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目が覚めると、そこには昨夜と同じ、黄金色の瞳が私をじっと見つめていた。
至近距離。吐息が触れ合う距離。
クィンティリアヌス様は、私が目を覚ますずっと前からこうしていたのだろう。彼の手は私の腰に回されたままで、大きな体温が毛布越しに私を包み込んでいる。
「……おはよう、ウェネラ。よく眠れたか」
「……っ、お、おはようございます、クィンティリアヌス様。あの、いつから起きていらしたのですか?」
「さあな。お前の寝息を数えるのに飽きない程度には、前だ」
彼はそう言って、私の額に軽く唇を落とした。
昨夜、同じベッドで眠るという暴挙に心臓が止まるかと思ったけれど、彼は宣言通り、私を抱きしめる以上のことはしなかった。それが逆に、彼の深い自制心と、私への計り知れない執着を感じさせて、余位に胸を熱くさせる。
「ウェネラ。今日は城を出るぞ」
「えっ、城を? どこかへ行かれるのですか?」
「デートだ。お前に、この街のすべてを楽しませてやりたい」
用意されたのは、貴族の令嬢が着るような華美なドレスではなく、上質なウールで作られた、軽やかで可愛らしい旅装だった。
クィンティリアヌス様自身も、今日は威圧的な鎧を脱ぎ、動きやすい革のジャケット姿だ。けれど、その隠しきれない王者の風格と整いすぎた顔立ちのせいで、お忍びというよりは「身分を隠しきれていない美形貴族の行幸」のようになっている。
私たちは、城下町で最も活気のある市場、『フォルム・ルピ(狼の広場)』へと足を踏み入れた。
「すごい……! こんなにたくさんの人が!」
「はぐれるなよ。お前が指一本分でも俺から離れたら、俺は不安で街中の人間を整列させてお前を捜索させることになる」
「大げさですよ、クィンティリアヌス様!」
私は笑って彼の手を握りしめた。すると彼は、まるでこの世の宝物を手に入れたかのような、なんとも幸せそうな顔で私の手を見つめた。
そのまま、彼は私の手を自分の外套のポケットの中に引き入れ、指を絡めてくる。狭いポケットの中で、彼の大きな手の熱が直に伝わってきて、私の心臓は早くも限界を迎えそうだった。
市場には、見たこともないような北方ならではの品々が並んでいた。
「あ、あの果物、真っ赤で可愛いですね」
「そうか。おい、あの屋台の商品をすべて包め。種ごと買い取る」
「待ってください! 全部なんて食べきれませんし、種を買い取ってどうするんですか!」
慌てて彼を止める。クィンティリアヌス様は、私が少しでも興味を示すと、その場にあるものすべてを力ずく(金貨の力)で手に入れようとするのだ。
「お前が気に入ったものは、この世から消えるまでお前のそばに置いておきたい。それが俺の流儀だ」
「流儀が重すぎます……! いいですか、今日は『少しずつ、いろいろ楽しむ』のがルールですよ?」
「……お前がそう言うなら、善処しよう」
彼は少し不満そうに(もっと買い占めたそうに)唇を尖らせたが、すぐに機嫌を直して、今度は香ばしい匂いのする屋台の前で足を止めた。
そこでは、琥珀色のシロップをたっぷりとかけた、揚げ菓子が売られていた。
「一つくれ。一番出来のいいやつをな」
「へい、毎度! 兄さん、別嬪さんの奥さんだねぇ」
恰幅の良い店主――ラウルスさんが、クィンティリアヌス様に気さくに声をかける。
クィンティリアヌス様は「奥さん」という言葉がよほど気に入ったのか、口角をこれでもかというほど上げて、金貨を多めに差し出した。
「いい店だ。気に入った。……さあ、ウェネラ。あーしろ」
「えっ……こ、ここでですか?」
彼は熱々の揚げ菓子を小さくちぎり、私の口元に持ってきた。
周囲には買い物客がたくさんいる。けれど、クィンティリアヌス様の黄金の瞳には、私以外の人間など最初から映っていないようだった。
私は恥ずかしさに耐えながら、小さな口を開けてそれを受け入れた。
「……おいしいっ! 外はカリッとしていて、中はふわふわです」
「そうか。お前の頬がリスのように膨らむのを見るのは、実に心が洗われるな……。次はこれを食え、これもだ」
次から次へと、彼は私の口へと食べ物を運んでくる。
甘い木の実の砂糖漬け、芳醇なチーズのタルト、北方名物のスパイスティー。
私はもうお腹がいっぱいなのに、彼が「美味そうなお前を見たい」という純粋な(そして強引な)瞳で勧めてくるので、断ることができない。
「……もう、食べられません……」
「そうか。では、残りは俺が片付けよう」
彼は私が食べかけだったタルトを、何の躊躇もなく自分の口に放り込んだ。
いわゆる「間接接吻」というものなのに、彼は平然としている。むしろ、私の熱が残っているものを口にできて、どこか恍惚としているようにさえ見えた。
次に私たちが立ち寄ったのはセクンドゥスという老職人が営む、装飾品店だった。
そこには、派手な金銀細工ではなく、この地の石や木を使った、温かみのあるアクセサリーが並んでいた。
「ウェネラ、これを見ろ」
彼が指し示したのは、透き通った青い石があしらわれた、小さな髪飾りだった。
「お前の瞳の色によく似ている。……付けてやろう」
彼は店先に置いてある鏡の前に私を立たせると、大きな手で、私の髪にそっと飾りを差し込んだ。
鏡越しに目が合う。彼の瞳には、狂おしいほどの情愛と、独占欲が隠しきれずに溢れていた。
「……綺麗だ、ウェネラ。世界中を探しても、これほどまでに俺の心をかき乱す女は他にいない。王都の王太子などは、節穴どころか眼球さえついていなかったようだな。こんな宝物を手放すとは」
「クィンティリアヌス様……」
「お前は、俺の隣で、ただ笑っていればいい。没落した過去も、自分を責める心も、すべて俺が買い取ってやる。……代わりに、一生俺から離れないという契約を結んでもらうがな」
彼の言葉は、甘い呪文のように私の心に溶けていった。
市場の広場にある噴水のそばで、私たちは一休みすることにした。
噴水の水しぶきが、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
ふと、近くにいた子供が、私に向かって一本の花を差し出してきた。
「お姉ちゃん、綺麗だからあげる!」
「あら、ありがとう。可愛いお花ね」
私が微笑んで受け取ろうとすると、横からものすごい勢いでクィンティリアヌス様の手が伸び、その花を奪い取った。
「な、何をするんですか!」
「……このガキ、お前に花を贈るなど、百年早い。ウェネラに花を捧げるのは俺の特権だ。……おい、小僧、これを持っていけ」
彼は子供の手に、花一輪とは不釣り合いなほどの銀貨を握らせると、「二度と俺の女をナンパするな」と低い声で言い放った。
子供は驚いて(というか銀貨の重さに固まって)立ち尽くしている。
「クィンティリアヌス様! 相手は子供ですよ!?」
「男の嫉妬に、年齢は関係ない。……ほら、花なら俺が用意した」
どこで用意したのか、彼は市場中の花を集めたのではないかと思うほどの、巨大な真紅の薔薇の花束を、背後から音もなく現れたティベリウスから受け取って私に差し出した。
「…………これを持って歩けとおっしゃるのですか?」
「ああ。お前は俺に愛されているという、これ以上ない標識になるだろう」
私は呆れながらも、その重すぎる花束を受け取った。
花の香りに包まれながら、私は心から実感した。
この方は、きっと一生、こうなのだ。
私を甘やかし、周囲を威嚇し、自分でも気づかないうちに「重すぎる愛」を振りまき続ける。
けれど、その愛があるからこそ、私は没落の絶望から救い出され、こうして笑っていられる。
「……クィンティリアヌス様。私、とっても幸せです」
私が花束越しにそう告げると、クィンティリアヌス様は一瞬だけ目を見開き、その後、これまでに見たことがないほど優しく、穏やかな笑みを浮かべた。
「そうか。……なら、夜の部はもっと幸せにしてやろう。城に戻ったら、今日のデートの感想を、一晩中ベッドの中で聞かせてくれ」
「……っ!? も、もう! そういうことをさらっと言うのは禁止です!」
真っ赤になる私を、彼は愉快そうに笑って抱き寄せた。
市場の賑わいの中、私たちは誰よりも目立つ、けれど誰よりも甘やかなカップルとして、ゆっくりと城への帰路についた。それは、世界一過保護で、世界一独占欲の強い豪族の隣で、甘やな「降伏」を一生続けていくこと。今日は、その幸福な未来への、ほんの序章に過ぎなかったみたい。




