68.新たな事件への招待状が届いてしまって
ある日のこと――
午前の会議を終えて執務室で一息吐いていると、各所からの書簡の中に珍しいものが混ざっていた。
私個人に宛てられたお手紙ね。裏返せば鷹の家紋で封蝋がされている。
差出人はシャーロット・ホークス。
うーん、ちょっぴり嫌な予感。けど、放っておくと事故の元。
ペーパーナイフで開封して便せんを広げる。書き出しは「尊敬するキッテ様へ」だった。
あら、ちゃんとしてそう。文字もしっかりしているわね。もしかして、先日、物々交換した新式のペンを気に入って手紙をしたためてみたかったのかしら。
読み進めると、不安的中。
どうやらまた事件に巻き込まれ……ううん、あの子の場合は自分から首を突っ込んでしまうのだけど。
少し前、レイモンドの青い宝石の徽章が強奪されかけた事件があった。解決したのは捜査令嬢シャーロット・ホークス……ということになっている。
おかげで彼女は社交界でも評判の探偵なのよね。世間的には。
今回は、とある伯爵家のお家騒動に関わってしまったみたい。
ホークス家の姻戚にあたるブレイド伯爵家の危機。
確か……当主のブレイド伯爵が先日、肺を患って病没したのよね。手紙によると三人の息子がいて、母親は長男が成人する前に事故で亡くなっている。
当主不在。だからすぐにでも後継者を決めなきゃいけない。慣例なら長男がなるものだけど……事件があった。
ブレイド伯爵は遺言状を残していた。それが忽然と、消えてしまった。
内容によっては爵位を長男が継ぐとも限らない。
遺言状探し、難航してるみたい。
手紙の用件。
ざっくり言えば、私に助けて欲しいってことね。
文面にはこうあった。
『真の探偵が王妃様だということを、わたくしは存じております。知恵の女神たるキッテ様の前では、わたくしは借りてきた猫。どうかお力をお貸しください』
相変わらずわかるようなわからないような例え。変な子。
手紙の最後にはホークス家の鷹の印章まで捺されていた。本当に困っているみたい。
私は手紙を封筒にしまうと――
「しょうがないわね。話くらいは聞いてあげるわ」
シャーロットは連日、ブレイド家で遺言状探しをしているみたい。公務も緊急性の高いものは見当たらないし、様子を見に行った方が良さそうね。
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王都の中心部、貴族街――
一本の剣をモチーフにした家紋が掲げられたタウンハウスが目的地だった。
王妃の私の訪問に、ブレイド伯爵家の高齢の家令がしわまみれの顔を青くする。
目の下はくぼんだみたいにクマができていて、憔悴しきっているわね。
「ひ、ひとまずこちらへ。シャーロット様もお見えです」
「ありがとう」
案内されるまま邸内へ。広めの応接室に通された。コの字に並んだソファーの下手にシャーロット。対面にがっしりとした体型の青年が座る。横に細身で切れ長の目の青年。窓際に年の離れた少年が立っていた。
シャーロットからの手紙にあった三兄弟ね。たぶんだけど、がっしりしているのが長男のモール。切れ長な目をしているのが次男のディダン。窓際の少年がトリアかしら。
家令が「き、キッテ王妃様がいらっしゃいました」と紹介すると、三兄弟のうち長男がすぐに立ち上がって一礼した。
「本当にいらっしゃるとは……失礼いたしました。モール・ブレイドです。こちらは弟のディダンと、窓際にいるのは三男のトリアです。二人とも何をしている。礼をしなさい」
次男は渋々立ち上がって頭を下げた。歓迎されてないわね。窓際の三男はちょこんとお辞儀する。どことなく、ぼんやりした感じの子ね。
しっかり者の長男。反抗的な次男。ふわっとした三男……ってところかしら。森の動物で例えると、熊と狐と兎……ってところね。
そして――
紅い薔薇。シャーロットが立ち上がるとターンして一礼する。
「王妃様がいらしてくだされば、この事件は間もなく終幕です。ダンスホールに最後の曲がかかるが如く」
「変に期待しないでちょうだい。捜査令嬢の貴女に見つけられないものが、私に見つけられるわけないでしょう」
「ハッ……そ、そうでした。王妃様は目立ちたくなかったのですよね。ええと、王妃様はあくまで今回の調査の協力者。相談役です」
それを言ったら逆に目立ってしまうのだけど、気にする素振りを見せるのも不審がられるし、流すことにした。
「事件についてはおおむね、手紙でうかがっていますけど、もう一度、どういった状況か教えていただけるかしら?」
長男モールが「まずはお掛けください。グレゴール、紅茶を」と家令に命じた。私はシャーロットの隣のソファーに腰を預け、老家令が「す、すぐにお持ちします」と退室する。
まるで当主みたいな素振りね。
「気にいらねぇな。親父が死んだらもう、当主様気取りかよ」
横から次男が口を挟んだ。口調も荒いし声に怒りが混ざってる。それを隠そうともしないのね。
長男が「王妃様の前で失礼だぞディダン」と制すと――
「俺はこのままお前が家督を継ぐなんて、絶対に認めねぇぞ。遺言状を隠したのは兄貴なんだろ?」
「私が? バカを言うな」
窓際の三男は「よしなよ二人とも」と小声でボソリ。すると次男のディダンが「黙ってろトリア。お前にゃ関係ねぇ話だ」と一睨みした。三男は下を向く。
一触即発。兄弟仲は最悪みたい。
無事、遺言状が見つかったとしても関係を修復できるのかしら?
私は捜査令嬢に向き直った。
「紅茶が出てくるまでに、手紙に書ききれなかった情報を聞かせてもらえるかしら?」
「もちろんですキッテ様」
シャーロットは帳面とペンを取り出して、今日までの捜査メモをペラペラとめくり始めた。
それじゃあ聞かせてもらおうじゃない。遺言状消失事件について、詳しいところをね。




