49 仕事はやすぎ
リリーティア妃の行動は素早く、早速使用人の皆さんは、私物をまとめて離宮から退去していた。
わたしはとりあえず離宮ごと素材採取して、素材とそうではないもの……家具や皇妃達の持ち物などと分けて収納し、素材はアシャールさんの空間収納に渡した。
それから溜まっていた、し尿にパナマ草を混ぜて処理して土に還すと、更地を作って地固めをする。
わたしの作業はここまで。
わたしはシロとクロの首を撫でた。乗ってるので。シロに。アシャールさんはクロに乗っている。柔らかい鬣の感触が気持ちいい。
ぎゅっとシロを抱きしめた。
「ごめんね。近くでわたしの気配がして、他のみんなも一緒にいたのがわかったから、寂しかったのよね」
「キト」
「キト」
ちょっと無理をして、アシャールさんに支えてもらいながら、クロもぎゅっとする。
「ごめんなさいアシャールさん。わたしの配慮が足りなかったばっかりに、アシャールさんを働かせてしまって」
アシャールさんは驚いた顔をした。
「シロとクロのことも……他の子達のこともですね。香子一人が背負うことではありませんよ。夫婦ですから。しかし妻に謝らせてしまうとは……私も夫としての配慮が足りませんでしたね」
「いやいや、そんなことは」
「ですが、確かに。これが香子の願いのための作業でしたら、私も心が躍ったことでしょう。そうではないのが、些かつまらなくあります……ご褒美を要求しても?」
…………アシャールさんめ。ここぞとばかりに弱みを突いてくるとは!
「……何が、望みなの?」
「私達の寝室のベッドですが……間にある空間が非常に邪魔だと感じるのです」
「つまりベッドを近づけたいと?」
「むしろ距離を無くしたいですね」
まあ……そのくらいなら……。
馬車やテントじゃ、もっと近い距離で寝てたくらいだし……。
その夜、わたし達は馬車で眠った。
わたしと奈々美さんとマリーシェラさんは、元々備え付けてあるベッドルームで。アシャールさんとリガルさんは、馬車の上にテント型のベッドを取り付けて。
そうして朝起きたら、立派な離宮が出来上がっていたのである。ウッソでしょう? いや、ホンマながいちゃ。
「こちら、通常施工した場合の見積書になります。あと紙類はカオリコがスキルちゃんで製造したものしか使えませんので、商品単価はこのくらいになりますが」
アシャールさんは、朝一にリリーティア妃を起こして書類を突きつけた。
「憎ったらしいほど、仕事が速いわ!」
わたしも驚いて、空間収納で預かっていたもの達を設置……しなかった。そのまま寝ている間に、スキルちゃんとアシャールさんの魔力ちゃんでアシャールさんの空間収納に移動させて、アシャールさんは新しい離宮の中に適当に設置したのよ。
後は離宮の使用人達の仕事ですので、と。
「さあ、帰りましょう。帰ったら重要な作業がありますからね」
「リガルさんのアトリエ建設ですね」
わたしがそう言うと、アシャールさんはすっかり忘れていたという顔をする。
他にそんな重要な作業はなかったと思うのですよ?
だがアシャールさんは、殊更真剣に、キッパリとおっしゃった。
「寝室のベッドの移動という重要な儀式あります」
「儀式なの?!」
厳かにアシャールさんは頷いた。
わたし達は離宮復旧の報告を皇帝陛下に行い、今後消耗品の納品等で離宮を訪問する許可も貰って、みんな揃って馬車でネコノメに戻った。
そんなわけで、どうして一晩で離宮建て替えられたのか、皇帝陛下も頭を抱えていたことなど知らないのです。
爽やかなネコノメの風に吹かれて、わたしはしみじみと、ああ、帰って来たんだな。帰るお家があるって良いなぁと実感した。
こんなマイホームを与えてくれたのだから、ベッドの位置くらいアシャールさんの好きにすれば良いわ。そのくらい広い心でいたのよ。
ダブルベッドを見るまでは。
「アシャールさん、これはいけません。ベッドは仮に病気や怪我でどちらかが使用する時に両脇が空いてないと、看病が不便な時があるのです。二つのベッドをくっつけるだけなら、いざと言う時、距離を離せばなんとかなりますが、これじゃどうしようもできません」
「なるほど、では一人用のベッドを其方に一台置いて、有事の際に使用することにしましょう。それ以外は、こちらで」
「用意が良すぎる!」
「ええ、当然備えは多い方が安心ですので」
とても悔しかったので、シーツや枕カバーなんかはフリルやレースを多用して、乙女ロマンチックな空間にしてやったちゃ。
アシャールさんのベッドはそのままリガルさんのアトリエ兼自室の、離れ的な増築物件に持ち込まれましたよ。
とにかく慣れないことばかりの週末だったので、わたしはさっとシャワーを浴びて部屋着に着替える。パナマ草茶を飲んで、そのまま午前寝を決め込むことにした。
なにせ体力値が二桁しかないですもんね。ミケ子もベッドに乗って、わたしの枕の上側に置いてある、ピンクの花柄クッションに横になって、わたしの枕に顎を乗せてゴロゴロ喉を鳴らす。幸せの音を聞きながら、わたしは意識を手放した。すやぁ。
これぞ贅沢。
わたしがスヤァしてるころ、一階の事務室でマリーシェラさんは奈々美さんとお仕事をしてくれていた。今日は休日なんですよ?
まず、猫の目の方のアカウントをそれっぽく整えてくれている。
ライトモは呟き系SNSとブログをくっつけたような設計で、タイムラインに流れる投稿用の簡単なプロフィールとは別に、しっかり中身を記載出来るプロフィール欄や、普段の投稿と別に、記事を書いて投稿したり、タイムラインの投稿を纏めて記事にしたりも出来る。
既にフェアリーレイス達がスマホ運営アカウントを作成して、図や画像、動画を駆使し、ライトモの使い方や公式マークの意味、また鑑定アプリと連動して投稿の真偽を判定する方法など多数の記事を作成してくれていた。
他にも各アプリの詳細や使い方など、手厚くサポートしてある。完璧すぎた。
「これ、資料を探して見る用と投稿用、二台あるほうが便利ですわよね。パッドがあって助かりますわ」
「ですよね。一般の人なら仲間同士で確認しあうのが良いですけど、使い方の講座や本があると助かるかも……」
「新たなお金の匂いですが、そこまで手がまわりませんわね……」
〈冒険者パーティ猫の目。パーティリーダーはAランク冒険者。リーダー含め三人の冒険者と五匹の可愛い魔物、そして事務員が一人。シュベルクラン付近で活動予定。素材採取や魔物の駆除に実績あり〉
冒険者パーティや冒険者アカウントにはプロフィールにパーティ設立日や拠点、ランクを設定出来るところがある。当然猫の目はまだF。
「色々ありましたけど、明日はシュベルクランの冒険者ギルドに行ってみませんと」
「はい! 私もちゃんとお仕事しないと」
「あら、ナナミさんは私の護衛を立派にされてましたわよ」
マリーシェラさんは自信満々に言った。
目が覚めると、当然のように隣にアシャールさんが寝ていた。
まあ一晩で離宮を建てたし、徹夜だったのかもしれない。
わたしはアシャールさんの整った鼻先を軽く指で触る。長い睫毛は優雅に佇んだままだ。
起きないなと確信して、わたしはアシャールさんの額にくちづけして魔力を流す。
「いつもありがとう」
「どういたしまして」
離れると、とろりと優しく火を灯したようなアシャールさんの瞳が、じっとわたしを見ていた。
「起こしちゃった?」
「元々目を閉じていただけでしたので」
悪い笑みだ。
そうやって、わたしがイタズラするのを待っていたに違いない。
不意にアシャールさんの胸元の輝きが目に入る。キンマユガ真珠の首飾りだ。ペンダントトップが大ぶりなので、チェーンもしっかり太めで長くしてある。
「気に入ったの、それ?」
「ええ。一つの真珠を割って、香子とお揃いなのが特に。汗にも温泉に浸けても変質しないので、一生肌身離さず身につけることにしたのです」
「じゃあ、わたしも身につけておかないとね」
わたしも空間収納から取り出して、身につけた。
奇跡の真珠。これ見慣れた真珠と火焔模様のある真珠のハイブリッドだと思ってたんだけど、何がトリガーになってるのかわからないが、不意に透明度が上がって、オパールのように多色の遊色反応が浮かびだすのよ。かと思ったら、月が雲に隠れるように、テリの良い不透明なのに半透明に見えそうな真珠の状態に戻る。確かに不思議で、奇跡的なのだわ。
「ライ様の加護、こっちの首飾りに移動とかできないかしら?」
元の世界のジュエリーだと、金は柔らかい金属だから、やがてチェーンが切れたりとかちょっと心配がある。その点、キンマユガ真珠の首飾りの星の金は丈夫だし、宝石もスキルちゃん達の謎技術でドラゴンが踏んでも傷一つ付かない造りになっている。つまり普段から身につけて雑に扱っても安心。
そう思ったら、真珠の首飾りが光って、加護の移動がされてしまった。
わたしは黙ってルビーのネックレスを空間収納に大事に仕舞い、心の中でライ様に感謝の祈りを捧げた。
「ふふふ、これで二人お揃いでずっとつけていられちゃうわね」
「ええ、主に感謝です。そのうち他の魔法も付与していきましょう」
希少で高価な宝石らしいけど、デザインは単純な円形だし、平民が普段着で身につけていれば、だれも本物とは思うまい。わたしは図太く開き直ることにするちゃ。
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