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3−6

 ※エミーリア視点

 

 

 結論をいうと、私は川に落ちなかった。

 丁度橋の下を通っていた舟の荷の上に落ちて、無事だった。

 が、どうもそれがフリッツの狙いだったようで、私は今、舟に乗っていた男達によって舳先に追い詰められている。

 

 どうしよう。リーン達がいる橋からどんどん引き離されていくし、私を助けてくれそうな人はここにはいない。

 

 どうすればいい?考えろ、私。

 

 落ちた所は藁束が積まれていて、あれは多分私を受け止める前提で敷かれていた。彼等は私をなるべく傷つけたくないんだろう。ということは、殺されることはなさそうだ。

 生かしておいて、人質として利用したいというところだろうか。

 

 人質。その言葉に私はぞっとした。私がそんなことになったら、リーンに大迷惑をかけることになる。下手すれば王家にも迷惑がかかる。

 

 以前、アルベルタお義姉様は言っていた。『私達は人質になるくらいなら、夫の目の前で死んだほうがましじゃないかしら』と。

 そうすれば不当な要求をのむ必要がなくなるし、彼等が自由に動けるはずだと。

 

 でも、お義姉様。私はまだリーンと一緒に生きたいんです。その場合、どうすればいいでしょうか。

 

 目の前の男達を睨みつけながら私は頭を働かせる。

 その時、視界の端に動くものを捉えた。

 多分あれはデニスだ。

 よし、一か八か川に飛び込んでみよう。

 デニスがあそこまで来てくれているなら、泳げなくても助けてもらえる、はず。

 

 どっちにせよ、このまま人質なんかになるよりはマシよ!

 

 私は視線をそのままに、迷わず岸のほうへ向かって跳んだ。

 

 男達が慌てて駆け寄ってきて、手だの持っていた棒だの突き出してきたけど、ぎりぎり届かなかった。

 

 そして、私は今度こそ水の中へ落ちた。

 

 

 上から男達の怒鳴り声が聞こえる気がするが、こっちはそれどころじゃない。

 初めてお風呂以外の大量の水の中へ潜ったし、ドレスはすごい勢いで水を吸って重くなるしで大パニックだ。

 

 何これ、想像していたのと全然違う。どうしよう。

 もう自分が水面へ向かっているのか、沈んでいるのかすらわからない。

 必死で腕や足を動かそうとするけど、濡れた布が邪魔して思うようにならない。

 更に水が口に入ってきて息もできない。

 

 リーン、助けて!

 

 

 

 

 

 ■■

 ※リーンハルト視点

 

 

 丁度、反対側から警備兵と走ってきたデニスと一緒に、水中から必死で引き上げた妻は意識がなかった。

 

 「エミィ!エミィ!目を開けて!エミーリア!」

 

 このまま彼女の目が開かなかったらどうしよう。そんな考えが頭をよぎった途端、全身が震えだした。

 僕はもう夢中で彼女の意識を取り戻そうと、そのずぶ濡れの身体を揺さぶった。

 

 「旦那様!代わってください!」

 

 ライナーとフリッツを警備兵に預けて、ようやく追いついて来たミアが息を切らしながら僕を突き飛ばし、エミーリアに覆いかぶさった。

 

 しばらくして咳き込む声が聞こえて、ミアが叫んだ。

 

 「奥様!私がわかりますか?!」

 「ミア・・・?」

 「そうです!よかったぁ!」

 「私、生きてる・・・?」

 「ええ、生きてますよ!」

 

 ミアがぎゅうぎゅうに彼女を抱きしめて泣いている。

 安堵のあまり地面に座り込んだまま、ぼんやりとそれを見ていたら、エミーリアと目があった。

 

 「リーン・・・」

 

 彼女のか細い声が聞こえた途端、僕はミアに代わって彼女をきつくきつく抱きしめて泣いていた。

 

 「エミィ、生きててくれてありがとう。君がいなくなったら、僕はもう生きていけない。本当によかった・・・。」

 

 それを聞いたエミーリアもぎゅっと抱きついてきて泣き出した。

 

 「死ぬかと思ったの!怖かった!」

 

 僕は彼女が落ち着くまで、しばらくその背中を撫でていた。

 

 横で心配そうに見ているミアに彼女を助けてくれた礼を言うと、私は奥様の侍女ですから!と胸を張っていた。

 本当にその通りだ。ミアは素晴らしいエミーリアの侍女だ。

 ミアがいなかったら今頃どうなっていたか。いくら感謝しても足りない。

 

 

 「エミィ、怖かったね。もう大丈夫だから安心して。僕は君が橋から落ちた時ぞっとしたよ。こんなに容易く君はいなくなるのかと。」

 

 ようやく落ち着いてきたエミーリアに、彼女が橋から落ちた時、心底恐怖を感じたと訴えれば、彼女ははっとしたように僕の服を掴んで訴えた。

 

 「リーン!フリッツは?!彼を怒らないで!彼も生きるためなの。フリッツは悪くない。」

 

 僕は呆気にとられて彼女を見下ろした。

 何を言っているの?

 フリッツはもう善悪が分かる歳だし、突き落としたタイミングを見れば舟の男達と結託していたのは間違いない。

 

 僕の表情で言いたいことが分かったのだろう、彼女は必死に縋って訴えてきた。

 

 「でもまだ子供なの。親に理不尽に部屋に押し込められて、それに従っていた私と彼は同じなの。生きてくにはそれしかなかったの!」

 

 僕は思わず片手で彼女の頭を抱えこんで、ぎゅっと胸に押し付けた。

 なんで、彼女は川に突き落とされた上に、今頃になってそんなことを思いださなきゃいけないんだ。

 彼女の心の深い傷がまた開いたんじゃないかと思うとたまらない気持ちになった。

 

 そして、それを言われたら、僕は彼女に従うしかなくなるんだ。

 

 「分かったよ、エミィ。僕はフリッツを怒らない。ただし、彼はこのままではいけない。それはわかるね?」

 「ありがとう、リーン。ええ、彼はあの男達から引き離さないといけないわ。」

 「そうだね。じゃあ、それは僕に任せて。君は・・・いや、僕達はとりあえず早く着替えたほうがいい。風邪を引く。」

 

 頷く彼女を抱き上げて、ミアの案内する方へついていく。

 

 濡れたドレスってもの凄く重い。彼女を無事すくい上げられたことが、今更ながらに幸運だったと思わせられた。

 

 

 近くの民家を借りて、ミアが急いで買ってきてくれた服に着替える。もちろん、ミアやデニスも濡れたので着替えてもらう。

 

 橋の上で襲ってきた男達は、すでに捕らえて城の牢へぶち込ませたし、舟の方は下流で一網打尽にしたと連絡があったからそれも同じように指示した。

 明日、ゆっくり黒幕を吐かせてやる。

 エミーリアはフリッツを怒るなと言ったけど、男達については何も言わなかったもんね。僕の怒り、がっつりぶつけてやろうじゃないか。

 

 

 フリッツとライナーの兄弟に関しては、彼女の希望もあるし、うちで面倒を見るか、エルベの街の孤児院に入れるか、と思っていたのだが・・・彼等を預かっていた警備兵から衝撃の事実を聞いた。

 

 「へ?兄弟じゃない?」

 「はあ、ライナーは先程、捜索願が出された子供に特徴が似ておりまして。フリッツを問い質したところ、男達に指示されて菓子を買ってやると言って連れてきたと。」

 「奴ら、フリッツにそんなこともさせてたのか・・・。」

 

 僕は絶句した。

 横で毛布にくるまって聞いていたエミーリアが、心配そうな顔で僕を窺っている。彼女の湿った髪を一撫でして大丈夫だよ、とささやく。

 

 「では、ライナーは両親の所に戻れるのかな?」

 「はい、現在対面して確認中です。」

 

 おっと、もう来てるとは、この街の警備兵は連絡が早いな。

 案の定、その話を聞いた彼女がうずうずしている。

 

 「ライナーの両親に挨拶していこうか?」

 「ええ、もちろん!」

 

 すっかり元気になった彼女の返事に僕は苦笑した。彼女はきっと自分と同じ灰色の髪の人に会ってみたくてたまらないのだろう。

 溺れたのだし、本当は早く帰って休んだほうがいいと思うんだけど、ちょっとだけならいいかな。

 ・・・自分が、つくづく彼女に甘いと分かってはいるんだ。

 

 

 その後ライナーは無事、家族のもとへ帰って行った。

 エミーリアを引っ掛けるためだけに、通りで遊んでいたところをフリッツに誘われ利用された被害者なので、引き渡しは直ぐに行われたのだ。

 

 会いたかった家族と一緒に、笑顔で去って行くライナーを二人で見送った。

 

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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