勇者 三
深いローブを被った異世界人のひとりが剣を取って肩と首を回す。
『いくぞパープル』
パープルというのは塚原紫電のこと。
未だにこんな小っ恥ずかしいあだ名で呼ばれてるのか。
もう一人──右腕の袖が不自然にずり下がってる男は魔法の詠唱を始めている。
(ドレアさん、どこかに逃げててください)
俺の後ろを歩くドレアに逃げるように勧めて、俺も戦闘態勢に入る。
モルグとサイリスに作ってもらった短めの片手半剣を手にとった。
先頭で俺に向かって大きな両刃の剣を両手に持って構えてるのが、塚原のようだ。
その塚原は目にも止まらぬ速さで俺との距離を縮め大振りで剣を振るう。
──太刀筋が速いッ!
避けるので精一杯。
辛うじて塚原の剣撃を躱したその刹那、槍の形を象った火の魔法が飛んでくる。
こっちは詠唱が聞こえているから対策は簡単。水魔法で打ち消して魔法をかき消した。
『タカ! 魔法が効いてねぇッ!!』
タカ──高野のことか。
確か母さんにご執心だったと柊から聞いてる。
魔法の次──そう思っていたら上空から雷撃が降ってきた。
うっわ……えげつない。
地面が黒焦げになっている。
避けきれなかったら俺が黒焦げになってた。
『タカ、パープル! こいつが相手ならスキルがそれほど弱くならないッ! 加勢するよ!』
高野の後ろで立派な剣を抜いた男。
『ユータ!? どういうことかわかんねーけど、助かる!』
なるほど。こいつが如月か──。
『そうか。お前らが……なら、ここで殺さないと……みんなの命を奪った分を、ここで償ってもらうよ』
俺が日本語を発した瞬間に塚原と高野が動きを止めた。
その隙を逃さずに如月に向かって猛突進。
魔力を練り上げ身体の隅々に巡らせる。
そうすることでそれほど大きくない俺の身体でも、体型以上の力と速さを発揮することが可能。
『俺は気分が良い! 弱体化しないならお前をヤれるッ!』
如月が立派な剣を振り下ろした──が、恩恵頼りで剣筋は雑だし、父さんの剣戟よりもずっと遅い。
さっきの塚原のほうが速かったくらいだ。これなら余裕。剣に伝わっている魔力から察するにあれは魔道具のようなもの。
剣筋の線上から外れていれば問題はない。
如月の攻撃は簡単に避けることが出来た。それから俺はすぐさま、地面を蹴って如月に斬り掛かる。
振り下ろした剣が地面を叩き、如月の動きが止まるその瞬間を、俺は薙ぎ払う。
如月は俺の攻撃を避けようとしたが、間に合わず。とはいえ、俺も一撃で如月を斬り殺すことができなかった。
二の腕から先が剣を握ったまま地面に落ち、如月は両肩から血がぼとぼとと勢い良く落ちる。
『ユータッ!』
如月を助けようと塚原が俺に向かって飛び掛かってきた。
塚原の一閃をバスタードソードで受け止めたが、もうすぐ十五歳になるという身体の膂力では受け止めきることができず、横に吹き飛ぶと、塚原は俺と如月の間に割って入り、俺に剣を向ける。
塚原はそれから更に剣で追撃。さきほど塚原に剣で弾き飛ばされた俺は、腕が痺れ、剣を握ってるだけで精一杯。魔力を練りながら、矢継ぎ早に繰り出される塚原の剣閃を何とか避け続ける。
父さんほどではないけど、それにしても速い。〝聖騎士〟だと言ってた一条よりも強く感じる。
まともにやり合ってたら、勝てないかもしれない。
でも、俺には魔法がある。
当たらなければどうということはない。
塚原の五月雨の剣を何とか避けきり、練った魔力で氷の礫をいくつも浮かべた。それを塚原、高野、如月に向かって放つ。
しかし、塚原は器用に氷を避けて、あるいは、剣で防いで、ひとつも当たらず。高野から治療を受けてる如月が短い詠唱で張った魔法のシールドで氷の礫を防いだ。
俺の魔法が途切れる頃には如月は高野の魔法で腕の血が止まり傷口が塞がり、塚原が次の魔法を警戒して剣を構えて牽制。
──高野って回復魔法も使うのか。
『クソうぜぇなぁッ! お前、誰だよッ!!』
塚原が叫びながら俺に襲いかかる。
魔法を使った直後の俺は、母さんと違って次の魔法を使うまでほんの数秒、魔力を練り直すための時間が必要。
魔力が整うのを待たなければならないけど、そうは言ってられない。強くなくても良いからすぐに使える魔法を──最初に使った身体強化を再び使う。
塚原の剣を受け流して一太刀を浴びせようとしたけど、塚原が剣を翻して俺が振った剣を弾き返した。
その反動で俺は一歩、後ろに後退る。今の俺では膂力が足りないし、剣の腕でも分が悪い。
『パープルッ!!』
後ろから声がしたかと思えば、また、魔法。
今度は水だった。上空には雷魔法の気配。濡れるわけにはいかないな。
魔力を練るタイミングが──。
それでも、魔力を練りながら水を被らないように何とか避けて雷をやり過ごす。が、避けたタイミングで塚原が剣を振る。
『クッソ!! すばしっこいクソガキがぁッ!!』
繰り返し襲いかかる塚原の剣戟。これが微量の魔力を感じ取れるから、恩恵によるもののようだ。
魔力が働くならタイミングがわかりやすい。
高野と如月の魔法も対処できる。でも、攻め手がない。なにせ一対三。俺の攻撃も単調になりがちだ。
でも、少しずつ魔力を練り威力の高い魔法を使う下準備をする。
俺の魔力が次第に高まると高野の攻撃が緩んでいく。どうやら、俺が魔法を使うことを警戒しているようだ。
しかし、まず──。
身体強化を一瞬、強めて塚原の剣を受け流し、姿勢を崩す。それから、すぐに母さん譲りの魔法を──。
「爆ぜろ!!」
頑張った割にはたいしたことのない爆裂魔法。母さんの足元にも及ばない。
けど、彼らを吹き飛ばすことには成功したようで。
『やべぇってコイツ! 詠唱しないでこれかよ! ふざけんなッ!』
『逃げるぞ! ユータ! いそげ!!』
彼らは舞い上がる土埃の中、声を掛け合って、森に逃げ込んで西の方角に走っていった。
魔法を放った後で一瞬、遅れを取って追撃のタイミングを逃してしまい、如月たちに隙を与えてしまったようだ。
土埃が風に流れて視界が晴れたが彼らの姿を確認できず。彼らは脱兎の如く森に逃げ込んで走り去ったようだった。
地面の近くで爆発させて土埃を巻き上げたのは悪手だったかもしれない。
既に気配を追えないほど離れていったようで、逃がしてたまるかと異世界人たちを追いかけようと森に入ろうとしたらドレアが姿を現し、俺を引き止める。
「追っちゃダメ。あの人たち、すっごく逃げ慣れてるから。それより残ってる人を何とかしなきゃだよ」
あの人たちが逃げ慣れているのかはよくわからないけど、ドレアの言うことはごもっとも。
深追いしても仕方がない。
「そうだね」
馬車の中には人の気配。それも生きてるのか死んでるのかもわからないような状態に思える。
俺より先に、ドレアが馬車に入った。
「…………」
ドレアは無言のまま、馬車から出てきて、そのまま扉を閉める。
「どうだった?」
「…………」
ドレアに聞いても首を横に振るだけで何も言わない。
このままでは埒が明かないと俺は馬車に入ることにした。
恐る恐る扉を開けると、車内から酷い悪臭が鼻を刺激する。
ほんのちょっと開けただけなのに、隙間から思わず後退ってしまうほどの臭い。
でも、ドレアは中に入ったから、俺も……。
勇気を出して扉を開けて中に入ると、全裸の女性がふたり──一人は座席に座って、もう一人はフロアに尻をついて、壁に背をもたれていた。
やせ細っていて、頬が痩け、虚ろな目はどこを見ているのかもわからないほどに、彼女たちの瞳から光が失われている。
──あいつら……。
噂には聞いていたし、母さんやレイナを欲しがったっていう話があったけど──。
前世の彼らは日本人らしく、こんなことをするような人間には思えなかった──と、言いたいけど、父さんに近付いた異世界人の女子たちも、あんな振る舞いをするようには見えなかった。
現実から切り離されて異世界という非日常的な世界に転移して、扱いきれない強力な力を得たら、それを振るいたくなるのはわからなくもない。俺だって魔法を覚えてウキウキだったことがあったから。
とはいえ、元の世界から倫理観を持ち込んで転移したのに、どうして……という疑問がわく。
そういえば、ナイアが来たときに一条が俺とナイアに向かって剣を抜いた。異世界から召喚されて恩恵という力を得なかったら、彼女は俺とナイアの話を聞いてくれたように思う。
そう考えたら、如月も高野も塚原も力を得たから彼らの本質的な部分が出たんだろう。
俺には魔法の使い方を教えてくれた母さんや、短い間だったけど学校で魔法がある世界の倫理観を学ぶ機会があったけど、異世界人にはそれがなかった。
と、それはともかく、今は目の前にいる女性をどうにかしなきゃ。
車内の空気を風の魔法で入れ替えてから、車内のフロアで背をもたれて項垂れている女性に近寄る。
「大丈夫ですか?」
声をかけたけど、彼女たちは上の空。息はしてるけど、精神を蝕まれたようで。よっぽど酷い目に遭ったのか。
とりあえず、彼女たちの身体の傷やケガを治そう。
結凪から学んだ治癒魔法か、それとも、ナイアが使っていた再生魔法のどちらを使おうか逡巡し、彼女たちには再生魔法を使うことにした。
折れた骨が接合し、欠けた歯がまたたく間に再生成されていく。
魔法での治療を終えて外に出ると、ドレアが二頭の馬をなだめていた。
「ん。キミは元気そうだ。だから、あたしたちの旅にちょっとだけ付き合ってもらおっかな」
いや、このドレアというお姉さん。目を細めて馬をあやす姿もとても絵になる。とてもレイナの元旦那さんで実母と逢瀬してた兄を持つご令嬢には思えない。
彼女は彼女で〝間者〟という恩恵のせいでいろいろとたいへんな思いをしたそうだけど、そんな影を感じさせない優しい顔をするんだよね。
前世の俺とは真逆な子だ。ただ、ドレアは、レイナの元旦那さんの妹ということがなければ、彼女をもっと素直に見ることができたのかもしれない。
「中を見てきました。ケガをしてる女性がいたので治しておきましたが……」
再生魔法では疲労を取ったり、精神を取り戻したりはできない。喉の渇きを癒すこともできない。
ドレアが馬を手懐けるのを見て、
「休める場所に移動して、食事と水浴びをしましょう」
と、伝えた。
すると、彼女はあるものに顔を向けて、
「じゃ、その前にアレをなんとかしないとさ」
と顎で指す。
如月の両腕と、地面に刺さるロングソード。
そして、その両手はロングソードを握ったまま。
触りたくないと思いながら、ロングソードに近寄って、俺の剣の先で如月の両手を払い落とす。
俺の剣は血を払ってから腰に戻し、それから、如月が残した剣を握った。
──あなたを真の所有者と認めましょう。
触れた瞬間、聞き覚えのある声が頭に響いた。
俺を所有者?
立派に装飾された剣の柄。握った感触はしっくりと馴染むけど、持ち上げると芯がしっかりしているのか思ったほど力を必要としない。
頭に響いた声はともかく、これほど立派なものはおそらく国宝級のものだろう。
ならば、ミル皇女に会ったときに返却しないと。あとで、しっかりと包装して保管しておこう。
如月の両腕は何となく汚らしい感じがして嫌悪感が酷かったので魔法を使って燃やして灰にした。
一晩、野営をして過ごした後、馬車で南に──帝都を目指して進む。
御者は俺がするのかと思いきや、ドレアはこう言った。
「あたし、クウガさんみたいに治したり面倒を見たりできないけど、馬の扱いはまかせて」
そんなわけで俺が車内で女性の世話をして、ドレアは馬の手綱を握ることに。
ふたりの女性の世話は大変だった。
それからの数日間、毎日、魔法をかけてあげたり、下の世話も飲食の世話も俺が全てやるはめに。
馬車を手に入れて車内で寝られるようになったのはラッキーだった。
馬車の荷物には食糧はなかったけど、銃が一丁あって、その扱いに困ってるというのが現状。
銃を見るだけで怒りが込み上げるし、それは、ドレアも一緒で。使い方も処分の仕方もわからないけど、これを誰かに渡してもダメだと分かってるから、俺が持つことになった。
彼女たちの世話をするようになってから数日後。
食糧がついに尽きそうになって途中の町に寄ることにした。
「この先のペルフェタに寄るけど、この馬車はミロドン商会の馬車だし、保護したふたりはどこかの貴族の娘みたいだから、怪しまれないように準備をしておいてね」
御者席で手綱を握るドレアは、窓を開けて車内の俺に言う。
如月たちが置いていったこの馬車は帝都からメルダに向かう途中に奪われたもののようで、町に立ち寄れば検閲が入る。だから、馬車と積荷、それと、商家で働いていたらしいふたりの女性は置いていかなければならなくなると、ドレアが俺に教えてくれた。
「彼女たちはどうなるんですか?」
ドレアに聞くと彼女は笑顔で答える。
「しばらく教会で世話されるんじゃない? あとのことはペルフェタに駐在する衛兵がよろしくやってくれるよ」
つまり、俺たちが心配することは何一つないということ。だったら気が楽だ。
「あー、でも、馬車を使ったことと保護に至った経緯は必要だから、その腰の剣を提示して説明してね」
と、ドレアは付け加えた。俺に丸投げである。
おそらくドレアは貴族であることを証明できるし、俺はミル女皇の名の入った推薦入学試験受験者票があるから問題にはならないだろうけど、やっかいなのが、如月が置いていった剣だ。
それも俺が説明して、ドレアが補足してくれれば納得してもらえそうではある。
「わかりました」
俺が返答をするとドレアは満足そうに窓を締めて手綱を握り直した。
それから間もなく、馬車はペルフェタ町に到着する。




