神様からの贈り物
「大丈夫だよ、リリ。私はここにいるよ。私のすべてはリリのものなんだから、なにも不安に感じることはないんだよ」
ナサニエルが見つからなかった頃の夢を見たリリィは、目を覚ましてからずっとナサニエルにまきついて離れない。リリィがトラウマに苦しんでいる時、ナサニエルは少しだけ強めの力でリリィを抱きしめ返して根気強くなだめる。
「……」
ビタ一ミリも動かないリリィに、ナサニエルは長期戦に切り換えて、適当に話題を探す。
「ダジマットの王は父上なのに、母上の方が怖がられているのは、興味深いね。優しくて暖かい人なのに、帝国貴族にまで恐れられているとは、なんだかやるせないね」
「……お義母がアレクサンドラで、お義父様はジョナサンだから。しかたないわ」
ようやく口を開いたリリィに安堵して、抱きしめる力を少しだけ緩める。
「ジョナサンは、ダメなの?」
「ダメとかそういうのじゃないの。ジョナサンは『神様からの贈り物』という意味で、アレクサンドラは『人族の守護者』って意味なの。アレクサンドラには使命があるのよ。
セオドア、マシュー、ナサニエルも『神様からの贈り物』という意味で、サミュエルとアンジェリーナにはそれぞれ使命がある。
魔族の配下たちは、使命を持った人物の指示に従うって感じかしら?」
リリィが饒舌になってきたところで、ナサニエルは潜り込んでいたリリィを顔が見える位置まで引っ張り上げて抱きなおす。
「髪と瞳の色は、関係ないの?」
「髪と瞳の色は、関係あるわ。お義母様とお義父様は互いの色を交換しているだけで、お義母様がダジマット色の魔王なの。強烈なマーキングね。自分の色に擬態させるなんて、娘のわたくしでもドン引きよ。
それにしても、ズルいわ。
お義母様はお義父様と、サム兄様はマシュー様と、ふたりとも自分の最愛と共に育ててもらったのに、わたくしだけナサニエルと離れ離れで育ったのよ。
ズルいわ、ズルいわ!
お義母様、酷いわ。ぐすっ」
リリィはまた潜り込んでしまった。
ナサニエルの胸に耳を当てて、心臓の鼓動を聞きたがる時が最も深刻なのだ。好きにさせておくしかない。
「リリを置いていくって言ったのは、父上じゃなかったっけ?」
「決めたのは『人族の守護者』であるお義母様だと思うわ。それにお義父様は、わたくしが5才の時に会いに来て下さったもの」
「サム兄さんが言ってた。リリにギャン泣きされて、涙をこぼしてたって」
「だって、わたくしの本来の色に擬態した強烈なオーラを纏う謎の男に抱きあげられたのよ。怖すぎるわ。あの後、ローズとわたくし、謎の男から身を隠すために家出したのよ」
「えっ? 家出?」
驚いたナサニエルは、再びリリィを引っ張り上げて、表情を確認する。
「5才の子供の考えることよ。大したところへは行けないわ。セントリア宮殿の裏の森に隠れてたの。パパとママがアッシュの木に何かを祈るようにキスしていたから、アッシュの木がいっぱい生えてるところに行けば、アッシュの木の精霊が守ってくれるかもしれないって」
「ははは。リリはその頃から想像力が逞しかったんだね」
思わず吹き出してしまうナサニエルに、ムッとした顔で、また潜り込んでしまった。
どうやら今日はダメみたいだ。
「想像力が逞しいのはローズも一緒よ。アッシュの木をアシュリーと呼び始めたのはローズなんだから。ふたりの秘密だったの。
それにね、ほんとうに森の中でわたくしたちの前にアシュリーが現れたのよ。実際のところは、サム義兄様だったのですけれどね。
でも、その時のわたくしたちにとって何より重要だったのは、現れた人物が『本物』だったってこと。わたくしと同じ色の瞳で、わたくしと同じ色の髪、そしてわたくしと同じ色の魔力」
「へぇ。魔力って、色があるんだね」
「そうなの。その時までわたくし何もわかっていなかったから、体を包んでいる光は本人にしか見えないものだと思い込んでいたの。自分のドキドキは他の人には聞こえないでしょ?
人族の純血種の家系に魔力を持つ子は生まれないし、強い魔力を持った人が周りにいなかったから見たことがなかっただけなのに。
でも、お義父様の擬態を一瞬で看破しちゃった。わたくしの方がお義父様よりも力が強いからこそ成しえる芸当なの。わたくしの拒絶が異常だったと聞いてそのことに思い当たったサム義兄様は、自分に似た魔力をたどってひとりで森に入ったの。
森でわたくしたちを見つけたサム義兄様は、自分はアシュリーではなく、サミュエルだって自己紹介をして、アシュリーは別のところにいるよって教えてくれたの」
「あぁ、だからリリは、アシュリーが生きているって確信してたのか、それにサム兄様に聞けば居場所がわかると思ってたんだね?」
首が痛くなってきたナサニエルは、リリィが心音を聞き続けられるようにリリィごと仰向けになった後、リリィの顔が見えるようにデュベを掛けなおした。
「そのあと、サム兄様は、綺麗な魔法を沢山見せてくれて、光るキノコを焼いて食べたの。
ローズもわたくしも大興奮よ!
すっかり打ち解けたころに、あのおじさんはジョナサンっていって、『神様からの贈り物』だから怖くないよって。
明日、『神様からの贈り物』の本当の姿を見せてくれるから、一緒に戻ろう?って言われて、興味津々のローズが帰るって決めちゃったの。
サム義兄様、あの性格なのに、子供の扱いが凄く上手いのよ」
「ははっ。サム兄様の王子様スマイルは、子供受けがいいからね」
「そう。その王子様スマイルにまんまと乗せられたちびっ子ローズとちびっ子リリィは、『神様からの贈り物』と和解して、とっても仲良しになったのよ。
ローズなんて『神様からの贈り物』から直々に剣の振り方を教えてもらったって、大興奮で! それが剣聖への道の第一歩ね。
わたくしはわたくしでサム義兄様から魔法を教えてもらって大興奮だったの。とっても楽しかったわ。
魔法が使えないセントリア両陛下から魔法が使える姫が生まれるわけがないから、隠そうってことになっていたらしいのだけど、この時を境に積極的に公開することになったのよ。
百合姫はセントリア両陛下の実子ではないが、『人族の守護者』という名を持つ魔王が遣わして置いている姫ってことで、実際に魔族系の亡国の旧臣から刺客が送られてくることがなくなったわ。
不文律って、こういうことね。
そして、わたくしも魔術の先生をつけてもらえたので、一生懸命に頑張ったわ」
ナサニエルはリリィの頭を優しく撫でながらも、あきれ顔だ。
「剣は、勇者の子孫セントリアのお家芸だろう? そんな家のお姫様に剣術を教えるなんて、恐れ多いよ。なにやってるんだか、父上は…」
「いいえ。『神様からの贈り物』は、剣神ぐらいの強さだとパパが言っていたわ。パパはあんまり剣術は得意ではないし、とはいえお家芸ってことになっているから最低限のたしなみレベルには習得したって感じかしら。お義父様の方が断然強いわ。
なんなら建国の勇者も剣は大して得意でなかったのよ。ようやく歴史家の間に『勇者は剣に強かったわけではなく、政治に強かったんだ』という説を定着させることができて、内心ホッとしているんじゃないかしら?
『多くの人が衛生的に生活できるようなインフラを整えた最初の王朝がセントリアだった』という説も人気が出てきたわ。
『剣をお家芸としたのも広報活動のようなもので、魔法に対抗できる武器の中で最も「かっこよくみえた」し、棒切れさえあれば誰でも始められるから、それを選んで、人心をまとめたんだろう。』とか、
『聖剣エクスカリバーだって、あんなもの剣に魔法を付与して光らせていたんだろう。』とか、いろいろ蒔いてはいるけれども、民がお好みじゃない者は、なかなか定着しないのよ。
当代のセントリア皇室広報部では、『ぶっちゃけ、魔王に協力してもらって、ひと芝居打ったんじゃないか?』という説を萌やしているわ。ふふふ」
「ふむ。そういわれてみれば、ダジマット王家にある魔王神話の中で、登場する勇者はセントリアだけだね。彼の名前がそのまま国の名前として呼ばれるようになったんだよね?
敵対勢力にも名を認められて箔がついたってのもあるかもね?」
「まぁ! ダジマットバージョンのセントリア王はどんな感じなの?」
リリィの声が弾んだのを聞き取ったナサニエルは、「よろこんで」と囁いた後、話始める。
「ダジマットには、セントリア以前の記述もあるから、そこからはじめるね。
魔族の中から神の使途の証である魔力を持たない子供が生まれるようになった。魔法が使えないとゲートが開けないし、灯りもともせないし、汚物を消滅させられない。それらの子供は、魔族の生活環境では暮らせなかった。
それらの子を持つ親たちは、一か所に寄せ集まり、子供たちのために開閉できるドア、火を灯し続ける燃料、汚物を水で流し別の場所で処理する施設などを作って生活するようになった。
そうして、魔法の使えない子供たちは自分たちだけで生活できるようになり、急速に数を増やし、人族と呼ばれるようになった。
しかし、人族は、必要以上に環境を汚すし、争いを好んだので、魔族に牙を向ける集落は滅ぼすしかなかった。
ある時、セントリアという名の青年が、魔王領最大の泉を囲む輝きの森を占領し、辺りから魔族を駆逐した。怒った魔王は、青年と戦ったが、決着がつかなかった。
魔王は、これ以上戦いにより泉を汚したくなかったため、輝きの森を青年に与え、その領土と認めたが、魔族を傷つけないことと、これ以上領土を広げないことを青年に約束させた。
青年は人族から勇者とよばれ、セントリア帝国最初の皇帝となった。
セントリア帝国の噂を聞いて世界中から人族が集まってきた。手狭になってきたセントリア帝国は、輝きの森の木を伐採し、土地を開いた。泉は埋め立てられて小さくなった。
開かれた土地にはセントリア以外の国がいくつも立ち上がった。人族同士で絶えず争い合っていたため、巻き込まれた魔族もなくはなかったが、かつての輝きの森の外で魔族が傷つけられることはなくなった。
って感じかな?」
リリィはいつの間にか、上体を起こして、じっとナサニエルの話に聞き入っている。その様子が子供みたいで、ちびっ子リリィはさぞかわいかっただろうなぁ、なんて思いながら短くなった髪を耳にかけてあげると、きゃっとくすぐったそうにしてから、再びナサニエルにくっついて、モゾモゾし始めた。
「なっ! リリ? どこ触ってるの? それ、おもちゃじゃないからね?」
「ふふっ。ナサニエル、今、わたくしをみて『子供みたいだ』って、思ったでしょ?
子供じゃないことを証明して差し上げているのですわ。
あっ、こら、やめなさい。
発想が大人なだけで、行動はまるで子供じゃないか」
「だって、ナサニエル、言いましたわ。ナサニエルは全部わたくしのものだって。
じゃぁ、コレも、わたくしのものでしょ?」
「っはは。確かにコレも、君のものだよ。
はぅんっっ。もうっ。仕方がない子だね。
私が直々にコレの正しい使い方を教えてあげるよ」
ナサニエルとリリィはしばしの間、最近お気に入りの遊びに興じたのであった。




