第34話 すべては 敵の手の平で ありました
「ふぅ、ここがブカッタ神殿ですか。なかなかいいところですね」
赤毛ですらりとした長身の男が入ってきた。着ているのは黒いブーメランパンツのみである。それはキソレウであった。
「だが守りは固い。我々3人でやっと結界が破れたのだ。中の連中も手強いとみるべきだな」
褐色肌で筋肉もりもり、禿げ頭で全身つるっとした男だ。こちらも黒いブーメランパンツとサンダルしか身に付けていない。ケップリだ。
「そこの女が一番の戦力ですね。代々のアブミラは手ごわい。キッタモマがいない時期を狙って正解でしたね」
最後に縮れた黒髪の30代前半の男が入ってきた。こちらは細いが筋肉が目立つ。口ひげを生やしており、どこか目が虚ろだ。こちらも黒いブーメランパンツしか履いていない。サキョイ・ハドゲーイ公爵だ。
全員ブーメランパンツ以外身に付けていない。あまりにも異質な三人であった。
「キソレウに、ケップリ!! サキョイも一緒だ!! お前らはキラウンの手下だな!!」
ゲディスが叫ぶ。子豚の身体に山羊の角が生えた、半身半獣の姿だが、堂々とした態度だ。
「違うな。我らはキラウン様の奴隷よ。あのお方のためなら命を捨てても構わないな。といっても無駄死にを嫌うから死ねと命令をしたことはないよ」
キソレウが答えた。彼等は何のためにここを襲撃したのだろうか。
「アブミラ様!! 後ろにお下がりください!!」
背後から数十人の屈強な男たちが走ってきた。手には棍が握られている。全員白いローブを着ていた。見た目と違い衝撃や斬撃にも耐えられる代物だ。
ブカッタ教の僧兵団である。彼等は暴動した民衆を肉の壁で押さえる役目を持っているのだ。
「痴れ者め!! 我らがいる限り、アブミラ様には指一本触れさせぬぞ!!」
「ふむ。ここは私に任せてくれたまえ」
そう言ってサキョイが前に出た。彼は両腕を広げて僧兵たちに突進する。すると両腕の筋肉が一気に膨らむと丸太のように太くなった。
サキョイが僧兵たちの真ん中に突進すると、僧兵たちは一気に吹き飛んだ。サキョイ一人だけで僧兵たちを一気に吹き飛ばしたのである。
「すっ、すごい……。サキョイ将軍はこれほど強いのか……。魔法は使ってないのに」
ゲディスは茫然としていた。サキョイはそれを見てにやりと歯を剥き出しにして笑う。
「ええい、まだです!! 今度はわたくしたちがお相手いたしますわ!!」
今度は白衣服の女たちが出てきた。全員木の杖を持っている。彼女たちは魔法兵だ。
普段は災害の為にしか出動しないが、敵を相手にすることもある。
とはいえ魔法でバリアを張る程度だ。もしくは大地を操り土の壁を作ったり、水の流れを変えたりもできた。
「次は俺だな。ふぅ!!」
ケップリが前に出た。魔法兵はバリアを張る。しかしケップリの吹いた息で一瞬にバリアは破壊された。魔法兵たちは後方へ吹き飛ばされる。
「すごいねクーパル。あの人たちはとてつもなく強いよ」
「まったくだわね。でもブッラ。わたくしたちは負けませんわよ。特にあの卵みたいな男はお父様のお尻を攻めた罪人ですからね」
双子のウッドエルフであるブッラは剣を、妹のクーパルは杖を構えた。
キソレウは右足で地面を蹴ると、自分の影から何かが出てきた。
それはちびやデブ、ノッポなど様々な人間であった。だが全員キソレウの人格が分裂して出来た存在だ。全員キソレウに顔が似ており、パンツ以外身に付けていなかった。
「さぁお前たち。あの忌々しい双子をもう一度地獄を見せてお上げ」
キソレウが命じると影たちはブッラ達に襲い掛かる。以前は剣で斬っても柳のように受け流されていた。
「なら素手で戦うまでだよ!!」
ブッラはノッポの腕を握ると、そのまま投げ飛ばした。地面に叩き付けられ、ブッラはそいつの顔を右足で思いっきり踏みつける。ぐしゃと顔面が砕ける音がした。
さらにデブが躍りかかってきたが、素早くかわすと、鳩尾を突いた。どんな生き物も鳩尾を突かれたら終わりだ。
ちびが襲い掛かってきても、蹴りで飛ばす。
クーパルは全身に冷気を身にまとっていた。影は彼女につかみかかるが、その度に冷気で凍っていく。別の影が肉体を変化させスライムのように覆うが、今度は炎を纏った。相手の身体は蒸発してしまう。
「さすがゲディス様の娘だ。同じ手は通用しないな。ならばこちらを相手してもらおう!!」
キソレウは焦ることなく、右足で地面を叩く。すると今度は一回り大きな影が現れた。
今までの影と違い、黒い鎧のような身体つきである。
「これは私の人格が七人ほど集まった存在だよ。能力は通常の七倍ほどだね」
相手は拳を構えた。ブッラはすぐに近寄らず、クーパルが氷結呪文と火炎呪文を放つ。氷結は右胸の乳首を、火炎は左胸の乳首に当たると消えてしまった。
「魔法に対する耐性は相当なもののようね。でもわたくしたち二人の力を合わせればなんとか足止めはできますわ!!」
「うん!! やろう!!」
ブッラとクーパルは影を相手にしている。それを見てゲディスは安堵した。
「さぁ、僕の相手は誰? ケップリ、それともサキョイ?」
「「どちらもだ!!」」
ケップリとサキョイが突進してきた。二人とも戦闘力が高い。普通に戦えばゲディスが負ける。そうなれば自分は彼等に尻を掘られるだろう。
そうはさせぬとゲディスは罠魔法を発動させる。床一面に毛で作られた結界が広がった。
だが二人とも罠を強引に引き抜いていく。実力差がありすぎて通用しないのだ。
しかしそれは織り込み済みだ。本当は自分の剣がメインなのだ。素手だが剣を使って初めて対等に戦えるのである。
ゲディスはケップリの右手に剣を振るう。しかしケップリは切れなかった。逆に剣を掴み、ゲディスを投げる。
それも承知していた。この二人は剣で殺せるほどやわではない。自分の役目は時間稼ぎだ。
背後のアブミラがなんとかしくれると信じていた。ゲディスにとって母親の記憶は六歳までだ。だがとても偉大な存在であることは覚えている。
十数年ぶりに再会したとき、彼女を巨大な山のように感じていた。
「なぜ襲撃したかはわからないけど、ブカッタ神殿を襲撃した時点であなたたちの罪状は明白!! 捕らえさせていただくわ!!」
「それは困るんだよね」
アブミラが杖を持って構えていると、背後から声がした。それはキラウンであった。なぜか彼は彼女の後ろにいつの間にかいたのである。
「なっ!! いつの間に!!」
「その質問には答えないよ」
キラウンはアブミラを蹴り飛ばすと、床に倒させる。そしてうつぶせになったアブミラに対して馬乗りになった。
そして彼女の白魚のように細い指を手にした。
「さぁて、ゲディス君。君に素敵なショーを見せてあげよう。生みの母親が泣き叫ぶ声をたっぷり堪能してね」
そう言ってキラウンはアブミラの右手の人差し指をへし折った。彼女は一瞬顔をしかめたが、歯を食いしばっている。だらだらと脂汗が垂れてきた。
「おやおや~? さすがに強情だね~。指を折られたくらいじゃ喚かないか~」
「……ご期待に沿えず申し訳ないわね。この私が指を折られたくらいで泣くと思った?」
「いんや、全然期待してなかったよ。でもゲディス君はどうかな? 母親が指を折られていく姿を黙っていると思えないけど」
キラウンはニヤニヤ笑いながら、今度は中指をへし折る。アブミラは目をつぶり、歯を食いしばった。魔女である彼女は骨を折られても魔法で治せる。しかし痛くないわけではない。だが拷問に耐える覚悟は決めていた。
「ああ!! 母上!!」
ゲディスはそれを見て動揺した。その隙をケップリとサキョイに突かれてしまう。ゲディスは二人に床に押さえつけられた。
ブッラとクーパルは助けに行きたかったが、影が強すぎて近づけない。
「さぁゲディス様。母親を救いたかったら、私たちに約束しなさい。我々を奴隷にすると」
サキョイがゲディスの耳元でささやく。ゲディスの眼は虚ろになった。母親が拷問を受けているのに、平然とできる子供はいない。
「ふざけるんじゃないわよ!! ゲディスを、私がお腹を痛めて産んだ子を奴隷になんかさせないわ!! ゲディス、私がどんな目に遭っても無視するのよ!!」
アブミラは叫ぶが、キラウンは薬指と小指を一気にへし折る。さすがの彼女も目を見開き、うめき声を上げた。
その様子を見てゲディスの心は折れた。
「なります……。あなたたちの奴隷になります!!」
「いえ、違いますよ。我々の主人になると誓ってください」
ケップリが訂正させた。この時点で不思議と思わねばならないのだが、ゲディスの思考は淀んでおり、まともな判断は下せなかったのである。
「なります!! あなたたちの主人になります!!」
それを見たアブミラは顎で床を叩いた。すると室内にある噴水から何かが盛り上がってきた。
見た目はガラスでできたカプセルであった。その中には人間の姿をしたゲディスの身体が収められていたのだ。
そして彼女の身体は小さくなる。魔法で身体を小さくしたのだ。瞬時に空を飛ぶと、カプセルに近づく。何やら操作するとカプセルが開いた。アブミラは元の姿に戻ると、ゲディスの身体に呪文を唱える。
ブカッタ神のゲディスが光ると、その光は人間のゲディスの身体に乗り移った。寝ていたゲディスは目を覚ます。
「間に合いましたね。あの手の契約は契約した相手の肉体と共に魂を縛る。魂を元に戻せばなんとかなりました」
アブミラは額の汗をぬぐう。すでに折れた指は元通りだ。だが目覚めたゲディスは起き上がると、一言呟いた。
「手遅れです。敵の狙いは最初からこれだったのです」
一方でブカッタ神のゲディスは立ったままだ。魂は本体に戻ったから、空っぽのはずだが、目に光は宿っている。
「おお!! ゲディス様!! 我らの新しいご主人様!!」
キソレウ、ケップリ、サキョイはブカッタ神のゲディスに土下座した。いったい何が起きているのか?




