幕間 第一章回顧 ― すべての始まり―
雨の夜、風間啓介は御崎ユリに撃たれた。
最愛の女が、銃口を向けていた。
かつて隣にいたはずの女が、今は組織の刺客として立っていた。
啓介は倒れながらも、終わらせることだけは拒んだ。
まだだ。
お前だけは、終わらせない。
その想いが、物語の始まりだった。
◇
時間は少し遡る。
啓介は、thejapan直属の特務機関《堕闇》に所属する血装適合者だった。
識別コード、AS-01。
血装ネーム、DARKNESS。
堕闇の中でも最強格とされる戦闘員。
任務に従い、対象を回収し、処理し、痕跡を残さず消す。
それが啓介の日常だった。
だが、彼は最初から兵器だったわけではない。
幼い頃、啓介は施設で剣城一真と出会った。
最初は反発し合い、やがて互いを認めるようになった。
その後、御崎ユリが施設へ来た。
小さな鞄を抱え、俯いたまま何も言わなかった少女。
啓介は何も聞かず、その鞄を持った。
一真は文句を言いながらも、ユリの居場所を作った。
南條光太は、そんな三人を見守っていた。
兄と弟と妹。
家族ではなかった。
だが、家族に近い時間が、そこにはあった。
けれど、その施設もまた、ただの保護施設ではなかった。
定期検査。
番号管理。
欠けた記録。
説明されない適合率。
ユリの出生記録は欠損していた。
初期保護記録も空白だった。
そして彼女の血液適合率は、戦闘員ではないはずなのに異常に高かった。
その違和感は、まだ誰にも答えを与えなかった。
◇
南米第七施設から、緊急対応要請が入った。
表向きは、thejapan系財団が運営する孤児保護施設。
だが、送られてきた構造図は、保護施設のものではなかった。
多すぎる検査区画。
内側へ向けられた監視網。
隔離室。
観察室。
生体反応監視室。
御崎ユリは言った。
保護ではない。
檻みたいだ、と。
啓介、一真、黒瀬蓮、鬼塚豪、相良澪。
五人の血装適合者を中心とした部隊は、南米第七施設へ派遣された。
そこにあったのは、慈善の顔をした地獄だった。
◇
南米第七施設は、すでに壊れていた。
外周は破られ、現地部隊は壊滅。
内部には血の跡と、子どもたちの生活の痕跡が残っていた。
小さな靴。
小さなベッド。
途中まで描かれた絵。
そして、番号で管理された札。
施設の奥にいたのは、怪物ではなかった。
TAIDA-Vを投与され、適合できず、暴走した子どもたち。
かつて人間だったもの。
壊された者たち。
啓介たちは、初めて知る。
自分たちの力は、誰かの失敗の上に成り立っていた。
血装ネーム保持者は成功例。
通常戦闘員は、戦場に立てる程度に調整された者。
そして異形たちは、失敗例。
南米第七施設は、保護施設ではなかった。
血装適合者を探すための選別施設だった。
◇
黒瀬蓮は、記録保管室へ向かった。
識別コード、RC-01。
血装ネーム、SHADE。
彼は施設の記録を回収し、外部へ送ろうとしていた。
そこにあったのは、児童適合群の記録。
TAIDA-V改変試験。
生存の事実を消された子どもたち。
幼い人体兵器の搬送履歴。
thejapan系財団との繋がり。
黒瀬は、すべてを外へ出すことはできなかった。
だが、十二パーセントの真実を外の世界へ導いた。
たった十二パーセント。
それでも、組織にとっては十分すぎる火種だった。
一真は黒瀬を止めるために向かった。
だが、データを壊せなかった。
命令に従えば楽だった。
けれど、壊せば何を守ることになるのか、彼には分かってしまった。
その時から、一真の中でも何かが変化し始めた。
◇
深部隔離区画が開いた。
かつて子どもだった異形たちが、赤い非常灯の向こうから押し寄せた。
『たすけて』
『いたい』
『おなかすいた』
『だして』
『くらい』
背後には、負傷者と支援班。
前方には、壊された子どもたち。
啓介は守るために立った。
だが、異形の数は多すぎた。
身体に噛みつかれ、押さえ込まれ、死を感じた瞬間、啓介の中で黒い血が目覚めた。
黒血解放。
それは啓介の意思ではなかった。
宿主の生存を脅かすものを排除するための寄生者特有の生存本能。
そこに怒りはなかった。
迷いもなかった。
哀しみさえも。
それは排除と言う名の殺戮。
DARKNESSは異形の大群を壊し尽くした。
だが、啓介自身はそのすべてを動かしていた感覚がなかった。
床に落ちた管理タグ。
途中で途切れた声。
黒い視界。
啓介は宿主である自身を守った。
結果、仲間を守った。
そこに意思はいなかった。
黒血に動かされた修羅がいた。
◇
鬼塚豪は、黒瀬と一真を助けるために動いた。
識別コード、BR-01。
血装ネーム、GRAVE。
彼は相良の制止を振り切り、隔壁へ向かった。
任務上、黒瀬の救出優先度は低い。
相良はそう判断した。
だが鬼塚は違った。
黒瀬は荷物ではない。
反乱因子でも、処理対象でもない。
人間だった。
鬼塚は隔壁をこじ開け、一真と黒瀬を逃がした。
その後、隔壁の駆動部が変形し、完全閉鎖できなくなる。
鬼塚は内側へ戻り、レバーを引いた。
シャッターが降りる。
その向こうで、彼は異形の群れを受け止めた。
『最後まで俺が面倒見てやる』
『かかってこいや!!』
やがて音は消えた。
シャッターの隙間から、赤いものが流れ出した。
鬼塚豪がそこにいたことを告げるものは、それだけだった。
◇
相良澪は、任務の人間だった。
識別コード、CT-01。
血装ネーム、CHAIN。
黒瀬は離反者。
鬼塚は処分保留対象。
異形は処理対象。
相良にとって、任務に不要な感情は排除するべきものだった。
だが鬼塚の行動は、相良の中に小さな乱れを残した。
本人はそれを感情とは認めない。
不要なノイズ。
そう判断した。
それでも、相良は黒瀬を現地処分しなかった。
理由は、尋問価値。
外部送信経路の確認。
任務上の必要判断。
だが、一真は見抜いていた。
今までの相良なら、そう言わなかった。
◇
啓介と一真は、先行帰投機に乗った。
相良と黒瀬は、別の護送ヘリに乗せられた。
だが、その護送ヘリには、相良すら知らない刺客が乗っていた。
黒瀬は反乱因子。
相良は処分命令を完遂しなかった不安定要素。
組織は、二人をまとめて消そうとした。
護送ヘリは、南方の空で爆発した。
相良、黒瀬両名共に死亡。
生存確認はされないままに…。
記録上は、機体損傷による墜落事故。
南米第七施設も爆破処理された。
公式記録には、こう残った。
南米第七施設、暴走事故により壊滅。
異形流出阻止のため、現地爆破処理。
詳細記録、損傷により確認不能。
すべてが事故として整えられた。
だが、啓介は気づいた。
事故ではない。
これは、仕組まれたものだ。
◇
南米での任務は終わった。
鬼塚は、緊急防塞シャッターの向こうに消えた。
黒瀬と相良は、南方の空に消えた。
南米第七施設は、炎の中に消えた。
だが、消えなかったものがある。
黒瀬が外へ託した真実の記録。
啓介の身体に残る黒血反応。
一真の胸に残る憤怒。
ユリの中に眠る欠けた記憶。
南條の沈黙。
そして、書類に隠された嘘。
それらはまだ、燃え尽きていない。
第二章 慟哭の果て
帰還は、救いではなかった。
南米本部に戻った啓介たちを待っていたのは、休息ではない。
都合よく整えられた報告書。
消された記録。
死亡承認された仲間たち。
そして、DARKNESSへの新たな監視。
南米第七施設だけが闇だったのではない。
闇は、帰還した場所にもあった。
黒血はまだ、啓介の中で沈黙している。
だが、その沈黙は安全を意味しない。
黒瀬が外に出した真実は、どこかで生きている。
鬼塚が残したものは、一真の中で怒りに変わっている。
相良が最後に見せたわずかな揺らぎ。
ユリは欠けた記憶のピースを探す。
南條は、何かを知りながら口を閉ざしている。
組織は、すべてを事故として処理した。
だが、処理しきれなかったものがある。
真実だ。
真実の種は遂に撒かれた。
本当の闇はここから始まる。
次回 第17話 闇への序章




