67.夜は密かに忍びよってくるものです
庭に出るとまず気になったのは、大きな木。枝にルリハたちが鈴なりで囀ってる。と、男の声が「おい静かにしろ! バレちゃうだろ!」ですって。
木の裏手に回って見上げた。幹にがっつりしがみつく、大柄な男の子の姿があった。
「見つけたわよボブ」
「ボブチガウ……オレハカブトムシ」
「カブトムシは喋らないでしょ」
「やっぱバレますかぁ」
ずりずりと太っちょは幹から降りてくる。
食堂に戻るように言って、あと三人。
庭をぐるりと見回すと、茂みが気になった。さっきからカサカサ音を立ててるのよね。
背の高い緑の草の中からお尻が出ちゃってる。
頭隠してなんとやらね。女の子みたい。
「はい、エマも見つけたわ。観念して茂みから出てきなさい」
「あは~捕まっちゃったぁ。食べられちゃう~こわ~い」
ゆったりまったりした口ぶりで、エマは冗談っぽく笑いながら食堂に戻っていった。
あと二人。と、思ったところで――
庭に老執事が私を探しに姿を現した。あら、もうそんな時間? 急がなきゃ。
孤児院の建物の裏手に回り込んで、老執事から逃げつつ上を見上げると。
屋根の上でリーダー格の少年アレンが天を指さしポーズを決めていた。
「アレンも見つけたわ! 危ないから降りてらっしゃい!」
「おう!」
とうっ! と屋根から飛び降りると華麗に着地を決める。運動神経抜群ね。身軽でまるで猫みたい。
これで十人目。残すはキールだけなのだけど。建物裏手の暗がりにもいなかった。
不意に――
「お時間にございます」
背後から声をかけられて肩がビクンッ! って、なった。
振り返ると……老執事。最後は私が見つかっちゃったってわけね。
「ま、待って。まだ一人、見つけてないのよ」
「はて? そうなのですか?」
ちょっととぼけた風に執事は言う。
「ねえあと少しでいいから」
「では馬車の出発準備が整うまでです。時間となりましたらお急ぎください」
恭しく礼をして執事は建物裏から去った。
けど、困ったわね。だいたい隠れられそうな場所は見たし。
一階も二階も外も、一通り怪しいところは確認したのに、色白な男の子――キールがどこにも見当たらない。
時間も無いし、しょうがないわね。孤児院の敷地の外に行ってしまっていたら大変よ。
私は庭の木に戻るとルリハたちに告げた。
「みんなお願いがあるんだけど、孤児院の男の子が一人まだ見つからないの。敷地の外に出ていないか、探してみてくれないかしら。色白の小柄な男の子よ」
「「「「「はーい!」」」」」
大きな木から青い小鳥たちが一斉に飛び立った。
ちょ、ちょっと。目立ち過ぎよ。というか、何十羽集まってたのかしら。
けど、これだけのルリハの目からは、さすがに隠れきれないわよね。
私も思いつく限り、もう一度、孤児院の内と外を探してみた。
結局――
キールは見つからなかった。
私だけじゃなく、ルリハたちも周囲に目をこらしたけど、それらしい男の子の姿はどこにもなかった。
ほどなくして老執事から「王妃様、馬車のご用意ができました。お急ぎください。アリア様がお待ちです」と、促され、あとのことは他の侍従に任せて、私は王宮に向かうことになった。
馬車は普段より三割増しで飛ばしている。ギリギリまで老執事が時間を作ってくれた埋め合わせね。
ちょっぴり申し訳ない。けど、それよりなにより……見つからないキールが心配だった。
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アリアとの打ち合わせにも間に合い、週末の夜会の話し合いもまとまった。
その次の夜会の催しものも考えることになり、義妹の提案で「怖い話をするたびに蝋燭を消していく」というものになりそう。
主催者の私も何か考えないといけないわね。体験談というものでなくても、創作でもいいみたいだし。
孤児院で誰かにお話する練習もできたけど、肝心の内容は……困ったわ。
怖い話かぁ。前に「組織」に誘拐された時は、本当にあのまま最悪、殺されてしまうかもと思ったのよね。
けど、それって怖い話として、誰かを楽しませられるのかしら?
うう……頭が回らない。
今日は一日、色々あって疲れたみたいね。なんだか普段よりも肩が重たくて、全身に鉛をまきつけたみたいに気だるい。
風邪でも引いたのかしら?
夜になってレイモンドと二人、寝室へ。普段なら彼が私の手に指を絡めるように握ってくるのだけど「今日はなんだか疲れているみたいだね。元気になるまでとっておこう」と、気を遣ってくれた。
ちゃんと私のことを見てくれてるのね。嬉しいのと、ごめんなさいという気持ち。
本当に身体がだるくて、横になるとすぐに意識が闇に堕ちていった。
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夜中に急に目が覚めた。
枕を並べたレイモンドは死んだように眠っている。
普段の寝室なのに、なんだか不気味に感じた。
なんだか胸の辺りが気持ち悪くて、横になっていられない。
起き上がる。風の音さえなく、月も雲に隠れているのか真っ暗だった。
空気が澱んでいるように思えてならない。
窓を……開けよう。私はベッドを出て立ち上がると、フラフラになりながらなんとかテラス付きの大きな窓の前に立った。
カーテンを開くと――
ガラス越しに私の顔が映り込む。
その後ろに――
「……ねえ、なんで見つけてくれなかったの」
白い顔の少年が背後にぴたりと、張り付くように立っていた。
キールだった。
鏡になった窓ガラスに映った少年と視線が合う。身動きが取れない。喉をきゅうっと締められたみたいに、声も出せなかった。
キールの白い顔が歪んだように嗤う。
「……ずっと先生の背中に隠れてたんだよ」
少年の虚ろな瞳は……眼球が無かった。黒くくぼんでいて、その奥にあったのは深淵な闇。
この子はいったい、何者なの?
「……ほら、振り向いて。早く僕を見つけてよ」
ど、どうしよう。立ったまま身体が金縛りにされてるけど、がんばれば首だけなら振り返ることができそう。
だけど、もし振り返ったら……どうなってしまうのかしら。
心臓が早鐘を打った。嫌な予感がする。振り返ったら、何か大切なモノをもっていかれてしまいそうな、不安。
「……そっか、じゃあもう、こうするしかないね」
抑揚の無い声とともに、私の首がゆっくりと一人でに後ろに向き始めた。
ダメよ。絶対。見たくない。見たら……おかしくなってしまうかもしれない……。
冷や汗で背中がびっしょりになる。その背筋に氷の塊を近づけたみたいな悪寒が走る。
いる。確実に……キールが。私のすぐそばに。
嫌……嫌……いやっ……。
目を閉じようとしても、まぶたが開いたままで眼球が乾いて痛んだ。涙が溢れる。
「……僕寂しいんだ。だから……一緒になってよ」
私をどこかへ連れて行くつもりなの?
いけないわ。私にはレイモンドがいるのだもの。彼を残してなんて……。
けど、ダメみたい。首が勝手に動いてしまう。横目にちらりと、白い少年の顔が視界の影にうっすら浮かんだ瞬間――
窓の外に青い小鳥が一羽止まると、声を上げた。
蒼空高く、
神なる風の力をもって、
悪霊を討ち祓わん。
火の神よ、
その炎で浄化し、
水の神よ、
その清らかさによって流し給え。
天地の力を一つとし、
悪しきを封じ込め、
夜に安寧をもたらさん。
神々の御加護を賜りて、
我が身と人々を守り給え。
「破あああああああああああああッ!!」
瞬間――
突風が吹き荒れて窓が開き、新鮮な空気が部屋の中になだれ込んだ。
ガラスに映ったキールの姿は消えて、私の身体にのしかかるような重さも無くなる。
窓の外のルリハは両翼を広げてポーズを取っていた。
「貴方が助けてくれたの?」
「間に合ってよかったです」
「今のは……ええと……」
「破邪撃滅の祈りの言葉ですキッテ様。東方に修行に出て、今日戻ったところでした。まさか本当に役に立つとは……」
「つまり……どういうことなの?」
「どうやらキッテ様は、何か悪しき者に憑かれてしまったのでしょう。ですがもう大丈夫です。では、おやすみなさい」
尾羽を揺らすとルリハは飛び去っていった。
ちょ、ちょっと待って! 大丈夫って言われても!
朝まで一緒にいてちょうだいよ!
ああ、行っちゃった。
取り残された私は――
窓を開けたまま、レイモンドに抱きつくようにして眠ることにした。
彼ってば全然目覚めないけど、うん、ちゃんと呼吸してるし、大丈夫……よね?
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後日――
私が慰問に訪れた孤児院には、子供たちは十人しかいなかったみたい。
あの日、私は存在しない十一人目と話してたんですって。だから子供たちは最初、不審に思って余計に緊張していたけど「王妃様だし指摘しちゃいけないかも」ってなってたみたい。
時々、人数が合わなかったり食い違っていたのも、十一人居なかったからなのね。
老執事も「かくれんぼなさっておられましたが、子供たちは全員食堂に揃っておりましたし……ですが王妃様が必死に探しておられましたので、何も言えずにおりました」と、あの日のことを教えてくれた。
私はずっと、誰もいない席に話しかけたり、キールの名前を私自身が書いていたみたい。
みんな、引いちゃったかも。王妃だから誰も注意できなかったなんて、皮肉よね。
唯一良かったことといえば、次の週の夜会の「怖い話」の体験談ができたことくらいかしら。
森の屋敷の二階の部屋で、思い出しながら紅茶の香を楽しんでいると――
黒猫が鍵尻尾を揺らして、窓の外から飛び込んできた。
すぐに通訳ルリハが私の肩の上にのる。
膝の上までやってくると黒猫が上目遣いで鳴いた。
「よぉ、なんだか大変だったみてぇだな」
「ええ、じゃあ話は聞いてるのね」
「ルリハたちもそわそわしてるんでな。王妃様が大丈夫かって……」
鼻先をピクピクさせると黒猫はヒゲを揺らした。
「死の匂いはしないな」
「そう、良かったわ。ありがとうイチモク」
黒猫は「どうってことねぇさ」と笑うと。
「きっと不慮の事故か病気で未練を残して亡くなっちまった、未練たらたらなガキだな。王妃様から母親の温もりを感じちまったんだろうぜ。自分から姿を現したとはいえ、最後にかくれんぼで見つけられたんだから、満足して逝ったんじゃねぇかな」
そう考えると、悪霊とするには可哀想だったかも。
けど、もしあの夜、言われるまま振り返っていたら……どうなっていたのかと思うと、背筋が寒くなる。
心配そうにテーブルの上に青い羽毛玉たちが集まってきた。
「それにルリハたちも、ありがとうね。あの夜、助けてくれた除霊の子はいるかしら?」
途端にルリハたちが顔を見合わせた。
「え? 誰?」
「除霊? なにそれ?」
「知ってまちゅか?」
「いーや、知らんし」
「つーかさぁ除霊班なんてあったか?」
「ねぇんだなコレが」
えっ? いないの? もしかして、あの夜、助けてくれた子も……霊!?
「あ、ええと……うん、なんでもないわよ」
「「「「「キッテ様怖いよ! 何かみえてるのッ!?」」」」」
ルリハたちがプルプル震え始める。そりゃ怖いわよね。知らない仲間が増えていて、それが除霊したなんて。
とりあえず、助けてくれた子は守護霊……ってことにしておきましょう。
願わくばさまよえる魂たちに安息のあらんことを。




