29 ひととき、故郷に想いを馳せ
この世界では、時間はゆっくり過ぎる。
まあ今わたし達仕事してない状態ですからね!
ヴァレ茶はリラックス効果と多幸感も高く、飲み終わったあと、わたし達三人はスヤァと幸福な午前寝を貪っていた。そして珍しくアシャールさんが爆睡しているの。
「そういえば、わたし達に会うまでずっと牢屋で拘束されてたんだから、疲労の蓄積半端ないはずよね」
「ですね。今のうちにしっかり休んで欲いしいです」
わたしと奈々美さんは、寝起きのスッキリ感が半端なく、じっとしていられなかった。
キトキトコンビが休憩場に選んだ湖の畔でミケ子とたまごの仲間たちに食事を与えたり、馬車の水回りの手入れをしたりして元気にバタバタしはじめる。
それなのに、気配に敏感なアシャールさんが珍しくすやすや眠っている。
ちょっと心配になって、アシャールさんの魔力ちゃんに確認したら、『本体の疲れが溜まっていたようで』と返事が来たので、心ゆくまで眠ってもらうことにした。
一通りの掃除や作業が終わると、馬車の横にテーブルセットを取り出し、今度は普通のパナマ草茶をお供に、奈々美さんと二人でのんびりする。ミケ子達も目の届く範囲で駆けっこしたり戯れあったりして遊んでいて、とても平和。
「なーんか、のんびりしてて良いわねぇ」
風が運んでくる澄んだ空気が気持ちいい。微かに良い匂いを感じて、スキルちゃんに該当植物の採取を頼んでおく。いつか新居で根付いてくれると良いな。
アオリハで資金を手にすることができたおかげで、やっと地に足つけて安心できた気持ちやちゃ。
奈々美さんも気持ち良さげに目を細めていた。
「はい! こんな自然の中でのんびりできるなんて、贅沢ですよね。本来なら自然って厳しいもののはずですよね……」
「そうよね……」
わたしはキトキトコンビが湖で水浴びしているのを眺めた。潜らないよう祈りながら。
横顔に視線を感じて、身体を湖から正面の奈々美さんの方角に戻して、笑いかけた。奈々美さんもふわりと笑顔を見せてくれる。
「あの、香子さん……、今更なんですけど良かったんですか? 結婚しちゃって」
思わずわたしは、ぶはっと笑いが漏れたちゃ。
「良いもなにも、わたし選択権なかったがいちゃ」
「だからですよー……」
「……まあ、もし何かしらのたくらみや下心があったとしても、結果的にアシャールさんのお陰で無事ここまで来られたんだし、いいんじゃないかな。こんな馬車まで造ってくれたし」
ちょっと気恥ずかしくなって、両手で木のコップをもちながら、なんとなく口元を隠した。だって、うっかりにやけてしまったら、見られたくないもの。
「それにアシャールさんに関しては、スキルちゃん達の信用判定に通過してるし、わたしの中にアシャールさんの魔力ちゃんもいるせいか、まあ害意はないというのはわかるから……もし魔力目当てだけだったとしても、良い仲間にはなれるんじゃないかしら」
奈々美さんが驚いた目をした。
「え? 流石にそんな心配はしてませんよ。どう見てもアシャールさんは香子さんが好きなのはわかるので!」
「そ……そうなん、け?」
「そうなんです!」
そうなんけー……。
顔が熱いわ。そうだ、ミケ子をナデナデしよう。
落ち着くために、ミケ子の頭を撫でると、ムウはそっとその横に寝そべって、順番待ちをはじめた。ピホは自由に小枝を飛び回っている。
奈々美さんはそっと目を伏せた。
「私……実はここに召喚される前に、六年付き合った彼と別れたばかりだったんです」
「ろ……六年?!」
わたしはごくりと唾を呑み込んだ。
奈々美さんが色々不安そうだったのは、当然異世界に来たショックだけじゃなくて、失恋とのWショックもあったのね。
あ、こういう時理由聞いて良いのかな? 話題が出たというなら聞いて欲しいってことかしら、それともただ聞き流して欲しいのかしら……。
わたしは一か八かで前者を選んだ。
「そんなに長く付き合ってた人と、どうして別れることになったの?」
「就職してしばらくすると、お互い仕事が忙しくて会う機会が減って……そのまま」
うんうん。それはわかる。仕事ってプライベートにすごく影響する。特に残業多い職場とか。
「それはともかく、私も元カレとは付き合って三年目くらいから、ようやく彼と将来結婚してもいいのかなって思いはじめたところだったんです。だから、香子さんの気持ちがちゃんと現状に追いついてるのか、ちょっと心配だったんです……」
「ふふふ、心配してもらえて嬉しい。気持ちねぇ……うーん、アシャールさんが側にいてくれるなら、一緒に小さな幸せを積み重ねる努力をしようとは思ってる。ゆるく贅沢に暮らすのが、わたしの目標だからね!」
奈々美さんがそっとムウを撫でる。
「…………なら、良かったです。本当に今更どうこう言っても仕方ないんですけど、アシャールさんの気持ちが重すぎてつらい時は、遠慮なく相談してくださいね。香子さんは良い人すぎて、心配なんです」
えー、わたしそんなに人が良さそうに見えるんけ?!
自分は結構薄情な人間だと思ってんだけど。何といっても、人も素材にすることを考えてましたからね。
「奈々美さんの方が、良い人よ。初めて会った時から、いつもわたしを助けてくれたじゃないの。ありがとうね」
奈々美さんの元カレの話題がでたからか、ふと、元の世界を思い出した。
「元の世界でわたし達、どういう扱いなのかしら? 場所が場所だっただけに、目撃者も多かったと思うんだけど」
東京駅構内だったしね。
「警察とか捜索してくれているんでしょうかね……? もし事件性ありとされても、私達三人、たまたま近くにいたってだけなので手がかり無しですよね……きっと」
「警察での捜索は三〜五日で打ち切られてしまうってネットで見たことあるわ……」
奈々美さんは、わたしをチラリと迷いのある目で見た。
「えっと、そういえば香子さん、お子さんとかは……?」
「あれ、言ってなかったっけ? 結婚もしてないし子供もいないし、ついでに両親は三年前に亡くなってるから……あとは遺産相続時に発覚した兄が一人。そっちはもう孫持ちお爺ちゃんだし、親の遺産も入院費とローンの残高支払いで雀の涙だったから、変な疑いはかかってないと思いたいわね」
わたしはため息を吐いた。
「遺産相続時に発覚した兄……ですか?!」
「そうなのよ。しかも20も歳が離れてたの。父と折り合いが悪く、母の反対を振り切って東京の大学に進学して、そのまま絶縁状態。向こうもわたしの存在を知らなかったし、わたしも知らなかった……父は女癖が悪かったらしいから、介護施設で寝言みたいに息子に会いたいって言ってても、呆けて妄言ってるのかと思ってたのよ。今思えば、戸籍が必要な手続きは全部母がやってたから……わざと隠してたんだわ」
「なんだかサスペンスドラマみたいですね……」
同じように元の世界のことを考えていたのか、奈々美さんがポツリと呟いた。
「うちは至って平凡でしたよ。父はサラリーマン、母は専業主婦……二つ下の弟が結婚したばかりで、お嫁さんも良い子で、私とも母とも仲良くしてくれてたんです」
「あら、もしかして同居?」
「そうなんです。地方から上京して、ずっと一人暮らししてた子だったんです。賑やかな家庭がいいって同居してくれたんですよ」
「だったら、とても奈々美さんのことを心配されてるわね……」
奈々美さんは少し俯いて、哀しみを堪えていた。
「……そう、ですね。きっと。でも私の所為で家の雰囲気が暗くなってたら、いやだな」
「様子を知ることも、伝えることもできないって、もどかしいわよね……」
わたしは採取しておいた果物の中でも、摘んで食べやすい大きさのものを取り出して、二つの木皿に入れる。一つは奈々美さんに渡す。
やっぱり女子のおしゃべりには、甘いものが必要よね。
翡翠みたいな綺麗な翠の皮は薄くて、ブルーベリーみたいに皮も種も、そのまま食べられる。実の大きさもそのくらい。確かアシャールさんが“シャヌル”と呼んでいた果実だ。酸味よりも糖度が高い希少な果実らしく、種は先に抜いてある。勿論、栽培に挑戦するためだ。いや、既にスキルちゃん果樹園に植えてある。
シャヌルの皮は緑だが、中は濃い黄色で、微かに花のような風味の濃厚で芳醇な味わいだった。
ミケ子がわたしのお皿の中のシャヌルを取ろうと、手を出してきた。
ミケ子のキャットフードの材料にもなっているので、一粒手のひらに乗せて、ミケ子の前に持っていく。
普通猫は果物は身体に合わない物が多くて、食べさせない。
でもこれはどういうわけか、鑑定で良判定出たのよね……。
異世界産だからか、神獣だからか……なんとなく、後者の気がするわ。
「これ、本当に美味しいですね」
「ドライフルーツにしても良いけど、やっぱり生が一番美味しいわー」
ふと奈々美さんは、思い出したように言った。
「そう言えば春さん、元気でいるでしょうか」
「……多分。とりあえず冒険者はやめたんだから、怪我の心配とかはないんじゃないかな」
アオリハにいる間に一度、ミケ子にちり紙なんかの日用品を届けて貰ったら、お手紙を持って帰って来た。
読み書きが出来て計算もはやいので、縁が出来てとある貴族の使用人として働くことになったそうだ。
「貴族の使用人って、お給料良いんでしょうかね?」
「さあ……見当もつかないわ。冒険者の報酬はなんとなくわかって来たけど。でも春さんがそっちを選んだってことは、冒険者やってるより身の安全を重視したんじゃないかしら?」
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