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第二十一話 ヨバクリ侯爵

「では、ゲディスが見つかったのだな?」


 ゴマウン帝国皇帝ラボンクはある一室にいた。暗く装飾品のない物置の様な部屋だ。そこに五〇歳くらいの中年男性と、二〇代後半の女性が一緒である。

 中年男性はアヅホラ・ヨバクリ侯爵といい、この帝国の重鎮だ。豚のように肥え太り、陰険な目つきをしている。そして女性は侯爵の娘バヤカロで、皇妃だ。それなりに美しい顔だが顔つきは父親そっくりである。


 三人は暗い部屋の真ん中で丸いテーブルを囲んでいる。灯りは蝋燭ばかりで、ちろちろと周りだけを照らしていた。


「はい。私の手の者に探らせました。ゲディスはサマドゾ辺境伯領に隠れ住んでいるようでございます」


 ねっとりとしたしゃべり方は人を不快にさせる。しかしラボンクは爬虫類のように笑っていた。


「くっくっく、ゲディスめ。さらにマヨゾリの奴め、この私に内緒で反逆者を匿っていたのだからな」

「そうでございますとも。ゲディスは謀反を起こしたカホンワ男爵の養子。こいつも始末せねば帝国の面目にも関わりますからな」

 

 ラボンクとアヅホラの言い分は支離滅裂であった。そもそもカホンワ男爵は謀反など起こしていない。言いがかりである。これはオサジン執政官も冤罪だと判断した。だが未だにラボンクはカホンワ男爵を謀反の首謀者と決めつけている。彼にとって自分の都合のいい言葉以外耳に入らないのだ。そしてアヅホラとバヤカロ親子はその理想をかなえてくれる。皇帝にとって耳障りのいい言葉以外吐かないし、いつも気持ちの良い褒め言葉でラボンクを夢見心地にさせてくれるのだ。

 それ故に自分に反発する、貴族たちが目障りで仕方がない。オサジン執政官を早く始末したいくらいであった。


「では、サマドゾ辺境伯領にすぐ攻め込みますか? だって罪人の子を匿っているんですから」


 勝手にゲディスを罪人扱いしている。帝国の法律ではゲディスは罪人ではない。しかしラボンクたちにとってゲディスは汚らわしい罪人でなくてはならないのだ。


「いや、三日後に帝都では百回目の建国祭がある。それが終わってからだな。さすがに祭りを中断するわけにはいかない」


 ラボンクが言った。建国祭は自分とバヤカロが一番目立つ日だ。三日間のパレードで帝都を練り回るのである。この日は外国から大勢人が来るだろうし、警備も忙しいだろう。さすがのラボンクもこの日だけは台無しにする気はなかった。

 ちなみにトニターニ・ゴスミテ侯爵は建国祭のために走り回っている。皇帝の私室にまで入ることはなかった。


「それが妥当でしょう。建国祭は皇帝陛下の最大の見せ場。それを蔑ろにすることは許されません」

「その通りですわ。陛下は帝国、いいえ世界で一番偉大なお方ですもの。その祭りは必ず成功させましょう」

「その後に、サマドゾ辺境伯を攻め落としましょう。そして魔女バガニルを磔にして、その子供たちは皇帝の慈悲で引き取るのです」

「まあ、なんてお父様は優しいのでしょう。わたくし涙が出てきますわ」


 二人はラボンクをよいしょする。なぜアヅホラはサマドゾ辺境伯を嫌うのか。正確にはラボンクの姉であるバガニルを狙っていた。なぜかというとバガニルとバヤカロは社交界時代、争っていたのだ。正確にはバガニルはバヤカロを眼中に入れていなかった。立ち振る舞いも皇帝の姫らしく洗練されたものであり、当時は淑女の鏡と呼ばれていたのだ。


 それがバヤカロには気に食わない。なんとかして彼女の足を引っ張ろうと自分の取り巻きを使って、彼女に嫌がらせを繰り返した。しかしバガニルはすぐに危機を乗り越える。例え純白のドレスが汚れようとも、脚をひっかけられて転ぼうとも何ともないように振る舞う。従者や侍女には寛大なふるまいをしており、人気が高かった。それに他の貴族の息女もバガニルの味方となったのだ。

 そして一二年前にバガニルはサマドゾ辺境伯に嫁いだ。そして現在は十歳の双子の男の子と女の子を生んでいる。後継ぎには困らず悠々自適に暮らしていた。


 それがヨバクリ親子には気に食わない。ヨバクリ侯爵家は百年前北にあるセヒキン山を任された。ろくな実入りもなく、魔獣だけが闊歩する地域であった。花級フラワークラスの冒険者、セヒキン三姉妹は有名だが、アヅホラは彼女たちを忌み嫌っていた。小女に大女という奇形児を疎んじているのだ。


 息子のデルキコに任せているが、彼は息子を信じていない。息子は無能な馬鹿だと信じ込んでいた。寧ろスキスノ聖国にいるラボンクの伯父アジャック枢機卿を一生の友人と思って信用している。

 ヨバクリ侯爵は歴代皇帝を憎んでいた。逆にぼんくらのラボンクを取り込み、帝国を自分のものにする計画を立てたのである。


「はっはっは。あと一週間ほどでマヨゾリを殺しに行けるのだ。昔からあいつと比べられて不愉快だった。これで目の上のたん瘤を消せるというわけだ!」


「次にキャコタ王国を攻め滅ぼしましょう。確かあそこのキョヤス王子は畏れ多くも陛下そっくりだと聞きます。そんな奴は許せませんわ」


「マヨゾリを殺したらゆっくりやろうではないか!! トニターニに命じてキャコタを滅ぼすよう命令すればよいのですからな!!」


 結局のところ、サマドゾ辺境伯を個人的に嫌っており、その抹殺を狙っていただけである。個人的な感情をむき出しにして、婿の人間を陥れても当然と思っていた。そして寄り添うのは甘い汁を吸う害虫だけである。

 あとキャコタ王国はラボンクの母親、ハァクイの故郷である。世界経済の中心と呼ばれているが、ラボンクたちはそれが気に喰わない。キャコタを島国と見下し、いつでも簡単に滅ぼせると思い込んでいるのだ。


「「あっはっは!!」」


 三人の馬鹿笑いは夜通し続いていた。


 しかし彼らは気づいていなかった。マヨゾリ・サマドゾ辺境伯はその夜すでに自領へ戻るため、馬を走らせていたのだ。彼は皇帝が行動を起こすなら建国祭が終わってからだと判断したのである。

 家臣を数名連れて夜通し走っている。帝都内にある屋敷はすでに引き払った。かつての使用人には退職金をたっぷりと与え、夜逃げするように命じた。建国祭前の賑わいに、地方へ向かう者など誰も気にしなかった。


「ふん、黙って殺されるものか。私の周りにはカホンワ男爵から借りた間者が大勢いるのだ。お前らのくだらないたくらみはすでにお見通しなのだよ」


 サマドゾは吐き捨てた。家臣たちも同意する。彼等にとってラボンクは皇帝の名を借りた知恵の足りない子供なのだ。


「さて、領地に帰ったら建国宣言をしなくてはならないな。なぜならうちは帝国から離脱して王国を作るのだ。スキスノ聖国でもすでに認められている。忙しくなるぞ」

「あとあの方も、ですな」

「まったくだ」


 サマドゾ辺境伯、いやサマドゾ王の顔は晴れやかであった。家臣たちも似たようなものである。

 あの方というのは誰かは知らないが、信頼しているようだ。


「だが一度ゲディスと会わなくてはならないな。いや、バガニルに会わせるのが先決だな」


 そう言ってサマドゾたちは馬を走らせた。ラボンクがサマドゾ辺境伯の行方を知るのは、建国祭が終わって数日過ぎた後であった。ラボンクの顔は真っ青になり、額には血管を浮き出していたという。

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[一言] 情報を制する者は強いですね。
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