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DARKNESS ―奪われた自由のために―  作者: Ilysiasnorm


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第1話 雨の銃弾

雨は、容赦なく降っていた。

 アスファルトを叩く音に混じって、一発の銃声が夜を裂いた。

 啓介の身体が大きく跳ね、次の瞬間、雨に濡れたコンクリートへ倒れ込んだ。

 鈍い衝撃。

 視界の端で、跳ねた雨水が街灯の光を弾いている。

 熱い。

 撃たれた場所だけが、焼けるように熱かった。

 浅く息を吸うたび、傷口が脈打つ。

 雨に打たれた頬が冷たいのに、身体の内側だけがひどく熱かった。

 薄れかける意識の中、啓介はゆっくり顔を上げた。

 数メートル先。

 女が立っていた。

 黒い戦闘服。

 雨に濡れた髪。

 まっすぐに向けられた銃口。

 御崎ユリだった。

 忘れられるはずがない。

 忘れたくても、忘れられるはずがない。

「……これでいい」

 掠れた声でそう言うと、ユリの瞳がわずかに揺れた。

 だが、それも一瞬だった。

「動かないで!」

 鋭く放たれた声。

 けれどその奥にある震えを、啓介は聞き逃さなかった。

 啓介は苦く笑った。

 唇の端から血が滲み、雨に混じって落ちる。

「……やっと、これで終われる」

 ユリは答えなかった。

 ただ、まっすぐに啓介を見ていた。

 その目を、啓介は知っている。

 夜明け前の薄暗い部屋で、静かに資料を読んでいた目。

 任務帰りの啓介の傷を見つけて、何も言わず手当てをしてくれた目。

 逃げよう、と小さく言った夜、震えながらも逸らさなかった目。

 同じ目だった。

 けれど、そこにある意味だけがもう違っていた。

「……何故……」

 小さな声だった。

 だが、その一言が啓介の胸を深く抉った。

 最愛の人が、今、目の前に立っている。

 銃口を向けたまま。

 濡れた地面に手をつきながら、啓介は痛みに顔を歪めた。

「……お前は……」

 言葉にしようとしても、息が続かない。

 違う。

 そう言いたかった。

 けれど、雨の中ではどんな言葉も遅すぎる気がした。

「喋らないで!」

 ユリが一歩、距離を詰めた。

 黒いブーツが浅い水たまりを踏み、冷たい水が跳ねる。

 その表情が、初めてわずかに崩れた。

 怒りか。

 悲しみか。

 あるいは、記憶の底にまだ残っている本当の痛みか。

「今さら、そんな顔をしないで」

 雨音の中で、その声だけが妙にはっきり聞こえた。

「私を置いていったのは、あなただったでしょう……」

 啓介は目を見開いた。

 胸の奥で、何かが静かに軋んだ。

「違う……」

 やっとのことで絞り出した声は、ひどく弱かった。

 ユリの眉が、わずかに揺れた。

 だが次の瞬間には、また冷たい顔に戻っていた。

「何が違うの」

「俺は……」

「最後に残ったのは、私だけだった」

 その言葉は、刃より深く刺さった。

 啓介は何も言えなかった。

 金も、仲間も、居場所も失った。

 だが、本当に失ったものは、今、銃口の先に立っている。

 愛した女だった。

 遠くで、別の車のライトが揺れた。

 追手か、回収部隊か。

 もう時間は残っていない。

 ユリもそれに気づいたのだろう。

 銃を握る手に、わずかに力が入る。

 撃てる。

 この距離なら、確実に終わらせられる。

 それでも、引き金は引かれない。

「……何故」

 ユリがもう一度、今度は自分自身に問いかけるように呟いた。

「何故、私は……」

 その先は続かなかった。

 啓介の視界が大きく揺れる。

 雨も光も、ユリの姿も滲んでいく。

 最後に見えたのは、銃を向けたまま立ち尽くすユリの姿だった。

 意識が沈む直前、啓介は心の中でただ一つだけ呟いた。

(まだだ)

(お前だけは、終わらせない)

 雨音が遠のく。

 世界が暗く閉じていった。


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