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黒い闇に溶け込む

宜しくお願い致します。

満月さえも顔を隠す、厚い雲が空を覆っている。

黒い服に身を包んだ人影が、時計塔の上に立っている。


時計塔の上から見下ろす街は、夜を感じさせない明るさだ。


まるで、前世の東京のようで少し重い心が軽くなる気がする。目を閉じると今でも思い出せる。高層ビルの摩天楼、東京タワー…あと、できたばかりのスカイツリー…。後輩の困ったときに「せんぱ~いっ」って泣きついてくる顔、先輩の叱咤激励…時々おごってくれる昼ごはん、妹からのなが~い、なが~い恋の相談電話、父さんからの短いライン、母さんの笑顔…。


素晴らしいとか憧れるといわれるような人生ではなかったが、家族とも仲が良く、仕事もうまくいっている…わたしにしては上出来だと言える人生だった…。


どれほど思い出しても、焦がれても、望んでも、切望しても、絶望に浸っても…帰ることができない幸福な時。


幸せは失ってから気づくって言うけど、本当にその通りだと改めて実感する。


涙は、もうあの時に流しすぎて枯れてしまった。


ひと際強い風が吹く。過去から心を切り離すように深呼吸をする。


再び目を開いて眼下に目を向けるとそこに広がっているのは、懐かしい光景ではない。歩行する動物とレンガ調の建築物、魔法灯照らす偽りのゲーム世界。


偽りは正さないと…。

ご主人様の名に従っていればいずれ、正しくなる…。正しくなれば、この偽りが終わる…。オワラセナイト…。


時計塔に立つ人影の目は赤く輝き、鷹のように鋭く獲物を狙っていた。

その人影に気づくものは誰一人としていない…そう、獲物に選ばれたものさえも…。


◇◇◇


「号外、号外ー!」

なんだ、なんだと人々が人混みを作っている。「俺にもくれ~」「あたしにも~」「ちょっとおさないでよっ!」という怒声にも似た大きな声が行き交っている。


「あ~、やだやだ、朝から煩いのは、優雅さに欠けるわね!」

そういって、彼女―レッドは、わたしの前に座って、クッキーを一つ摘まんで食べた。

「その行為は、優雅さに欠けないのか?」

私のクッキーを勝手に摘まむ行為を指摘すれば、

「なに言ってるのよ、どうせ食べるつもりなんてないくせに!」

と返され、確かに…と頷いてしまった。


いつも、コーヒーしか頼まないわたしを心配してカフェのマスターがサービスしてくれたが、食べきれる自信が無かった。

これは、名案だとリリーの座っている方に残りのクッキーを寄せる。


「ちょっと、全部寄こしたらダメでしょ!今、あたしダイエット中なんだから!」

「…。」

「ちょっと、顔がいいからって見つめ返しても駄目だからね!」

「…。」

「わかったは、あ~んしてくれたら食べてあげないこともないけど…できないわy…ウッ。」



号外を手に入れた猛者が誰かに号外の中身を伝えてやろうとあたりを見回すと、とんでもない美男美女がカフェでイチゃついていた。もう、男性に嫉妬するのもおこがましいような完成された美ができあがっていた。やっていることは、よくあるカップルの「はい、あ~ん」なのに、宗教画にも似た神聖さを感じる。

思わず、号外を放り投げて涙を流してしまっていた。


それに気づいた、号外に飛びついていた自称淑女は、美しさから目眩を起こし、腰が抜けてしまった。

「どうしたの!」

と隣の家のパン屋の主人の奥さんの妹が駆けよれば、

「真っ白な老人のような髪色なのに、高貴さを覚えるあの髪、むしろ神…。きっとさわったら絹のようなさわり心地がするんだわ、触ってみたい…いえ、許されないわそんなこと…。そこから始まり、珍しい菫のような青紫色の瞳…鼻、口、どれも完璧な人形のようで…美しすぎる…。語彙力が足りないのがもどかしい…!白い髪と黒い喪服のようなシンプルな装いは、クールでかっこいい。あぁ、それが、あんな「はい、食べさせてあげる、口をあけてごらん?」なんて王子様のような振る舞い、夢のようだわ。私にもやって欲しい…」

とかなんとかを凄い早口でまくし立てている。さすがに10年以上やっている友人でもドン引きしてしまった。「お店で下げたパンのおすそ分けありがとう!これで今週もタダメシ!今回なかなか本が売れなくて大変なのよねー」とかいって、カビのはえたパンにも手を伸ばしたんじゃないでしょうね…。


「…それだけじゃない!」

突然、号外を放り投げて涙を滝のように流し、鼻み…(自主規制)とにかく、汚い顔をしたおっさんが叫び声をあげて近寄ってきた。何こいつ。怖っ。きたなっ。


「あっち、行きましょう」

と、なけなしの友情を振り絞って自称淑女の服の裾を引っ張る。

「なによ、淑女兼作家のこのあたくしより、素晴らしい表現ができるとでも…」

なんか知らないが、喧嘩を買っている。

「ちょっと、やめようよ。なんかあぶないよこの人」

どうにかして、返そうと必死に説得するが、微動だにする気配がない。


「ああ、言えるとも。あの白い毛並みを際立たせているのは、ヴァイオレットの瞳だけではない。対になるものあってこそだ!では、静謐さと対になるのは、そこでバカ騒ぎしている喧騒か?それとも魔獣による騒乱か?いや、違う。絢爛な彼女だ。静謐な彼と対になるように豪華絢爛の言葉にふさわしい彼女がいてこそ、あの場、あの光景、あの美しさは保たれているといっても過言ではない!ボンキュッボンの艶やかな肢体の美しさを引き出すような体のラインに沿りつつも高貴さを感じさせる黑と赤のドレス!波打つ金髪、澄んだ湖のように透明で美しい水色の瞳!静と動を現しつつ、先に仕掛けているのは静たる少年の方というのが、また…」

何だって?白い魔獣が絢爛豪華?セイがドウでDOがSAY?もう訳が分からない。早く帰りたい…。


隣では、自称淑女の友人がいつの間に出したのかメモを取っている。これは、当分ここから離れ無さそう…。ふと、彼らが指さす方を見ると、確かに麗しい男女の姿が見えた。



「食べないの?」

笑顔とは無縁の彼、いえ彼女が迫ってくる。華奢な少年のような容姿をしているが、れっきとした女性である。彼女は、自分の美を理解しているのか、そうではないのか分からない時が時々ある。今も、その1つといったところだろう。

「た、食べるわ。」

シャイ(?)な彼女には人々の通りが多い、ここではできないだろう…からかってやろうなんて気持ちで軽く言ったら、こちらが動揺させられてしまった。

口を開けて雛のようにクッキーを口に運んでもらう。恋人のよう、とか考えると顔が熱くなりそう…。

むしゃむしゃと食べることに専念する。

顔をあげると、好みの顔が…って、

「もう、クッキーはいいわ!」

さらに、あ~んしようとしてくるのであたしの精神の安定を保つ為に断った。

「そう…」

悲しそうにクッキーを見つめる(顔は無表情)ので、

「クッキーは後輩たちにでもあげるから、もらっていってあげる。」

と言うのも忘れない。無表情にこくりと頷いた反応を見て、うるさくなってきた周りを見回す。


気にしない振りをしていたけど、どうにもあたしとこの子だと、目立ちすぎる。店員に頼んでクッキーを包んでもらい、彼女―イルを連れてカフェを出る。


出る直前に見えた新聞には、

「闇の執行人またしても現る!!」

の見出しで始まる、殺人事件が書かれている。


―被害者は、この国フローラの王都で教会神父を行っていたダンデ司教だ。彼は、日頃から温和で孤児にも心優しく、神父の鏡のような人物だと近隣住民から思われていた。実際には、多額の寄付を横領し、人の目に付かないところで孤児に対し、暴力を振るっていたことが明らかになっている。彼を殺害したのは何者かは明らかになっていない。このような事件は、今回で5回目である。何者が何のために、表にでてこない悪者退治をしているのかは謎である。


と、いったような内容が書かれている。


ふ~ん、案外早くに情報を集めたはね。

まぁ、情報屋レッドのあたしに比べたらカメの歩みだけどね…。


裏路地に入ったところで、裏社会に生きる人間だけが使える、転移魔法キーを使う。

この鍵一見普通のルームキーなんだけど水の魔法をかけると、転移キーに一時的に変わる優れもの。世の中にこんなものばかりあるとしたら、何も信じられなくなりそうなくらいだ。転移魔法の魔道具だと警察に悟らせない隠蔽魔法が掛けられている。


転移であたしはよく酔うから、目を閉じる。

少しの浮遊感を感じるとそこには―


お読みいただきありがとうございました。

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