泳ぐところだ。
街が崩れ、死んでいく。それが当たり前すら思っていた。
「今はみんなのお話の中でしかその平和な『普通』の世界を知らない。だからこそ、この目で見て見たいのよ」
「ふふっ、結芽ったら意外と理想主義なのね。……でも、そうだよね。平和の方が楽しいもの」
この世界が災禍に見舞われている限り、こうして友達と一緒に笑い合える日常はとても貴重なもの。
今の状況だとキラキラと輝く希少な宝石よりもきっと高価なものだわ。
だからこそ、長く続いてほしいの。
「いたっ」
「結芽、大丈夫?」
やっぱり、考え事をしながら歩くのって良くないわね。向かい側から歩いてきているの、すぐ気づけたはずなのに。
思い切りぶつかってしまっただけじゃなく、尻餅までついてしまって恥ずかしい。
「ぶつかってしまってごめんなさい。大丈夫ですか?」
「私は別に大丈夫ですよ。そちらこそこれ、落としましたよ。……え、その顔」
ぶつかってしまった男性は、私たちと同じぐらいの年齢なのだろうか。
少しぼさっとした黒髪に、どこか澱んだ黒い瞳。ただの青年と言うには異質な気配を纏っている。
服も神社の神主のような和服みたい。動きづらくないのかな?
そんな彼はどこか懐かしそうで悲しそうな目で私のことを覗き込む。
「ありがとうございます。あの、私の顔に何かついていますか?」
「い、いえ何でもありません。そ、それでは」
人のことをじっと覗き込んだり、かと思えば逃げ出したり彼は一体何がやりたかったのかしら?
「学生陰陽師、本当に街中に出ているんだね」
「え、彼がそうだったの? でも、なかなかないわよね?」
「うーん、基本的には彼らの学校で待機のはずだから、異常事態でもあったのかな?」
ひぇ、陰陽師がクルイモノを倒しているのは知っていたけど、学生まで駆り出すなんてそんな残酷な。
「まぁ、私たちが気に病んでいても仕方がないよ。それよりも日記帳は大丈夫だった?」
「それに関しては心配する必要はないわ。汚れ1つもついていないから。もし、無くしてもちゃんと私のもとに戻ってくるし」
美緒が思い切り顔を引きつらせているが、気持ちはよく分かる。
1回学校に忘れてきたことがあったんだけど、家に帰った後机の上に会った時は驚いたよ。
「それ、やっぱり霊具かなんかじゃない? 絶っ対にただの日記帳じゃない」
「もしかしたら、とーてもすごいやつなのかな?」
そうだとしたらとてもロマンチックよね。
――まぁ、たまたまでしょうけど。
*
呑気にそんなことを思いながら美緒と一緒に歩く通学路。
明日も明後日も歩いていくのだろうと疑いもなく思っていた。
『結芽、導いて。全力で走り抜いて。レガリアスカードと一緒にその目に未来を焼き付けてちょうだい』
誰かが願うようにそう囁く声は空耳だ。
風の音がたまたま人の声に聞こえただけに違いない。
「れガりアす、よこせぇ」
通学路に漂うはずのない生臭い血の匂いと、ノイズがかった声。
視界の端で、紫色の腕が揺らめいたのは、きっと気のせいだ。
だって、クルイモノは喋るはずがないもの。
――喋るだけの知性がないのだから。
今、排水溝から覗く何かと目が合った。
その瞬間、それは確かに私を見て嗤う。
「何だろう?」
瞬きをしたら見えなくなってしまった。
――やっぱり気のせいか。
ここまで読んでいただきありがとうございます♪
「面白い」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブクマや☆から評価してもらえると大変励みになります!!
初日は4話更新で、それからは1話ずつ毎日投稿する予定です(ストックは70話分あります)




