11 行って来い、ってどういうことだよ
絶望のあまり気絶しそうなおれに比べ、他のメンバーの反応はそれぞれであった。
「こんなことなら牢屋に居た方がマシだったなあ」
これは当然ドクター三角。
「ああ、死ぬ前にもう一度、自由に空を飛びたかったのう」
これは荒川氏。
「ここに居るメンバーで楽しく暮らせばいいじゃないですか。人間到る処青山あり、って言うでしょ」
老人二人より悟ったようなことを言うのは、プライデーZ。
そして、もう一人は……。
この状況になってからずっと宙を睨んでいたシャロンが、「あったわ」と呟くと、壁面に並んだスイッチのうち、指紋認証ボタンのようなものを指差した。
「何か解決する方法がないか、ずっと記憶してるスイッチを思い出してたんだけど、そのスイッチがヘルプボタンみたい。ただし、(荒川専用)って書いてあるから、荒川のおじさましか使えないみたい」
「なんじゃと」
半ば人生を諦めていたような荒川氏が、身を乗り出すようにしてそのボタンを見た。
「ほう。わしの指紋のようじゃな。よし。では、押してみようかの」
そのまま押しそうな勢いの荒川氏を、おれは慌てて止めた。
「ま、待ってください。もしかしたら、もっと状況が悪くなるかもしれませんよ」
荒川氏はおどけたように「これ以上、悪くなりようがないじゃろ」と笑いながら、ボタンのところまで歩み寄った。
「ほれ、ポチッとな」
荒川氏がボタンを押した途端、チャラリン、チャラリラリ~ラッというような音楽が流れ、前方スクリーンに人の姿が映し出された。
白衣を着た、荒川氏と同年配ぐらいの男性だが、真っ白な髪の毛が爆発したように逆立っている。
《どうしたんじゃ、荒川?》
「なんと、これはテレビ電話かの、古井戸?」
荒川氏の問いに、ドクター古井戸らしき人物は笑った。
《いつの時代の言葉じゃね。今はビデオ通話と言うはずじゃぞ。が、いずれにせよ間違っとる。今しゃべっとるこのわしは、人工知能にコピーされたバーチャル古井戸じゃよ》
「ああ、そりゃそうじゃの。一億光年分のタイムラグを感じんからのう」
《一億光年? もしや瞬間移動装着(仮)を使ってしまったのか?》
「その、もしや、じゃよ」
《ほう、上手く行ったか!》
あからさまに喜んでいるドクター古井戸に腹が立ち、思わずおれは割り込んだ。
「ちょっと待ってくれ。あんたはお偉い学者さんかもしれないが、おれの船に勝手にこんな装置を付けて、おれたちをモルモットにしたのか?」
荒川氏が「これっ、失礼じゃろっ」と止めたが、バーチャル古井戸氏は《構わん、構わん》と笑った。
《きみの言うことも、もっともじゃ。じゃが、心配御無用。瞬間移動装着(仮)には、ちゃんと安全装置が付いとる。ふむ。まずは、簡単に仕組みを説明した方が良いじゃろうのう……》
……そもそも時空には弾性がある。まあ、簡単に言えば、透明なゴムみたいなものじゃ。
そこで、これを折り曲げて、A地点とB地点をくっ付ければ、瞬間移動が可能になる。
しかし、A地点とB地点が近いと極端にギュッと曲げねばならず、大きなエネルギーが必要になるし、時空の弾性限界を超えれば亀裂が生じてブラックホールになってしまう。
逆に、A地点とB地点が極端に離れていれば、驚くほど小さなエネルギーでくっ付けることができるのじゃ。
ちなみに、きみたちは銀河系から一億光年離れているだけではなく、本来いるべき時間から一億年の未来にいる。
そのため、時空の歪みのエネルギーが溜まっておるから、これを解放すれば、ゼロ地点、つまり、きみたちが元々いた場所に、まさにピッタリその同じ時間に戻れるんじゃよ……
《……簡単じゃろ? では、始めようかの》
「待て!」
そう言ったのはおれだけでなく、その場にいた全員だった。
代表して荒川氏が事情を説明すると、バーチャル古井戸氏が青ざめた。
《そりゃいかんな。戻った瞬間、集中砲火じゃのう》
と、シャロンが「ちょっといいかしら?」とらしくない大人な態度で発言の許可を求めた。
《おお、どうぞお嬢さん》
「あたし、数学と物理は苦手だからザックリとした言い方しかできないけど、ピッタリ同じにならないように、少しだけエネルギーを捨てちゃえば、いいんじゃない?」
《うーん、まさにザックリじゃな。その加減が難しいのう。ちょっとの違いで何光年も何年も違ってしまう。が、やらねばなるまい。荒川、計算を手伝ってくれぬか?》
「おお、無論じゃ」
すると驚いたことに、ドクター三角も「ぼくも手伝おう」と声を上げた。
プライデーZも「微力ながら、わたしも」などと言って、計算に参加した。
見たことのないような記号を書きながら討論している三老人と一ロボットを、おれとシャロンは特にすることもなく、呆然と見ているしかない。
ふと、もう一人(?)の乗組員のことを思い出した。
「チャッピー、大丈夫かな?」
シャロンは軽く肩を竦めた。
「あんたと同時ぐらいに人工冬眠に入ったはずだけど、こんなに大騒ぎしてるのに起きて来ないわね」
まるでその声が聞こえたかのように、コマンドルームのドアが開き、アーマースーツを脱いだチャッピーが駆け寄って来た。
どうやらスーツを脱ぐのに手間取ったらしい。
おれが心配だったようで、やたらとペロペロ舐め回されたが、不思議と悪い気はしなかった。
それから程もなく。
《よし、いいじゃろう。わしの計算では、誤差は出発地点の半径数十光年以内、時間は数日以内に収まった。もちろん、物質密度の高い場所、例えば恒星や惑星は避け、安全な場所に戻るよう自動調整される。では、今度こそ、良いかの?》
全員が「いいとも!」と答えた。
《ポチッとな!》
ホンの一瞬、目の前が暗くなり、すぐに明るくなった。
助かった、と思った瞬間、大音量の非常放送が響いた。
《緊急事態発生! 緊急事態発生! 敵の攻撃に備え、総員直ちに戦闘配備につけ! 繰り返す! 緊急事態発生……》
「ええ~、元の場所じゃん!」
「いや、違うようじゃぞ、中野くん。プライデーZ、調べてくれぬか?」
「もう調べました。敵は一隻。ただし、超弩級戦艦です。通信も入っていますので、スクリーンに出します」
前方スクリーンに映し出されたのは、ハリネズミのようなトゲトゲの毛がビッシリ生えたゴリラのような異星人だった。
《われはクリキントン帝国第七艦隊総司令、マーロン大佐だ。貴船は、わが帝国の防宙識別圏に侵入している。直ちに武装を解除し、当方の指示に従え。もし、逆らえば、躊躇なく破壊する。良いな?》
一難去ってまた一難かよ~。




