第四十話 文化祭まで
校門を出ると、夕焼けが町全体をオレンジ色に染めていた。
夏ほどではないが、まだ少し蒸し暑い。
「今日、結構進んだね。」
桜?が自転車を押しながら笑う。
「ああ。」
椿は頷く。
「あと何日くらいで終わるかな。」
「来週には景品は終わりそう。」
「じゃあ次は飾り付けか。」
他愛ない文化祭の話をしながら、二人はコンビニへ向かう。
◇
いつものコンビニ。
店内へ入ると、冷蔵ケースから冷気が流れてきた。
椿はスポーツドリンクを手に取る。
桜?はアイスのケースを開けた。
「今日はこれ。」
チョコミントのアイスを取り出す。
椿は思わず顔をしかめた。
「よく食えるな。」
「おいしいじゃん。」
「歯磨き粉。」
「違うって。」
桜?が笑う。
「一口食べる?」
「いらない。」
「絶対おいしいから。」
「遠慮する。」
「頑固。」
「知ってる。」
二人は自然と笑い合った。
レジを済ませ、店を出る。
桜?はアイスを一口食べると、満足そうに息を吐いた。
「生き返る。」
「大げさ。」
「ほんとだって。」
椿は呆れながらも少し笑う。
◇
河川敷へ着く。
いつもの隠れ家。
椿がしゃがみ込む。
「桜。」
呼び掛けると、白い蛇はすぐに姿を現した。
「今日は早いな。」
椿が微笑む。
白い蛇は椿の足元まで這ってきて、小さく頭を上げた。
「今日さ。」
椿は鞄から小さな袋を取り出した。
桜?が不思議そうに覗き込む。
「それ何?」
「文化祭の試作品。」
袋から取り出したのは、今日作った白蛇のプラ板キーホルダーだった。
「……。」
白い蛇へそっと見せる。
「お前がモデル。」
照れくさそうに笑う。
「似てるだろ。」
白い蛇はじっとキーホルダーを見つめる。
やがて、キーホルダーの蛇と同じように少しだけ頭を傾けた。
椿は思わず吹き出す。
「ははっ。やっぱり似てる。」
桜?も横から覗き込み、笑った。
「本当だ。同じ顔してる。」
その笑い声に包まれながら。
白い蛇は静かに二人を見つめていた。
◇
帰り際。
椿はキーホルダーを大切そうに袋へ戻す。
「文化祭で余ったら。」
ぽつりと呟く。
「一個もらってきてやる。」
桜?が笑う。
「特別扱いだ。」
「ああ。」
椿も笑う。
「こいつには。」
迷いなく答えた。
その言葉を聞いた桜?は笑顔のまま頷く。
「そっか。」
そう返した声は穏やかだった。
けれど胸の奥では、小さく思ってしまう。
椿は、本当に桜には甘い。
その甘さが少しだけ羨ましくて。
少しだけ苦しかった。
夕暮れの河川敷には、三人の影が静かに伸びていた。
◇
文化祭前日。
朝から学校全体が慌ただしかった。
廊下には段ボールや脚立が並び、生徒たちは教室と倉庫を何度も往復している。
「そこ押さえて!」
「ガムテープ取って!」
「それこっちじゃない!」
いつもより騒がしい校舎。
授業は午前中で終わり、午後は文化祭準備に充てられていた。
◇
「椿、そのプラ板こっち!」
「分かった。」
景品班も最後の追い込みだった。
キーホルダーを袋に入れ、値札を貼り、景品ごとに箱へ分けていく。
「これで最後!」
女子の一人が大きく伸びをした。
「終わったぁ!」
教室中から拍手が起こる。
椿も思わず息を吐いた。
「間に合ったな。」
「うん。」
桜?も笑顔で頷く。
「思ったよりいっぱい作れた。」
机の上には、猫や犬、うさぎ、そして白蛇のキーホルダーが綺麗に並んでいた。
担任が教室へ入ってくる。
「みんなお疲れ。今日は準備が長引くから、帰る時間は遅くなってもいい。ただし、寄り道はするなよ。」
教室から笑い声が上がる。
「はーい!」
椿はその言葉を聞いて、少しだけ肩の力を抜いた。
文化祭前日だけは、普段より帰宅が遅くなっても問題ない。
家にも学校から連絡が入っているはずだ。
◇
片付けが終わる頃には、窓の外はすっかり夕焼け色になっていた。
「もうこんな時間か。」
椿が時計を見る。
午後七時を少し回っている。
「今日は遅くなっちゃったね。」
桜?が荷物を肩へ掛ける。
「ああ。」
椿は頷いた。
「……でも。」
二人は顔を見合わせる。
次の言葉は、お互い同じだった。
「河川敷。」
思わず笑ってしまう。
「行くよな。」
「ああ。」
もう当たり前だった。
一日行かないという選択肢は、二人の中になかった。
◇
コンビニで飲み物だけを買い、急いで河川敷へ向かう。
日はほとんど沈み、辺りは薄暗くなり始めていた。
「暗くなるの早くなったな。」
桜?が空を見上げる。
「もう九月だから。」
椿も答える。
虫の声が、夏よりもずっと大きく聞こえる。
河川敷へ続く坂道を下りる。
いつもならまだ夕日が残っている時間。
今日は違う。
橋の街灯がぽつり、ぽつりと灯り始めていた。
椿は少し歩く速度を上げる。
「桜、待ってる。」
「うん。」
桜?も足を速めた。
やがて、二人の視界に隠れ家が見えてくる。
けれど。
いつもなら、椿が「桜」と呼ぶ前に姿を見せる白い蛇の姿が――
まだ、どこにも見当たらなかった。




